第21話 -己の心をかけた戦い-
────大宮異界、12階層。
洞窟、というより自然にできたような遺跡と思わせる景色は行く先をより複雑にする。マグナ・アラネアとの戦闘にもだいぶ慣れてきはしたが三人での戦いはやはり、慣れるまでは難しいと感じる春人だった。
先ほどマグナ・アラネアとアラネアとの戦闘を終えて12階層の中心部と思われる場所に到着してへとへとな玲奈は、疑問に思う。
「あの……春人さんと紗雪さんは疲れないのですか?」
あまり疲れを感じさせない晴れた顔をして紗雪。「え? ん~……って、もうお昼回っているのですね! これは、確かに疲れますね」
「ええ、もうそんな時間でしたか。身体を動かしているとやっぱり時間の感覚が狂いますね」
「それじゃ、ここらへんでお昼にでもしましょっか」腰かけるのにちょうど良い岩をよっこいしょと持ち上げ持ってきて座る紗雪。
玲奈の一言により、お昼休憩が始まる一行。各々持ってきたお弁当を広げてチーム団欒の時が流れる異界でのひと時。
「紗雪さんのお弁当、サンドイッチなんですね。なんだかとてもおいしそう。ファミマー(ファミリアマーケット)で買ってるのですか?」
「っふっふっふ……しっかりと素材を調達して作っているのです! どうです? 玲奈ちゃんも食べてみますか?」
玉ねぎとサラダ、ベーコンが挟まったサンドイッチ。しばらく、あんなしっかりとしたサンドイッチなんて過去5年以上は食べた記憶がないからなんだか食べたくなってきてしまう。
「いいんですか! 私のは、のり弁当なのですがタマゴ焼きとソーセージを食べてみてください。お母さん直伝のお弁当です」
お昼のお弁当交換は、見ていてとても微笑ましい光景だ。いつも、お昼を食べるときは、紗雪にドン引かれて終わる思い出が多かったのでとても新鮮な気分である。
「ちなみに、春人さんは、何を持ってきたのですか?」
「わんわん!!」
「きゅきゅ!!」
自分達を忘れないでとよだれを垂らしモフモフの如き────いや、獣の如き視線を我がリュックに向けるシロとビーは、お昼にありつけることを理解している。
とりあえず、ペットショップで買ったドッグフードとネットで検索した結果キャットフードを特別に用意してみることにした。
いつもは、イノシシ肉をとても喜んで食べてくれていたのだが、栄養が偏ると思いファミリアマーケット雑貨店へと行って買ったものだ。
「まずは、シロちゃんとビーちゃんのごはんですね!」とシロとビーを見て癒されている玲奈。
「今日は、ファミリアマーケットの雑貨店で買ったドッグフードとキャットフードを持ってきたのですよ。なんだかビーとシロは理解しているのか、いつもと違ってソワソワしてたからかわいいやつらですよ」
「本当にとても知能が高い子達ですよね……」とサンドイッチを半分にして玲奈へ渡す。
「っへっへっへっへっへ! わんわん!!」
「きゅ!! きゅ!! きゅ!」
いつもより興奮気味にねだっているな……そんなにドッグフードとキャットフードが楽しみだったのか?
「ま、待て……」
いや、まてよ? ここまで興奮してるならあれができるんじゃないか? 視線をシロへと落とし目と目があうその瞬間。シロは、どうしたんだろと首を傾げた。
「く~ん?」
「おすわり!!」
ドッグフード缶を高らかに前へ差し出し、叫ぶ。
奥義、おすわり。
だめだ。首を傾げたまま動こうとしない。
けれど、隣にいるビーは……
背筋をピン!っと伸ばして足は座っている。両手は前で合掌していて……なんというか、とても……マスコット感がすごい。
「はるさん、ビーちゃんにそんな芸を仕込んだのですか?!」
それは、お座りというには胴が長すぎるため本来の、おすわりたるシルエットには至らず。かといってしっかりと腰を落としている様は、まさにお座りと呼んでも差し支えないポーズ。
どや顔でキャットフードを待ち望むビーの目は、もうキラキラだ。
「よ、よし!」
「きゅぅう!!!」
むしゃむしゃと食べ新しい味? いや味をそもそも感じて食べてるのだろうか……とりあえず、目新しいキャットフードに舌鼓を打つビー様。
一方お預けを食らっているシロは頑なだ。
首を傾げたまま一向に微動だにしない。
「シロちゃん、全然おすわり……全然しようとしませんね」
「そうですね。春人さん……なんだかすごい真剣な顔をしてる気がします。お面……外さないのでしょうか」
観客は、この真剣な現場をわかってはいない。俺がどれだけ、おすわりという芸を仕込むためシロと戦ってきたのかを……
犬を飼う。日本人が犬を飼うんだ。つまり、全国津々浦々の飼い主が数多のおすわりを愛犬に仕込み成功してきている王道たる……いや、古くから職人より受け継がれる技術にも匹敵しうる由緒正しき文化だ。
あきらめない。ここであきらめてしまってはすべてが水の泡だ。
ドッグフードという、素晴らしき餌。おすわりを仕込む絶好の機会はまたとないだろう。
1日2食をビーとシロには与えている。
シロと出会って幾日か……おすわりを覚えさせようと勝負に挑んだ日からかれこれ8連敗だ。
腰を掴む。
シロはわかっていた。目が物語っている。「さぁ、こい!!」と……
一人と一匹の物言わぬ戦いが今、幕を開ける。
心のゴングと供に缶詰めを持った手を水平に保ちつつ腰を押さえた右手でお座りの形を目指すため押さえる。しかし、シロは譲らない。おすわりなど……おすわりなどすまいと。
「ぐるぅっふぅう、わん……!」
頑なにシロをそうさせるのは、自称神を名乗るしゃべる柴犬であったからか。それとも狼に最も近しい遺伝子を持つという柴犬の性かプライドからなのか。
両者一歩も譲らない戦いが続く。
「病院前でやってたのってこういうことだったのですね……」
「こんな熱い戦いを食事の時に毎回やってたのかな……」
この勝負を見つめる観客の視線は冷たい。あきらめたくない。その一心がおすわりの理想を目指し、一方で己のプライドをかけでおすわりを断固拒否される。
両者の理想とプライドをかけた戦いは、紗雪の一手によって幕を閉じた。
「ゆっくり食べて休んで探索にいきましょう。はい、はるさんの敗けです!」
「ああ! ドッグフードぉおお!」
「わん!! わんわんわん!!」
紗雪に「ありがとう」って言ってるのが見えた。
「あ、今……今一瞬おすわりしました?! 玲奈さんもみてましたよね? あれ?」
「え? あ、すみません。サンドイッチおいしかったです」
「ぬああぁ」
ドッグフードをほおばるシロは、とても満足げな表情を浮かべながらこちらを冷静に見つめていた。
こうして、一人と一匹の戦いは終わり穏やかなお昼休憩が始まった。
「私……やっぱり思うんですよ。はるさんって普通じゃないって!」紗雪が唐突に始めたのはまさかの俺に対する話題だった。そんなにおすわりの芸を仕込ませるの変だったかな?
とりあえず、お面と羽織についてよく突っ込まれるけれど、それ以外は特にへんな所なんてないはずだから否定はしないとあらぬイメージを持たれかねない。
「ええ? いや、どこからどう見ても普通の人だと思うのですが……」
玲奈がジトっとした目でこちらを見る。
手遅れだった。
あ~、第三者からそんな目で見られると自信を無くしてしまいそうになる……
「あ、いや。そういう普通じゃないって話ではないですよ? 紗雪さんは、まだ中層へと上がりたてで12階層まで来て疲れたっていうのを聞いてわかったんです」
「ああ、すみません。私みなさんの足を────」しゅんっとする玲奈に対して慌てて紗雪がフォローを入れた。
「そ、そういうことじゃないの! 普通はそうなんです。各階層を踏破するにつれて自身ではあまり感じることのないくらいに無意識に身体能力は上がってるみたいなのです。なので同じ階層を踏破するときは以前より楽に感じるのが今の仮説らしいのですが新しい階層や行きなれてないところは疲れやすいの。」
「なるほどです?」
「はるさん、ここまで来て疲れました?」
「う~ん……」言われてみればどうだろう。よく寝れてるし、働いてた時よりは、心身ともに健康的な毎日を送れていられているような気がする。
命がかかているけど充実はしている。そんな毎日だ。
それに死んでいたような5年間の日々が嘘のような毎日を送れている。
そこへ、食事を終えたビーが素早く駆け上がり膝の上でお昼寝をはじめた。
「きゅぃ~」
「よしよし~」
「いいなぁ」横目で玲奈が呟く。「今度膝の上にのせてあげますよ」と返すと玲奈の目が輝き始めた。
「とりあえず戦闘を重ねれば集中力も持っていかれますから疲れますけど、もう歩けなくなるとか足腰がつらいとかはないですね」
「玲奈ちゃんは、どうですか?」
「わ、私ですか? お恥ずかしながら……足が結構棒のようですね。9階層と比べると起伏の激しい斜面が続いたりはしなくて楽なのですが、ぼこぼことした洞窟の道は、なんだか歩いていてとても疲れます……それに加えて戦闘もお2人の足を引っ張らないように頑張ろうとしてたので、それもあるかもしれません」
「ありがとうございます。足は引っ張ってないしうまく立ち回れてなかったらその都度フォローするから安心してください。フォローと言っても……何回かはるさんを串刺しにしちゃいそうになりましたが……」
「あはは……」
あはは、であまり済ませたくないけど、自分もその原因を作ってるから何も言えない。串刺しにならないように頑張ろう。
「まあ……私のって疲れにくい体質っていうやつではないでしょうか? 現にまだ、ばりばり探索できますよ!」
「そこです。中層は、異界に入った駆け出しの探索員が3週間ちょっとで来れるようなところではないですからね」
「3週間?ってあの3週間ですか?! 本当ですか?」
「あの3週間です。あまり、信じられないのですが本当みたいです……」
「私が、探索員の試験に合格したのは半年前ですからね。そこから装備なり、知識をネットで漁ったりいろいろ準備してから異界に入りました」
「待ってください……私は高校で3年間武器の扱い方、魔物の生態、法令とか勉強して、魔物を実際に倒す実習を経てようやく探索員になったのですよ?!」
「そこがこの人の怖いところなんです。なので私は、気になったのですよ」
「ああ、だから普通じゃないってことなんですね?」
「はい……、なので聞きたかったのですが探索員になる前は……何をしていたのですか? 前に死んだような毎日を送っていたって言ってましたけけど……ずっと家にいたわけではないですよね?」
「そうですねぇ…… あの日、紗雪さんや佐々木さん達と別れた後に私は、迫りくるあの化け物から必死に逃げて、神社にあった白い刀と出会いました。今持ってる物です。逃げ場を失った私は、刀を抜いてその化け物と戦ったのです」
「た、戦ったんですね」生唾を飲む紗雪。
そこから、あの日起きた出来事を紗雪と玲奈に話した。しゃべる白い柴犬や刀を手にしてみた光景は、自分でも信じられないような……夢のようなことだったので伏せて、起きた事実だけを話した。
「そんなことが……はるさんは、ずっと一人だったのですね」
「たまに、シロが家の前に来るくらいで一人、ただぼーっと家にいましたよ。誰もいない天井を見つめて次第にお腹が空いていくのを感じながら消費する日々でした。そんな中でも地上に出てきた奴らは現れるんですよね」
「しばらく、魔物の駆除で大騒ぎでしたからね……ってことは」
「そうですね。憂さ晴らしですかね。あの黒い魔物を見つけては斬り殺して、見つけては切斬り殺して、次第に奴らの血で両手が真っ黒になって奴らが死ぬ度に心が落ち着いたんです」
俯き真面目な俺の話を聞く紗雪と玲奈。う~ん……せっかくの楽しい昼食をこんな話で雰囲気を壊してしまうのは心もとない。
「まあ、そこからずっとそうですね。親の仇を撃つように彷徨っては斬って……」
いつか自分が死んでもいいくらいの勢いだったなぁ。幸い、この白い刀は、切れ味が全く落ちない。
だから際限なく斬り殺せた。
「もう魔物が居なくなった頃ですかね? いろいろあったのですが気が付いたら5年も経ってますし世間は異界探索とかで話題が持ちきりでしたし、お金も何もなかったので異界探索員になってみようかと考えて今、界探索員してます。なので今もお金がないです……」
「だから、戦い慣れてたのですね。はるさんにあの時助けてくれたお礼を言いに佐々木さんと行きたかったのですが、iFunは繋がらないし住所はわからないしで、それに生きているのかどうかもわからなくってとても心配してたのですよ?」
「あはは……すみません。支払いが滞っちゃって解約されてました。ある意味じゃあの頃は浮世から離れた仙人みたいな暮らしをしてましたねぇ」
そこへ玲奈「あぁ、羽織と狐のお面って仙人っぽいですね」と納得したようにつぶやいた。
「仙人って変なにょろにょろの杖と髭とつるつる頭のイメージがあるけど……レナちゃんの中では羽織とお面なんです?」
「ああ! 確かに長い髭とつるつる頭もイメージです! なんというかその……浮世?離れしてるみたいな……?」
躊躇のない外見へのダメ出しに精神的ダメージが容赦なく襲い掛かる。まるで俺が常識のない人間みたいではないだろうか……
「とりあえず、はるさんの探索員3週間目の動きじゃない理由がわかってなんだか、もやもやが晴れました。一人じゃとても心細かったですよね……」
ん~、生まれてこのかた一人でいることの縁によく恵まれてたからそうでもなかったような気がする。けど、こうして紗雪や玲奈、ビーとシロに囲まれて探索しているとなんだかとても暖かいものを感じる。
「今は、シロやビー、紗雪さんや玲奈さん。微妙ですがファミリアマーケットのおっちゃんとかもいますので楽しい毎日ですよ」
一人じゃなくて皆で戦っているっていう安心感っていうやつなんだろうか。
心の中に一つの灯が仄かに光るのを感じ3人と2匹のお昼休憩は、楽しく続くのだった。
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