第27話 -異界探索員の組合-

 よーい。ドン! 勢いよく駆け出した。突き出す前足。回る後ろ脚。ガラス張りの窓を避けるように急ブレーキをかけて曲がる。


 トップはシロ。続いて俺、後ろには紗雪と玲奈が続いた。そして第二のコーナーを内側へ攻めつつ滑る足を何度も床にこすりつけ走って行く。


「シロ!! 待て!」


 ちらっとこちらを見たが待つ気配はない。はぁはぁと犬の荒い息遣いで必死に走るシロが、こちらを見て笑ってるように見える。


「シロちゃん待って!!」


 紗雪もシロを呼ぶ。「わん! わん!」シロは返事をしたが止まらない。玲奈も続いて「シロちゃん! シロ! おすわり!!」


 え、おすわり? だが、シロは気にもかけず猛スピードで走る。まあ、一度も成功したことのないおすわりだからね。


 だめだ、このまま追っても埒が明かない。ならば……


「二手に別れよう。ちょっと広いからわかりにくかったけど多分これぐるぐる回ってる。紗雪と玲奈は反対側から、私はまっすぐ追っかけます!」


「わかりました!」

「了解です!」


 二手に分かれて駆けていく。シロは相変わらず止まらない。風のような走りを決め込むシロであったが唐突に、そのレースは終わりを告げた。


「シロ! 待て!! 待てだ!」


 シロは余裕でこちらを見る。そして真直ぐ向いたその先で唐突にドアが開いた。 止まらない。いや、止まれない。全力で駆け抜けたシロのスピードを押し殺すために前足が頑張る。そして頑張りむなしく頭とドアが「ゴーン」なんて除夜の鐘のような音色を響かせ、シロとのレースは終了した。


「え? 何今の? ん?……犬?」


 中から出てきた職員と思われる人がうろたえてた。


「すみません、うちの犬が脱走してしまいまして……あ~あ。待てって言ったのに……」


「わ……わふぅ……」とレースのトップランナーから一言。


 足をぴくつかせて横に倒れているシロを拾って反対側から回ろうとしていた紗雪と玲奈と合流した。


「シロちゃんどうしたんですか?!」


「話すと……ドアに激突してこのありさまです」


 あらら、と二人はシロを見つめて元居た魔法陣のある部屋へと引き返した。


「いよ! 戻った……ね??」チナミが何かあっただろう雰囲気を察して疑問符を頭上に浮かべるように硬直した。経緯をさっと話して渋い顔をするチナミ。


「ま、まあ大丈夫だ。その子頭固そうだし……うん。一瞬だからほら中に入れちゃってね……なんか、情けない顔してるね。その子大丈夫?」


「くぅ~ん?」


 まあ、抱っこしてるからなのかこれから起こることに心配している様子だ。そして、視線がダイレクトに俺に突き刺さる。

 

 シロを魔法陣の上に置いてガラス張りの部屋から出ていく。プルプルと震えてる最中に魔法陣が光りだして浮き出た青い円が回転した。やがて、回転は止まり計測?が終了した。


「さて、おつかれさま! 光って綺麗だったし肉片もぎ取るよりは良心的な設計でしょう? 解析結果が出るまでちょっと時間かかるから下のカフェでも行って時間をつぶそうか」


 確かに青い光は幻想的で綺麗だったけど肉片もぎ取るってえぐいな……シロもそれを聞いたせいなのか若干引いている。


「賛成!」と紗雪が手をあげた。紗雪は、俺が敬語でしゃべるからつられてしゃべっちゃうみたいなことを言ってたけど、今日は昔馴染みの相手がいていつもと違う感じだ。ふつうに話してくれても別に差し支えとかまったく無いんだけどね。


 研究室を後にして3階の休憩フロアへとエレベーターで向かう。カフェは、なんだか大宮のファミリアマーケットのような木造チックの落ち着く雰囲気で少しびっくりした。


 どこからどう見てもオフィスビルの中にこんな場所があるなんて思いもよらないだろう。天井にはくるくる回るプロペラのようなものと店内をほんのり照らす大正時代によくありそうな証明。ガス灯っぽいっていうのかな。なんだかお洒落なお店だ。


 5人はテーブルを囲みソファーと椅子に腰かけ各々コーヒーやらお茶請けを頼んだ。


 注文したものが届いて他愛のない会話が続いた。そこで、聞き捨てならない情報を耳にする。


「秋永ちゃんは、回復魔法を扱えるんだよねってことは、回復術師組合には入っているよね?」


「はい! レナで大丈夫ですよ。ちなみさんの言っていた言葉を具象化するっていうのが噂になっていてまさか、それを編み出した人と会えるなんて光栄です!!」


「いやぁいやぁ、褒めてもなにもでないよ?? レナちゃん! 私もスズメで良いよ~。それに扱いが難しい回復魔法を扱うなんて頭が良いんだね? スペル派?それとも念派?」


「私は、今のところ念でしたけどマスターがスペルの方が一定の効果を生み出して扱いも慣れれば楽だから、そっちを頑張ると良いって言われました」


「ま、それが王道だよね。スペルなら間違いないし、それなりの効果を誰でも体感しやすい。だけど誰かから教えてもらって使い方を慣れていくって修行しなくちゃいけないのがネックだよねぇ」


 二人が呪文の話を呪文のように会話している中置いてきぼりを食らっている。紗雪はコーヒーとチョンっとしたショートケーキに舌鼓をうって満足気だ。市ノ沢さんに至っては本を読み始めている。


 組合ってなんだろうか。そういえば異界探索員のアプリで初級探索員特集ってやつで自分の探索に見合った組合を選ぼうとか選び方20選! それぞれのなりたいになろう。なんてタイトルだったかな。気にはなったけど組合に加入するにはお金が必要だったからスルーしていたので、この際聞いてみよう。


「その、回復術士組合ってなんですか?」


「「……」」


 二人は、互いの顔を見合わせる。いやいや、何言ってんのこいつ?みたいな目で見ないでほしい。これでもまだ取得して半年だし異界に入って間もないんだから……その目は優しくない。って思った。


「まさか……ハルヒトさんって組合に加入してない感じの方です? ああ、でも刀ですもんね。どこかの流派なら話は別ですけど、所属とかしてますか?」


「え、流派も何も……我流だし、組合って存在は知ってましたけど何をする場所かまではさっぱりです」


「ええ?! ハルさんてっきり刀術組合とかに所属してるんだと思ってましたけど違うんですか?」


 紗雪もなぜか驚いている。


「はは~ん、さてはお金がなくて渋って組合に入らず探索をゴリゴリ進めてた無知な初心者君だね?」とチナミ……様がニヤニヤしている。


「ま、そんな命知らずな君にとっていい機会だ。君もどこかへ入るか検討してみてもいいだろう。現に生き残ってる時点で入る価値があるかどうかは微妙な所ではあるけどね。私は魔術師組合に引き入れられそうになったけど入らなかったしね。」と語るようにチナミが組合について教えてくれた。


 簡単にまとめると組合というのは、武器ごとや特定の役割を担う職業の集いらしい。探索員と言っても剣や槍、弓や魔法、回復魔法を扱う人で千差万別だ。その中で自分が所有する武器や戦うスタイルに合った組合を選んで学ぶ。


 組合にもいろいろあって有名どころでいくと剣や長剣などを扱う剣術士組合。弓や古くから伝わる狩猟術をベースに腕を磨いた弓術士組合。玲奈の扱っているハルバードなどの槍を対魔物戦闘用に極めた槍術士組合。信じるのは己の肉体のみ、心技体を極限にまで高めることが主眼の闘拳術士組合。魔法に毒された人々の魔術師組合。現代医療に新たな兆しを与える回復術師組合があり、他にも刀術士組合や暗器術組合などいろいろあるらしい。


「ま、法令とか、にわかサバイバル知識をたたき込まれただけの探索員がいきなりナイフ手渡されて急には戦えないのと一緒で戦うイロハを覚えるためにお金を払って腕を磨く場所かな? 入らずにぶっつけ本番で野蛮人みたいに魔物と戦いを挑んでスキルを身に着けてるやつもいるけど、命がいくつあっても足りなし、現実的じゃない。そういう馬鹿は一定数いるけどねぇ。それに組合に入れば中古の装備とか武器も一応は貸してくれる。昔はなかったけど今はある便利な物さ」


「まじか」ぽろっと出た言葉はむなしく空を切った。


 今まで人が集まらずに、一人黙々とイタチのめっちゃくちゃ痛い攻撃に耐えて刀を振るって心が折れるような毎日を過ごした。そして心が折れて大宮異界に行ってアラネアを倒すのにも苦労して死にかけて……一体何してたんだろう。


 刀を振るうノウハウ? 薄汚い古文書がバイブルな俺はすっごい損をしてきていたような気がした。

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