第10話 -君たちの名前-

────大宮異界、第5階層。


 再びあの経路で探索を続ける。洞窟を潜り抜け大きな空間へと出る。


水の音が反響し、光源が先まで照らす不気味な空間は、あの時と違い緊張だけではなかった。


「とても大きい空洞にでましたね」


「わん!」


「君は、全然怖がらないねぇ。大丈夫? よしよしよし」


冬毛のもふもふを堪能する紗雪。

目を細くして万遍の笑みを浮かべるような表情を作る柴犬。


「それ、気持ちいいんですよね……」


「これ、癖になりますよ!」


紗雪は結構お気に召したようで、しばらくもふもふしていた。


戦ってる最中は後ろでただ、こちらを冷静に見つめる柴犬。


そして、首元に巻き付いているカワウソは、たまに動いて「きゅぅ」と鳴き声をあげたりする。


やはり、肝が据わってるのか二匹とも戦闘中は微動だにしない。


むしろアラネアが、この2匹に勝てるのかすら怪しいくらいに平然としている。


「そういえば、呼び方がずっと白い柴犬とカワウソですけど名前は、まだつけてないんですか?」


「う~ん……つけようと思ってたのですけど名づけるタイミングを逃してしまって……まだ、つけてないんですよ」


「なるほどです……でも、この子とてもきれいな白色の体をしてるので白(しろ)って名前とかは、よくないですか?」


「ジャガイモ小僧が飼ってそうな名前ですね……そうだ! しらたきとかどうですか? あれも良い感じに白いしおいしいです」


白柴と紗雪が同時に、こちらを見た。

いやいや、それは……こんにゃくじゃん、とでも言いたげな顔をする紗雪と柴犬。


「白いし、おいしいですけど……しらたきは、なんだかイメージじゃないです」


柴犬の心を代弁するかのような紗雪。


理解してるのかどうかがとても気になるので、その紗雪の言葉に対する頷きをやめてもらいたい。


「やっぱりシロがいいと思います。ねぇシロ?」


「わん!」


快諾したようだ。


「それじゃ、今日から君はシロですね! 改めてよろしくですよ~シロ?」


「わん! っへっへっへっへっへっへ!」


とても、ご機嫌の良い柴犬だ。


「よ、よろしくな!」と改めて声をかけると真顔でこちらをジーっと見つめてくる。


いやいや、何この間は……


「きゅ! っきゅ!」


そして次は自分の番だと言わんばかりの興奮気味なカワウソ様。


なんだ、このかわいい生物は、天使か? いやカワウソだ。


「まるで名付けてほしいって言ってるみたいですね」


「う~ん」


こうして、名前を考えてみるとやっぱり出てこない。確かに白滝はかっこいい感あっていいかもしれないがこんにゃくだ。


栄養のかけらもないこんにゃくだ。


そんな名前しか思い浮かばなかったが……瞳がビー玉のようなきれいさがある……


思いついた!「ころすけとかどうです?」渾身のネーミング。けれど語尾が、~なりっといいそうなキャラみたいな名前になってしまった。


不服というような感じにこちらを見て肉球をポンポンっと頬にぺちぺちあててきた。


「気に入らないみたいですね」


「良いと思うんですけど……」


「う~ん……まるでビー玉みたいなつぶらな瞳……」


「あ、それ私も思いました」


「あはは、考えることは同じですね! あ! そしたらビーちゃんってどうですか?」


「それ良さそうですね。なんで、ころすけになったのか不思議です」


「きゅっきゅっきゅ!!」


肩を肉球がぽんぽんする。


よくわからないけれど、どうやら本人達の了解? を得たということで、今日から白い柴犬は、シロ、カワウソは、ビーという名前になった。


その傍らでやはり柴犬は冷静に、こちらを見ていた。


名づけも終わり5階層も順調に探索が進む。


大きな空洞を超えて、入り組んだ洞窟を進む。


迷路のような構造でしかも単調な景色だ。


迷わないように注意しないといけない。


新調にマッピングを進めるとわしゃわしゃと横からカワウソに対して手が伸びる影がある。


わしゃわしゃ……しばらくして、わしゃわしゃ……


「あの……紗雪さん? 集中できないのですが……」


「あ! えへへ、すみません。なんか、つい触りたくなっちゃいますね。この子達……」


「気持ちはわかりますが、ビーは、私の首になぜか巻き付いたままなので程々にお願いします」


「きゅ?」


「はーい! あぁ、かわいい」


なんとも、呑気な声で返事するビーに心を撃たれる紗雪。


これは、探索員のチームと言って良いのだろうか。

きっと異界探索員史上初となる人間2人+犬+カワウソという奇妙奇怪なチームが初めて誕生した瞬間なのではないだろうか。


足を進め、現れたアラネアを倒し先へと進むと6階層へと降りる階段へとたどり着く。


とても順調だ。


誰かが加工して作ったような古びた石畳の階段を降りて6階層へと到着する。


────大宮異界、第6階層。


何の感想も生まれないくらいに洞窟が広がっていた


綺麗とか汚いとかは特にない。


ちょっと寒いくらいで光が差し込まないためとても暗い。


代り映えのしない風景だが、ここからだ。


アラネア以外の魔物が現れる階層、第6階層。


すると、奥の方で何かがうごめくような影が見えた。


その場所へと近づき、LEDの光を当てる。


もそっと大きく丸い体から顔を出し、まるでアルマジロの様だ。


けれど決定的に違うところというと、大きさだけじゃない。身体を覆う甲羅がまるで岩石のような形状をしており、ちょっとやそっとじゃ壊れないだろう甲羅を身にまとい。


発達したような大きい顎は、哺乳類の顔つきとは裏腹にまるでドラゴンや恐竜のような力強さを感じさせる。


クレイモアを腰から抜き、戦闘態勢に入る紗雪。


「鎧ねずみですね」


「はい……」


関心するようにじっくり鎧ねずみを見る紗雪。


「初めて見ましたけど、とても硬度の高い甲羅をもっていて見た目の割に狂暴な魔物だと聞いています」


「私もファミリアマーケットの店長に聞きましたよ。得物を執拗に追い回して捕食するって……」


「けどですね……」


「はい……」


のし、のし、のしっとなんともゆっくりな足音とともにこちらへとくる鎧ねずみ。


「私は、無視でもいいと思いますがどうしますか?」


確かに、これだけ遅いとなんだかどうでもよくなってきてしまう。


時速20mだろうか……

いや、もう動きがのろすぎて何がなんだかよくわからない。


かまえてみたはいいものの、倒すべきか悩む。


横を見ると、初めて相対したと言っていた紗雪さんは臨戦態勢だ。


ああ、目がなんか輝いてらっしゃる。これが探索員の本来あるべき目なのだろう。


「無視しましょう」


無慈悲に好奇心旺盛な紗雪を収める言葉を唱える。

だが、ここで思いがけない反撃が来るのだった。


「はるさん……」


「はい?」


「鎧ネズミって硬いじゃないですか?」


「そうですね」


「攻撃が通らなくて武器を痛めるだけの面倒な敵って言われてますよね」


「はい……」


「あまり、倒したくない魔物として名が挙がっているのはご存じですか? 私は、初めて鎧ねずみの生息する異界に足を踏み入れました。興味が湧くのはわかりますね?」


「わかりますが、無視しましょう」


「鎧ねずみの甲羅って高く売れるんですよ」


迷わなかった。


ゆっくりと、そしてゆっくりと近づいてくる鎧ねずみへとふりむき刀を抜く。


着けていることさえも忘れてしまう程の仮面の力なのかはわからないが、気力と精神力を研ぎ澄ます。

蛍灯が次第に現れ、体全身に力を宿した。


そして、刀をゆっくりと納めた時「天雷一閃(てんらいいっせん)!!」のひらめきが鎧ねずみを一刀両断した。


雷鳴にも似た爆音が洞窟中に響き渡る。一刀両断した鎧ねずみの血が飛び散る。


驚いた柴犬はその場に伏せ、首に巻き付いているカワウソは両手で耳をふさいでいた。


「うわぁ、びっくりしたぁ……あの硬そうな甲羅を────」


「おいくらで売れますか?」


一瞬間が開いた。理解する時間?ではないだろう。高く売れるのだから今の相場を考えてるに違いない。

こういうことならあのファミリアマーケットの店長に相場を聞いておくんだった。


「はるさん……あなたって人は……」


あきれたような目でこちらを見る紗雪とシロ。


その後、あきれた目でこちらを見る紗雪から値段を聞いて解体しようとするもナイフが入らず悪戦苦闘し続け、抱えながら歩いて解体したのは言うまでもない。


結局うまく解体できず無駄に命を一つ消してしまった。

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