第37話 -なにもできなくて-
なんで私なんだろう。回復魔法を扱える人なんて他にもいるのに……
東京の人口なんて五万といる。そのうち探索員がどれくらいかはわからないけど多分多いと思う。
だって、私の中学の頃の友達とかみんな『探索員になりたいな』とか、『伝説の剣とか持って魔物たおしてみてぇ』とか、『魔法使ってみたい! かっこいい魔法使いに私なる!』とか……
あこがれが蔓延していた。
そんな夢見る少年少女達が成長して探索員になって、現実を知る。考えていたほど甘くはなかった現実に……
魔物怖いし。刃物を刺したときのあの骨を削るような感触は今も気持ち悪い。魔法とか弓矢つかって遠くから何も見ないで倒したいくらいだし、異界は過酷な環境だって多い。
アスファルトで舗装された歩きやすい道とはわけが違う。例えるなら永遠と険しい山で登山をし続けてその最中に熊とか好戦的な鹿と戦闘が始まるような感じだ。
あれ、そう考えると私よく生きてるな。
みんな、がんばってるのかな。
そもそも……私のせいなんだよね。シンタやユウキ、ユキも襲われて……ハルヒトさんやサユキさんが一生懸命戦ってるのに後ろで足なんか震えちゃって動けないでいるしさ。
結局、目の前の刀の人が出てきた時なんか虚勢を張ることしかできなかったし……
大丈夫かな。ハルヒトさん……仮面付けてると少し怖い感じがするけど普通の……変ないい人だ。サユキさんは先輩探索員って感じで優しいし、あの時いろいろ相談にも乗ってくれた。
無事だよね。でも、私のせいなんだよね。
……もう、いっそ探索員なんて辞めちゃおう。
回復魔法が使えたからってこうも命を狙われてちゃ無理だよ。誰にも迷惑とかかけたくないよ……
前みたいにバイトしてさ。そのうちしっかりとした就職先見つけて? お金を稼いで……
でも、それで間に合うかな。制度があるにしてもお母さんの治療をするには、お金がやっぱり足りない。生活費だってあるし、私がしっかりしなきゃ……
一人で育ててくれた大切なお母さんだから……できることがあるなら頑張りたい。
何か取り柄があるわけじゃない。
平凡なふつうの……ふつうにもよるけど多分、そこら辺にいる女の子だと思う。頭がいい訳でも、特別運動神経が良い訳でもない。何か取り柄があるかと言われたら特にない。
そんな子が、こんな年からしっかりとしたまとまったお金を手にするって難しいと思うんだ。そう考えたら異界探索員って職業ができたのは幸運だったのかな。けど、こんな目にあってる時点で幸運かどうかは微妙なとこだと思うけど。
シンタ達と探索している時とか、最初はひどかったな。でも、どんどん稼げるようになったし……回復魔法もしっかり使えるようになって探索する範囲も広くなって楽しかったな。
あきらめたくない。
今自分ができることをしっかりと見てやらなきゃ絶対後悔する。だからって誰かに、ハルヒトさんやサユキさんに迷惑をかけて良いってことじゃないけどね。
もう……どうしたらいいんだろ。私。
前にいる刀の人がドアを開けた。もう相当階段を上ったと思う。風はとても冷たくて強い。
下はまだ騒がしくって、たくさん出てきた魔物の騒動が治まってないんだっていうのがわかる。
この人達はどうして、そんなひどいことをするんだろう。刀の人はハルヒトさんに私のことを悪いようにはしないって言ってたけど……
「あの……」
「ん?」
ってか、武器とか取り上げないんだ。ハルバード背負ったままだし……でも、攻撃しようとしたら確実にやられる。十中八九そう思える。
たとえ後ろを取っていたのだとしても、その背中は遠い。どんなに頑張っても遠いままなんじゃないかって感じるくらいに。
「どうして、こんなことするんですか?」
「こんなこと……か」
「はい。下は大混乱ですよ?……なんで殺しとか、そういうことを平然と────」
「まあ、俺からしてみりゃ仕事だからな。お嬢ちゃんは、いくつだい? あの狐面の兄ちゃんは10代後半か20歳くらいかと思ったら違かったしな」
「18……です」
「そうか、若いのに気の毒だな」
「あなただって、そんなに歳を取ってるようには見えないですけど」
「どうだろうな。俺は嬢ちゃんより一回り以上は上だ。それに……」
刀の人は、遠くを見つめて何か思いつめる様に口を閉じる。
「それに……?」
「寒いな」
「…………ですね」
「ったく、仕事が済んだってのに迎えはこねぇ。タイムイズマネーって言葉を教えてやりたい」
「そう……ですね」
「ま、暇つぶしだ。嬢ちゃんは、何のために戦っているんだ?」
「戦っている……ですか?」
「ああ、そうだ。何のために命を賭けてまで探索員して異界に入ってるんだ?」
話かけてみたはいいものの、この人……よくしゃべる。どうしよう、こんなまったりと面接みたいなことしてる場合じゃないのに。なんなら今すぐ逃げ出さないといけないのに……
逃げ出すのは……多分できないよね。ハルバードを持っていたとしてもこの人との力の差がありすぎるっていうのかな。よくわからない壁が空気を通してぴりぴり伝わってくる。
さっきの鎖鎌の人より強い……気がする。
「私のやるべきことをするためです。これしか思いつかなかったので……」
「そうか、そういう面では俺も似たようなものなのかもな」
「似たような物?……これがあなたのやるべきこと、なんですか?」
「違うといえば違うし、そうだといえばそうだ」
「よくわからないですね」
「だから……仕事なんだ」
仕事……つまり、雇われてるってことかな。ってことは交渉次第で私を開放してくれたりとかするのだろうか。
でもどうやって交渉すればいいのか。いまの私に持ってる物なんてたかが知れてる。
この人をこんな風に仕事として雇ってる人って一体どんな条件でこの人を雇っているんだろう。
そして、耳を覆うように流れる風が通り抜けて扉が強く開いた音がした。
「レナちゃん!!!」
そんな……
「サユキさん……だめです! 逃げてください!!」
よかった。目が覚めたんだ。
嬉しい。だけど、今はだめ。ここに来ちゃいけない。たとえサユキさんが……満身創痍の状態じゃなくても勝てるかわからない。下手したら逃げれさえしないかもしれない。
多分……だけど未熟な私でもなんとなくわかる。隣に立っている刀の人はそれだけの実力を持ってる。
質が違う。私達やハルヒトさんとも……異界で重ねてきただろう経験と潜り抜けてきた死地の質とかまったく違う。
「ごめんね。しっかり守ってあげられなくて……でも、ここでレナちゃんを置いて逃げられるほど諦めが悪いから。ん? 諦めが悪くないから? ああ、わかんないや! 私はあきらめないから」
狙われてるのは私だ。もういい。このままだとサユキさんもシンタやユウキ、ユキみたいに……最悪、もしかした死んでしまう。
それは、嫌だ。
「大剣のお姉ちゃんじゃねぇか。目を覚ましたんだな」
「ええ、仲間がピンチの時に呑気に寝ていた自分が恥ずかしいです。岡田元隊長……レナちゃんを渡してはくれませんか?」
「その元隊長ってつける必要あるかなぁ。それに、ここは潔く退いてほしいところではあるんだけど……どうかな?」
「退く気はありません。私は絶対にレナちゃんを助けます。レナちゃんは私達の大切な仲間です。ここで私が動けるうちに見捨てるなんて絶対ありえません」
強い風が吹く。冷たい空気が容赦なく体を叩きつける。なのに……頬が熱い。
「そうか。この嬢ちゃんの気持ちを汲んで二人を見逃したつもりではあったんだが……それに、お姉ちゃんの得物がないじゃないの。そんな状態で俺とどうやり合おうってんだい?」
「これがあります」
一本の短剣を手慣れた手つきで取り出し構えて見せた。少し長めの短剣で普段、解体で使っているものとは違い戦闘用に使うものだった。
見届けるしかないのかな。
いや、この刀の人とサユキさんが戦ってる時に、この人の後ろをとれるって結構大きいんじゃないのかな。戦略……的に?たぶん……
始まった後だ。仕掛けるならそれしかない。どのみち戦いが始まったらお互いに助かる道は、この人を倒すほかないんだから。
怖気づいてなんていられない。
異界は、無法地帯に近い場所だ。管理の届かないところでもあるから何が起きてもおかしくない。
魔物に襲われて殺されたり、落石とか不慮の事故で死んだり……人に襲われたり。覚悟していたはずだ。はずなんだ。
なら────
「ちなみに、お嬢ちゃんが妙な真似をするようだったら……仕方ないけど、あのお姉ちゃんを殺すことにする」
「!!」
「助かるも助からないも同じだが確率はあげられる。そこはお嬢ちゃんの心がけ次第ってところかな」
「そんな……」
釘を刺された。ただ見ている事だけしか許されない。サユキさんが大変な所を目の前にして……また、なにもせずただただ見ていることしかできないなんて……もう────
「私が敗ける前提の話をしていますが、もとより……一人で戦うつもりです。レナちゃん。私がやられようとしても手は出さないで、これは私個人の戦い。不条理に弱者を弄んで目的のためなら手段を選ばない三黒を止める。ただそれだけなんだから」
「そうかい。さしづめ……俺たちは悪の組織ってところだ。悪者としてひとくくりにされるっていうのは、なんだかつらいねぇ」
「多数決で選ばれた法の下では悪かもしれません。ですが私は、私の信じてる物に相容れないあなた達から大切なものを守るだけです。『それが正義だ』などと驕ったことは思っていません。私は、私(エゴ)を押し通すだけです」
短剣を構え前傾姿勢を取るサユキ。
「いい考えだ。ならば、俺もそのエゴとやらを押し通させてもらおうか」
「構いません。私はあなたを倒します」
「倒すねぇ……そうだ。おねぇちゃんの名前……なんて言うんだったっけ?」
「名前?……夜空 紗雪(ヨゾラ サユキ)です」
「知ってると思うが、俺は岡田 宗嗣(オカダ ムネツグ)だ。良い隊員もいたもんだな」
「それは……ありがとうございます」
刀の人、オカダ ムネツグは懐にしまっていた脇差を取り出す。抜き出た刀身は青白い光を帯びていて空気が震えているのが伝わる。
「さあ、はじめようか」
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