第23話 -信頼の青い花-

 お昼休憩を取った12階層中心部より逸れたところ。あの時、事件があった場所はだいたいそのあたりだ。


 玲奈は、平然を装っている。静寂に包まれた12階層の洞窟は、日のような光が差し込んだ中心部と変わって複雑な道が続いていく。


「そろそろ……なんですよね」恐る恐る玲奈が周りを見る。


「たぶん、この辺になるんじゃないでしょうか?」記憶にある限りではこの辺だ。


 入り組んだ道。迷いやすい分かれ道。同じような景色。この中をよく悲鳴や怒鳴り声を聞きつけて走ってきたものだと改めて身震いする。迷ってしまったら最後、大きな階層の異界から生きて抜け出すなんてとてもじゃないが無理に等しい。


 疲弊した中、出口が見つからない不安。加えて襲い来る魔物達。それらを想像するだけで恐ろしい。


けれど、入り組んだ道を右へ左へと行ったというのに紗雪は、よく見つけてくれたものだ。


「ありました」


 いまだ残る爆発痕。そして無残に飛び散った装備の破片と何か。大体の物はかたずけられているが残留物は少なくない。


 ここで捜査が行われていただろう後もあり大方片付けられてはいるが、生々しい痕跡は未だ残っている。


 ここで玲奈は、リュックから一輪の青い花を取り出して放り投げた。


「ばか……」そっと、そこにいる誰かに問いかけるようにつぶやく。


 私と紗雪は、静かに玲奈の背中を見つめることしかできない。

仲間を失った悲しみか、かつての仲間に裏切られたという憎しみなのか。憎しみには見えないな。

 

その心中がどうなのかはわからない。傍から見ていて、まるで信じていたものを手放すように投げた花がはらりと悲し気に舞い落ちていった。


 苦楽を共にした仲間、俺で言うと紗雪だ。チームを組んで日が浅いけれど、駆け出しの私と一緒に探索に出てくれたりとたくさん世話になりっぱなしだ。それらを返せる時がくるのか来ないのか、わからないけれど今がある。その返せる時を目指せるのは生きている人間の唯一の権利なんだろうな。


 どんなに後悔しても、どんなに過去を変えたくても変わらない思い出は一生の財産であり掛け替えのないもの。


まるで呪いのようなものだけど……だから、今をひたすら全力で生きるんだって、なくしたときに気づいた。


俺は、あれからしばらくしてそう感じた。玲奈は、一体何を思っているのだろう。


「春人さん! 紗雪さん!」


「んお?」「はい」


 突然名指しで呼ばれて間の抜けた返事をしてしまった。けれど紗雪は、何かを察しているような表情で玲奈を見つめている。


 ああ、俺ってなんでこんなしまらないんだろう。若干情けない気持ちで落胆している前で「これから、よろしくおねがいしますね」とこちらへと振り向いて、お辞儀する玲奈。


 強いな。大宮異界の探索をしたかったというのは、これをするためだったんだ。


「こちらこそ、よろしくね!」紗雪が笑顔で答える。そして「はい!」っと震えそうな肩を押さえ返事をする。


 ここからが、秋永 玲奈(あきなが れな)の正式な加入なのだろう。チームなんて入る入らないは、個人の自由だし縛られるような誓約なんて元々ない。


週に何回探索するとか、必ず参加できる人希望とか、まあいろいろあるけれど基本は自由だ。


 新しい仲間の新たな門出ってやつだ。紗雪のように笑顔で迎えるべきなのだろうと笑顔を作り、「私もよろしくおねがいします!」と返事をしてから気づく。(あ、お面つけてた)


 台無しだ。


歓迎するという、玲奈のけじめを迎え入れた場面においては問題なかった。うん、たぶん。けれど心の中ではずっこけるようなボケをしてしまったのに気を取られてしまった。


 そこへ、「おいおい。俺たちも忘れるなよ?」といわんばかりにシロが前に出てきて「わん!」の一言。ビーも「きゅ!」って返事をする。


「あはは、シロさんもビーちゃんもよろしくね!」


 あれ、シロにさん付けしてたっけ? 呼び方変わったかな。とりあえず、けじめもつけ終わったことで、青い花を背に元来た道を戻る。


 触れるのは、野暮だろう。頬をつたっていただろう涙は、もう乾いている。


「それじゃ、マッピング再開!」と意気込む玲奈に「一気に進みすぎましたからね。今日は、ここら辺を狩場にして探索を終えましょう?」と提案する紗雪。


 俺は、というと「もっと奥の階層へと行こう!」と言って止められたのは言うまでもないかな。



 時間もそろそろ折り返しを過ぎ、帰りを目指す。9階層の緊張を潜り抜けて中層と比べて平坦に感じるようになった。最初来たときは歩くのもしんどかった3階層を抜け地上へと出る。


 それぞれの異界探索員カードをタッチパネルにかざし、今日の探索を終えた。


その後、せっかく大宮異界にきたのだからと俺の行きつけのファミリアマーケットへと行ってみたいという紗雪に敗け中年のつるつる店長がいるところへと来た。


 木の素材を生かしたドアを開け、中へはいると「いらっしゃい!」という濁声が出迎えてくれた。 


こんばんは、と後ろから入ってくる紗雪は店の中を物珍しく見渡す。玲奈は来慣れているようで、会釈だけして入ってきた。


「こんばんは! 素材を売りに着ました」


「お……う? なんでい強盗か?! 俺はこう見えても腕っぷしは強いぞ? 覚悟しやがれ!!」


「いやいや、素材を売りに来ましたって!!」


 後ろで、強盗に間違えられている自分を鼻で笑うのが聞こえた。紗雪だな。

そして、まじまじとじっくりこちら観察する店主。


「いや、その刀……見てくれは随分変わっちまったが……俺にはわかる。刀のあんちゃんか!!」 


みてくれは随分変わっちまったは余計だ! って狐のお面被ってるせいだ。とりあえず、狐のお面を一旦取り外すと店主がノリノリで俺に問いかけた。


「後ろの……おいおいおいおい!刀のあんちゃん?!」


 いったいどうしたのだろうか?ああ、さては……チームメンバー募集をかけたとしても一人も来ない実績をたたき出したルーキーがチームメンバーを連れて入店してきていることに驚いているんだな?


「落ち着いてくださいよ。どうしました?」


「あんちゃんも隅におけねぇな?あんなかわいい子連れてきているなんてな!」


二人に聞こえているし、テンションをあげるにしても大げさな……とりあえず小声で「とりあえずまあ、そこは置いておきましょう」と引き気味に返した。


「ああ、俺もあんな子ほしいんだよな。きっと気持ち良いんだろうなぁ」


ほしい? いやいや、あんた結婚してて娘もそれなり……ってか娘とそう大差ない年齢だぞあれ、男はいつだって若い子が良いっていうけど店主も現役なんだな。


って、気持ち良いってあんた……


「なあ、後で撫でさせてもらってもいいか?」


 撫でるかぁ、確かに撫で……いやいや、セクハラだろ。いや、もうこれはセクハラではない痴漢というやつだ。


「いや、撫でるのはまずいでしょう? そういう発言はせめて後ろの二人がいないところで言うとか?」


 きょとんとした顔でこちらをみる店主。


「刀のあんちゃんよ、何を言ってるんだ? 俺が言ってるのはそこの白くて愛らしい黒目のパチクリしたかわいい柴犬に決まってるだろ?」


後ろを振り向く。すると視線の先には、知能指数が高いだろうお柴様が堂々と胸を張り玲奈の後ろから入店していた。


「わん!」


こちらの視線に気づいたシロが首を傾げる。


 まっぎらわしい!! このエロおやじめって思ってた自分が恥ずかしいじゃないか!


「ああ、丸いしっぽがまるでホイップクリームのような……なあ、撫でてもいいか?!」


「撫でるってそういう……」


「他にあるの────いやあるな。俺は試したことないがやってもいいのか?」


何があるんだよ……


「とりあえず、撫でてもいいから素材の買取をお願いしたいです」


「おう! それとうしろの可愛い子ちゃんたちは、あんちゃんの友達かい?」


「こんにちは!」頬を人差し指で掻きながら紗雪。「初めまして! 私はチームメンバーの夜空 紗雪です。はるさんが行きつけのファミリアマーケットのお店の店主さんが面白いって言ってましたので試しに来て見ちゃいました!」


「はっはっは! 面白いですかい? 刀のあんちゃんは、あんまり自己開示しないからわからなかったぜ。夜空のお姉ちゃんもこれからごひいきにな!」


「大宮に立ち寄るときがありましたらぜひ!」


「歓迎するぜ!っとそれと、槍のお嬢ちゃんは、確か……」


「こんにちは、今日からこの方のチームに入りました。今日も素材を持ってきたので買取お願いします!」


 元気のないそのしぐさに店主は、何かを感じたのか態度が変わる。


「ああ、そうか。いや、まあ……いろいろあるよな。よしわかった!査定をしよう。今日は5階層かい? それとももうあんちゃん達なら8階層まで行っちまったか?チームメンバーが増えるとやりやすいだろう? 刀のあんちゃん」


「ああ、それが……今日は12階層を狩場に稼いでいたんですよ」


 ああ、そうだね。12階層ねぇっと店主は言いながら嘘だろ?といった表情を作るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る