第18話 -奥義、おすわり-
大宮異界から近い病院。大きな施設に備え付けられたような陽気な公園の隣に建った新しいところだ。
ペットの持ち込みはもちろん厳禁。
待てと言えどもついてくる二匹のために外で、お留守番をすることになってしまったのが今ここにいる理由。
そしてゆっくりと、優雅に、気ままに公園の芝生で帰ってこない紗雪の帰りを待つ今日この頃。
といきたいが優雅にはさすがに無理だった。
「おすわり!」
「わん!」
「いや、おすわり!!」
「わんわん!!」
だめだ。この犬、頑なにお座りをしない。
「きゅきゅ!」
だが、シロとのやり取りの間にビーは、なぜかおすわりを覚えてしまったようだ。
俺の肩の上でだけど……
ちょっと重いんだけど! いつもみたいに首に巻き付くか……降りてくれないかな?という視線を送ろうにも振り向けばもふもふ。
抗うことはできない。
そこへもう一度、お尻を抑えておすわりの型をつくろうということに思いついた。
片手でシロの腰を抑え、座らせようと力を入れる。
「!?」
びくともしない。
そこで、シロの顔を見ると……すんごい踏ん張ってる形相で犬歯むき出しの顔をしていた。
あからさまに威嚇より怖い。
「物言わぬ反抗とは……」
「わふぅるるう、わん!!」
そんな頑なにならないで素直に奥義おすわりを習得してほしいものだが……今日のところはあきらめよう。
このあとは、もちろん探索をしに行く予定でいる。
なんだかんだで、あまり稼げていないから、このままではまずい。
この前の報酬もアラネアの甲殻やら暗殺毒蜘蛛の甲殻、爪ねずみの爪と牙で多少のお金は入ったが、報酬は、折半するという話をしたので、装備を買った額を取り戻すには至らない金額だった。
どうして彼らの入院先の病院にいるのかというと紗雪が秋永さんと探索員IDを交換していたらしく、入院先を知ったようで「昨日助けた方のお見舞い行ってみませんか? 秋永さんも行くみたいですしどうですか?」と半ば大丈夫なのかどうか気になっていたところだったので行くことにした。
先ほど話を聞いた限り幸い重症を負っていた2人は、一命をとりとめてはいるようだ。
けれど、探索を今すぐできるかどうかは難しいらしい。
病院入り口の自動ドアが開く。いつものクレイモア以外の装備を身にまとっている紗雪と隣には秋永さんの姿があった。
「おまたせしました! いい子に待ってたかな?」シロを撫でる紗雪は冬毛にご満悦だ。
「わん!」
ん~、この犬……なんで今はおすわりしてんねん!っと突っ込みたくなるのをよそに恐る恐る挨拶をしてくれた秋永。
「こんにちは……」
「こ、こんにちは」
自分までなんだか、委縮してしまう。どうして、こんなにも怖がられてしまったのだろう。心当たりはあるがあまり思い出したくない。
「まあ……とりあえず立ち話もあれなのでベンチに座りましょう!」
沈黙する間に気を利かせてくれているのか紗雪が提案して公園に備え付けられているベンチへと向かった。
「私喉乾いちゃったので自販機行って買ってきますけど何飲みます?」と紗雪。とりあえず、さっき通りがかった時に見たへ~いお茶を頼み秋永さんは、四六時中紅茶を頼んだ。
「それじゃ買ってきますねぇ」
紗雪が自動販売機に行っている間、少し沈黙が続く。
何を話していいのかわからなかったので二人の様子を聞くことにしよう。
「私はお見舞いに行けませんでしたけど、お2人の様子はどうでしたか?」と聞く。
「回復は順調みたいですが、傷が深くリハビリが必要みたいなんです……」とのやり取りをして終わってしまう。
どうしたものかな。っとシロと目を合わせてきょとんとした顔に癒された時だった。
「あの!」
「あ、はい?」
「その件で折り入ってお話がありまして……」
「お話……というとなんでしょうか?」
「私の今いるチームは、高校生だった時から一緒にいる友達とチームを組んでいたのですね。ですが……チームリーダーのシンタが、『5人のうち1人はいなくなって俺とユウキも活動を再開するには時間がかかる負傷を負ってしまった。だから……チームは今日限りをもって解散とします』という話になりました」
「そうでしたか……」
チームを組む。
そうか、今は高校から探索員に上がる子達も少なくはない。
今まで苦楽を過ごしてきた仲間に裏切られて、解散せざる負えない状況はとてもつらいだろう。
「でも……私は、お金が必要で……これからも戦わなくちゃいけないんです」
無粋かもしれない。
こんな幼気な子達が命を削ってまでするような……いや、しなくちゃいけないものなのだろうか。
「お金……だけだったらバイトやほかの仕事っていう選択肢も────」
「ごめんなさい。こういうお話をするつもりじゃありませんでした。これからどうしようって考えたら不安で……」
「なるほど……」
「きゅきゅきゅ……」
いや、今ちょっとシリアス気味だから……神妙な顔してるけどかわいいなぁ。
「すみません。お話の本題は、ここからです」
重い相談に乗れるほどの何かを乗り切ってきたわけじゃないから何も言えないと思う。
けど、まあ……人それぞれ事情を抱えて探索員になってお金を稼ぐ。
少し前の時代であればネットを通じての副業や時間の切り売りでしのぐバイトという選択肢もある。
だけど、手っ取り早く。
なおかつそれなりに稼げるという点では探索員という仕事は夢のある仕事だし、せっかく探索員になるための学校に通っていたとしたら酷な話だろうな。
「私を……」
とりあえず何を言うか内容次第。
きっと秋永さんは、かなり年下だ。年長者としてこたえられるようにしとかないとな。
「同じチームに入れてはいただけないでしょうか?」
「そうかぁ……」
同じチームに入れてほしいという相談か……うん、なるほど。
さて私ならどうするか……
とりあえずメンバー募集をかけたけど誰も来なくて枕を濡らしはしたところからスタートした。そして、一人でやれるとこまでやってみよう見たいな感じで始まったな。それを言ってみる?
いや、酷だなそれは……
何より俺の精神にくる。
って……え?
「いや、あの今なんて?」
「同じチームに入れては────」
そこへ、飲み物を買ってきた紗雪が帰ってきた。
「おまたせ! へ~いお茶と四六時中紅茶を買ってきましたよ。お話は進んでます?」
紅茶色のラベルの張られたペットボトルを手に取りお辞儀する秋永。
「四六(しろ)ティ、ありがとうございます……、今白縫さんにお話ししたところです」
「ということは、ちょうどいいところでしたね!
「え? あ、いや」
「あれ、はるさんどうしました? 私は、レナちゃんがチームに入るの賛成派ですからね!」
チームに入れてほしいという相談だったのか!
とまあ、紗雪さんは、ずいぶん仲良くなっていらっしゃるようで……てっきり、重い人生相談でもされるのかと身構えていたのでなんだか、いろいろ考えていたためか頭の中が真っ白になってしまった。
「きゅきゅきゅ!」
いや、肉球で俺のほっぺをぽんぽんするの気持ちいいけど今はやめてほしいな。
「ビーちゃんも賛成みたいですよ!」
「わん!」
シロまでOKと言っているような目をし始め、極めつけに秋永さんがこれでもかと提案をしてきた。
「私じゃ力不足というなら、しっかり雑用からがんばりますのでよろしくお願いします! お面も怖がりませんので……」
「っぷ、お面は……私もしょうがないと思いますよ?」と紗雪。
え、しょうがないって何?! よくわからないけど探索員の雑用って何をするのだろうか……それと鼻で笑ったのは見逃さないからな! まあ、とりあえず……いろいろと突っ込みたいところはあるけれど変に話がこじれる前にチームに参加するっていうのは歓迎であることを伝えなければ……
「その、お面の話は突っ込まないでおきます……てっきり重い相談をされるのかとめっちゃ身構えてただけですよ。私としては秋永さんがチームに加わってくれるのはありがたいですよ。ありがたいのですが、いいのですか?」
「いいと……言いますと?」秋永がきょとんとした顔で聞き返す。
「ん~、なんというか私はまだ駆け出しの探索員で半年前に資格を取って、2~3週間前から探索員として異界に入ったばかりの初級探索員ですから、回復魔法まで扱える秋永さんがチームに加わるのはなんだか宝の持ち腐れ感がですね──」
「って……ええ?! まだ初級探索員で……私より日が浅かったのですか?! てっきりおめん──いや、ベテランの方かと……」何故か、驚く秋永。
ん、今何か言いかけた?
「でも、私は3級探索員ですけど、はるさんとチーム組んでもらってますからね。宝の持ち腐れ云々は、関係ないですよ。それに回復魔法を扱える子ですからね! これからもっと行動範囲が広くなると思いますよ?」
「なるほど……いやぁ。チームを組んでくださる紗雪さんには頭が上がらないです。はい」
「へぇ、夜空さんの方が先輩だったのですね」
「持ちつ持たれつですよ! 私もはるさんが居なかったら危ない場面いっぱいありましたし」
「あはは、確かに持ちつもたれつってやつなのかもしれないですね。ということで……秋永さんが新しくチームに加わるのは歓迎しますよ」
「あ、ありがとうございます! 武器の腕は未熟者ですが、回復魔法が扱えるので頑張りますのでよろしくお願いします!!」
「きゅきゅ!」
「わん!」
新しく加入することになった秋永 玲奈(あきなが れな)。回復魔法を扱うことができるハルバード使いの探索員が入ることによってより一層探索の自由度が広がると思うと冒険心が刺激される。
仲間を失ってもめげずに前を向き続ける秋永は、どこか寂しそうな表情を浮かべるが前へと進まなくてはならないという意思があるのが伝わった。
そんな秋永を見つめるシロの腰を抑えておすわりを覚えさせようと再度試みるが、頑なに拒否する姿勢と表情は変わらなかった。
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