第16話 -狐面のヒーロー-

 振り返るとユウキの靴にポンっと前足を置く白い柴犬がいた。


「な……何?!」


なんで柴犬が、って今更だけどなんでカワウソもいるの?! 


「きゅ?」


こちらを見つめるカワウソ。


状況がつかめない。

お面の男が現れてから動物であふれている。


その後に身の丈には合わないような長剣を腰に下げ黒いコートをなびかせ颯爽と綺麗な長い黒髪の女性が走ってきた。

到着して周りを確かめると表情を凍らせる。


「これは……大丈夫ですか?!」


「は、はい……でもみんなが……」


「私は、旭日隊二番隊隊員の夜空といいます。もう大丈夫です! まずはこの二人を手当しましょう」


旭日隊の人だ。

よかった……助けが来てくれたんだ。ってことはあのお面の人も?


「手当も早くしたいのですけど、あのお面の人が私たちのために────」


「はるさん?!」


はる、という名前なのかな。


彼の刀がより赤く染まる。

まるでエンジンをつけ始めたような、感情というのだろうか……そんな不確かな勢いが今にも溢れ出しそうなほどに力を増していく。


「おやおや、他の方まで来るとは、はぁ……計画が狂いに狂った。もうイライラが……イライラが……うまくいかないし殺せないし………………もう、いいや。あなたを殺すのはまた今度にしておきましょうかねぇ」


「?……まて! まだ勝負は終わってな────」


「これ以上、リスクしかない戦いをして手に入れたいものなどないですし、運が悪かったということで締めくくりますが……次はあなたを絶対に殺す」


その言葉を吐き捨て、何かに火をつける音と供に目の前に異物を放り投げた。


「?!」


瞬間、倒れているシンタとユウキのところへとお面の男が即座に戻り、黒髪の女性と目を合わせて「一旦離れます。あなた方も走れますね?」と言ってシンタとユウキを抱きかかえシルクハットの男とは反対側に走った。


その場を離れ少し経ち、爆発音が鳴り響く。

振動がこちらまで伝わる。


どうやらシルクハットの男は爆発物を投げ入れたようだった。

爆発音とともに心臓が揺れるような不安が自分を締め付けたが、二人の探索員の助けにより緊張がほどけその場に私は、崩れるようにぺたりと座ってしまった。



 轟音も静まり洞窟は静かになった。

抱きかかえた二人の男をゆっくりと下ろし、後の女性二人に怪我はないことを確認する。もちろん紗雪は……けがなんてしていないようだ。


「えっと、応急処置用のセットがここにあったはず……」と倒れてる二人の前でインベントリーバッグに手を入れる紗雪。


手のひらから綺麗な淡い光を放ち続ける栗色の髪色の女性ともう一人は、紗雪の横で手当てを手伝っている弓を持った女性だ。


手伝うことがなくもじもじとしていると、シロがこちらを見て「あんたは何もしないのか?」と視線を向けている。


もちろんそんなことは言っていないがそう言っているようで心が痛い。


いや、できるならシルクハットの男に刺された自分の傷ぐらい何とかしたいけど、咄嗟にリュックを置いてきてしまったため何もできない。


とりあえず魔物か、さっきのシルクハットの男が来ないか見張ることにした。


ただ、爆弾を目の前に置かれもう一人倒した人をこちらへと持ってくるだけの余裕がなかった。たとえ栗色の髪の子に手をあげようとしていた犯罪者であったとしても、一つの命を見捨てたのだ。


「気分のいいものじゃないな」


これはよくある綺麗ごとだろう。

助けられるなら全部助けたい。


そんな特撮ヒーローさながらの理想を現実で叩きのめさせられるような物を見せられる体験をするなんて思いもよらなかった。


ぼそっとこぼしていた言葉は異界の暗がりへとすっと消えてった。


その時、一通り応急処置を終わらせたようで念入りに回復魔法を行使する栗色の髪の女性を見たら、目が合った。


なんだか、気まずい。

そして、目があったのを感じたのかこちらを見て何故か恐る恐る話し始めた。


「あの、その……え、ええっと……っひ! 助けていただいて、ありがとうございます!」


さっきの緊張が抜けないのか、どこか力んだお礼の言葉をもらった。というより、目があったと思ったそばから目線を外されてしまったので、どうやら私と同じく人見知りをするタイプの方なのだろう。


「いや、まあ……もうちょっと早く来れたら被害は少なく済んだかもしれないですから……すみません」


「すみません、だなんて……いえ、助けてくれなかったらあのまま、私たちは殺されてたかもしれない。あなた方は命の恩人です!」


すると、もう一人の女性も口を開いた。


「私……私、何もできなかった。ただ、腰に力が入らなくて何もできなくて前を行く二人を……ただ見てることしかできなかった……」


座ったまま、緊張がほどけたように泣き始め紗雪がそっと抱きしめた。


「大丈夫だよ……目の前であんな怖いことが起きたんだもんね。立てなくなるのも無理はないんだよ?」


「ごめんさい……ごめんさい……」


泣いて謝り続けるのは、見ていてとてもいたたまれない。

何があったのか、何が起きたのか。それを聞くのですら酷な事なのだろう。さて、どうしたらいいものか。


すると回復魔法を使う女性から「あの……、助けていただいたのに名乗らずごめんなさい……」


「いやいや、そんな自己紹介をするような場面なんてなかったですからね」


「私は、秋永 玲奈(あきなが れな)で、その子は同じチームメンバーの滝流 雪(たきながれ ゆき)って言います……」


そこから、秋永は何が起きていたのかをゆっくりと話した。


チームメンバーの1人が仲間に刃を向けたこと、そしてそれを手引きしたと思われるシルクハットの男、動けないユキさんをかばいユウキという短剣使いが前にでて戦ったこと、今倒れているのはチームのリーダーのシンタとメンバーのユウキという人達であること、そして回復魔法を扱う自分が狙われただろうこと。


「そうでしたか……大変な思いをされましたね」


何も言えない。


こんな状況の二人を慰めるなんてスキルは自分にはない。


仕方のないことだけど、情けないなと思い外へと目をやる。


するとシロがこちらをじっと見つめていた。こんな時で申し訳ないけどビーは、なぜか倒れているシンタへとポンポン肉球を当てている。


ビーなりの励ましなのだろうか……


「そういえば、あのシルクハットの男は三黒の四暗器(しあんき)の一人がどうたらこうたら言ってたけど……あの刀の男と何かつながりでもあるのでしょうかね?」


紗雪にそっと聞いてみると驚いた表情を浮かべた。


「三黒の四暗器(しあんき)?! なんでそんなやつが……」


「何か知っているのですか?」


「あまり世間では有名な話ではないのですけど、犯罪組織として名前が挙がってる三黒のグループの中でも一際、暗殺を生業としてる要注意人物として4人あがっているのです……一人は刺突の男、二人はナイフの男、三人は簪(かんざし)の女、四人目が……この前の刀の男です。まさか、それらしき人物である名前をここで聞くことになるなんて思いませんでした。ただでさえ、刀の男以外の名前が知られていないですし、素性もわからず……わかっているのは、それぞれの扱う得意武器くらいでしたから……」


「うわぁ……」


「はるさん……治療しましょう! その傷……もしかしたら武器に毒が塗ってあったかもしれないですよ?」


「ってやばくないですか?! 今何ともないですけど! いや痛いけど!」


年甲斐もなく慌ててしまっているところに玲奈(れな)


「い、今治しますので少し待っていていただけますか?」


「あ、はい」一瞬で冷静になり、ちょんっとその場に座る。少しして、玲奈(れな)はこちらへと来て淡い光を刺された場所に一つずつ丁寧に当てていく。


「ああ、この光……癖になります」


「これ……結構気持ちいいんですよね? 私も自分にかけた時びっくりしました……」


「前に、この光を当ててもらった時にとてもにやけてしまったのを笑われたのですよ」


初めての回復魔法の体験は忘れない。包み込んで柔らかくなっていくようなあのとろける感覚が度々脳裏によみがえる。


秋永は、あはは、と苦笑いを浮かべたところで、また恐る恐る口を開いた。


「あの……ところで、なんですけど……失礼かもしれないのですが……」


おどおどしてこちらを見る玲奈、まだ緊張がほぐれていないようなソワソワした感じがするのは気のせいだろうか。


「なんで、そのようなお恰好をなされているのですか?」


「っぷ!!」紗雪が吹いた。聞き逃さなかった。いや、聞き逃すのは無理がある。


それになんだか、敬語がおかしいぞ?


「そんなお恰好って?……」


「お面……です……」


ああ~、そうだ。お面付けてるんだった。だからさっきから二人の視線がよく外れるんだ。


「このお面はつけているとなんだか、心がすっきりしていつもより技にキレと威力がでるからつけているんですよ」


「ああ……そうなんですねぇ」


視線が逸れる。

病気だ。この人病気だ。なんて思っているような哀れな人を見るような目だ。


「いやいや! 本当ですって! 良かったら秋永さんもつけてみませんか? すっきりした気分になれますよ」


思い返してみたけど、この時に、この謳い文句は健気な年下の女の子に不埒な物を進める変態のような台詞だと後悔する。


「ご、ごご、ごめんなさい! そんな勇気ありません……」


「っぷふぅ!」堪えていただろう笑いは漏れ出し紗雪が笑顔になる。


「ですけど……私たちを助けてくれたあなたは、私達のヒーローです!! 狐面のヒーロー……」


「秋永さん、もうやめて……私は、ちょっと耐えられないかもしれない」


さあ、プルプルしている紗雪は我慢の限界だ。


こんな状況下ではあるが、誰かを笑顔にさせられるんだ……ひょっとしたら芸人のセンスがあるかもしれないと自分を励ます。


だが、ここでやめておけばいいものを……黒歴史は作られていく。


「そ、そこの滝流(たきながれ)さんは、どうですか?! 心が落ち着くお面ですよ?」


「ごめんなさい。変なお面なんて付けたくないです……ごめんなさい」


さあ、辛辣に振られた。

けれど、どこか落ち着きを取り戻していたようで少し安心する。


手当と回復魔法の行使を終え、幸い倒れている二人の息はあるがか細い。

一刻も早く地上へと運び病院へ連れて行くことが急務と判断し先頭を自分が務め、後方を紗雪が守る陣形で地上へと向かうことになった。


こうして記念すべき、中層デビューはとても嫌な幕引きとなり地上へと着いて救急車と警察を呼んだ。けれど、なぜが私も警察に連れていかれ事情聴取を無理やり受けるはめになったのは別の話。

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