第30話 -警告-
そこまでの価値を有しているなんて知らなかった。
「そういえば、白縫君」
「は……はい?」
「君は、三黒に落ちたオカッちと戦ったそうじゃないか。それと刺突の男と思われるシルクハットの男だったかな?」
「オカッち? ですか?」
「そうそう、元二番隊隊長だったオカダ君だ」
刀に青い稲妻を纏って力強い払いとキレのある剣捌きをしてた。
「戦いましたけど……」
「わかってると思うけどね。もう、君は大いに足を踏み入れているんだよ」
「……」
そうだ。大きく足を踏み入れてしまっている。異界に探索したりとか日銭を稼ぐとか、そんなことを言っている場合ではない。
ということは……この刀もそうだけど命とか狙われてもおかしくないんだ。
「いつ、襲われてもおかしくない……」
「そうさ」
沈黙が続く。
命を狙われてるって、そんなアメリカ大統領みたいな要人がされるようなことを気にする時が来るなんて思ってもみなかった。
「……ハルさんをいっそのこと旭日隊で保護するというのはどうかな?」
「ユキちゃんの考えが一番いいところかもしれないね。駆け出しの探索員を保護するか刀を預かるか……それらを考えもした。だけど、今隊内で不穏な事件があったりしてね。ざわついているっていうのもあるから私は、あまりお勧めできないかな」
「え……、それってどういう────」
「5番隊内の異界攻略活動中に3名の女性回復術師が計画的に拉致された」
「?!」
「大方、関東各地で女性の回復魔法を扱う術師が立て続けに行方不明になってるのと関連が深いだろうね。4番隊が調査した結果、三黒がやったって目星はついてるんだけど証拠もてんで出ないし、連れ去られた人の手がかりも不明。お手上げ状態だったって話をこの前コーヒー飲みついでに話してさ」
惜しげもなくニュースにもなっていないような話を続けるチナミ。上の空というか他人事のように淡々と話続けるせいなのか、どうも冷や汗がとまらない。
「それで、この前君たちがかかわった事件にレナちゃんが誘拐されそうになっていたっていうのと刺突の男が関与しているのを聞いて、私としては忠告を君たちにするべく面会に応じたっていうのもあるかな。うん、あるね」
なんだか、やってしまった感が否めない。けど、あの狙われていた議員を助けようとしたことやレナを助けたことも……やってなかったら多分ずっと後悔してた。
こうしてチナミに今置かれている状況を再認識させられると、自分が立っている場所がとても不安定に見えてくる。
黒い霧に包まれていくような、そんな絶望感が背筋を凍り付かせてくる。
サユキの言ったように保護してもらうとか、刀を旭日隊に渡すとか無駄かもしれないし危険かもしれないけど命を狙われないようにするために、やりようはあるんだと思う……でも、どうしたらいいのか全く分からない。
だって命を狙われることなんて今までなかったし、命を狙われるほど重要な人間でも特別な人間でもなかった。
だから今まで通り大丈夫かなって思って……浅はかだったんじゃないか?
今は、チームにサユキがいる。
レナも加わった。
もう一人じゃない。
自分が変な事に足を突っ込んで自分が狙われているのにサユキやレナにも危害が及ぶなら────
「日々いそがし~っく研究や業務に励む中こう長い時間君たちと過ごす時間を捻出しているのだ。この忠告に感謝したまえよ! かっかっか!」
とても呑気に笑っていらっしゃる。これも他人事のように話し始めるからなんだか冷たく……まあ、他人事なんだけどさ。
警告してくれたり、助言してくれるだけありがたいと思うべきなんだ。もしかしたら自身も危険なことに足を突っ込みかねない。
俺を保護して危ない目に合うとか……いや、合わせるとか考えただけで寒気がする。
「昨日連絡をもらって『よっしゃーひっさびさに業務中にさぼれる! ユッキーにも会える!! やっほー』って喜んでた人の台詞とは思えませんね」
「あ、そればらす?」
真顔で市ノ沢を見るチナミ。さっきまで思い詰めてた自分がなんだか置いてかれているような気持ちになる。
「はい。ばらさせていただきます。チナミ室長は、日頃の言動を改めるべきです」
「改めるってもね。私もいろいろ考えてやっているんだよ? みんなが委縮しないように私がやりたい放題できるようにさ」
「後者が一番の目的ですよね?」
「ま……まあね!」
開き直るチナミの表情は柔らかい。
「まあ! そんなところだ! ちょっと暗い話になったけど君らはなんだかんだで2回も三黒幹部の四暗器だったっけ?……名前が厨二臭いから覚えずらいんだよなぁ。そんな奴らとやりあって生きているんだ。胸を張ってもいいと思うよ。大半の探索員ならすぐに命を落としかねないような危険な奴らだからね」
「忠告……ありがとうございます」
「魔物との戦いには慣れてる異界探索員でも、人との殺し合いってのは慣れるもんじゃない。そこは、気を引き締めてね」
殺し合い……か。あの時、自分は本当にあの男を殺そうとしたのだろうか。実際殺すなんて意識は、してなかったんじゃないのかな。
今を凌ぎ切るとか、目の前のことで精一杯で、誰かを殺めようとする心の痛みは、味わったはずなのに。
ビーとシロの正体がわかり、後味が悪いが刀にまつわる話の忠告を聞き終わり、ちょうど良い時間にもなったので帰ることにした。
「チナミちゃん今日は、ありがとうね!」
「なあに、ユキちゃんとの仲でしょう? それにチームは解散してから、皆それぞれの道に進んでいても仲間であることは変わらない。前衛職としてまた、頑張ってね」
「うん、頑張る! チナミちゃんが楽しく研究を続けてるみたいで私も嬉しい」
「はは! まったく。これだから……シラヌイ君、駆け出しだからって状況は待ったなしで変わっていくんだ。チームメンバーをしっかり守るんだよ?」
「自分が守れるかどうかはいまいち……いや、守ると思います。最善は尽くすと思いますがうまくは────」
「煮え切らないなぁ。はいorいいえだ。緊張したって結果は変わらない。始まる前に勝負は決まるんだからね。最後の最期で勝敗を決めるのは常に覚悟だということを心にとめておきたまえ。ねぇねぇ! 孫子っぽい考え方みたいでかっこよくない? 惚れた?」
「あ、はい」
なんだろう。良いこと言ってるのに一言余計なせいですべてが台無しだ。
「大丈夫。レナちゃんも加わったし、ハルさんもレナちゃんも私が守ります!」
「さすがは、前衛ポジ! まあ。無理はしないようにね」
その後は1Fへと降りて「じゃあね! 時々遊びに来いよ! 私がさぼれ────」という声を背に異界魔物研究センターを後にした。
まだ、そんなに時間は経っていないつもりでも日は沈んで行く。気が付けば空は茜色に染まり、ちらほらと街灯が灯り始めていた。
新宿駅へと都庁を目指して歩く。町の作りとしてはなんだか普段見るような感じではなく。
特殊な造りをしている都庁回りは、長めがいいので上の歩道を歩いていこうという話になり下を行く車を眺めたり都庁を見上げたりとちょっとした観光気分でいた。
すると、レナが不意に交差点中央を見て何か異質なものを見ているような表情を浮かべる。
「あれって……人でしょうか?」
「人?……」
大都会だし、人はいるよなって思った。
けれど違った。
すごい既視感のある違和感が視線の先にあった。
黒い長髪の女性か男性かわからないような容姿でボロイ布? いやコートを身にまとって項垂れている。
異界探索員だと一目見てわかった。背には1本の剣と腰には数本のナイフが差してあるように見える。そして、数本のナイフが差してある横のポーチには、探索に必要かどうかはよくわからないが、いろいろな道具が入っているようで巻かれたロープが横に取り付けられていた。
見た目は不穏。だが、それだけじゃない。だって、交差点の中心でずっと立っているのだから。
長髪の人は、一瞬こちらを見てにやりと笑ったような気がした。
嫌な予感がする。
通りがかろうとした右折車や対向車が止まりクラクションを鳴らすが長髪の人は、一行にどく気配がない。
たまらず運転してた人が外に出てその人に文句を言いに行こうとした瞬間だった。男は、サッと右手を後方に回し何もないだろう場所に壁があるような手つきで何かを開こうとするようなパントマイムをした。
「何をしているのでしょうか?」
サユキが呟く。レナはじっと長髪の人を見続け、自分も何も言いわない。
この光景はとても不吉だ。
だが、その不吉な予感は間もなく的中することになる。
後ろに回した右手の先から何もないはずの空間に大きく『大開』という文字が書かれたのだ。
見たことがある。
だって、渋谷でせっかくサユキと装備を見に行っていろいろ買って帰ろうとした矢先にあった出来事だったから鮮明に覚えている。
あの時、逃げてきたおじさん……議員だったんだけどその人を殺した青い刀の男が逃げた謎の扉? と全く同じものだった。
「あれは、やばい。二人とも駅まで走ろ────」
その時、『大開』と書かれた闇の先から多数のおぞましい音が聞こえた。
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