第32話 -迷いのない仕事-

 ずいぶんと上に駆け上がってきたと思う。


 デーモン・ウルフ……初めて見てあの大きさは驚く。大宮異界5階層で戦ったあのでかい蜘蛛より大きかったしデーモン・ハウンドなんかと比べ物にならないくらいの気迫があった。


 あんなでかい狼とやり合うとか……そういえばでかい猿と戦ったりもしてるからまぁ……大丈夫なのかな。


 逃げている最中とか敵が押し寄せてくる時って実際の物よりすごい危機感を感じてしまうっていうやつなのだろうか。


 けど、心は落ち着いている。この仮面は手放せないな。いつかこれがなくても精神を静かに保っていられるようにならないとね。


「ここまで……上がってくれば……大丈夫ですよね」


 息をあげてへたり込むレナ。シロもその横ではぁはぁと息を荒げていた。


「何階分上がったのかはわからないけど10階は上がったと思う」


 外を見ているサユキは、穏やかじゃない目をしていた。地上を見てみるとたくさんの魔物がワラワラといて大変なことになっていたので深刻な状況であることには変わらない。


 遠くの方でその場に居合わせただろう探索員が戦っているのが見えるが数が違いすぎる。


 早めに撤退を考えなければ魔物の渦に飲み込まれてしまいそうだ。


「下はすごいですね……」


「はい……もう、ね…………あはは、市民を魔物から守る最後の砦なんて言われてる旭日隊員がこんな有様じゃ……ダメですね」


 サユキは、悔しそうな表情を浮かべ剣の柄を触る。

 こういう時って、何か言った方がいいんだろうけど……何とも言えない。あんな大量に現れた魔物を一人で、いや3人で捌き切るのは無茶な話だ。

 

 あの量を捌き切れる探索員がいるのだとしたらもうそれは、人の領域を超えている。


 気の利いたことは言えないな。

 ありきたりな言葉しか言えそうにない。


 でも、言わないよりは言った方がいい……と思う。自分ではわからない使命感がサユキの中にはあることは確かだ。きっとそれは誰もが止められるものでもない。


 だから……


「そんなことは……無いと思います。あの量は三人で捌き切れるようなものじゃないですし、それに無理に出て負傷して最悪命を落とすほうが結局のところ何もできずに終わるのと一緒なのですから」


「そう……ですよね。まだ、私たちは戦えます。きっと応援がくると思うのでその時のために体力を温存しておくのがいいですよね……」


 しばらく駆け上がってきた非常階段のそばで休憩をとることにした。ゴブリンに刺されただろう場所をレナに治療してもらう。


 生暖かい光が落ち着いてきてじんわりと痛み出す傷に良く効く。


 負傷したとしても回復魔法を扱える仲間がチームメンバーにいるってとても安心するというか、いざという時の要になるんだって実感する。


 だから三黒って組織は回復魔法を扱える人を狙っているのだろうか。けれど女性限定っていうのもなんだかおかしな話だし……


 どうして回復魔法を扱える女性ばかりを狙うのかとか……男だとまずいことでもあるのだろうか。まあ考えたってどうしよもないんだけど、レナも狙われてたって言うのがわかった以上何としても守らないといけない。


 あの『大開』という文字から魔物が出てきたのを見た時、やつらが関与しているのは、確実だと思う。


 勘に近いものだし確証っていうと見たことがあるってものでしかない。もしも関与しているのだとしたら近くに、あの刀の男やシルクハットの男がいてもおかしくない危険がはらんでいる。


 都庁を襲撃しようって大それたことをしているのだから何か重要な目的と意図があってのことなんだと思う。


 とりあえず、警戒は大事だ。何が起きてもいいようにいつでも刀を抜いておける準備はしておこう。


 いてもたってもいられず再び外を見るとまあ、状況は変わらず魔物は多いままだ。まだ、そんなに時間は経ってないから当たり前といえばそうなのかもしれないけど……


「グルルルルルルル……」


「シロ?」


 シロが廊下の先を見て威嚇行動をする。


「どうしたのシロちゃん?」


「グルルルル……ワンワンワン!!」


 何かを訴えかけているようだがよくわからないけれど、次第に何を危惧していたのかわかるような鎖と鎖がこすれるような音が聞こえ始めた。


 刀に手をそえる。サユキとレナもそれぞれの武器に手をかけた。


 鎖の音が止んだ瞬間、『キリキリキリキリキリ』と音がし始め何故か背後から空を切るような摩擦音が反響する。咄嗟に刀を抜き音源を打ち払ったがとてつもない衝撃が刀をつたって腕に走る。


 音源の正体は鎌だった。大きな鎌が鎖につながれている。自分の身長より大きい鎌。


 まるで死神が振るうような……デスサイズっていうのだろうか。そんな鎌が目の前に落ちている。


「誰?!」


 サユキが声を張り上げ大鎌の持ち主が姿を現した。


 顔は視認できない。フードを目深にかぶっているが包帯のようなもので顔を覆っている。両手に鎖を持ち腰には短剣が2本。


「あれは……まさか」


 サユキが何か思い当たるような素振りでいる。多分、そうだと思う。あのシルクハットの男同様、三黒とかいう組織の人間の一人。


 鎖の男の可能性が高い。


 静かに時が過ぎる。男は大鎌を戻さずゆっくりとこちらに向かって歩いて一定の距離までくると立ち止まった。


「感が……いい」


 男は、そう言い残して大鎌をすごい勢いで引き上げた。


 サユキがクレイモアを構えて前に出る。


「勘がいい?……勧告なしに攻撃は手違いか何かでしょうか。どこから見ても都庁の職員じゃないですよね。私は旭日隊2番隊隊員、夜空 紗雪です。あなたも異界探索員か隊員の方ですか?」


「フック・クロウ」


 ぼそっと男が呟いた次の瞬間、大鎌の柄の部分を先端にして飛んできた。それを弾こうとしてクレイモアを構えた。


 大鎌が到達した目の前で一瞬だけ止まって見えた時、鎌が横から前に出てきたのだ。


 反応が遅れた。


「っく!!」


「サユキさん!!!」


 柄についた鎖を引くことにより鎌を前に押し出し刃先で相手を刻むように攻撃したのだ。その駆動に反応しきれず、サユキは右腕を負傷してしまう。


「感が……悪い」


 刀を抜いて前に出る。いや、構えていた。けれどあの攻撃は一瞬だった。カバーに入ろうとしてもできなかった。くそ。


「レナさん! サユキの治療をお願いします。私が前に出ます」


「お願いします!!」


 刀を握る。男は大鎌を振りかぶる。さっきとは違う。何か変わったことをしてくるつもりだ。


 振りかぶり大鎌を投げた。すると大鎌は回転して円を描くようにカーブする。


 まるで前にいる自分を避けて通らんとするその軌道……まさか、後ろにいるサユキに止めを?

 

 そんなことは、させない。


 大鎌の軌道に入る。


 しかし、大鎌は壁にぶつかる勢いでカーブを描いていた。案の定壁にぶつかり跳ね返って落ちると思った。


 ……違った。回転する大鎌は壁をえぐるように回転を続け、そのまま軌道を保ちつつこちらへと向かってきたのだ。


「な!」


 大鎌を刀で受け止めようと前へ出る。しかし、大鎌は、壁をえぐるのをやめて跳ね返り、まるでビリヤードの玉が標的にぶつかりに行くようにサユキの方へと吸い込まれるように突き進む。


 横に飛ぶ。


 反射神経は良い方じゃないけど、この大鎌だけは、止めないとまずい。間一髪大鎌を弾いて衝撃と一緒に弾き飛ばされた。


 投げているというのに、とてつもない威力だ。

 刀を持つ手がしびれる。


 奴の顔は包帯で覆われているのに余裕とでもいうような表情を作っているようにさえ見える。


 今までの接近戦のような戦い方とは違う。奴の間合いはきっとこの中距離がメインなんだ。つまり、ここで防戦一方になっていたら確実にガタが来る。


 なんとか、守りを捨てて攻撃に入らないと状況は打開できそうにない。けどサユキの治療は、まだ始まったばかりだ。


 どうするか。

 立ち上がり、ビーを片手で抱きかかえサユキに託す。


「きゅ? きゅきゅきゅ!」


「頼むよ」


「きゅ」


「ハルさん……ごめんなさい」


 右腕から肩にかけて切り傷が目立つ。出血もひどいようだ……


「いや、相手の攻撃手段を見ることができました。なんとかやってみますので回復に専念していてください」


 いやに精神は落ち着いている。訳の分からない鎌男に仲間を……サユキを斬られたのに……きっとお面のせいなんだと思う。だけどさ、斬られたんだよ。何も思わないのか? お面のせいとかじゃなくてさ────


 冷静でいられるのは良いことだけどさ。


 大鎌が再び不吉な回転音を立てて容赦なく襲ってくる。両腕に力をめいいっぱいいれて耐える。しかし、受け止めきれず後ろにのけぞった。


 これしきの事で後ろにいる二人に手は出させない。何としてもここですべてを食い止める。


 大鎌が変化球のような軌道で攻めて来るがこれもあたりに行って弾いた。


「動くね」


 奴は、冷たい声でぼそっとつぶやく。


「動くも何も攻撃されているんだから動くしかないでしょう?」


「そうか……そうだね」


 何を聞いているのか。いや、この男は一体何なんだ?そんな疑問を持つのも許さずに間髪入れずに何度も大鎌を投げては戻し、投げては戻しと試行錯誤を繰り返しながら不吉な音を響かせて攻撃を仕掛けてくる。


 幾度目か、数えるのもままならない中で男は溜めを入れた。


「二撃」


 男はそう呟いて、体を捻らせる。すると大鎌がまっすぐ飛んできた。縦回転で迫る大鎌の速度はえらく速い。


 回転し空を切る音が伝わる。

 

じっとりとした殺意が肌を撫で再度大鎌を受け止めるが、先ほどのとは威力が段違いで衝撃が殺しきれない。


 甲高い金属音がはじけるとともに自身は、後方へと仰け反らされる。大鎌は真上へと弾きなんとかしのいだ。


 そう思ってた。


 天井で大鎌の回転が増し仰け反った姿勢に迫る鎖鎌の風圧を直で感じる。


 横へは逃げられない。刀は、弾かれてまだ受け止める姿勢に戻すには数コンマほしい。


 だめだ。

 受けざる負えない。


 黒色の大鎌の回転する斬撃がのしかかろうとした瞬間だった。


 綺麗な銀色の刃が前を通り過ぎたのだ。大鎌が目の前で火花をあげてはじき返されるのが見えた。


「間一髪!! 大丈夫ですか?」


 サユキの声だ。前を行く銀色の刃を構えまっすぐと大鎌の男へ目を向けている。

 助かったのだ。


「はぁ、心臓が……ありがとう……」


「安心するのはまだ早いですよ。起き上がれますか?」


「もちろん……ですよ」


 大鎌の男は、舌打ちをして「おしい……」と一言だけ残した。


「ここからが本番です。中距離では手も足も出ません。一気につめますのでハルさん……頼みますよ」


 腕で口元を隠し、こちらに聞こえるだけのトーンでささやいた。『了解』という目で応え前へと出る準備をする。


 ビーはレナの首に巻き付いていてシロはじっとこちらを見ている。

 後ろは大丈夫そうだ。何かあったらビーもシロも反応するしレナもいる。


 さあ……攻勢に出てみるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る