第34話 -焼かれた心は日の暖かさを知る-
攻撃を受けたサユキは後方へと吹っ飛ばされるのを横目に二撃目の大鎌が迫る。刀で受け止めるも弾き飛ばされ壁に強く打ち付けられた。
強い……力が違う。
探索してきただろう物が、身体能力の強化され具合が……そもそも自分達との格が違うのだ。
格上だ。魔物だと大きさや気迫で何となく伝わるような気がするが相手が人だとどれだけの力量を持っているかだなんて不明だ。
でも、ここまで戦ってみてわかる。今まで相対した中で確実に一番強い。
男は視線を落とした。
サユキは、ぐったりと倒れレナがサユキの名前を呼んでいるのが聞こえる。レナが震える手でハルバードを男に向けた。
男は静かに、ゆっくりと大鎌を振り上げ「ここまでだ」と呟く。
世界が……ゆっくりだ。男がゆっくりなんじゃない。なんだったっけ、ゾーンってやつだっけ。
でもさ、ゾーンに入ったってさ。あんな威力の大鎌をまた防ぐことなんて俺の腕じゃ良くて1撃が関の山だ。
どうしよもない。
なんでかな……俺があの時、無駄な正義感を持ったせいで奴を斬り損ねたから?大半の原因はそこなんだろうけど……
人を殺したくないとか……でも魔物は殺しているんだよな。
それに魔物を殺して戦利品を剥ぎ取って日々の収入にして、生きるために異界に入ってるんだし……まだ人を殺したことなんてないからできないとか、自分の手を汚したくないとか、そんな矮小な理由を心の中で持っていたせいでサユキもレナも死ぬのか。
後悔してもし足りない。
自分があまかった。どれだけ汚れようと、どれだけ両手を血に染めようとしたって仲間が、皆が生き残ったらそれでいいだろうに……
だめだ、心が目を閉ざそうとしてる。
だってそもそもあんな奴に勝てるわけないじゃん。
一回打ち合ったら吹っ飛ばされるし、腕はしびれて壊れそうになるし、肩も背中も痛くなるし……けどさ、今ここで何も出来なかったら────
短い期間だった。
サユキとあの大木の異界でばったりと会って、いきなり拳が石状の大猿と出くわしてなんとか倒して、久しぶりの再会でお互いが生きていたことに安堵した。
なんか、懐かしいな。そんな前でもないのにね。
そして、二人でさ。投げられた岩でふさがった出口を短剣と俺は脇差だったっけ。カリカリしてなんとか出口作って脱出したな。
ちょうど夕飯時だからって、ここから少し離れた最寄り駅でラーメン食べたっけ。あのラーメン屋どうしてるかな。まだつぶれてないといいけど。
その後は、調査を兼ねて大木の異界を二人でチームを組んで進んでって、お昼とかあのポカポカした異界の光の下で食べたなぁ。景色が良かったのを今でも覚えてる。独特な景色ではあるけどあれはあれでいいと思った。
それから探索を続けて階層を下っていく程に思いのほか魔物は強くなって苦戦したり、道中で遺跡を見つけて喜んでいたのがすごい印象に残ってる。
自分がもともと敬語口調だったし、ずっと一人でいることが多いから板についたっていうか……一人でしゃべってる時とかシロやビーになにかを問いかけてる時は、そういうの抜けてラフに喋れるってのに、人前……仲間なんだけど、やっぱり緊張して思うようにしゃべれないというか……敬語のが楽というかね。
やっぱりずっとそういう喋り方しかできなかったな。
それで気を使っているのかサユキも敬語口調だったし、余計……いやそのまま、変化がない方が楽だから変えなかったって言うのも俺はあるのかな。
その点に関していえばサユキは呼び方を変えてみようって提案したのってチャンスだったのかもしれない。
チームメンバーとして仲を深めるうえでだけど。
初めてのチームメンバー、華奢な体格なのになぜか前衛で重いクレイモアを扱っている。遺跡好きで不思議な先輩探索員で少しどこか抜けてるような大切な仲間……
なんで駆け出しの俺を気にかけて一緒に探索に来てくれてるのかわからないけど、まだまだこれからも探索をしていく仲であることには変わらないと思う。
まだあの大木の異界だって探索途中だ。
────失うわけにはいかない。
刀が呼応する。
やっぱり……そうなんだ。
生きた軌跡。楽しく、幸せに過ごした日々が力になる。
「楽しかったんだ……」
心が清む。いくつもの光が連なって、力をつなげていくようなそんな感覚が、あの感覚が……刀から感じる。
まだ、これからだ。
レナも加わってさ。他にもチームメンバーになる人もできるだろうし、その未来があるのだとすると一人この場を生き延びたとして迎えるのでは悲しすぎる。
冷静になれ、奴は焦っている。こちらに目もくれずレナとサユキの方を攻撃しようとしている。
つまり、サユキはまだ生きている。
希望的観測でしかないけど、三黒とか言う組織は回復魔法を使う女性を欲している。殺すとか皆殺しにするみたいな宣誓っぽいことをしてたけど、レナに直接の危害は加えないだろう。
違うかもしれない。でも、今はそういうことだ。
そこに賭けろ。
サユキに追い打ちをかけなくていいのであれば、まっさきに俺を攻撃しているはず。奴の大鎌をこれ以上撃たせてはならない。
「極光の構」
脳裏に閃く一筋の言葉を小さくつぶやいた。
それが力になる。
蛍灯が浮かび上がり、一歩、二歩と奴までの間合いをつめつつ刀を下段に構え一撃をたたき込んだ。
「?!」
咄嗟に大鎌を振り上げるのを中断し、防ぎきれないと見るや大鎌の鎖へとかろうじて攻撃を当てさせ回避する。
初撃は防がれた……だが、はじかれた勢いを利用して続けて刀を振り下ろす。
奴も負けじと大鎌を巧みに操り刀の勢いを相殺させていく。
破裂するような金属音が何度も鳴り響いた。
相手の刃が空を切るならばそこを狙う。しかし、敵も隙ができるのは、お見通しと言わんばかりに態勢を変え攻撃をやり過ごしつつ、その拍子に大鎌振り俺の守りなんてないがら空きの胸へと斬りつけようとする。
これを紙一重だ。身を翻し避ける。
何度もすれすれの攻防を繰り返した。
奴の大鎌が頬をかすめ、肩を少し抉る。俺の刀が奴の包帯を斬り、目深だったフードも斬れて切り傷で血が滴る。
生きた心地がしない。しかし、これ以上こいつの好きなようにはさせない。誰も死なせたくない。
互いに息が切れる。
奴の大鎌と刀がぶつかり合い。大鎌と刀の悲鳴が鳴り響き弾けた。刀は背に振りかぶるように持っていかれ仰け反る。
奴は好機だと大鎌の刃を俺の胸へと突き立てようとする。
でも、この態勢ならば!
「富嶽崩天(ふがくほうてん)!!」
勢いの籠る上段からの斬り降ろしは空を切る轟音に紛れ奴の大鎌ごと地面に叩きつけた。
「んが!!!」
大鎌に引っ張られるようにやつも地面に激突してからその場で宙に浮かび上がる。
そして、ゆっくりと流れるように刀を収めた。次で終わりだ。
「天雷一閃」
握る。
逆さであるのは性分なのかな。
抜刀する時の腕を振るという感触はなかった。ただ、刀を握った位置にあったはずの手が右にいつの間にか移動していたという感覚の後、雷に似た轟音だけが空を振動させる。
奴は、何度も地面に体を打ちつけながら転がっていく。右腕は、天雷一閃を直に受けた衝撃からかあらぬ方向へと曲がってしまっていた。
そして、転がる勢いも止まり、奴はピクリとも動かなくなった。
蛍灯が消えていく。自身の刀を握る腕が血にまみれ右腕の感覚がない。刀をそのまま落としてしまいしゃがみ込む。
「ハルヒトさん!」
レナが駆けてきた。横にシロがいる。
「きゅううう!!」
「ワンワンワン!」
シロは、心配そうに血が流れていく腕をなめてくれているけど……なめてくれている感触さえないほどに腕は動かない。
「腕! 今すぐ回復魔法をかけますからじっとしていてください」
「あり……がとう……」
あれ言葉がうまく出ない。でもこれだけは、少なくとも確認したい。後ろを振り向くだけの体力が何だかない。
「サユ……キ……は?」
「サユキさんなら、大丈夫です……衝撃が強かったみたいで気を失ってるだけでそれ以外は……大丈夫ですから!! じっとしていてください」
「そう……か」
思いのほか消耗が激しいみたいだ。いつもよりなんだか体がうまく動かせないでいる。きっと奴の力がそれだけ強くて、それをなんとか抑えようとギリギリの戦いになったからこんな有様なのかな。
なんとか勝てたのは運が良かった────
けれど、そんな希望を無慈悲に打ち砕くように目の前で物音がした。
「ま……けら……れ……ない」
咳をして息を吹き返したように奴は立ち上がろうとした。右腕は折れている。左腕も思うように動かせないでいるようだ。
震える手で腰に差してあった短剣を抜く。
まだ、立ち上がるのかよ。
レナに待機するように手を出し辛うじて動くようになった右手で刀を持ちげた。
「お……れは、あの人に……あの方……のために……お前らを……」
「どうして……」
「思い……出した…………炎……に焼か……れた────」
苦しそうに咳き込み奴は顔の包帯をすべてとった。焼かれただろう皮膚から覗く鋭い眼光は燃える炎を残してるかのようにこちらを見つめている。
「全てを……誇りも……プライドも全部……踏みにじられた。愛する人は……汚され。憎しみと怒りと……消えた心……醜い俺が…………残った!! あの人は……機会を……くれた。全てを……全てを消すだけの……俺は全て……殺した。憎かった奴らを……俺を見捨てた……この世の中も………………俺は許さない」
「そうか……」
突然、やつの鋭い眼光から一筋のしずくが零れ落ちた。
「っはは……ただ…………乾いた笑いが……なんで、涙が……お前の刀は……怖い。打ち合う度に大好きだった……幸せだった記憶が……そう、蛍灯のように目に……焼き付けられる。俺の炎は終わらない」
「もう……そんな涙は、流さないでください……」
奴の無表情だった顔は、涙と一緒にどこか悲し気で悔し気なものに変わっていた。
「そうなんだ。涙……涙が、涙が……ははははは!!、はぁ…………二神 真理(フタガミ マコト)、俺の名だ」
「白縫 春人(シラヌイ ハルヒト)です……」
「シラヌイ ハルヒト……君も炎なのか? 君のは暖かかったよ。さあ、この……炎を……消してくれ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます