第25話 -休日はカワウソの肉球と供に始まる-

 よくわからない。カビが生えたような古い書物を手に自室にこもる。布団の上でダラダラしていると、ビーが「きゅっきゅ! きゅっきゅ!!」遊んでくれの構をしている。俺のお腹の上にきゅ!って言うタイミングでポンポンっと肉球を当ててくる。構うとおとなしくなるが、しばらくしてきゅっきゅ攻撃を仕掛けてきた。


 ああ、新しく読めるようになったところがあるけど、これまた何なのかさっぱりわからない。


 気の巡りがどうたらこうたら、力即ち法力、妖力にも通ず。神曰く己の心と供に道を開かん。


 とりあえず、わかったことはというと……使える奥義? いや、技? どちらでもいいけど自分で扱える奥義の部分が読めるようになっているのがわかった。薄々は、そんな感じじゃないだろうかって考えてたけど天雷一閃(てんらいいっせん)、富嶽崩天(ふがくほうてん)、旋乱剣華(せんらんけんか)、極光之構(きょっこうのかまえ)。


 ん? もう一つあった。桜花命刀(おうかめいとう)……なんだろ。奥義の後に書かれてる但し書き? すらよくわからない。

 

 でも、どれも強力な技だし期待はできる。けどなんだろうか。どれもどこかで聞いたことのあるような既視感のある名前ばかりだ。特に……初めて見たはずの桜花命刀に関しては、使ったら最期ってイメージがある。

 

 まあ、どれも強いけど、いつでも使えるって言うわけじゃない。あの蛍灯(ほたるび)が見えた時とか、ふとした瞬間に頭の中を過った時とかしか使えてないのが現状だ。それに、旭日隊二番隊隊長が岡田元隊長って呼んでいた青い刀の人と打ち合った時に自分の刀が赤く染まって、何か……こう、どす黒い何かに飲み込まれるような……そんな感じがした。


「なんだったんだろうな」


「きゅ?」


 なんとなくニュアンスだけだけど、この本に書いてあることは心を強く持って体を鍛えて技を磨けってことだと思う。そうしたら、刀を扱う道がどうたらこうたら……って。


 こういう時、シロがしゃべったら何か聞けるんだろうな。今は庭でしっぽ振りながら鳥見てるし……


「ああああ!」


「きゅぅ?!」


「考えても埒が明かない! 素振りしよう」


 白い刀を手に取り部屋を出る。ビーがシュルリと首に巻き付く。もう慣れちゃって違和感すら感じなくなってきたけど……これは慣れちゃいけないやつだと思う。ふつうの人間的に……


 

 休みは、体を鍛えるひと昔前の自分じゃ考えられない堅実な休みを送り、見慣れない人通りの多さを堪能している。


 刀を持ってる人がいる。見た目は侍って感じの甲冑を着ていて4人の同じチームと思われる人達と道を歩いている。杖を持って剣を腰に差している女性と大柄で大剣を持った男、弓とナイフを数本腰に差して矢筒を抱えている女性、短剣とナイフを胸や腕、腰に差している男。他にも……って見かけた人の特徴を一つ一つ気に留めていてもしょうがないのだけど。さすがは、新宿だ。


 大宮異界前と違って、人が違う。スーツ姿で歩いてる人も、私服で歩いてる人も都市部でもここまで違うのかと思い知らされている。いや、大宮も人は多いんだけどね。


 大宮は、なんというか異界と駅がそこそこ離れているから人通りはそこまでじゃない。けれど探索員の割合は多い。それと比べると新宿は、駅の近くに異界がある。ちょうどバリケードと鉄柵、監視塔がそびえたっているからすごい目立つ。


 物見遊山にくる人。チームメンバーと待ち合わせをしているのか、その周りにいる探索員。近くには飲食店も多くて、探索員の格好のままビルを出入りする人も少なくない。


 到着してしばらくすると、いつもの黒いコートにクレイモアを刺した探索員が駅から出てきたのを見かけた。


 紗雪だ。黒い髪を靡かせるように歩くその様は、なんというか。本当に俺って隣にいてもいいのか若干不安になる。働いてた時も紗雪は、あんな感じだった。あの時より髪はかなり長くなったけど、ちょっとした近寄りがたさっていうのがある。


「こんにちは!」


「おまたせしました! シロちゃんとビーちゃんもいるねぇ。よしよしよしよし!!!」


 会って早々にシロの冬毛に埋もれる紗雪。万遍の笑みを浮かべている。相当気に入ったようだ。

 

 一方シロは、紗雪に抱きかかえられて固まっている。牙を静かに出してモフられているのを自然の摂理かのように受け止めているような……そんな表情を浮かべている。


「俺がやったら噛まれるんだろうな……」


「どうしました?」


「あ、いや。何でもないです」


「ビーちゃんもこんにちは!」


「きゅ!」首元で左前足をあげて挨拶をするビー。だから、IQ高いことすると怖いんだって、かわいいんだけど。


 肉球と紗雪の人差し指が合わさった時「すいません! またせちゃいました?」と玲奈の声。


 ハルバードを背に、ナイフを腰に差してリュックを背負っている。装備は、腿当て、脛当て鎖帷子(くさりかたびら)を下にフードのついたコートを着ている。


「いえ、私も今到着したところですから大丈夫ですよ!」


「私も……うん。いま到着したところです」到着してから少し経つけと40分とか誤差だよね。うん……


 無事、全員集合し異界魔物研究センターへいざ行こう!と張り切って前を歩き周りを見る。


「どっちです?」


 その様子を見て紗雪が笑顔を作り「はるさん、結構楽しみにしてました?」と一言。


 なんだか遠足前夜の小学生みたいで少し恥ずかしいから「いや、まあちょっと。それなりに?」と微妙な返答をからゆっくりと向かうことになった。


 新宿駅から都庁へと向かって歩き。公園を越えた向かいにある少し大きめの建物がそれだった。


 ガラス張りのロビーに入ると受付の女性がこちらを見ると「こんにち……は?」と奇異なものを見る目で一瞬固まった。横に紗雪、そして玲奈。後ろにはシロ、首にはビー。おかしいところでもあるのだろうか。


 すると何かを思い出したように「あ! あの、異界探索員証を見せていただいてもよろしいですか?」と言われたので異界探索員カードを見せた。


「すみません。本日、因(ちなみ)より承っておりました夜空様方で、お間違いないですね。わたくしは、受付の上形(かみがた)と申します。よろしくおねがいします」と挨拶を軽く済ませ、奥のエレベーターへと案内され乗った。


 ボタンがいっぱいある。その中の14階を押して、到着した。エレベーターを降りるとあたり1面の窓ガラスの通路へと出て、良い景色が拝めた。


 「きゅぅ~」


 ビーは、なんだか感動してるみたいで外をずっと見ている。シロは、いつも通り冷静だが、窓から離れて歩いていた。怖いのかな?


 通路をまっすぐ歩いてって両開きのドアへと入る。数人の職員が挨拶をしてくれて挨拶を返しながら室長室と書かれた扉の前に立った。


 「因(ちなみ)さん。お客様をお連れしました」と受付の女性が答え「どうぞぉ」と中から声がした。「それでは、私はこれで」と上形(かみがた)さんが軽く会釈をして戻っていくのを見届けてから室長室へと入った。


「こんにちは」すらっとしたスーツ姿で眼鏡をかけている女性が室長の椅子と思われるところに座っていた。ここまで通ってきたところとは違い。応接室のような立派なソファーとテーブルがあるが……書類で埋もれている。


 なんだか、ごちゃごちゃとしているけれど室長っていう肩書もあり目の前の女性はとても仕事ができそうな雰囲気のある人だ。なんて思っていたら紗雪が室長と思われる人に尋ねる。


「あれ? 市ノ沢(いちのさわ)さん。すずちゃんっていないんですか? さっき声がしたとおもったのですが」


「えっと因(ちなみ)さんなら私の横にいますよ」

 

 あれ、この人が、因という変わった名前の室長じゃなかったの?と拍子抜けしていると「こっちこっち! ごめんごめん、データ多くて。電子で送ってきてほしいのに紙で全部送るなんてくっそみたいな嫌がらせしてきた奴がいてさ。もう大変だったんだぁ」と紙の山の横からひょこっと現れてこちらへとくるちんまりとした子がいた。


「やあやあ! 久しぶりだね。ユキ! 元気してたー?」と白衣姿で軽い挨拶をする。


「してた! すずちゃんも変な研究は進んでる?」


「変ってなんだぁ? 私は情熱と希望と夢を追いかけているんだ。それはもう愛なんだよ? まあ、進んでるって言えばウソになるんだけどね!」


 見た目は小学生だ。いや、これ言ったら殺されるやつじゃないか? 俺が170cmジャストで今、目の前にいる室長と呼ばれた子?は、140㎝あるかないかじゃないか。


「そしてそして! 君たちか! 紗雪の新しいチームメンバーっていうのは!ええっと白縫君とそっちのハルバードを持ってる娘が秋永さんだね。私は、因 錫芽(ちなみ すずめ)! ここの異界魔物研究センターの研究部門で室長をしている。簡単に言うと偉い人だ! 秋永ちゃんは、気軽にすずちゃんでもちなみちゃんとでも呼んでくれ!」


「は、はい! ちなみ……ちゃん?」


「うんうん、若いっていいねぇ。私もまだそこまでじゃないけど10代にはかなわないなぁ」


 若いっていいねってどう見ても玲奈より、この目の前でふふんっと鼻を鳴らしている子の方が若く見えるのだけど、錯視でも使っているのかな? ってさっきからすっごい失礼なこと思ってる気がする。だって目というか、なんだか……見た目とのギャップにおかしく感じるんだから。


「そして、白縫君……君は、ちなみ様と呼べ!!」


「様……って、え?」


 唐突に様付けを要求してきてきょどってしまった。


「ちなみ様だ! 様が重要なのだ。慌ててる場合じゃないぞ?」


 なんだろ、この子。いきなり様付けで呼んでほしいってどうしたらいいんだこれ。「はじめまして、ちなみさ……ん」


「様ぁあ!」


「ちなみ様」


「すばらしい! 君はもてるよ? 初動と判断が遅いからモテはしないだろうけど、まあそれは、いいとしてよろしくね。話はなんとなく聞いているよ」とシロとビーを見るちなみ様。


 なんだろ、この人。いろんな意味で合わない気がする。


「ふ~んこの子達かぁ。そこの白い柴犬ちゃんは、ふつうの柴犬っぽそうだね。流れがおかしいのは異界へ入ったせいかな? だけど、カワウソ? カワウソというには何かが欠けてるけど、この子は、魔物だね」


 流れ?なんでそんなことがわかるんだろう。

「きゅきゅぅ!!」ほっぺを抑えてショックを受けるビー。いやいや、なんでこの流れでそんなリアクションとれるの?!


「あはは! 良い反応だ。センスの良い子だね」


「すずちゃん……この子やっぱり魔物なんだよね」


「まあ、ユキの話からだと確実にそうとしか言えないのが現実だねぇ。だけど、魔物の中でもやっぱり違うね。飼いならされたようなそんな魔物に近い。詳しくは術式計にいれてみないとわからないけど……」


「術式計?」玲奈が興味ありげに反応する。


「そう。術式計! 世間にはまだ公表されてない代物だよ。まあ、狂った魔法学者と魔法医学の変態野郎と私が開発した代物なんだけどさ! どうだ?すごいだろ白縫君!」


「す、すごいです」


「どや!」


 一周回ってとても面白い人にみえてきたよ。『どや』って口で言うものなのかな。


「さて、じゃあ術式計へと試しに入れてみようじゃないか。下の階にあるからそこまで行こう!」


「前にあった交合分析機ってやつはどうしたの?」と紗雪。


「交合は、液体、気体、個体系の微量物質をサンプルに測るやつだし仕組みは赤外線と紫外線、電子の従来の電波を用いて総合的に照射させて北海道の札幌異界の整列磁器石を使って反射派と透過派を種類別に可視化するものだからね。今じゃ異界物質の組成判定やらに使うだけにしてるし、それ以外だと精度いまいちだし放射線使うし時間もかかるから新しいの使う! そっちのが便利だし驚くよ?」


「へぇ、そうなんだ」


 え、紗雪。今の理解できたの?って待ってひょっとして今危ないことしようとしてたりしてる? これとめた方がいいやつなのかな。


「きゅぅ~」話を聞いて目を回してるビー。頭良すぎない?それともたまたま、そういう反応なだけ?


 市ノ沢(いちのさわ)が先導して、ついていく一行。前を紗雪とちなみ……さまが歩き玲奈と後ろで歩いていく。


「なんだか、紗雪さんの昔からの知り合いみたいですね。春人さんは何か聞いていたりしてますか?」


「いや何も。偉い人と随分知り合いなんだなぁってびっくりしました」


 後ろで話していると紗雪「ああ、すずちゃんとは、昔チームを組んでいたの。旭日隊に入隊するより最初の頃だけどね! 私がロングソードを使う前衛で、すずちゃんが」


「私がナイフをメインに扱ってた斥候的な立場だったかな? 懐かしいねぇ。もう4年かぁ、しばらく見ないがトモアキは元気か?」


「え、トモアキって佐々木さんのことですか?」働いていた時の先輩で、仕事を教えてもらった仲の……


「はい! はるさん、あの佐々木 朋昭(ささき ともあき)さんですよ。しばらく一緒にチームを組んでいました」


「へぇ」


「なんだ、白縫君。トモアキと知り合いなのか?」


「はるさんは、昔働いていたところが一緒で佐々木さんとも一緒に働いていた中なんだよ」


「へぇ、そんなつながりが。世の中狭いねぇ」


「そして佐々木さんは、今育休中ってやつで探索員活動を停止してるんです」


「「育休?!」」


「はい。育休ってやつです」


「トモアキのやつ結婚したのか?! それに子供もいるっていうことだな?!」


 時の流れってこうも早いんだなぁ。5年も経てば……いや、確かに5年だからな。もう佐々木さんも30代なんだし、確かに結婚とかしてておかしくない年頃だよな。


「相手は?! ミナのやつか? 惚れっぽい女だったからなぁ。だが、そうすると一回り違うぞ? トモアキのロリコンめぇ」


「相手は、ファミリアマーケットの店員として働いてた人だったかな……私も1回くらいしか会ったことないからよくわからないや」


「そうだったのか?! なんで結婚式に私を呼んでくれなかったのか!!」

「私も、その結婚式行ってみたかったです」


 佐々木さんとは短い期間だったけど仲の良かった人だから祝福はしたかったな。けど、5年前の災厄以降だからすっごい大変だったんじゃないだろうか。久しぶりに会って話をしてみるのも楽しそうだ。


「その時、すずちゃんは研究って言って調査隊隊長の平原(ひらはら)さんと半年くらい富士山の異界に入ったっきりだったし、はるさんは音信不通でいなかったじゃないですか」


「「あぁ、そうだった」」


「私も、佐々木さんも、はるさんのこと一生懸命探してたんですからね?捜索願いかけても見つからないですし、もうあきらめてたんですよ?」


「あははぁ、あの時携帯会社から契約も切られてたましたからねぇ……って捜索願までだされてたんですか?!」


 雑談を遮るように「到着しましたよ」と市ノ沢(いちのさわ)が扉を開けた。

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