第35話 -桜散り振るう刀に命をのせる-
フタガミ マコトは短剣を握る。折れた片腕の痛みを気にする暇もなく残された腕ですべてを出し切るように踏み込んだ。
「であああああああ!!!!」
振り上げた短剣は、目が覚めたような鋭さを持ち今までになかった迫力を持っていた。
「はぁああああああ!!!!」
奴は全力だ。彼もそこに至るだけの何かがあったのは確かだ。だけど……だけどさ。誰かを無理やり排除して強引に成し遂げるって理念のようなものは賛同できない。
きっと、その誰かを排除した先に怨嗟の念みたいなものが生まれて、また彼のような人間を作り出すんだと思う。
正直に言うと気持ちはわかる。
向けるべき憎しみが魔物であったのが俺……なんだと思う。だけど奴は、それを向けた先が人間なだけだったんだ。
何も不思議な話じゃない。相容れないわけでもないよう気もする。
だから奴のその全力に、思いに応えよう。
結局、言葉で理解し合えないなら戦うしかない。話し合いの通じる相手だけが手と手を取って平和を構築できる唯一の争いのない平和への方法なんだ。
身体は古いブリキにでもなったみたいに動きずらい。
でも……
「「敗けるわけにはいかない!!」」
奪われたくない。守りたいものが背にあるのなら。
短剣と刀がぶつかり合った。互いに息は上がり、体はボロボロだ。短剣を弾き、また切り結ぶ。
何度も打ち合った。
刀は、もう持ち上がらない。短剣は地に落ちた時、互いの拳によって決着の時が来た。
その時だった。
奴は目をつぶりすべてを受け入れたかのようにつぶやいた。
「もう一度……」
手の力を最大限入れるように握りしめ大きく振りかぶって拳を突き出した。
体は、ボロボロだ。気力も体力も残っていない。
「ハルヒトさん!」
ゆっくり倒れるのを見届け視界が横になった。レナの声がするけど……どうしたんだろ。いやそうじゃなくて早く立たなくちゃ。
暖かい日の光のようなものが体中を包み込む。なんて心地良い感覚なんだろう。さっきまでの痛みが嘘みたいにだんだん晴れていく。
きっと……レナが治療してくれているんだ。切り抜けたんだ……
痛く感じる拳は、殴った痛みではないことに気づくのに少し時間がかかった。それよりも、サユキとレナが無事であることに安堵するべきなんだろうな。
フタガミ マコト……とても強かった。その強さをもっと、もっとさ。世の中が良くなるために使えれば彼もこんな殺しなんてやらなくてもよかっただろうに……
あの時こうだったら、このときああだったら、ああしてれば、こうしてれば……過ぎたことを言ってもしょうがないけどさ。
きっと、置かれた境遇のせいで彼を暗殺の鬼にしたんだろうな。推測しかできないけど理由はどうであれ彼は強かった。
回復魔法の暖かいぬくもりに包み込まれる中、無慈悲に体の芯を突くようなやる気のない声がした。
「あ~あ、やられちゃってるねぇ」
突然、聞き覚えのある男の声がした。嘘だろ……ここで、こんな時に……タイミングが悪い。悪くなくたって勝てるかどうかわからない相手だってのに……
サユキは……だめだ。今なんとか動けるのはレナと……倒れてる俺だけだ。
腰に機械のようなものを取り付け刀と2本のガスボンベが差してある。戦国武者を思わせるような鎧をちらつかせ、その上にコートのようなものを羽織っている。
「あ……あなたは?」
「初めましてだな。嬢ちゃんとは……あんたが聞いた回復魔法使う娘か、ハルバード持ってるって今までにない術師だが本当に務まるのかねぇ……」
「何を……言っているんですか?」
「ま、なんでもいいこと。簡単に用件を言うと、あんたを拉致しに来た。そんでこいつは、突っ走ってこのありさまってわけだ。なめたら痛い目を見るって言ったんだがなぁ……ったく。仕事ってのはこんなにうまくいかないもんかねぇ」
ハルバードを構えるレナ。刃先は震え今にも押しつぶされてしまいそうなほどに腰が引けている。
この男と初めて対峙した時、こいつの底知れない強さを感じながら戦ったのをこの腕で覚えている。レナもきっとその気迫に押しつぶされそうになってるに違いない。
体が、動かない。
奴らの目的は、レナとこの刀だ。レナを逃がして刀だけを奴らに渡すことだってできる。
なんとかしてレナを、この場から逃がさないと……
「そこを……動かないでください! それ以上前へ出ると刺します!!!」
「いやはや、刺されるのはいやだねぇ、なら……こうしようか。お嬢ちゃんがおとなしくこっちに来てくれたら二人は見逃そう。俺は、もともと知っての通り旭日隊二番隊隊長って頭張ってた人間だ。人を殺すってのは心が痛んでいけない。それに目的って言ったらまあ……正直この目的はできたらよし、できなかったら仕方なしみたいなところもあるからねぇ。今のところ、成功はしてるからどうでもいいっちゃどうでもいいんだ。こいつも伸びてるし……回収が面倒だ。任せるがけどな。もとより失敗したやつの引継ぎだしな……やる気がねぇ。」
「それは……」
「すまないね、ただの愚痴だ」
だめだ。行っちゃだめだ。
言葉が出ない。うつ伏せになり、思うように体が動かせず奴がいるところを見るだけしかできないでいる。
「わかりました。私が行ったらハルヒトさんとサユキさんには何もしないんですよね」
「物分かりが良くて助かる。お嬢ちゃんのその認識で間違いはない。さてさて屋上で回収用のヘリが来る手はずになってるんだぁ。エレベーターは止まってるから階段で屋上まで行けるな?」
「はい……」
歩いていくレナ。その後ろ姿をただただ見ることしかできないできる。動け……体。ここで立たないで、何になる。なんで動かないんだ。
回復した跡が仄かに暖かい。
「久しぶり、じゃねぇか。お兄ちゃんよ。お嬢ちゃんは悪いようにはしねぇから安心しな」
なんだ? こっちを見た時一瞬だけ笑ったような。それに……いやいや、そんなところ考えてる場合じゃない。
レナが通り過ぎていく。
「短い間……でした。ありがとうございます。ビーちゃん、ご主人様を守ってね」
「きゅ……きゅきゅ!!」
ビーを下ろし、その言葉を残して彼女は刀の男と階段を上がって行く。
意識が遠くなった。目の前が霞んでいく。もっと、強かったらこんなことにならなくてすんだのに……その時、懐かしい景色を見た。
「キクよ……」
「何でしょうか。御父上」
初春の冷たい風とお父様のやせた顔がどことなく切ない。病に侵されて幾日か、ここまで弱られてしまっては家督をどう次ぐかといった話になるのかと身構えていた。
「わしを……道場まで連れて行ってはくれぬか?」
「お体に障ります。もうじき暖かい季節になりましょう。元気になって、また御父上の美しき白き刀の演武を披露してくださいませ。私は、その時までに腕を磨きまた稽古をつけてただきたいと考えております」
「はっはっ────」
咳き込み、むせかえる父上の目は光を失いつつあるようで怖かった。
「もう……とっくにわしを越えておる。私の大事な娘よ……わしは……いや、俺はもう長くはない」
「何をおっしゃいますか! そんな……剣豪とうたわれた御父上が仰られることではございませぬ!!」
「そうか……ははは、そうだな。よくできた子だ。今まで厳しいことばかり言ってきたが本当は、だれの目もなければずっと、ずっと優しい父親でありたいと思っておったが、お前は昔からそそっかしい上に活発で、勝気で、男勝りな所がな。門下生の皆を次々と打ち負かせていったのには驚いた。さすがは我が娘。白き刀などなくともここまで強くなれると……それ故に、強くあれと世の中の酷さに負けず強くあってほしいと願ってしまったが故の厳しさだ。許せと言っても時すでに遅し、というやつか」
「そんなことはございません……御父上は、私の誇りです。昔も今も……強くて家族を皆を守ってくれた優しい御父上です」
「そんな褒めても何もではしないぞ? まあ、そうだな。こんな父親の……俺の最期の教えと思って……この剣を伝えたい」
「御父上……」
「刀はあるか?」
「あります。ですが……」
「行こう」
ふらふらになった体で立ち上がる父上の背中は、いつの間にか小さくなっていた。いや、大きかった父の背中はもうない。
あるのは、病に敗け床に臥せる大切な家族の姿だった。
かつて100人以上の門下生を抱えていた剣術道場も今や父上の病もあり廃れて次ぐものはいたが、父上は断固として譲らず道場の看板を下ろすことになった。
今は、叔父さんが始めたという農家が順調であるため、その手伝いをすることで生計を立てているから生活にはあまり困ってない。うん、困ってない。
「キク……」
「何でしょうか」
「ミコトという男であったか。今も慕っておるのか?」
「な、なにを申しておるのですか……そんなことは……もうありませぬ」
「そうか、わしとしては依然として反対だ。本家の者として力ある家として選び抜いたものでなければ婿は務まらない。剣術の道も家族を守るという使命も成し遂げるためには非常な選択を取らざる負えない」
「はい……わかっております」
「だがな、俺は……キクが彼を慕うのは良いことだと思っていたんだ。家長であるわしはもうじき消えゆく。反対だと言っていた手前言いにくいことではあるが主の幸せに生きれる道を探ってほしいと願っている」
「……」
涙が、自然とあふれてきた。あんなにも頑なであった父親が……あんなにも厳しかった父親が……これ以上の言葉も出ない。
声には出したくない。
先祖代々伝わる道場に足を踏み入れる。古い匂いが懐かしく。とても心地の良い感覚が全身をめぐって行った。
父上は、真剣を手に取る。そして白き刀を持ち正座をした。私も面と向かって正座をすると、父上は片方の刀を脇に置いて白き刀を私に両の手で渡した。
「何を……」
「形見だ。時が来れば使うなり売るなり好きにして良い」
「けれど……」
「長くはないと言っただろう。この姿勢もつらい。早くしてはくれぬか」
「承知しました」
御父上から白き刀を手渡され立ち上がり真剣を向けてきた。
「御父上?! いかがされ────」
「そこに直るのだ。これだけは俺が生み出した最期の力……もしかしたらかの魔の者が迫ってきた時にキクの大切なものを守り切れるだけの力を秘めた技を今……そなたに託そう」
「魔の者……でございますか?」
「魔の者だけではないがな。キクは見たことはないだろうが、その昔にはおった。今も平然とどこかに居を構え人間を食ろうてるやもしれぬ。さあ、抜くのだ」
立ち上がり、白き刀を抜いた。その瞬間刀より、ありとあらゆる何かを見せられたような感覚が後に残る。
「御父上……これは?!」
「そうか……お主もその刀の主人と見なされたか……よかった」
白き刀の刀身は白銀に輝き芸術の域を凌駕する美しさだった。まるで、お父様の演武を見ている時のような懐かしさを感じる。
「今より、そなたに託す奥義は最初で最期の奥義だ。それ以外に伝えられる物もあるが何せ時間はない。その奥義の名は、桜花命刀。自身の血を削り全身全霊でもって相手を斬り伏せる最期の手段となる奥義……キク達に危害を加えるような奴らが現れて、そいつが自身より強かった場合。どうしても守りたいものがある時に、この技を使えるように伝えたい」
「そんな奥義が……しかし、流派の考えと反します。己を助け、他者を助けることが絶対というのとは……」
「なに……反することはない。最期の手段と言ったのはやってみればわかる。俺の演武を覚えておろう? あれをなぞり気を高め集中するだけだ。やりすぎれば身を亡ぼす。限度というのが大事な技になる。心の準備はよいか?」
「……はい」
声が震える。できれば、シャキっと返事をしておきたい。『しっかり返事をせい』と叱る父の姿はもうない。
「さあ、俺の最期に咲かす桜の花をうまく伝えられるか……いざ、参る!!」
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