第13話 -始まりの中層攻略-

────大宮異界、第10階層。


 空気が変わった。湿気のある洞窟から一変して謎の植物が岩から生えている謎の広場に出た。

この植物は一体なんていう名前があるんだろう。そんな疑問と共に訪れた10階層は、予想よりとても穏やかな洞窟だった。


先へと続いている洞窟がある。そこからは、何故かあたたかな木漏れ日のような光が見え、いつの間にか光源がいらないほど見通しは良くなっていた。


「他の探索員でしょうか?」


「他の方光源にしてはずっと光ってますし、きっと何かが光ってるのだと思います。中層ですからね……慎重に行きましょう」


冷静に答える紗雪の目は鋭い。

ここからが本番だと言わんばかりに前へと前進していく二人。謎の植物が岩から生えている一角を通り抜け、そのまま直進していく。


抜けた先は先端が仄かに光る鍾乳石の多い場所が広がっていた。


「へぇ」

「きゅ~」


紗雪とビーの声が重なる。


暗がりの中で周りを照らす仄かな光の綺麗さを見て、ビーが好奇心を高鳴らせてるのを感じる。

他の動物の見えてる世界は違うって聞くけど、この光景を見て綺麗って思うほどの何かを感じているのだろうか。


けれど後ろからトコトコついてくる柴犬に変化はない。


上下左右と別れるように道が続く。

とりあえず、右の道を選んでみようという結論になり先へと行くと、奥の方で何かがうごめく影が見えた。


謎の木漏れ日が照らす洞窟の中でうごめく影。こちらを見つめる視線が黄色く光った。

目が合った。


「何かいますね」


刀を抜く。

そして、クレイモアを取り出して戦闘態勢をとる紗雪。


うっすらと暗がりから顔を出す魔物は、見た目こそは鎧ねずみに近い。


体長は、2mくらいはあるだろう。

ねずみ特有の前歯ではなく鋭い牙を備え、二つの手には、象の牙でも括り付けてるのかと疑いたくなるような形状の爪をしていた。


通称、爪ねずみ。分厚い毛皮と硬く鋭い爪が特徴的で鎧ねずみ同様、攻撃性が高く強力な魔物であるため危険度γに指定されている。


肉食のねずみ……イメージではないけど、戦うしかなさそうだ。


「じゅうああああ!」


歪な鳴き声が響き渡る。


「私が前に出ます。隙をついて攻撃をお願いしますね」


「はい!」


走って前へ出る紗雪。

鎧ねずみの見た目と被っているが近縁種なのかはわからない。


動きは、緩慢だが鎧ねずみよりは速い。


しかし、繰り出す太い爪の攻撃は素早い。

きっと一撃も重いだろう。


そんな中でも前衛としての剣士を全うする様は、さすが紗雪だ。

繰り出される一撃一撃をさばききり、前線を下げることなく爪ねずみを留めている。


魔法を扱うものや弓などを使う者がいたら、この隙に攻撃でもするのだろうか。


爪ねずみの体重の乗った一撃を受け流し、態勢を崩させた。


今だ。


脱力が生み出す縮地。


目的の場所へとたどり着くまで一瞬だった。擦れ違い様に爪ねずみの首を斬る。けれど、毛皮は分厚く思いのほか刃が通らない。


斬った刹那、「じゅああ!!!!」の歪な鳴き声と供に態勢を崩した爪ねずみは立ち上がり、流れ出る血を爪ですくってなめる。


「おしかったですね」


「いえ、すみません。あの分厚い毛皮のおかげで刃が通りませんでした」


「それなら、もう一度チャレンジしてみましょ!」


もう一度前へ出て爪ねずみの前に立つ紗雪。

次々とくる一撃と金属が割れるような音を響かせ洞窟を鳴らした。


先ほどと違って、頭に血が上ったのか爪ねずみの攻撃が激しい。

前のめりになり、紗雪を押しつぶす勢いで前へ前へと進むねずみ。


だが、ここは紗雪の方が上手だった。


前へと一歩前進しようとしたねずみに対して低い姿勢をとり紙一重で爪の攻撃をかわした。

いつもの紗雪とは違い、ハラハラする。


だが、外した勢いで重心を前につくらせ爪ねずみの足を勢いの付いたクレイモアで持っていった。


前へ転がる爪ねずみ。


作ったチャンスを無駄にするまいとうつぶせの状態になった爪ねずみに背中に向かって脊髄へと体重を乗せた刀で突きさす。


留めに刀をグイっと横にして首を断ち切り、絶命したのを確認した。


「ふぅ……」


「やりましたね!」

「きゅきゅ!!」


紗雪とビーの祝福が聞こえるが、骨をぐりっとするような感触はやっぱり気持ち悪い。


「紗雪さんもナイスファイトです!」


血の付いた刀を綺麗にしてナイフを取り出し解体に取り掛かる。

なんだか、紙一重で避けたのがとても印象に残ってしまったので疑問を口にした。


「さっきの前線での当たり合いですけど、すごいぎりぎりに避けた一撃がありましたが何かありました?」


「何か……とくになにもありませんでしたけど、逆に何かありました?」


「いや、う~ん……質問が悪かったです。なんというか、紙一重で避けたりするのって紗雪さんあまりしなかったイメージがあったので、デーモン・ハウンドとの戦いもそうでしたが、必ず間?……ですかね。間を作っていたのでどうしたのかなって」


「ああ! あれは、遊んで試してみたというわけじゃないのですけどね。爪ねずみの攻撃は、デーモン・ハウンドと違って読みやすかったですし、爪の長さも常に一定でどこから繰り出すのか、どこから攻撃してくるのか結構目に見えていたので試してみただけです」


「なるほど」


「それに、この毛皮です。鎧ねずみ程じゃないにしてもとても分厚くて固いじゃないですか。クレイモアで打撃を加えて弱らせるという手もよかったのですが、決定打にはなりにくいですし……はるさんの一撃をちょっと頼ってみました」


「あはは、頼られるというのはなんだかこそばゆいですけど嬉しいです」


「ちょっと危なかったかもしれないですけど、結果速く片付けられたのはとても良いことですよ。今は一匹相手ですけどまた一匹、もう一匹、そして他の魔物まで来たら、もういかに速く捌き切るかが勝負の分かれ目になりますからね」


「先輩……さすがっす。尊敬します」

「きゅきゅ!」


つい後輩口調になってしまったけど確かにそうだ。


常に1対1が成り立つ環境であることの方が珍しい。それを覚悟して一人で異界を探索していたけれど、あまり意識はしていなかった。


今のところ爪の長いイタチは、実際のダメージはなかったし、アラネアは手ごろな魔物だった。二人で探索するようになった時も集団でいたオーガは、スケイル・ウルフを利用して討伐した。


そこそこ、運にも守られてきたんだな。


「いやぁ、私もまだまだですのであまり褒めないでください」


そして、冷静にこちらを見つめ……てはいなかったシロ。

解体した爪ねずみを前足で猫みたいにちょんちょんっと触っていた。


「シロちゃん行くよ~?」


紗雪の言葉に「わん!」と反応して駆ける。


中層攻略は程よいスタートと共に始まり、さらなる魔物との戦闘や異界の景色が待っているのかと思うとわくわくする。


しかし、この後に待ち受けていたのは異界と人が取り巻く残酷な現実だった。

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