第9話 -仮面の不審者-

 目が覚めた。朝ご飯を食べる。支度する。さあ、車庫を開けていざ大宮異界へ出発だ!


そんな異界へと向かうルーティンを阻害する障壁が目の前に現れる。


運転席にいつの間にか座っている柴犬がいた。


「どうして……そこにいるんだ?」


「わん! っへっへっへっへっへ!」


「これから、探索に行くから降りてね」


運転席から抱きかかえて下ろし、車に乗る。


「さあ、前に探索した時より今の方が進める自信がある。今日こそ……」


漂う獣臭、ではない。ペット臭となりを見ると、何食わぬ顔でそこに座る柴犬がいた。


「いやいや! どこから入ってきた?! これから危ないところへ行くんだから連れてけないよ。お留守番!」


「くぅ~ん」


今度は助手席から下ろす。


そして車に乗り込んだその時、ずっと自然体でそこにいたことすら忘れるような着け心地だった。


バックミラーを見ると首にカワウソが巻き付いているじゃないか。


「君もお留守番だよ~」


「きゅぅ?」


だめだ……そんな瞳で見つめるな。


「異界は、危ないからね! 君たちはお留守番だよ!」


玄関の前に二匹を置いて後ずさりし、車に乗り込む。


すると二匹はどこにもいない。


助手席……よし、後方……よし。


どうやらあきらめてくれたのだろう。


意気揚々と成長した自分を他の異界で試せる嬉しさをかみしめ出発した。



────埼玉県、さいたま市、大宮異界近く駐車場


 ついて、刀、脇差、ナイフ、羽織を装備しリュックを持つ。


お面……をつけるのは変だが、いちいち取り外すのもなんだか面倒なので身に着けたまま行こう。


そして、シュルっと何かが首元に高速で巻き付く感覚が肌を撫でる。


「どうやって……ここまで来たんだ……」


身に覚えのある感触は、カワウソだった。


そして、後部座席のドアを器用に開けて前足でしめる柴犬も現れた。


「おまえら……」


「きゅ?」

「わん!」


車の中で待機させておくわけにはいかないため、結局そのまま連れていくことにした。


視線が痛い。


刀を腰に差して、羽織を着る普通のお侍さん風の探索員だ。

私は変じゃない……


きっとこの首元に巻き付いているカワウソと白い柴犬が目立っているのだ。


カワウソはずっと首元にいるため大丈夫だと考え何もしなかったが、柴犬はどこかへ行ってしまわないようにリュックからロープを取り出して首輪に軽く巻き付けた。


どっからどう見ても2匹のペット(柴犬とカワウソ)を散歩させる侍だ。


大丈夫、自分は変じゃない。


そう言い聞かせることしかできなかった。


ここが、大木の異界前であるならまだ、人目も気にせず歩き回れるがさすがは、都会。

視線の痛さが段違いだ。


そして突然話しかけられた。


「まじやばいんだけど?! 羽織の方、写真いいっすかぁ?」


写真を撮った。

二人組の通学途中の高校生だった。


学生鞄のほかに木刀や、木の剣? などを持っていたため今流行りの探索員専攻科とかいう学校にでも通っているのだろうか。


とても有名人になった気分だけど、犬も抱きかかえてピースといった具合に写真を撮った。きっと真っ白な柴犬が物珍しかったのだろう。


「ちょっと君、話いいかな?」


「え? あ、はい!」


警察にも話しかけられ身分証と探索員カードを差し出し武器の所持などの許可が出ていることを確認させられた。


身分を明らかにさせられ、とりあえず行っていいということになったがなんだか視線が痛い……


そして、大宮異界入り口前へと到着する。


今日は、なんだかついてない日だ。


しばらくして、定刻通りに紗雪が到着したようで話しかけたら早々に大宮異界へと入場させられたのだった。


────大宮異界、第1階層。


あきれた顔をしてこちらを見る紗雪。


「あの……せめて……そのお面は地上にいる時、外しませんか?」


「お面?」


「はい……その狐? のような……」


あ……


すっかりつけていることを忘れていた。


「もしかして……着けてる自覚ありませんでした?」


「すっかり忘れてました……道行く人の視線が痛かったのってこれが原因だったのですね……」


「それだけじゃないと思いますが、大半それだと思います……昨日話していた力のコントロールがうまくいくってお話は、そのお面と関係があるのですか?」


「はい、そうなんですよ! このお面をしていると、普段気持ちが昂ったり、過度に落ち着いたり、集中したりした時にしか出せなかった力が出しやすくなったのでつけてます」


「それは……便利ですね。けど見えにくくないですか? 視界はなるべく広くとっておいた方が有利ですよ?」


あれ? なんだか疑いのまなざしが……


「いやぁ、それがまったく視界はクリアです……つけてみます?」


「え? あ……じゃあちょっとだけ」


ごくりと生唾を飲む紗雪。


ビジュアルは普通の狐っぽいお面だけど、そんなに身構えなくても良いのにと思ったが、謎の効力を持つお面となれば話は別なのだろう。


「あ、確かに……え? これ本当に?」


「そうなんですよ。すごいクリアですよね?」


「心なしか暗いところも明るく見えるんですけど……もしかして暗視効果みたいなのついてません?」


「え?」


狐の面を返してもらい再びつけるもとく先ほどと変わらず暗視効果のようなものは感じられない。


「いえ、さっきと変わらないですね」


「う~ん?」


ますます謎は深まった。

謎が深まる中でも、柴犬はただ冷静にこちらを見ている。


「とりあえず、お面は、地上にいるとき外すのが条件です!」


「もちろんです!」


「そして……このわんちゃんと、このまえのイタチさんがなんでここに……」


今朝、二匹とお留守番をかけた戦いを繰り広げ敗北したことを説明した。


「なるほどです……イタチじゃなくてカワウソなんですね。とりあえずカワウソちゃんは、もともと異界から拾ってきた生物ですし多分……はい、多分大丈夫だと思います。けれど、そこにいるいかにも普通そうな白い柴犬ちゃんは、アウトですよね……」


「それがですね……この白い柴犬も異界がらみっぽくって普通じゃないんですよ……」


「へ?」


「あの異界のイタチを簡単に倒してました」


夢かどうかもわからないあの話をしてしまうのは、まずいだろうか……だが、あの夢は紛れもない現実だったことは今でも体が覚えている。


刀を交えた確かない感触と、彼女が伝えたかったメッセージは今も心の中で生きている。


「それは……ヤバイ犬じゃないですか?」


「とりあえずは、普通の犬ですので大丈夫です……」


「なんだか、もうはるさんは、いろいろ……いや、もうこれ以上掘り進んだら帰ってこれない気がしました。先へ進みましょう……」


「はい……」


第一階層を渡り歩き、暗殺毒蜘蛛と対峙した場所を潜り抜け第二階層へと降りる。


────大宮異界、第二階層。


久しぶりに見るアラネアとの戦闘。

5匹いるのを確認。


あの時だったら、きっと一歩下がって作戦を練ってから行っただろう。


だが、今なら……


紗雪とアイコンタクトをとる。


先行する紗雪。


見事クレイモアは、アラネア二匹の命をもって行った。


そして横にばらけ、今にも飛びついて来そうななアラネアに追い打ちをかける。


一足。


あの着物の女性の足さばきを真似てみた。


あの戦いが終わった翌日に、神社にあった古い書物を読んだ。

新しく読める部分が加わり、その一つに疾風之縮地(はやてのしゅくち)という技が含まれていた。


奥義、足りえず縮地。しかし、脱力の果てに疾風の如き移動を見出す。


先(ま)ず、地に足引くがごとく。持して歩みを先に向け、流れに身を任す。


うん、さっぱりわからない。

とりあえず、足の無駄な力を抜いて重力だけで移動しろということなのかと練習した。


そして出来上がったのが、似非縮地(えせしゅくち)だ。


しかし、今までの地面を思いっきり蹴って、力を込めた移動より、はるかに流れるような移動が可能となった。


コップいっぱいの水をこぼさないような慎重さで流れるように体を目的の場所へと持っていく。

そして、間合いにアラネアを捉え、横払い、切り上げと2匹の命を持って行った。


最期の飛びつき攻撃をしてきたアラネアを刃で受け止めようとした時、クレイモアの一撃がアラネアを捉えた。


「ふぅ……」


涼し気な顔をする紗雪。


こうして着々と以前探索した階層を攻略していき、とうとう大宮異界、第5階層まで到達した。

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