第33話 -振り下ろされた一撃は遠い-
最初に走り出したのはサユキ。クレイモアを構えた姿勢のまま前へ出て繰り出される大鎌の攻撃を弾く。
しかし、奴の大鎌を弾いては戻しての動作が速くなっていった。近づかれたら厄介だという証拠だと思う。
だが、次々と繰り出される大鎌の攻撃は重く、クレイモアで受けて次の攻撃を捌くには間に合わない瞬間が生まれた。
ここだ。
サユキと迫りくる大鎌の間へと割って入り、はじいたばかりで剣の位置もままならないサユキのカバーに入る。
互いが互いの動きに合わせ次々と繰り出される大鎌を弾いていき徐々に間合いをつめる。
上段からの攻撃に対処した後、サユキが下段から繰り出された大鎌を弾く。右から、左から、斜めからと間髪入れずに打ち込んでくる大鎌を丁寧に勢いを殺しては受け止めていき前へと進んで行った。
ついに大鎌の男との距離が半分を切ったところで奴は叫んだ。
「デスサイズ!」
鎖が鞭のようにしなる。しならせた先でぶつかった地面はえぐれ、大鎌の回転速度が上昇した。
大鎌は壁をえぐるも回転音は鳴りやまずに一定であることから威力のすさまじさと衰えないがわかる。
これは受けきれるのか。
今までは、まだ少し仰け反るだけの強さだったから何とか耐えてきた。今度のはきっと受けた瞬間飛ばされるか斬られる。
だめだ。やるしかない。
突然、サユキが『待って』と言うようにハンドサインを示し再度クレイモアに両手を添えた。
「まだまだ! ブレード・ブレイク!!」
剣の勢いが増す。ぶつかり合う大鎌とクレイモアが甲高い金属音を響かせた。強い衝撃が走った後に大鎌は、強く壁へと刺ささる。
「ナイス」
前へと踏み込む。距離にして10mくらいか。
この歩法は、これであっているのかどうかは不確かだけど普段より速く動けてるようにも思える。これは思えているだけで傍から見れば変わってないのかもしれない。
けど、この距離なら────
「っく! お面野郎」
目の前に立った。
大鎌の男は、ナイフを取り出す。殺意の籠ったナイフを横目に頬をかすめた。
殺す気でいる。いや最初から殺す気でいた。殺す気でいたのなら容赦なくバッサリ切ってしまってもいいんじゃないか?
────そうだ殺しちまえ。
そいつはサユキを斬った。殺すつもりでいただろ? 下手したらあの一瞬で大事な仲間が一人死んでいたかもしれない。
レナがいなかったらどうだ? 回復なんてできずサユキは、その場で息絶えていたことだろうな。
なすすべなく。
どうせ奴は人殺しだ。命を狙ってきてる時点で釈明の余地もない。あの鎖鎌なんか大した使いっぷりじゃねぇか。
人に使うってのにさ。
ということは人殺しに刃を向けられてんのに殺しちゃいけないなんて思われるような道理が、倫理が、そんな理不尽で屑のような考え方がまかり通るって言うのなら。
この世の中お前が、そのままでいきていられる場所なんてありはしない。
殺せ……殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
俺から奪うやつは皆。
『滅ぼしてしまえ』
────刀に赤い光が灯る。心がすっとなるような心地の良い光。
「殺す……天雷いっせ────」
刀が悲鳴を上げた。全てを壊したくてしょうがない。滅びが、戌の指針に触れる。
「ワン!!!!」
今……何を。
「ハル!!!」
何を考えてるんだ。やばい。
すんでのところで下ろされたナイフを避ける。
刀を逆さにする。峰内にしたとして相手を殺さないとは限らないけど、絶対に殺すよりは幾分かは……
それに……こんな心じゃ誰の目も見れなくなってしまいそうだ。
「天雷一閃」
「んぐぁあああ!!」
男は、前へ何度か跳ねるように転がっていく。鎖が腰に巻き付いていたようで大鎌ごと引っ張られて行った。
息が切れる。今のは、一体なんだったのだろう。あの時、あの刀の男と戦った時に似た感触に近いけれどよりダイレクトで、とても重い何かに心が襲われたような……
「サユキさん! ハルヒトさん! 怪我は?」
「レナちゃん、とりあえず私は大丈夫。ハルさんも大丈夫……ってどうしたんですか?! 涙が……出て」
「え?」
「お面から涙が……」
涙? え、今って面をかぶって……
そっと狐の面に触れると頬のところが濡れていた。どうして、お面から涙が……自分の頬を触っても特に涙で濡れているようなことはない。
「お面も泣きたい気分……だった?」
「そう?……かもしれないですけど普通に怪奇現象ですよ?」
「確かに……」
鎖が揺れる音がした。
「きゅきゅ!!!」
「二人とも! 横へ!」
二人を庇うように仕掛けきた大鎌を弾くと、シュルシュルと持ち主のところへと帰って行った。
「腹がえぐれる……ひどい痛み……けどそれだけ、痛みが、強い。斬れてない。なぜ斬らない? こんな痛みはいつぶりか。心が……ああ!!! ああ……俺はお前らを殺す……それだけの仕事。お前らは抵抗する……知られた時点で殺しの仕事は半ば失敗のような物……俺の真を曲げてでも達成しろと言った……………………ならば……応えなくてはいけない」
片言で、冷たく抑揚のない言葉は必ずお前らを殺すと宣言した。
サユキは構える。腰を低く落としてクレイモアの軌道を読ませないように体で隠し前傾姿勢を取る。
同時にいつでも大鎌を受けるか駆け出す姿勢で刀を構えた。
「あなたは、三黒の4暗器とかいう一人ですよね。 目的は、何ですか?」
「目的……、俺の仕事は殺すこと……それ以上はない」
男は、ゆっくりと立ち上がる。大鎌を手に取り、視線を落としてからこちらを見た。
「リーン・フォースメント……」
その言葉を口にした途端、包帯の隙間から赤い湯気のようなものが出てくる。身体からにじみ出た赤い気配は、空気を通して伝わり身の毛もよだつような思いとはまさにこのことだった。
「なかなか……」
立ち竦む。
1人と3人の距離は、踏み込めば5~6歩で到達できてしまう程に近い。やつの大鎌の射程圏内にいる上にレナも背後にいる。
もしも、あの重さを受け切って弾くだけのことがレナにできるだろうか。
いや、それ以上に……空気が変わった。今まで以上の力強さを奴から感じる。ここで確実に仕留めるという強い意思が伝わってくるせいなのか、さっきまでのピリピリとした空気が生易しく感じる程の気迫だ。
「ああぁあ熱い!!」
来る。
大鎌を両の手に持ち、死神さながらに駆けてくる。先ほど受けた一撃がなかったかのような軽快な足取りで死神のように近づいてくる形相は、とてつもない恐怖を覚えるのには十分だ。
速い。
やつの一撃が迫る。
刀で受ける? いやこれ受けたら────
すさまじい金属音が鳴り響いた。
「せいあ!!!」
一歩踏み込んだのは、サユキだった。
剣と大鎌の撃ち合いの音ではない。それぞれの武器を構成する素材が砕け散らないか不安になるほどの衝撃が走る。
鎖を交えて攻撃する近接戦闘は、中距離戦で味わったものよりすさまじく重かった。
間に割って入るも、入ったそばから大きく仰け反らされたり飛ばされたりと奴の攻防の隙をつけずにいる。
大きく鎌を弾いた後に二人は鍔ぜり合いに入った。これは鍔迫り合いというのか、互いの武器が合わさり膠着状態になる。
次の瞬間、突き放すように距離を取って始まった。
「デス・スレッド」
「ガード・エッジ!!」
互いの速さが瞬間的に速まる。
鎌と鎖が同時に襲い来る。
しなる鎖を一撃、二撃と弾く。
大鎌へとクレイモアが伸びてぶつかり合った時、クレイモアが砕けた。
「あ……」
待ってよ。今駆けている。
奴の大鎌まであと一歩なんだ。
それを振り下ろすなよ。
勢い余った大鎌が甲高い金属音と供に衝撃を走らせ奴の背より放たれた鎖がサユキを後方へと飛ばした。
「サユキ!!」
「サユキさん!!」
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