第12話 -成長した成果-

 紆余曲折、誤解もされながら第5階層も順調に進む。

途中で、鎧ねずみの大群がアラネアめがけて猛進している現象を目にするが、こちらにはまったく興味はないようでアラネアの方へとドシドシ足音を立てながら向かっていくだけだった。


「あれって、どこまで追いかけ続けるんだろう」


ふと、疑問に思った言葉を口にする。

それを聞いていた紗雪も考える。


「う~ん……力尽きるまでだったり……ですか?」


魔物も何かを食べて生きている。

人を襲う理由も単にそれだけだと思っていたが縄張り意識からだったり、子供を守るためだったりといろんな説があるのも事実。


そんな生体が不明な生き物だから、一概には言えないというのをちらっと何かの記事で見た覚えがある。


魔物の生態を研究してみるのとかも面白いだろうな。

現に、地上の生物学者もこぞって異界へと足へ踏み入れる人が多かった。


「鎧ねずみの大群で追いかけてるのはアラネア数匹だし……捕まえられたとしても元は取れないような……」


そこからしばらくマッピングをしながら歩き続けて洞窟の終点とでもいうように目の前に下層へと続く階段が見えてくる。

とうとう、第5階層も終わり、第6階層へと足を踏み入れることになる。


ちょっと変わり映えのしない景色に集中力が途切れそうではあるが、この気の緩みが惨劇を生むのだと今一度慎重にならなくてはと心に留めて階段を降りた。


────大宮異界、第6階層。


景色は変わり映えのしない洞窟だ。

けれど、明らかに広さが変わった。


LEDライトで周囲を照らすと鍾乳石のように垂れ下がった天井の先端がとても怖い。


広さだけじゃない。

水の流れる音も聞こえてくる。現れる魔物もアラネアと鎧ねずみが主なはずなので要所要所で止まりながらマッピングをしていく。


マッピングをしていくと、とても大きな空間に出くわした。


「おおぉ……」


この光景には、隣の夜空も立ち止まる。


「すごい……」


地面が真っ平なのだ。いやちがう……地面でなく流れのない水が先までずっと波を作らずに奥まで続いているのだ。


けれど、川というような深さはなく浅く雨上がりの水たまり程度しかない。例えるなら、限りなく広い雨上がりの水たまりが広がっているのだ。


地上でこんなことされたら世の通勤、通学に勤しむ社会人と学生は悲鳴をあげるだろう。

そんな幻想的な世界を持っているライトが綺麗に照らす。


静寂な水を荒らすようにシロが水を飲み始めた。


「いや、ばっちいよ?」


「くぅん?」


そうだ。急遽連れてくることになってあまり意識してなかったけどしっかり、お水をあげないとな。


水筒をとりだして蓋に水をそそぎ、飲んでいいぞとシロに渡した。


ぺろぺろと水を飲んでいる。


すると、首に巻き付いていたビーがシュルっと地面に着地して水たまりに肉球をあててパシャパシャと遊び始めた。


「っきゅ! きゅぅっきゅ!!」


「かわいいなぁ、もう……」


パシャパシャさせ、無邪気に遊んでいる後ろで手をそわそわさせながら、ビーを見つめる紗雪がいた。


ちょっとした休憩も終わり、光源が反射していつもより明るく感じる中、水の絨毯を踏んで前へと進んだ。


シュルっとジャンプして再び首に巻き付くビー。


もしかして全身水に浸かっていたとしたら、ずぶ濡れのカワウソを首に巻くことになるのでは……? あまり考えたくはないので、しっかりとビーが全身ずぶ濡れになるリスクのある時は止めようと固く決心する。


「魔物、いませんね」


ずっといられても困るけど、確かに見渡す限りいる気配がない。


「ここを通った人が全部倒しちゃったのかもしれませんね」


しばらく歩き続けるとところどころ分かれ道のような横穴があるのが見える。入ったらきっと迷路のように続いているのだろう。


そのまま、贅沢に水の絨毯を楽しんでいると横に下層へと降りる不自然な石畳の階段を見つけてしまった。


「え、もう見つかりましたね」


「6階層って階段と次へ降りる階段の距離が近いのですね」


「あまり、マッピングの練習できてない気もしますが、先へ進みましょうか」


「そうですね」


6階層があっけなく終わってしまったので、もう少しだけあの景色を堪能していたかった気もするけれど、そこは我慢して先へと進んだ。


第7階層も第8階層も出てくる生物はアラネアと鎧ねずみで大した差はなく、道中何回か出くわしたが余裕で乗り越えて進んで行き、とうとう第9階層へと足を踏み入れた。


────大宮異界、第9階層。


7階層、8階層と比べて違う点がある。それは起伏の激しい地面と歩きにくくて狭い洞窟の中を潜り抜けなくてはならないという点だ。


ここには……奴がいる。


前よりも注意して進まないとうっかり命を落としてしまいそうだ。


ここからは、紗雪も周りをよく見ようときょろきょろしている。

大宮異界の暗殺毒蜘蛛の話は有名だ。中層へと至るための死の第一関門なんて呼ばれてる場所でもあるからなおさら注意しなくてはならない。


脅威となる魔物は経った一匹。ベノム・シデンド・アラネア。


ただそれだけだが、多くの探索員を殺してきたのも事実。


恐る恐る先へと起伏の激しい床を通りながら進むとシロが唸り声を上げ始めた。


「ぐるぅぅぅ、わん!!」


紗雪とアイコンタクトを取り、天井に注意を払った。


そして起伏のあるくぼみに何かがいるのが、一瞬だけ見えたのだ。


出会うことなどない希少な魔物、だが不意にやつは現れる。普段でないから大丈夫なんて一瞬の気の緩みに漬け込み命をもぎ取る暗殺者。


「会うのは2度目だな……」


飛び出て奴の攻撃を避けるか? いや、あの速さを覚えている。あの攻撃を紙一重で避けるのはとてもじゃないがリスクが高い。


そうだ。落ちてる石ころを前に投げるのはどうだろう。


地面に転がっていた石を前に投げるが何も起こらない。


奴が天井のくぼみにいるのは確かだと思う。見間違いでもなければそれは絶対だ。やはり、万全の状態の暗殺毒蜘蛛を倒すのは難しいのか。


あ、そうだ。

自分の身体能力は、思いのほか上がっている。装備を買いに渋谷まで行ったときに軽くジャンプしただけで結構跳躍できて内心びっくりした覚えがある。


っということは……


「ちょっと行ってきます」


小声で呟き、リュックを地面に下ろした。


「ちょ、はるさん────」


紗雪が止めるよりも速く、地面を蹴りくぼみの横へと到達した。


渾身の突きをそこにいれる。

すると、どろっとした緑色の体液が流れ出て、地面に落ちた。


「よし!!」

「わん!」

「きゅ!」


1人と2匹で成し遂げたというように声が被る。


潜んでいたのは通常のアラネアより一回り小さく大きな毒牙が特徴的な蜘蛛だ。

顔面から突きを入れたためちょっとグロいことになったが、以前はあんなにも苦労したのに対して勝負を一瞬でつけられたのが嬉しい。


「はるさん、あんなところまでジャンプできるのですか?」


「自分でもちょっと驚いてますが、いけるかな~っと」


「シロちゃんが、何かいるって教えてくれたのに前へでるんじゃないかって、すっごいひやひやしましたよ。けど、さすがはるさんです! おかげで危険を冒さずに処理できたのですから」


「ふふん!」


褒められるというのはなんだかこそばゆいけど悪い気はしない。


「そして……これが噂に聞く暗殺毒蜘蛛ってやつですね……思ってたより小さいんですね」


一通り観察して、解体にとりかかろうとした時。シロがおもむろに前へ出て毒蜘蛛のはらわたを食べ始めた。


「いやいや! おなか壊すってこれ絶対!!」


抱きかかえて離したが、早くも何かを咥えているのが見えた。


どす黒い、袋状の物だ。


解体したときにあった臓器なのを見たことがある。

絶対ヤバイ奴だから取り出さなかったのを覚えているが、まさかあの毒袋っぽいやつか?!


「シロ?! っぺ! っぺしてっぺ!!」


ぺっとするように顔をあげた後、ゴクリっと飲み込んでしまった。


「おおおおおお?!?! シロぉおお?!」


「どうしました?」


「シロが!! 毒蜘蛛のやばそうな所食べた!!!」


「えええ?!」


毒蜘蛛の毒を間接的にであるがくらったことがある。身体のだるさとめまいが襲ってくるやばい代物だった。


そんな毒袋のようなものを一瞬でたいらげてしまったとしたら……


血の気が引く。即座にシロの後ろ脚を持ってさかさまにし吐かせようとする。


だが……「わん!! わん!! わん!! っへっへっへっへっへっへ!!」万遍の笑みで楽しんでいやがる!


「シロ死ぬな!! まだ飼い始めて間もないじゃないか?!」


「シロちゃん! お願いさっきの吐いて!!」


「わん!! わんわん!!」


紗雪のお願いもむなしく。ただただ、じゃれる様にぶら下がる状況を楽しんでいた。

吐く素振りもないため、そっとシロをその場に下ろす。


「だめですね……無邪気な顔してます。けど、暗殺毒蜘蛛の毒は即効性があると聞きますし、何ともないということは今のところ大丈夫なのではないですか?」


「う~ん……」


しっぽを見てお回りしてるあの姿をラリってるとみるか遊んでるとみるか……難しい。


「シロ……なんともないのか?」

「きゅきゅ?」


ビーも心配しているようだ。


「くぅん? わん!!」


………………


静寂が訪れる。注目されたことになにやら興奮気味でいるシロ。


「なんとも……ありませんね」


紗雪が首を傾げると同時にシロも首を傾げる。

「いやぁ! かわいい」と胸のあたりをもふもふする紗雪。


明らかに毒々しい内臓を食べたにもかかわらず無事でいるシロは、きっと普通の犬ではないのだ────

いや、そもそも異界に入り咥えた刀でばっさばっさとあのイタチを切り倒していた時点で、もう普通ではないのだけど……


なんともないのを確認して毒蜘蛛の解体をする。


一時はヒヤッとしたけれど、シロも特に変わりなくて大丈夫そうだ。シロの鋼鉄の胃袋に感謝しよう……

暗殺毒蜘蛛は、今回もいい収入源になりそうでわくわくする。


その後、起伏の激しい洞窟を乗り越え、溝に潜んでいたアラネアの集団と5回出くわし難なく屠る。


「お見事です!」


「紗雪さんこそ、アラネアの甲殻をつぶさないように倒していく様はさすがです」


「えへへ、こういう細かい作業はなんだかんだで慣れてはいますよ!」


さすがといえる手際で倒し解体して先へ進んで行く。


そして、9階層が終わりを告げるように一つの道に通路が集まるような形状をしている場所へとたどり着いた。


その先は大きな空間へと出て坂になって続いている。


「とうとう、10階層……ってやつですよね」


探索員が駆け出しから、いきなり3級へと上がる第一歩だ。

申請も何もしていないので探索員カードにはしっかりと初級の文字が記されているけれど……特に先へは進んではいけないなんて決まりもない。


それに自分より上のランクに位置する紗雪もいる。

とても心強い初めてチームを組んだ仲間だ。


「はるさんは、ここから先へ行くのは初めてなんですもんね」


「はい……」

「きゅ……」


ビーも同時に返事をした。


「10階層を超えてからは、少し魔物の強さも上がっていきますので注意してください」


「そうですね……覚悟は、できてます!」


「いい返事ですけど、無理はしないでくださいよ?」


「ありがとうございます。紗雪さんのおかげで、ここまで来れたような気がします」


でかい石の大猿と共同で討伐して近所の異界で死にかけるような目にあって、地上まで運んでくれた。初心者にここまで付き合ってくれるんだから優しい後輩……いや、探索員だと先輩か? いいや、先輩とチームを組めて幸せ者だ。


「私は、あまり何もできてないですよ。ただ、はるさんの努力が実を結んだのだと思います」


「そうですかね? 私はとても感謝してますよ。また、足を引っ張っちゃうと思いますけど、改めてよろしくです」


「私こそ! うまく一緒に立ち回れるかわかりませんが、はるさんを頼りにしてますからね」


「わんわん!」

「きゅきゅ!!」


「ビーもシロもよろしくね」


「シロちゃんの冬毛かわいい!!」


もふもふと撫でくり回す紗雪。

互いに再度決意を新たにし、2人と2匹の歪な編成のチームは、中層という異界の新たな節目である。


10階層へと向かった。

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