第11話 -大宮の悪魔-
俺の名前は、菅里 徹(すがり とおる)。
高校も卒業してめでたく探索員としてデビューした俺は、大宮異界第6層にいる。チームメンバーは、高校時代苦楽を共にした仲のいい奴らだ。
だが、俺たちはアラネアとそれらを捕食しようとする鎧ネズミの大群に巻き込まれてはぐれてしまった。
くそ! あの時アラネアがぶつかってきた拍子に大剣が奴らのところに落ちなければ倒せたものを……
過ぎたことを悔いても仕方ない。
あの大剣は、俺じゃないと重くて扱いずらいはずだ。誰かが拾って使おうだなんてことは、ないだろうから後で回収するとしよう。
それよりも今は、腰に差してある解体用ナイフが命をつなぐ危ない状況だ。
たとえ、高校時代の身体能力の成績がナンバー1だった俺でも、この状況はさすがにまずい。
なぜなら慣れない間合いでの戦闘は予期しない怪我を生むからな。
ゆっくりと進み、逃げてきた方向とは別の方に地上へと向かうための階段があったはずだと記憶していた第6階層の地図を思い起こしそこへと向かう。
そこで、遠くの方から探索員と思われる二人の話声が聞こえてきた。
「なんだか前より速く走れる気がします。ちょっとあの突き当りまで競争してみませんか?」
「競争ですか? 私はあまり速く走れないので遠慮したいですけど面白そうですね」
「それでは……よーい、ドン! って言ったら走りましょう!」
「って、今走りかけました!! 心の準備を返してください!」
「あはは、すみません。それじゃ今度こそ……」
とても和やかな雰囲気の話声が反響して聞こえてくる。
「助かった!」
小走りに向かい、Y字の入り組んだ所を曲がろうとした時……やつは現れた。
そいつは、まるで獣の様な耳ととがった口、首には分厚い毛皮が巻かれ二つの光る目のようなものがついていた。
黒く血の色で染めたであろう、謎のコートが体を覆い目の前を音もなく通過しようとした。その時、狼のような顔をした人型の魔物と目が合った。
「ああああああああああああああああ!!!!」
「うわぉあ?! びっくりした」
獣人は、予想に反して日本語をしゃべった。
「だ、だだ、だ誰だ?!」
「え? えっと……私は、白縫 春人(しらぬい はるひと)です。探索員になったのは半年前で探索歴としては数週間程度の駆け出しですが……どうしました? すごい気が動転しているようですが何かありました?」
何かありました? は、こっちの台詞だ! 何があったんだこの人は、それに俺を気にかけるようにこちらへと駆け寄ってくる。
いや、怖い。なにこの人。お面付けて……刀? 探索員かな? これって装備か?最近は、こんなのがおしゃれなのか? いや違う。いや……でも、あの首に巻いているのはマフラー……
するとマフラーがひとりでに動き出し腕が生え二つのつぶらな瞳がこちらを見て挨拶をするように手をあげた。
「っきゅ!」
「うわあああああ!!」
「うわお?! びっくりした……大丈夫ですよ!! ここには魔物はいません。落ち着いてください。何が起きたのですか?」
いや、あんたに驚かされてるんだよ。
でも、こんなビジュアルの人に……そんなことを言ったら……きっと、殺される。
聞いたことがある。
最近起きた議員を暗殺した事件。三黒が動き出したってファミリアマーケットのおじさんが気を付けるんだよって言ってた……
もしかしたら……
すると、奴が来た方向からもう一つの足音が聞こえてきてライトに照らされた。
もう、終わりだ。
人気のないところに来てしまったのが運の尽きだと思って潔く……
「はるさん! 今の声どうしました?!」
綺麗な長い黒髪をなびかせ腰には、華奢でしなやかな体躯には似つかわしくない大剣を装備した女の子だった。
「この方、気が動転してるみたいなのですが何かあったようです」
「何か……? 大丈夫ですか? あまり顔色が良くないようですが……」
こっちへ近づき、匂いを消すような道具を使っているのか不思議とこういう人独特の匂いはしなかった。けど、綺麗な人に近づかれ鼓動が速くなる。
「あ、いや……」
「紗雪さん……この先に何かいるのかもしれません。安全確保のために偵察してきます」
「そうですね……現状足の速いはるさんが頼りです。お願いします!」
「わかりました」
すると颯爽と音もなく駆けて行こうとしたところでマントか何かを掴んだ。
「す、すみません。あの、その先には何もいないです……」
怖い。
こっちを向ける視線はまるで血に飢えた獣の様な目だ。
「何もいないというのは?」
そんな目でこっちも見つめないで! あなたが怖くて驚いただけです! なんて言えない!!
「随分と怖い目にあったのですね…… 良ければ話していただけませんか?」
黒髪の女性は、にこっと俺を安心させるために微笑んでくれた。なんて、美しい人なんだ。こんな状況下でなければ確実に恋に落ちていただろう。
ああ、もうどうにでもなれ!!
「実は……」
菅里 徹は、どうして一人でいるのか、なぜ驚いておびえていたのか一部始終をすべて話た。そして、獣の男がプルプルと震え、隣にいる黒髪の女性は手を口に当てて、そっぽを向いてプルプルと震えだした。
つまり、要約するとこうだ。彼は、私の容姿におびえて震えていたと……いや、でもこの姿こんなに恐ろしいかな。
でも、鏡の前で見た時は自分は変じゃないって正当化するので必死だった記憶はある。
「ぷふ!! ご、ごめんなさい……っふ」
わかってる。
さっきから目の前の探索員が怖がってた理由を聞いてプルプルと震えていた紗雪。
こちらをちらっと見てとうとう我慢できずに笑ったようだ。
もう一つの視線が刺さる。
これは、とてもなじみ深い視線だ。
真顔でこちらを見つめている柴犬だ。いつもながら堂々と胸を張ってこちらをただ、見ている。
そんな当たり前の視線でさえ痛く感じる程に羞恥の限界を迎えていた。
「このお面のせいですね……」
面を外して目の前の探索員にとりあえず謝っておく。
「い! いえ、まったくもって変ではないでございません! どんな格好をするもあなた様のご自由にございますです! はい!!」
いや、固くなりすぎててもう、ぎこちない敬語の生誕祭まで開いているようだ……
「そんなに怖かったですか?」
「いえいえいえいえいえ!! ご滅相もございません!」
マシンガンのように「いえ」を連呼した彼は、もはや何を言っていたのかさえあいまいだ。
「今、5回否定した……」
このやり取りを見てもはやこちらを見ることすらあきらめた紗雪。
「というわけで! 俺は、帰ります!!」
「あ、でも武器を落としたのですよね? よかったら────」
「いえいえいえ!! そこまでしていただかなくても大丈夫です! 出口は、この先ですもんね!! 地図はしっかりと覚えてますんで! 大丈夫です!!」
ああ、なんだろう。一緒にいたら殺されるんじゃないか、みたいなこと思ってそうなおびえた目をしている……
「そんなに、おびえなくても大丈夫ですよ! 見た目は、ある地方の原住民みたいな方ですけど優しい人なので、よかったら、お仲間のところまで送り届けますよ!」
今度は、まるで天使を見るかのような目をしたが、一瞬考える素振りを見せるが「自分は、ナイフも得意なんで! 全然大丈夫です!! 気にかけていただき光栄であります! それでは!!」と言って小走りに立ち去って行ってしまった。
「ああ……」
「行ってしまいましたね。っぷ……」
「あの、笑いすぎではないですか?」
「いや、もうなんか……何も言えないです。すみません」
「謝らないでください」
この、なぜか天雷一閃を撃てるだけの精神力を補える事のできるお面は、人として大事な何かと引き換えに力を差し出した悪魔のようなアイテムだった。
後に、チームメンバーと合流した菅野 徹は、この時起きた出来事を話した結果。大宮に悪魔が出るというちょっとした噂が広まるきっかけを作る。
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