第20話 -目の前を行くハルバードは時に刺さる-

 ひんやりとした空気。まとわりつくような湿気が頬に吸い付く。大宮異界独特の空気はもう慣れてきた。けれどもその環境では抜刀した時の速度が鈍ってしょうがない。


迫りくる爪ねずみの攻撃をはじいて腹部を斬りつけ、横へと駆け抜け背に迫るクレイモアを横目に爪ねずみへと攻撃がヒットしたのを見届けた。


倒れまいと踏ん張る爪ねずみ。

止めを刺しかねている所へと追撃に向かおうとしするが、目の前をハルバードが突っ切る。


「おっと!」「きゅ!」


「ご、ごめんなさい!!」


ハルバードは見事爪ねずみへとヒットし、仰け反らせる。


「私がやります!!」その隙を逃さず重い一撃を加えるため飛び込み首元へとクレイモアを刺して一戦は幕を閉じた。


ぴくついている爪ねずみ。やがて痙攣が止まり絶命したのを感じてからナイフを取り出し解体を始めた。


「春人さん…ごめんなさい」


「いやぁ、大丈夫……大丈夫ですよ。今度はあたらなかったので……」


「本当にごめんなさい……」


ビーが飛び降りて玲奈の元へと向かって行き肩によじ登り「おうおう、気にするこたぁない!」とでも言ってるかのように肩をポンポン叩いている。


「かわいぃ……ごめんなさい……」


現在、大宮異界第11階層。


昨日、チームに加入することを希望した秋永 玲奈(あきなが れな)。あの後、探索には行かなかった秋永は、探索員IDを交換し連絡を取り合って最初の探索を大宮異界ですることになった。


秋永の心境を考えるとチームを失ったところだから避けて他の異界にするべきかとおもったのだけれど、秋永からの願いで大宮異界を探索している。


異界へと入った時は順調だった。来る魔物……といってもアラネアくらいなものだが、すべてを順調に処理して解体して行き、すんなりと10階層へと到達した。


その調子でどんどん魔物を倒して中層も攻略してしまおう。なんて慎重に構える紗雪を前に、そんな楽観的なノリでいたのだが……


爪ねずみを相手にし始めた途端、うまく戦闘を進めることができないでいた。


「このままでは、ハルさんが串刺しになる日も近いですね」とちらりとこちらを見る紗雪。


「それだけは勘弁願いたいところです!」


「本当にごめんなさい……気を付けてるつもりなのですが、うまくいかなくて……タイミングが合わないというのでしょうか。うう……このままだと春人さんを串刺しにしちゃいます……」


串刺しにしちゃいそうです! とか串刺しにしちゃわないか心配です! ではなく……やるという宣言をここでするとは思わなかった。


「っということでハルさんを串刺しにしないためにも二人とも声を出していきましょ! ハルさんもレナちゃんも戦いに関しては、いまいちコミュニケーションが足りていない所がありますからね。それに加えてハルさんは、羽織のせいもあってか音がまるで聞こえないんです。私もびっくりすることがありましたからね……」


「あはは……すみません」


そうか、コミュニケーションだ。


今までは一人でいることが多くて敵にだけ集中していればよかった。それに紗雪とチームを組むようになってからは何となくだけど、フィーリングで位置とかを感じて戦っていたけど……


前に出て戦うことが多かった自分は、ひょっとして紗雪の邪魔になっている事が多かったんじゃないのかな。


「今までは、アラネアや鎧ねずみといった小型の魔物が相手でしたけど、爪ねずみのような中型の少し大きめの敵は一発や二発の攻撃を入れた程度で倒れてくれるほど甘くはないですからね。互いにコミュニケーションを取って攻撃のタイミングをその都度、掴むように心がけてみてください」


「なるほど……これがベテラン探索員のお言葉か……」


「コミュニケーションですね……確かに春人さんとのやりとりは特になかったですし私も気づかず攻撃をしかけてました。紗雪さん、アドバイスありがとうございます! コミュニケーション……大事ですね」


「えへへ……って! これって本当は上層で掴んでいてほしい内容なのですけど……レナちゃんは、きっとチームの息で慣れてたせいもあると思います。けどハルさんは、最初からサクサク進んで行っちゃいましたし、問題なかったと思ってたのですが……なんだかハルさんが掴めないです」


「う~ん……紗雪さんと会うまでずっと一人でしたから────」なんだか、募集をかけても誰も来ない記憶がよみがえり無性に悲しくなった。


それを察したのか玲奈。「あ、えっと! お、お互いコミュニケーション不足でしたので頑張って声がけします! あの、なんか……まあ、元気だしてください?」


ああ、慰められた。

すまない。そういうのじゃないんだ。でも、慰められると余計みじめな気持ちになる。気持ちが弱くてごめんなさい。


そんなつもりじゃなかったと言いたげな顔をする紗雪。


「と、とりあえず先へ進みましょ! 次からはしっかりと声をかけたりするコミュニケーションがポイントですからね!」


項垂れる自分を察して紗雪が向かう先を指さした。

コミュニケーションを取ることが戦闘を有利に進めるうえで重要なポイントであることをレクチャーしてもらいながら、そのコミュニケーションをとっている外側でじっとこちらを見つめているシロはいたって冷静にこちらをみつめていた。


前にも通ったことのある道を歩き続ける。


すると、洞窟の奥ででガタガタと音をたてて移動するような生物がいるのに気づくことができた。


「待ってください。奥に何かいます」


「暗くてあまり見えませんけど、レナちゃんは何か見えます?」


「私も特に何かいるような感じは────」


「し!」っと軽く人差し指を自身の口の前に持ってきて静寂を作る。


「これは……」静かな声で呟き、音の主がいったいなんなのか二人も理解できたようだ。


その姿、形はあまり見慣れたくないものであるが、いつもより太めに覆われた甲殻と腹部についた複数の棘、口元には鋭い牙と胸部についている8本の足先は鋭く長い。


そう、大宮異界10階層より出現し、出現頻度がアングラ・マウス、通称爪ねずみより高いはずのマグナ・アラネアだ。


むしろ爪ねずみは、そこそこ希な魔物だったと思うけど……


一回り大きいアラネアといった魔物で、こいつも集団で行動をしている。視認できるかぎりでも4匹はいるのが見えた。


さすがに、4匹もそこそこ大きい蜘蛛が目の前にいるとあまりいい気分はしないし、何よりその大きさの圧で気後れしてしまう。


近づいてきて、足音の感じが一斉に変わった。


「わんわん!!」


シロの鳴き声を合図に、こちらへと奴らは向かってくる。


「きた!」


すっとクレイモアを脇に構え、背負われたハルバードの矛先がマグナ・アラネアへと向いてきらりと光らせ、右手を刀の鞘に走らせる。


3対4、数としては劣勢。

そんな状況下ですかさず前に出たのは紗雪だった。


「前は任せて!」


迫りくるマグナ・アラネアを前に臆さずクレイモアを握り走りだした。マグナ・アラネアの勢いを利用して先頭にいた1匹を後ろへと受け流す。


その後振り降ろされた大剣を察するように避けたマグナ・アラネアは、紗雪に夢中になるように取り囲んだ。


うまく前衛としての役割を果たす紗雪。迫りくるマグナ・アラネアの攻撃を受け流しては攻撃をしている。


敗けてはいられない。


「左行きます!」玲奈(れな)へと一言投げ、紗雪へと後ろから攻撃を仕掛けようとしたマグナ・アラネアの足めがけ抜刀する。


3本の脚がスパッと切れて態勢を崩したマグナ・アラネア。


それと同時に、右へと走った玲奈が(れな)、紗雪へととびかかりそうなマグナ・アラネアをハルバードの鎌でひっかけて、動きを封じた後に斧の部分を強く振り下ろした。


見事斧はマグナ・アラネアの胸部の甲殻を割り、一匹は力なく倒れる。


そんなハルバードの威力を横目に、足の切れたマグナ・アラネアは、まだ生きている。

斬り込んだ姿勢をより低く前に落とし、崩れるように早くアラネアの正面に立ち刀を構え顎から腹にかけて突き刺して刀をねじる。


ねじ切った時マグナ・アラネアの足に力が入らなくなったのを感じて残りのマグナ・アラネアを確認した。


紗雪へと飛びついた正面のマグナ・アラネア。空を切る巨体に向かってクレイモアが容赦なく叩きつけられた。


叩き落されたマグナ・アラネアは、二転三転と転がり、再び立ち上がる。


そして、その攻撃の隙にもう一匹が斜め奥から紗雪へと飛び着く姿勢を取った。走って間に合うだろうかと足に力を込めた時、「カバーします!」と玲奈(れな)の掛け声と供にハルバードがマグナ・アラネアを押さえた。


「ありがとう!」と勢い交じりにクレイモアを脇に構え勢いのある突きを走ってきたマグナ・アラネアに対して打ち込んだ。


ここで、すべてのマグナ・アラネアが倒され戦闘が終了した。

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