第40話 -理想-
衝撃が地響きを奏でる。地面は軽くひびが入り常人であれば確実に骨は砕けただろう。
だが、目の前に現れた人間……は立っていた。
気づかなかった。もうヘリの音が大きい。だいぶ近くまで来ていると気づいた時にはもう真上まで来ていた。
目の前の男は赤黒い鱗のようなフード付きコートを身にまとい。下には綺麗な甲冑と立派な鱗の付いた装飾のある防具に守られている。腰にサユキの握っていた得物より一回り大きい剣が左右2本づつ差してあり、その2本の下には一本ずつの短剣が備え付けられていた。
男は笑う。
「────あっはっはっはっはっは!! 良いショーだ。一方は目の前の者を守るべく戦い。もう一方は、囚われの者のため戦う。実に素晴らしい! 喜劇か悲劇なのか生きるべく守るため戦う。最後に残るのは強者のみ。鍛錬を忘れるな。常に戦いは一寸先の未来を創るんだからな」
重くのしかかる。感じることのないような重さが言葉と供に体の自由を奪う。
威厳、威圧、脅威、威嚇……プレッシャーとも呼べるその者の発する何かは、フタガミやオカダの物とは比べ物にならないほどの物だった。
「────ボス」
オカダはそう言った。この男が三黒の……犯罪組織のボス。
「たまらず降りてきちまったぜ? ムネチカがまさかてこずってるなんて思ってもみなかったからな」
「これは……」
「それにフタガミは────」
その時、背より黒い腕が伸びるのが見えた。見間違いじゃない。違う場所から伸びる不気味な黒い腕は、長剣を掴んだ。そして勢いよく地面へと突き刺して鳴らす。
「傑作だ。二人揃っていながら敗北とはな……暗器が聞いてあきれる」
「……」
「まあいい。こうして目の前に戌刻の武器があるんだ。幸運とも言える。そうだろ?兄弟。てなわけで俺は、今とても機嫌がいい」
男は、伸びた黒い腕で地面に刺した長剣を引き抜き鞘に納めこちらへとくる。
体が動かない。違う。無理だ。刀が震える。押しつぶされそうなほどの威圧が鋭い眼光を通して襲い来る。
「報告は聴いている。俺は水上 龍眞(ミカミ リョウマ)だ。まずは、ここまで善戦したことを賛辞しようじゃないか。シラヌイ ハルヒト」
こいつが、三黒のボス……
言葉が出ない。冗談抜きで話ができない。口を開こうにも恐怖で心をえぐるような感覚に支配される。
『いつでもお前の心臓を握りつぶせるんだぞ』と言ってる。自分の体が自分のものじゃなくなったような感じだ。
「っふ────しゃべることはできないか。ムネチカをそこまで追い詰めるだけの力量をもっていても未熟。12神の加護を受けた武器を持とうと所持者が未熟では話にならねぇってか?」
「未熟……なのは確か。だけど────」
「敗けるわけにはいかない……ってか?」
リョウマは腕を組み。射殺す程の鋭い視線を突き付けてゆっくりと口を開いた。
「もはや動けないような虫を踏み殺したところで意味はない。だが、面白い。マコトを倒し、ムネチカをここまで追い詰めるお前の持つポテンシャルには価値がある。一つチャンスをやろうか」
「チャンス……?」
「そうだ。俺たちに加われ。そうすれば、このどうしよもない現状をどうにかできるだろう」
「……」
「弱者の時代は終わる。多数決がすべてであり多い者が正義。その多いだけで固まった人間が作る常識(ルール)。そんなつまらない時代は異界の始まりと供に消えていく。そして個々が兵器を越えうる力を持ち。信念の活きる時代が幕を開ける。そこにあるのは弱者同士が烏合の衆となり惰性のまま束ねられた世界ではない。強者同士が力を行使し飽くなき研鑽の日常が始まるだろう」
「強者が……」
「そうだ。フランス革命然り世間を賑わせた問題でもそうだ。口々に人々は思いのままに好き勝手を言う。何もできないし何もしないままにだ。そして問題を作り上げた犯人を吊し上げ袋叩きにする。行き過ぎた集団はとどまることを知らない。処刑台にすら簡単に上がらせるだけの残忍さを持ち合わせているんだからな」
そして剣を手に取り目の前に突き立てて見せた。
「俺は、一人で何もできず傲り倒す弱者の時代を終わらせる。現政権は、時代の遺物を引き継ぎ保守に走った。今なおうごめく影に目を逸らし今ある平和に尽力することしかできないでいるのもすべて足を引っ張るやつらがいるせいに他ならない。個人の力が集団を越えた今、阻む者がいるのだとするなら倒すだけだ。そうだろう? そして強者による新たな抑止力が世界を平和にする」
「リョウマ……さんは、その世界のために今戦っていると?」
「そうだ。今ある研鑽の無い平和はいずれ来る残忍な未来を防げはしない。ならばどうだ? 俺と供に剣を取らないか?」
「俺は────」
強い人を立たせることで新しい平和の形を作るってこと……か。
わからない。
でも、民主主義の世の中ってつまり強者も弱者も誰でも同じ声をあげることのできる世の中だ。だからって一番多いところが必ず正義だっていうのは、あまり良いとは思えない。
だけど、それらすべてを排除して、強者がすべてを握るのって……つまり暴力で物事を進めるってことなんじゃないか?
今もそうだ。
レナは力ずくで連れていかれそうになってる。強者が作る世界ってつまり自分の思い描く偏った平和を作り出すってことに他ならないんじゃないか。
結局何が一番かなんて決められない。何がいいかなんてわからない。今のところ良いか悪いか、正義か悪かの極端な話しかない。
「今ある平和とか、強者が作る世界とか……弱者が作ってきた世界とか、興味はなかったです。だけどあなたのその話だと結局、強者の好きにできる横暴な世界が広がるだけなんじゃないんですか? 私は、そんな世界には賛同しかねます」
「理解はできないか。交渉……決裂だな」
「はい」
「ならば、弱いその手でどうこの場を生き延びるか証明してみせろ!」
握られた剣に赤黒い光が集中する。
「サユキ、レナ!! 逃げろ!!!」
「は、はい」
レナは、状況を理解したかのように答えるしかし、「でも……」サユキはとどまろうとする。
「武器が無いのなら足手まといです。少なくとも今生き延びることだけを考えてください!!」
「────わかった! 絶対、死んじゃだめですからね!!」
二人は走る。シロが先導して駆けて行く。
「逃がすか!!」
リョウマは、片方の長剣を握りしめ下段からの切り上げをその場でして見せた。その瞬間空気を斬るように地面がえぐれ2人のいるところへとまっすぐ斬撃を飛ばしたのだ。
やばい、アニメでしか見たことのないような光景だ。しっかりと斬撃のようなものを飛ばしている。二人にその攻撃が追い付こうとした瞬間。
「「シロ!!」」
シロが斬撃をかみ砕くように喰らい衝撃を殺した。
「ワン!!」
何もなかったようにシロは走る。二人はあっけに取られているがそんなことをしている場合ではない。出口へと到達し階段を下りて行った。
「あの犬……なんだ?」
「うちの可愛い柴犬です」
「ははっ! 飼い犬とは傑作だ。ムネチカ!! 奴らを追え!」
少し頷いてからオカダは、二人の後を追い始める。
「さて、これで1対1だ。今ならまだ遅くはない。俺たちと供に新しい世を見る気はないか?」
「新しい世……リョウマさんでしたよね」
「ああ、そうだ」
「さっき言った通り私の意見は変わらないです。強者が先導するその世界では、常に踏みにじられる存在がいます。涙を流す人がいる。怒りや憎しみにまみれる人もいるかもしれない。今だって多くの人が幸せになれない世の中なのかもしれない。だけど、少なくともあなたが掲げる理想より多くの人を救うことはできている。できるなら、俺はそんな世界を……みんなを守りたい」
「言いたいことは、それだけか?」
「はい」
「そうか、それなら……持して死ね」
轟音と供に迫りくる斬撃。これは受け止めてはだめだ。刀ごと吹き飛ばされてしまいそうな程の勢いのある斬撃を避けてもなお衝撃で態勢が持ってかれる。
桜花……命刀。
気が遠くなる。白黒に彩られ体は赤く染まる。
もはや体の感覚がない。動かす力もない。今動いているのは自分の意思によるものただそれだけだ。
誰も死なせたくない。あの時みたいに────
悲しみに浸りたくない。もう失う痛さはごめんだ。
目の前の男と対等にやりあえると思うな。
あいつの言う通り比較するなら俺は弱者だ。だが弱者なら弱者らしくもがいて足掻いて最後に強者の奢り散らした足を引っかけるぐらいのことをしないと死んでも死にきれない。
2人が助かる時間を稼ぐんだ。
自分の命が助かるのが今回の勝利条件じゃないのなら────
出し尽くしてやる。
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