第36話 -仲間として-

「……!!」


 誰かが呼んでる。


「……さん!!」


 聞こえない。


 父上は、娘は……あの時、桜花命刀を受け継いだ。なんだろう……時代劇のような夢を見た。そんな感覚のはずなのに、胸が痛い。


 死んでほしくない。いつまでも長生きしてほしい。娘に幸せになってほしい。親孝行をしたかった。その先を見届けたかった。


 そんな、誰かの感情が刀を通して伝わり心へと流れる。


 これは夢だ。きっと……でも前にそんな夢を見た。


 誰かが泣いている。


 誰かが明日を生き抜くために刀を振るう。


 誰かが…………


「ハルさん!!!」


 気が付くと冷たい床に体を預けていた。目を覚ましただろうサユキが涙目になりながら必死に呼びかけていた。


「サユキ……さん?」


「ハルさん!! よかった…………いや、良くはないです。ああ、いやいや良くないわけじゃないのですがレナちゃんは?!」


 そうだ。あの男にレナは……


「レナさんは……あの元二番隊隊長とかいう岡田って人に連れていかれました。動けない私とサユキさんの命を助ける代わりにレナは、屋上へ……ヘリで回収されるみたいです」


「そんな……」


 速く立ち上がらないといけない。


 こうしてる間にもレナは……


 くそ。仲間の命を天秤にかけて連れ去ろうだなんて卑怯な……卑怯? いや違う。あの場で取引を持ち掛けなくてもレナを連れ去ることなんて簡単にできたはずだ。


 なのにどうして……いや、考えても埒が明かない。今は時間との勝負だ。何とかして屋上へ行ってレナの拉致を阻止しなくちゃいけない。


 体が動かない。なんでだよ……今こそ動かないといけないって時じゃないか。


 なんとか立ち上がろうと必死に手を、足を動かす。必死に動かそうともがいているとサユキは、腰に差してあったナイフを確かめる様に手にもって立ち上がった。


「ハルさんは、ここにいてください。私が行ってきます!」


 俺は動けない。だとしたらサユキ一人で屋上へと上がってレナの救出に乗り出さなくてはならない。


 きっとあの男は、フタガミ マコトより強い。


 あの時、渋谷で戦った時でさえ本気ではなかった。


 フタガミマコトとの戦いを肌で感じて緊迫した雰囲気を感じていたのに対して、そう言ったものはなく真剣な勝負ではなかったからだと思う。


 だとしたら……


「だめだ。一人でなんて無謀すぎる。それに武器だって……せめてこの刀を────」


「無謀かもしれないです。でも、あきらめられないじゃないですか。ここで行くのは、う~ん……これは個人的に心に決めていることでもありますからね。それにハルさんの刀って、もしかしたら三黒が狙ってるものかもしれないじゃないですか。私が持っていったら奴らの思い通りになっちゃうかもしれないですよ。この鎖の男だってハルさんが倒してくれたんですよね?」


「……なんとか、だったけど」


「ハルさんは、もう充分戦って頑張ってくれました────はぁ、私は弱いです。誰かを守れたりするだけの強さがあればいいな。なんて思って頑張ってきたけど結局……またハルさんに助けてもらっちゃいました。レナちゃんだって守れずにいる」


「でも……サユキさんがいなかったら俺もやられてました。弱くなんかないです」


「あはは、そうかな……けど、はるさんが動けないなら尚更です。休んでいてください。先輩探索員の底力、まだまだ、こんなものじゃないですからね。ナイフ一本でもそれなりに戦えますから!」


「きゅきゅきゅ!っきゅきゅ!」


 ビーがサユキの肩に乗るとほっぺにぺちぺちっと右前足でかわいらしいビンタ攻撃をした。


「ビー……ちゃん?」


「きゅ!」


 肩から降りて右前足を高らかに挙げる。


「うん、がんばる!」


「きゅきゅ」


 こんな状況でなければとても和やかな光景だ。身体は動かないし、なんかもう、どうしよもない感じだ。


「それじゃ、行ってきますね」


 サユキが駆けて行く。その背を見つめるビーはなんだか不安げだ。すると後ろをシロがついていった。


「ワン!」


 あれ、シロも? いや、シロは伊達に長生きしてきてる犬じゃないから大丈夫だろう。たぶん……でもどうしてついていったんだろ。


 いろいろ考えたいことがいっぱいだけど、まずは屋上へ行くために動かなくては────


「休んでてくださいって……そりゃ無理だ」


 体を這わせる。階段へ一歩? 一歩じゃないけど、また一歩と前に体を持っていく。


 ここで動かなかったら一生後悔する。


 休んでなんかいられない。


『短い間……でした。ありがとうございます』って言ってたあの時、なんとなくレナは覚悟していたような感じだった


 取引に応じてハルバードを握っていた手の震えが収まったのがその証だと思う。


 前いたチームが崩壊したのは、半ばレナが回復魔法を扱えたがために起きてしまったような事件だった……のかもしれない。現にあの岡田って元二番隊の人は俺の持ってる刀じゃなくてレナを連れて行った。


 俺たちの命が助かると思いきやすんなりと受け入れて自分を差し出すとか……とても優しい仲間じゃないか。


 ここで助けに行かなくて……レナのチームメンバーが務まるだろうか。


 刀を杖にする。ビーが横で「きゅ!っきゅ!っきゅ!っきゅ!」と右前足を回して応援してる。


 ほんとIQ高いなお前……


 桜花命刀……どういったものなんだろう。極光之構みたいに幸せだった思い出に浸らないと出せないような技だったらどうしよう。


 天雷一閃のような技か、自分の力を強化するようなものなのか……あの夢だけだとよくわからなかった。


 ありもしないような、ふと見た夢を頼りにするとか我ながらどうかしてる。


 ただ、守りたいものを守り抜くだけの力を秘めているっていうのだけは何となく伝わった。


 ここで使わなかったらいったい何のための技なのか……いままでの不可思議な出来事を踏まえるとありもしないはずのものが、ありえてしまうように感じる。


 なんとかして上へたどり着かなければならない。絶対にレナを助けるんだ。


 たとえ……これはいいか。後のことは後で考えて今は急ごう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る