第28話 -解析結果-

「組合って入るべきかな」今より強くなるために刀の扱いを学ぶっていう点で重要なことだと思う。


 探索自体、今は順調な気もする。近所の大木の異界はとりあえず危険だから行くのを見送っている状況ではあるけど、ずっとそのままっていうわけにはいかないと思うし……だから新しいスキルというのかな。そういうのを外で知るっていうのは悪くない。


「刀術組合について私は、あまり知らないんですけどハルさん自体、なんだか型にはまっているというか、我流とはいえしっかり魔物も倒せてますし大丈夫な気はしますけどね。マグナ・アラネアと戦った時もすごかったですよ! 体を捻って回転斬りを繰り出して一気に斬り伏せる。あの動きにはびっくりしました」


「ああ」旋乱剣華……か。


 けど、常にあの技を繰り出せるかというとそうでもないのが痛いな。せめて今まで出せた富嶽崩天とか天雷一閃も難なく?出せるようになりたいところだ。


「てっきり組合で習ったものだとばっかり思ってたので組合について知らなかったのには驚きましたけどね」


「へぇ、白縫君にはそんな技があるんだ。上行ってやってみない?」コーヒーを啜りコースターに置いてチナミが好奇心の宿る目でこちらを見つめる。


「いやいや、あの技? 技だとは思うんですけど出そうと思って出る感じじゃないんですよ」


「ん、つまり感ということかい?」


「感というより、確かな感覚が体の中にはあって頭の中でイメージ?っていう感じでもないな……記憶の底にあったような……うまく言えないのですけどいつも出来るわけじゃないんです」


「そうだったのですね。それじゃ、ハルさんの家の近くの異界でやったすごい上段から振り下ろしたやつもそれと同じですか?」


「あ、そうそう! あの時は必死になってましたからね。ふとした瞬間、危険な瞬間、感情が高まってる時が今のところ出せてる時です。あとはお面を着けてるときかな……」


「なんだかピンチな時に出るってやつなんだね。って他にもあるの? ユキはそれらしいやつってどのくらい見てる?」


「ん~っと、鞘から刀を抜いた時に雷のような音が出るのと、さっき言ってた回転斬りと上段からの強い斬り降ろしかな」


「ふ~ん。どういう理屈か私にはさっぱりだけど魔法とか魔術の類になんだか近そうだね。異界が現れてから5年経って今も未知の現象が次々と発見されてるし、そういうのは珍しいといえば珍しいけど珍しくないといえば、それまでの話ではあるんだ。私としては、その刀との関係が大いにあると睨んでるんだけどね」


「これですか?」


「そう、それ。私は、前原と違って周りくどいやり方は好きじゃないし、かと言って4番隊みたいやり方も得意じゃないから単刀直入に話すけど、その刀はかなりの業物だよ」


 どうして、ここで前原さんや4番隊?の話が出てくるのかいまいち理解ができない。


 それに……いや、この刀が業物だって言われても確かにそうだとしか言いようがない。ただの神社に祭られていた、ただの刀にしては切れ味が落ちることはなく研ぐ必要が一回もないくらいに、ずっとよく斬れる。しゃべるシロも相まって謎だらけだった。


 だけど、チナミは何か知っているようだ。この刀が一体なんなのか。そして、大方の検討もついてたりしてね。


 刀を手に入れた時のこととか起きた出来事をそのまま話すのは、いまいちすすまない。けど、一度ここで話してみてもいいんじゃないかな。チーム行動を供にしているサユキにもレナにも。


「業物といえばそうですね。使い始めてから切れ味が落ちることがないですし刀を手にしたとき、とても不思議な出来事が起きましたから」


「ちなみにその不思議な出来事ってどんなことだい?」


 ちなみに……余計な思考を振り払って刀を手にしたときの話をした。謎の書物と喋ったシロ。扱える技が脳裏にひらめいた時、流れに身を任せるように技が出ること。近所の異界で刀を持った和装の女性に殺された? 殺されかけたこと。


「ははぁん、決定だね」


「決定って?」サユキは、おいしそうにケーキの最後の一口を食べてチナミに聞く。


「まあ、私も白縫君と会うだろうって話を前原のやつとした時に聞いた話さ。ここからは、こんなところで話すのもなんだし解析が終わる時間が来たから上に戻るとしよう」


 前原……ってあの前原さんだよね。それに真剣な顔つきでチナミがそう答えた。そんなに深刻な話をするのだろうか。いまいち覚悟を決めてこの話をしたわけじゃないので無駄に緊張する。


 2階の雰囲気の良いカフェから出てオフィス感ある廊下を歩きエレベーターで先ほどいた階まで戻る。


『ここからは、こんなところで話すのもなんだし』ってああいった公衆の場所で話すことではないということだよね。そんなに難しい話をするのだろうか。


 中央にガラス張りの魔法陣が書かれた研究室へと戻りパソコンのような機械のあるところへとチナミが行く。


「おお、仕上がってる仕上がってる! さてさてさて、まずは今日のメインディッシュ! 健康診断の結果発表といこうじゃないか」


 ゴクリっと生唾を飲む音が首元で聞こえる。え、ビーが緊張してるのかな。本当に? IQ高くない?


「う~んっと、まずはシロ君から行こうか」


「わん!」


 シロはマイペースだ。へっへっへっへっと荒い息遣いが部屋のBGMと化している。


「結果は……普通の柴犬……だね。うん」


「わん!」


シロはなんだかうれしそうだ。


「普通?!」こっちは、普通って言われてびっくりしている所だっていうのに……


「スズメさん。さっきハルヒトさんは、しゃべってたって言ってましたけど……となると普通っていまいちなんだか……」


「うん。レナちゃんの言いたいことはよぉっくわかる。よくわかるけど普通じゃないところがあった」


「普通じゃないところ?」


「そう、一番目立ったのはざっと4300年生きてるところかな」


「「「……」」」


「くぅ~ん?」


「は? いや、あのえっと故障? とか間違いでは?」驚いて真っ先に疑問を投げかけたのはレナだった。


 レナの言う通りだ。4300年生きているって、キリストが生きて現代にいたとしても2000年ちょっとだ。その2倍は生きていることになる。しかも、外見普通の白い柴犬がだ。とてもじゃないが信じられない。いや、しゃべって自称神と名乗ったのだからある意味……普通?なのかもしれないけど。だから神なのだろうか。


「んにゃ、ビーちゃんのはしっかりと解析されてるし、シロ君のもそれ以外しっかり解析されてるよ。読み上げると。オス、毛色は白、冬の毛、体長42cm、体重10㎏、Nn(Numerus necibus) 54.157.431、Qn(Quot Novos) 231、年齢4329年ってさ。Scientiaが滅の神使、安産、起源の太陽、……」


 え、は? 何それ。冬の毛とかまったりとした内容と普通の柴犬のサイズから後が普通じゃない。


「オスでチン〇ンついてるのに安産って……なんだろね?」チナミが首を傾げてこちらに問う。


「いや、こっちが聞きたい!」


「白縫君もノリが良くなってきたねぇ?」


「そりゃ安産に挟まれた二つの何かが気になりすぎてそれどころじゃないっていうのもありますけど、滅の神使の前に一瞬発音したその……意味の分からないやつなんですか?」


「シェインティアってラテン語で知識、技とかスキルって意味なんだけど、そもそも技なのか疑いたくなるよね。あはは、めっちゃ興味深い子だよ。どうみても普通の柴犬なのにね!」


「わん!!」


 返事が良いなシロは……やっぱり何話してるのかわかってるんだろうな。4300年生きてるんだもんなぁ。信じられない。魔法がある時点で何でもありな世の中になったんだなって覚悟はしてたけどだめだ。リアルが変わりすぎてる。


「そうかぁ、シロちゃんご高齢だったんだぁ。よしよしよしよし!」


 4300歳を撫でまわすサユキ。シロは若干ひきつってるけど嫌じゃなさそうだ。って4300歳越えをご高齢で済ませるとは……


「滅の神使って不吉な単語のあとに安産ってあるのが、理解しようとしてる頭を苦しませますけど起源の太陽って意味も……だめです! 追いつけません。理解ってどうやるんですか?!」


 頭を抱えてるレナはなんだか人が変わったような感じになってるし……


「レナちゃん……私の経験上、理解するのではなく容認することが第一歩なんだ。魔法があるとわかって以降、人類はまた新たな扉を開いた。4329年生きる犬を見つけたのだ。世界は広い。きっと4329年生きる犬がいても不思議じゃないのさ」


 悟りを開いたような目で遠くを見るチナミも若干お手上げの様だ。


「わかりました……理解ではなくあることの事実を受け止めるってことですよね。 はい。わかりました……それと何か多めの数字を言ってましたが、その数字ってなんですか?」


「ん? ああ、NnとQnか。今回分析から除外したつもりだったんだけど測られててびっくりだ。まあ殺傷数と交尾回数って言ったところかな」


「めっちゃ殺してますね。あ、いやでも4300年って言ったらそんなでもなかったりするんですかね?」


「そうだねぇ。日々、人が殺してる家畜の多さとかいろいろある死に対して目を向けないで過ごしてる人間が多い中、君はしっかりと現実をみてるね。いいことだ。生きるとはすなわち死を越えなくちゃいけない。植物も動物も変わらない命があることを忘れちゃいけないんだよ」


「とりあえず自論は置いておきましょう。なんで交尾回数なんてのが入ってるんですか?」なぜかぎろりとチナミを見つめる市ノ沢が怖い。


「置いとかないで! 私今すっごい深いこと言ったのに! 感心するとこ! チナミさんすごいキュン!ってなるところじゃない?!」


「チナミさんすごいキュンってなりましたよー。だから教えてください」と棒読みで市ノ沢。


「イッチーは、その棒読みなんとかして! 日頃地味に傷ついてるんだからね!」


「えっと、私も気になります。なんで交尾回数が入っているのですか?」傷ついているチナミをよそにレナも興味津々のようだ。えっとまてよ。これ人が中に入ると少しえぐいことまで調べられるってことになるよな。


「レナちゃんも私の傷を若干えぐるね。まあいいさ! 凡人には天才の気苦労なんてわからないのさ! 簡単に言うと繁殖する回数や頻度を調べることで魔物がいかに増えていくかとか生物学的な性別で生きているかとか、魔物を調べるときに使ったりするかな。もちろん人も測れるよ。入る?」


「「遠慮しときます」」


「まえにイッチー入ってみたもんね。いやぁ、まさかイッチーがそこまですごかったとはねぇ……私は知らなかったなぁ?」


 すごかったとはどういうことでしょう。とても詳しく聞きたいところです。


「ちょ、チナミさん? セクハラで訴えますよ?」

 

 聞いたら多分殺されるので止めておきましょう。目がすごいです。鷹のような目をしてます。


「へっへっへ! 私からの仕返しだ!っということで、まあ現状そこのシロ君からの害はないと……思う。うん。ないね。可愛いしね……うん」


「わん!!」撫で繰り回されてるシロはだんだん上機嫌になっていた。


「4300年生きてりゃ言葉くらい理解してるぞって今の一瞬で聞こえたような……」チナミが若干うろたえていたところへ市野沢。「それは錯覚だと思いますよ?」の一言。


「よ、よし! 一旦シロ君は置いておこう」


「つづいて、ビーちゃんだよ。魔物、カマイタチ、メス、毛色は栗梅色と乳白色、体長57cm、体重1.4㎏、Nn(Numerus necibus)65、Qn(Quot Novos) 0、年齢3カ月。そしてScientiaが瞬足、空切断、器用な前足、保温……なんか、シロ君のをみてびっくりしたけどビーちゃんのを見て安心した気がするよ」


「きゅ!」器用な前足を使って挨拶するビー。これ技だったんだね。


「それにね。カマイタチって有名どころで行くと京都異界の30階層で稀に見たりとか四国や九州、東北の異界でも50階層オーバーから出現が報告されてる魔物だったと思う。マイナーで出てきても対象に強烈な痛みを残して通り過ぎたりするだけで目撃例が少ない希少な魔物だ」


「ってことは、はるさんの近所の異界の1階層にいたイタチのような魔物って……」


「へ? そんな上層にこんなヤバイ魔物がいたの? ちょっと詳しく知りたいけどカマイタチの近縁種とみて間違いないかもしれないね」


 あのとてつもなく早くて口をぽかんっと開けてるイタチがまさか、そんなにヤバイ魔物だったとは……


「けど、斬られてもとくに大丈夫だったのでそこまで危ない魔物でも……?」と静かにチナミに聞いてみた。


「ま、斬られても死なないと思うよ。ただ、斬られたような痛みに悶えることになる。そして、痛みに耐えかねるまで得物を追い詰めて痛みで殺す。それが彼らの手口だ。速いからまず攻撃は当たりにくい。静かだからまず察知されずらい。気づいたらそこにいて切られている。それがやばさの所以さ」


「「ゴクリ────」」


 サユキと一緒に生唾を飲み込んだタイミングが被った。


「そんなに……すごい魔物だって知らずそのまま探索続けてた……」


「サユキなら切り抜けられなくもないだろうさ。痛いだろうけどね」


「うん、痛かった……」


 ふるふると震えるようにしているサユキは、なんだか小動物の様でかわいかった。いつもの先輩異界探索員としての風格というか、クレイモアを持っているサユキは、かなり強いんだと思う。いまいちその強みを生かし切るだけの環境に踏み入っていないので実感してないけど、構とか佇まいでなんとなくわかる。


 勘だけど……


「ま、知らなかったのなら気を付けるんだよ? 1階層からそんなとんでも魔物が出てくるんならその後もヤバイと思うからね」


「気を付けるね……」


 確かに……、10階層手前まででデーモン・ハウンドとかオーガは出てくるし、とんでもなく強いレイピアを使う石像も出てきたし……おかげでレナのチームを助ける時にシルクハットをかぶった変な男と戦えたっていうのもあるけど、規格外の異界だったんだなぁ。


 そりゃ駆け出しの俺、心折れて大宮異界に逃げるよ。


 でもその分成長は出来たと思う。速いものを見定める能力もついたし、何より崖を上ったり下りたりとかオーガと戦ったりしたおかげで体力もついた。


 もう一度、大木のあの異界に入ってみるのもありかもしれない。

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