第39話 -一振りに咲く-
体が重い。もう何段這いあがったかわからない。けど何とか体も動き始めて……息がすっごい切れるし汗がやばいけどまだいける。
「きゅ! っきゅ! っきゅ! っきゅ! っきゅ!」
何という応援だろう。
ビーが階段を上がるのを手伝おうとしている。もう、この姿を見て何も思わない人間がいるのだとするならモフモフ背教者だ。
きっと、背教者がいたとするのならば即刻死刑は免れないだろう。背教者は、モフモフの刑になり一生モフモフ地獄でモフモフを味わい。心がモフモフになるまで染めあげられることになるんだ。
────だめだ。
思考がやばくなってきた。落ち着け……変だぞ。落ち着くんだ。まだ疲れてない。少し疲れただけだ。
今は非常事態なんだ。レナが、サユキがピンチの時に何を変な事を考えているのか。
1段1段が遠い。気が遠くなりそうなほどに一歩が重い。そんな中でしばらく階段を上がっていると銃声音のような音が聞こえた。随分音が近い……屋上まであと少し、嫌な予感がする。
不安が重い足どりを早くさせた。
するとドアの前で置いてけぼりを食らってるシロを発見した。
「くぅ~ん……ワンワンワンワンワン!!」
「置いてかれたのか」
てことは、このドアの先に……レナとサユキがいる。
恐る恐るドアを開けて真っ先に目に飛び込んできたのは、レナだった。ハルバードを握って涙を流している。
どうしたんだ? あれ、サユキは……
「レナ!!」
その声を聴いて体が動いた。
今動かないと絶対に間に合わない。刀の男は、大きく刀を振り上げ足で押さえつけているサユキに留めを刺そうとしていた。
────桜花命刀。
全身の筋肉が震え上がる。鼓動が加速する。何もかもが白と黒に彩られ次第に赤く染め上げられた。
力いっぱい地面を蹴る。崩れ落ちるような歩法を意識する余裕なんてそこにはない。あるのはただひたすらに『守らなきゃいけない』という意思だった。
この刃をあの男に届かせるため全力で踏み込む。
奴と目があった。
「来たな……」
まるで待っていたというような目をして振り上げた刀をこちらに向け一撃を受け止めた。
白き刀の一撃を受け止めた刹那、奴の表情は変わる。
こぼれるような衝撃は収まらず奴は10m程、衝撃で後退することになった。
「おっとっとっと……来ると思ってたぜヒーロー!!」
ヘリの音がだんだん近づいてくる。
顔から冷気が伝わる。仮面はやけに冷く感じる。
気が付くと鼓動の加速は収まっていた。体中が痛い。最期の手段って言ってた理由が何となくわかるほどに消耗が激しい。
夢じゃない。しっかりと実在した。
「ハルさん……ごめんなさい」
「間に合って良かった。これでお相子ですね。立てますか?」
今、サユキがどういう状態かは見れない。振り向くだけの力もない。奴を見るだけで精一杯だ。
「はい……」
「レナを連れて逃げて」
「わかりました────ハルさん! 血が」
気が付くと右の手から血が滴り落ちていた。
「大丈夫……多分、こういうことなんだ」
立っているのもやっとだ。さっき一瞬だけ出せたあの技……技なんかじゃない。命を削るようなそんな力だ。
「ワンワン!!」
レナがシロにつられるように走ってくる。サユキの元まで駆け寄り手を握った。
「サユキさん! よかった……生きてる。もうだめかと!!」
「ごめんね。心配かけちゃった」
「ワン!! ワンワンワン!!」
速くしろと吠える様に出口に目を向けたりしてるシロ。
IQ……高いな。
「再会のところ悪いが、俺も逃がすつもりはない。まさかお兄ちゃんにそんな隠し玉があるなんて知らなかったぜ。ありゃ魔法か?」
すっと刀を機械的なボンベの付いた鞘に戻す。
「隠してなんていませんよ。魔法かどうかもわかりません。なんか……さっき見つけたところですから」
「みつけたところ……か。けどまあ、あんなの見せられちゃ全力で行かせてもらうしか……ないな」
眼つきが変わった。獲物を射殺すような視線を感じる。
自然と体が震える。
ビーは委縮しサユキもレナも動けないでいるがシロは後ろで平然とこちらを見ていた。
「旭日隊元隊長の全力を受けられるなんて戦闘狂とかだったら光栄に感じるんでしょうけど……凡人にはつらい視線ですね」
「はは、仮面の下でどんな顔してるのかわからねぇが、悪くない表情をしてると思うが……どうだい?」
「そう……ですか」
互いににらみ合う。
風が冷たい。刀を収めた時……一瞬だけ風がやんだ。
「さあ、俺の刀を止めてみろ!!!」
奴は駆ける。一直線に駆けてくる。
このまま近づかれては、後ろにいるサユキとレナを巻き込みかねない。走り出すだけの余裕なんてない。
なら……
体に桜の花を咲かせる。鮮血で染まった体は削られた命を表してるのかもしれない。桜花命刀は言ってしまえばそんな技なのかもしれない。
持続するかなんてわからない。さっきみたいに一瞬で終わってしまうかもしれない。
赤い光が見えた。怒りに満ちたあの時とは違う。鼓動が加速する。血が沸騰する。外気の冷たさとは裏腹に熱を持った体から赤い湯気が出ている。
視界が色を忘れ、大切なものを守る為だけに生命力が集中していくのを感じた。
命を削り持ちうる力のすべてを刀に乗せる。
一瞬だけ使った時、そのすべてを受け入れたか様に感じ取ったあの感覚が再び襲い来る。
地面を強く蹴る。勢い余り空気の抵抗を感じながら迫るやつの間合いに入った瞬間、空気の抜けるような音と供に抜刀が繰り出された。
こちらもその一瞬を合わせる。
普通だったら手の動きなんか見えるはずがない。
だが奴から放たれた一撃を捉え、こちらの抜刀で相殺させる。
「天雷一閃」
轟雷が落ちる如き音が鳴り響く。血飛沫が見えるが自身の血であることに気づき身体は綺麗な桜のような色を咲かせていた。
咲いた桜は、鉄にも似た匂いを漂わせる。
相殺した衝撃に互いは、押しのけられる。再び前傾姿勢を取り前へと駆けだして刀を振るった。
「「!!」」
声なき声で互いが斬撃を繰り出していく。
刀身を何度も相手へと届かせるために打ち合うが防いでは、返して、攻めて防いでく膠着状態になる。
その間も体の動きは止めない。
止まらない。
奴も全力でこちらを仕留めようと来ている。
速度は互角。上段からの斬り込みと見せかけて突きに変わる斬撃は見事。やつのかわるがわる繰り出される技はどれも洗練されていて鋭い。
しかし、そんな磨かれた技は、体をかすめることはなかった。
世界が遅いんだ。
奴の行動や意図が変わる瞬間に空気を通して知らせてくる。そんな予想が予測すらをも関係のない色のない世界で攻撃を受けるはずもなく奴の刀を弾き返していく。
返した衝撃に身を任せ奴の刀が離れたところで横薙ぎを入れるも体を素早く伏せて紙一重で避けられた。
互いが互いの侵入を阻む刀をいかに無力化するか、しかし刀を抑えた後にぶつかり合ったのは己の体。
身を翻し、すれ違い様に剣撃を見舞おうとするも死角より攻めた攻撃は防がれる。
どうして、自分がこんな技を身に着けているのか。技の名前なんてない。人と戦うのなんてこれで4度目だ。
そのうち3回は殺し合いになっている。
でもだ。そんな対人戦闘において経験が浅いはずなのに、この刀で何度も人を殺したことがあるかのような。そんな錯覚に襲われる時がある。
刀と刀がぶつかり合い。ガラスがわれるより鋭い音が鳴り響いた時、技と技がぶつかった。
「富嶽崩天(ふがくほうてん)!」
「鬼人絶倒(きじんぜっとう)!」
身を翻し刀を元の位置に戻す勢いに任せるがままに刀を上段から振り下ろす。奴は下段から腰の回転力を駆使した力を利用し、青い稲妻をまとう鋭い斬撃でもって切り上げた。
すれ違い様に隙を狙ったはずの技が互いの技を捉える形になる。
衝撃は強かった。
予想を超えた力で打たれ、二転三転と後方へ飛ばされてしまった。
「ハルさん!!」
奴も勢い余った上段からの振り下ろしの衝撃を逃がしきれず強く地面に叩きつけられる。
あの時と同じだ。
「まだ……まだだ……」
この程度で倒れるはずはない。
体中が痛い。立ち上がった足は震えている。血がしたたり落ちる。サユキの声が聞こえたような気がするがよくわからない。
鼓動は加速していく。息が苦しい。酸素が足りない。体中のエネルギーがなくなっていくのを感じる。
そんな状況でも奴は立ち上っていた。
「痛てぇ……、こんな強く叩きのめされたのはいつぶりだろうか」
「ここで……やられるわけにはいかない……!」
チームメンバーの命がかかってる。ここで二人を見捨てるくらいなら死んだ方がまだましだ。
そんなに付き合いの長い間柄じゃないんだけどさ。けどさ……守れるなら守りたいじゃないか。もう目の前で誰かが殺されていくのをただただ見ているなんてごめんだ。
「そうだな……俺もやられるわけにはいかねぇ」
互いに刀を構える。最期の一振りになるかもしれない。力を出し切るんだ。
足に力を入れて奴の元まで再び駆け出そうとした時だった。互いの目の前に何かが勢いよく降ってきた。
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