第41話 -ぶつかり合う頂き-

 地面に突き刺さる長剣の赤黒い光は今なお集う。


 合間に繰り出される斬撃をひたすら避けていき。避けた斬撃は地面をえぐる。

 一つ一つ丁寧にかわさないと確実にやられる。


 走れ。


 奴を中心に飛んでくる斬撃が体をかすめようと足を止めるな。


 赤黒く光る長剣をその場に奴が踏み込む。

 速い。


 相手とまともにやり合おうと思うな。同じスタートラインに立っていると思うな。現実は悲惨で非情なものだ。絶対的な弱者が絶対的な強者に勝つ確率が万に一つもないように今立っているだけでも奇跡に近い。


 踏み外すな。


 驕(おご)るな。


 一瞬の気の緩みが時間稼ぎという勝利条件を一気に敗北の色に染め上げる。


 しかし、近接戦闘で間合いの外にいるなんて目算はいともたやすく崩れ去っていった。やつと離れていただろう距離は3歩ほどで詰められ大きく振りかぶった片方の長剣。


 だが不可解だ。流れる時が崩壊したかのような一瞬で奴の短剣が無いという違和感に注目したのだ。


 背に隠された黒い腕が2本、右腕だ。その2本の腕が振り下ろされようとしている長剣の裏に隠れている黒い腕に握られた2本の刃が息をひそめている。


 振り下ろされた衝撃は避けることかなわず、刀で3本の衝撃を一手に引き受けると血飛沫が飛んだ。


 刃は体に到達していないのに衝撃だけで体をもってかれ後方へと吹き飛ばす。


 意識がなくなる一歩手前で踏みとどまったが、その間奴の追撃はなかった。しかし、地面に刺さる長剣の元まで戻っていくのを見届け悟る。


 次の一撃はまずい。純粋で本能的な叫びが体からあふれる。


 逃げなくちゃ────


 しかし、えぐり取られた地面は足場を悪くしていて思うように進めない。そして大きく二つに割れた地面に挟まれたことに気づいた時、片手に握られた長剣を軽々と振るうリョウマは不敵な笑みを浮かべた。


「終わりだ」


「まずい────」


 地面へと突き刺された長剣を引き抜き赤黒い光が半月を描くように斬撃を飛ばした。高速でもって迫るその斬撃は地面を切り崩す。


 避けられない。震える足は最期の踏ん張りを見せる。


 まだ手段は残っている。鞘へと刀を収め前傾姿勢を取った。左手で鞘を斜め前へと突き出し右手をその先に添える。


 轟音が間近まで迫る一瞬を感じ取り放つ。


「天雷一閃!!」


 雷鳴が轟く。衝撃に打ち勝つのではなく打ち消すため命を賭けた桜に乗せた一振りは、今までに放ったものと比べ物にならないほどの威力を有していた。


 しかし、斬撃による衝撃はそれをも上回り、もはや人間のなせる技をとうに超えた技を超すため、どれだけの経験を培おうと抗えるものではないことを物語る。


 経験という経験なんて培った記憶……無いんだけどね。


 ぶつかった衝撃は、体を吹き飛ばす。


  浮き上がる体を留める物はない。奥へと飛ばされ都庁から落ちるか落ちないかのところまで飛ばされてしまった。


 ヘリポートの面影はもうない。


「逃げ場はもうねぇな。覚悟はできているな?」


 そっと聞こえるやつの声。目の前まで迫っていることを知らせている。


「────」


 声が出ない。


「初心者の分際で、ここまで持った奴は初めてだ。いずれ強者にもなっただろう。だが、自身の選択を呪うんだな。所詮弱いやつは多かれ少なかれ早く死んでいく」


 黒い腕に握られた長剣は天を仰ぎ、逆手に持たれた凶器を最後まで見届けることなくゆっくりと目を閉じた。


 父さん、母さん、弟のカズアキ……家族に────


 また会える。




 何かがはじける音がした。目を開けると黒い腕がちぎれて目の前に落ちている。


「っく?! すんなりとはいかせてくれねぇかよ」


 空を切る何かの後にもう片方の棟から銃声が遅れてやってくる。


 何が起きているのか理解できない。そして、夕日の彼方から何かが近づいてくる音が聞こえた。


 飛行機?


 夕日に染め上げられた機体は、赤ではない。青々とした機体はヘリを越えて衝撃を走らせていった。


 そして、その機体から投げ出された何かがリョウマにぶつかった。


「龍絶断頭(りゅうぜつだんとう)!!!」


 輝きと供に槍が出現し大きく振りかぶる。綺麗に描かれた円弧は火花を散らせ赤い炎でもってその場を彩った。


 高速の機体に投げ出されたのは、機械でもミサイルでもない。人間だった。


 多分、自分より若い。


 白銀の鎧で身を包み、綺麗なナイフが腰に差してある。西洋甲冑にも見えるが構造からして少し違う。動きやすさを重視されつつも守るべきところはしっかりと守られるような設計で白銀の鎧の隙間から赤い光が随所に漏れている。


 もはやアニメか漫画の世界だ。


 二人はぶつかる。


 衝撃音が遅れてやってきて、剣と青龍刀のような槍がぶつかり合う様は、現実感を大きく突き放す。飛ばされたら都庁から落ちてしまうため全力でその場にとどまろうと力いっぱい地面を掴む。


「タイミング悪すぎだぜ? ツキシマ!!」


 ツキシマ……ってあの旭日隊総隊長の?


「間に合った!! ヒカリ!」


 誰かの名を呼ぶと隣の棟から無数の何かが飛んでくるのが見えた。


「っく! 隣にいやがったのか」


「運が悪かったって所だね」


 リョウマは飛んでくる何かを黒い腕で握られた短剣で叩き落していく。地面に落ちるその何かは、矢だった。


 叩き落しきれず体に刺さった矢から血がにじむ。


「お前らにしては、用意がいいじゃねぇかよ」


「たまたまさ。ここは何かと要だからさ。さて、新人君がピンチだし、今日こそ逃がさないぞ。リョウマ!!」


「っち!!」


 瞬間、二人を中心に空気が変わり頂点の戦いが始まった。

 ピリピリとした空気はより一層重くなる。


 ツキシマの握られていた槍は、再度光と供に姿を変え刀へと変貌した。


 見たことのある造形だ。白い鞘に白い柄、そして白い刀身。


「相変わらず厄介な武器だ」


「君のもの程じゃないさ」


 地面を蹴る。えぐれた足場の悪い場所を難なく移動し互いの間合いに入り込む。気が付いたらリョウマの腕は黒い腕が左右に2本ずつ生え、合計4本になっていた。それぞれ生身の手には長剣2本、黒い腕には長剣2本と短剣2本が握られる。


 今まで戦っていた光景はまるで遊びと思わせるかのように彼らはぶつかり合う。


 地面を蹴り向かう先が見えないほどに移動は高速だ。何度も飛ぶ斬撃とぶつかり合う剣撃は、線の軌跡として残り空間だけを切り取った。


 勝負は過熱する。間合いを取ろうとするリョウマに対して負傷した箇所を逃すまいと詰めるべく後をぴったりと追うツキシマ。その間も矢による遠距離からの追撃は止まず防戦を強いられるリョウマ。


 だが、リョウマの右手に握られる剣がそれを許さないかのように赤く光りつつある。


 その光が頂点に達した時、攻勢に出た。


「クルーセム・グラディオ!!」


 剣で十字に残像を残しそれが斬撃として飛ぶ。熱を帯びた残像が悲鳴にも似た音を響かせ接近したツキシマを襲う。


 しかし、ツキシマも敗けてはいない。より低い姿勢を取り


「雷神殺(らいじんごろし)!!」


 鞘から零れる光は、いつも見ていたものと違い雷が零れていた。たまらず静電気が火花をあげ爆発していく。手元でそんな現象が起きてしまえば恐怖で手を放してしまいそうになるだけの音がしている。


 しかし、ツキシマは離さない。そして静電気が破裂する音がかわいく聞こえる程の爆発が抜刀と同時に十字の残像を捉えた。


 天雷一閃とはまた違う。なんで同じ刀がツキシマの手に握られているのかわからない。


 二人の技と技がぶつかった時、再度ツキシマの手元が光る。今度は、短剣だ。


 黒曜石で加工されたような。透き通るほどの黒い短剣。振るたびに黒い何かが空に残る。


 それがしばらく宙にとどまり方向を定め飛んでいきリョウマを襲う。


「ここまでだ!!」


「まだだああああ!!!」


 リョウマは両の手をあげ地面に長剣を振り下ろし爆発させ煙を巻き上げた。


「旭日隊め……くそ!!! 今回ばかりは誤算だった。ヘリもこんな状況じゃ使えねぇからな。ルート!!」


 ヘリは、真っ逆さまに落ちていく。


「「な?!」」


 しばらくして爆発音が聞こえ地面を揺らした。


「今回は、このまま引き下がってやる。だが忘れるな!! 俺は絶対にあきらめない。お前らが作り上げた世の中をすべてひっくり返してやる。その時まで糞みたいな平和を謳歌するがいいさ」


「だけど、どうするんだい? あんたの逃げ道はもうないと思うけどね。ヘリ落ちちゃったし、落ちてなくても乗ってきたF-2Aでずっと追跡するけどね」


「っは! 知れたこと。このまま落ちればいいのさ」


 リョウマはそう言って屋上から飛び降りた。


「なにを?!」


 その後、リョウマがどうなったのかはよくわからない。後を見届けたツキシマさんが言うには、壁に張り付いていた黒い長髪の男が空に開くという文字を描いてその中へと二人とも消えてしまったそうだ。

 

 体の力が一気に抜けていくのを感じる。

 

 体中が痛くて動けない。


「おい、大丈夫か?! って!! ひどい負傷じゃないか!!」


 ツキシマさんの声がする。短剣が光り、先が輪になってる杖になった。輪についている無数の細いものをシャンシャンと鳴らす。


 青白い光を向けてくれている。


 感覚がない。


 意識が遠くなる。


 光が……見え……ない────

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