第31話 -なだれ-
突如、『大開』という文字から出現した多数の魔物。スケイル・ウルフの上位種であるデーモン・ウルフやスケイル・ハウンドに……デーモン・ハウンドまでいた。
シロが後ろで唸っている。
そして小さな人……いや、人と呼ぶには背丈は小さい。眼つきは鋭くボロイ布や革っぽい鎧で武装した魔物が多数現れた。
「ゴブリン?!」
サユキは、魔物が広がる交差点中央を見てつぶやいた。瞬く間に魔物は大量に駆け抜け、一体を埋め尽くす。
大きな道路に架かる歩道を歩いていたため大量に押し寄せる魔物からは狙われてないが階段を上って一部の魔物がこちらにも来ようとしていた。
「きゅきゅきゅ!!!」
ビーが迫るデーモン・ハウンドに反応した。
先頭を突っ走ってくるデーモン・ハウンドがサユキに襲い掛かる。サユキは、クレイモアを咄嗟に抜いてやり過ごした。
後ずさりながら牽制しデーモンハウンドを引き付ける。
面を手に取り身に着ける。そう、この感覚だ。気分が……いや、もっとより深いところにある精神が落ち着く。
謎の狐の面は、着けているのかどうかも忘れる程に顔になじんだ。
今なら、あのデーモン・ハウンドでも倒せる気がする。
歩みを前に進める。崩れるようにそっとだ。力を入れない。けれど姿勢は崩さず刀の位置は落として力を一点に集中させる。
体を低く保ち両腕の先端より先に力の焦点を合わせ勢いを込め絶ち切った。けれどすれ違いざまに入った切っ先は、浅く致命傷には至らないような手ごたえに感じ次に繰り出せる攻撃を頭に思い浮かべて姿勢を正す準備をした。
手の位置を元に戻す。後ろを振り向くと斬りつけた対象は、盛大に血しぶきをあげサユキのクレイモアがデーモンハウンドの頭へと炸裂し動かなくなった。
「ありがとうございます! まさか、デーモン・ハウンドをスムーズに倒せるなんて……まだまだ、たくさん魔物はいます! なるべく体力は温存しましょう」
「わかりました!」
「了解です。それとゴブリンってあの?」
魔物が階段を上がり迫ってくる中で聞くことではないのかもしれない。けれど初めて対峙する敵だからサラッと聞いておくに越したことはないだろう。
それにゴブリンといえば童話やゲームでしか聞いたことのない架空の生物だ。確かに遠目ではあるが、あの異形な姿をみて小さい人型の魔物を見てしまえばゴブリンという名前もつけたくなってしまうのは、わかる。
身長は130㎝もないかな。子供の体格をして肌は人間の色とは程遠く、青みがかっていたり、赤みがかっていたり、緑がかっているのがいる。
加えて、特徴的なのは武装している所だ。鉄くずのようなナイフや短剣、簡単に作られただろう木の先に括り付けた牙の槍、どうやって作ったのかはわからないがボロボロの布や板、甲殻のようなもので作られた防具に身を包んでいる。
「はい……多分、ゴブリンだと思います。小柄で武装していて物を考えられるだけの頭を持っている厄介な魔物です」
「ゴ、ゴブリンって……私、20層以降に出てくる亜人種って図鑑で見たのですけど、なんで地上に?」
レナは、動揺している。なんでこんな地上にという疑問はあの黒い長髪の人物に原因はあるのだろうが一気に押し寄せる魔物の陰に隠れてか逃走したのか姿は見えない。
「わからないです……とりあえず、ここは囲まれてしまう位置にいますし、さっきのデーモン・ハウンドをまたうまく倒せる保証はないです。とりあえず、都庁が近いので、まずはそこに避難しましょう」
今とれる最善手はきっとそれだと思う。サユキに指針を任せてしまっているのは心苦しいが、こういう時にすぐに行動に移せるのは尊敬する。
階段を駆け上がるゴブリン。反対側からも来ている。そして前からくる奴らは、つぶてのようなものを投げてきてこちらに先制攻撃を仕掛けた。
ハルバードを構えるレナだったが、サユキが前に出てクレイモアを盾につぶてをガードする。
我先にと攻撃を仕掛けてくるゴブリンが3匹前に出てきた。「うがぁああああ」という獣染みた声をあげ、手にしてるボロボロのナイフと槍、剣を突き立ててきた。
「ハルさんは後ろを! 私が前を相手します! 倒したら切り開きますので都庁まで直進します!!」
サユキが前に出てゴブリンの持つ武器をクレイモアで巻き込みながら前進する。
「了解!」と答え背後より迫る2匹のゴブリンとスケイルハウンドに刃を向けた。
しかし、次々と到着するゴブリンやらスケイル・ハウンドやらが行く手をふさぎ、大振りになった瞬間紗雪に隙ができてしまう。
「っく!」
レナが、隙のできたサユキに躍りかかるゴブリンを突いてカバーに入った。
「ありがとう!」
「私も! がんばります!」
魔物は、次々と階段を駆け上がってくる。
背後から迫るゴブリンは、槍と短剣を持っていた。走った勢いに任せて攻撃しようとしてくる。
背には、レナもいれば紗雪もいる。二人は前を向いて背後の状況をしっかりとつかめずにいるはずだ。
ということは守らず、前へ出てやるしかない。
避けてはならない。
受け流すな。
すべてを打ち負かすなんて傲りはいらない。ただ、二人の背を守る役目を全うするだけでいい。それ以上は望むな。
駆ける。違う。足の力を抜いて重力に任せるように前へ出る。自然と転ぶ恐怖はなく心は落ち着いている。
きっとこの狐面のおかげなのかもしれない。そんな前傾姿勢でゴブリンたちに刀を向けた時ゴブリンは怖気ずいたのか立ち止まろうとした。
「遅い」
切っ先は右にいるゴブリンが持っているナイフにあたりを弾いた。ナイフは勢いよく上に飛ぶ。
その勢いのままに一突き、そして切り上げる。
恐怖はない。
隣にいるゴブリンは『畜生!』っとでもいうように顔をゆがませ槍をこちらに向けた。旧知の間柄だったのかもしれない。考える頭を持っているのなら仲間意識や友情が、そこにあったっておかしくはない。
そのゆがんだ顔を見た途端に、こいつらも俺たちと変わらず生きているんだ。そんな甘い考えが脳裏に閃く。
心は落ち着いている。水滴を垂らしたとしても波紋は広がらない水面のように。刀は入る。
そっと冷徹に。
右のゴブリンを横薙ぎで払い。左の槍を構えたゴブリンに切り上げを入れる。構からの攻撃に転ずるまでが遅かった。
次に横から牙を向けてきたスケイルハウンドの喉元に一太刀入れる。
もしも、こいつらが、あのカマイタチのような速度で攻撃を仕掛けてきたのだとしたら自分は、ひとたまりもないだろう。
血飛沫が上がる。こと切れた二匹に続いて後方の何匹かがやってくる。もう一匹のスケイルハウンドが走ってきたが、何もしていないのに倒れた。
「は?」
ナイフだ。さっき弾いたナイフがスケイルハウンドに向かって落ちてきたのだ。
「こんなことってある?」
ついぽろっと出てしまった台詞。するとサユキが「ハルさん! レナちゃん! このまま都庁まで突っ切りますのでついてきてください!!」と軽々2匹のゴブリンを宙に切り上げクレイモアを背負うような姿勢を作る。
すると地面を蹴って勢いよくジャンプして体を捻った。
「ローリングスラッシュ!!」
技名だろうか。そういえばサユキは、技の名前をあえて口にすることはなかった。技の名前を言うのと言わないのとでは何か違うのだろうか。
いや、自分も天雷一閃とか呟いてたと思うんだけど言うことで気合が入る? みたいなことでもあったりするのかな。
空中で回転している最中もゴブリンやスケイル・ハウンドを巻き込み前へと一気に前進する。
レナも後に続き横から迫るゴブリンやスケイル・ハウンドをハルバードで近寄らぜ内容に牽制していく。
牽制されたそばから注意がレナに向いているうちに横からゴブリンたちを斬った。斬って、斬って、斬りつくす。
血が飛ぶ。
脇からゴブリンの攻撃が体をかすめる。少し刺さったかもしれない。痛い。
「きゅきゅ!!!」
「ハルヒトさん!」
「大丈夫、走ろう!」
前を突き崩してどんどん進んで行くサユキ。攻撃を受けながらも道を切り開き都庁の電源のついてない自動ドアを無理やりこじ開けて中へと逃げ込んだ。
我先にとシロが入り、サユキとレナが中へと入って最後に、ゴブリンとスケイルハウンドを斬ってから中へと入った。
両側からサユキとレナが自動ドアを閉める。けれど手や腕を中に入れるゴブリンのせいでうまくしまらない。
刀でそれらを突いたり、切断して外に出しようやく締めることができた。
「これガラス……ですよね。すぐ割れちゃうんじゃないですか?」
レナが不安そうな声で呟き、自動ドアが開かないように抑える手は震えている。
「多分……」
ゴブリンやスケイルハウンドは体当たりを何度も繰り返して中に入ろうと試みる。自動ドアはすごい音をぼこぼこ立てているけれどびくともしない。
「とりあえずは……大丈夫そう?」とサユキが言った途端、今までにない。衝撃が自動ドアにぶつかる。
何匹か犠牲になり、自動ドアのガラスにつぶれた魔物の血が付いた。その衝撃を生み出した主は、デーモン・ウルフだった。デーモン・ハウンドなんかより二回り大きい。やつはこちらを見る。
「きゅ~~~」
ビーは、デーモン・ウルフを目にしたとたん体を小刻みに震わせている。今までにない反応だ。つまり……感にしかすぎないけれど実力差は明白。
ぶつかったデーモン・ウルフは後ずさりした。ゴブリンやスケイル・ハウンドが道を開ける。
「サユキ! レナ!! 離れて!」
二人が自動ドアから離れる。行く先を先導しとりあえずその場から逃げる。一旦上の階に逃げられる階段を探すため走った。
それから数秒後自動ドアに勢いの乗った衝撃音と供にガラスが四散した音が鳴り響く。
やばい。やばい。やばい。魔物はなだれ込んでいる音がする。いくつもの足音が反響し、ゴブリンやスケイル・ウルフの鳴き声が聞こえた。
逃げる。
中に人はいない。
非常階段と書いてあるところの扉を開けようとするも鍵が閉まっていて開かない。
一匹のスケイル・ハウンドが追い付いてきたのがわかった。後ろへと踏み込み刀を抜いた。そしてスケイル・ハウンドが飛びついてきて牙を受け止める。
受け流すし着地した先でレナのハルバードの振り下ろしが炸裂した。この一撃は重く。一発でスケイル・ハウンドは、沈黙した。
「ナイス!」
ちょっと嬉しそうな表情を少しだけ浮かべ、ハルバードを背に戻す。
「ハルさん! レナちゃん! ここ開いてます!!」非常口と書かれた頑丈そうな扉を開けて中へ入り階段を駆け上った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます