第8話 -事件の顛末-
結局、あの渋谷での事件の犯人は捕まらず、今も逃走を続けている。
犯人の目星はついていて、元二番隊隊長の岡田 宗嗣(おかだ むねつぐ)であることが現二番隊隊長の鈴木 美千流 (すずき みちる)の証言により判明し、現在警察と合同で捜索している。
あんな都会のど真ん中で暗殺事件が起きたにもかかわらず、2日経った今も足取り一つ掴めずにいるのがとても歯がゆい。
そのせいもあってなのか美千流隊長の機嫌が悪そうだ。
仕事着なのかはよくわからないけれど着物を着ているのが……なんというかとても風情があるようなないような背景とミスマッチしていて底知れない違和感を放っている。
そして、報告書か何かが積みあがった仕事の山を放置してデスクに頬杖をついてぼーっとしている。
そっとこちらを見て目が合った。
鋭い眼光とは裏腹にとてもやさしそうな綺麗な目だ。
「もうすぐ、バレンタイン……チョコレートもらうの楽しみ」
機嫌が悪い訳ではなく通常運転だった。
「チョコのおいしそうなお店を見つけたので楽しみにしててくださいね!」
「紗雪ちゃんは、そういうの見つけるのすごいから期待しちゃう」
「そういうのが好きな友達がいるんですよ。よかったら今度食べに行きます?」
「行く」
表情が変わりにくいせいか喜んでいるかわからない。そんなとっつきにくさがあるせいか隊長がよく話したりしている友達なんかを見ることがない。
一人、隊長の刀を作っている鍛冶師が友達としているみたい。
チームも組まずに1人で30階層や40階層の深層を潜る孤高の花なんて呼ばれている。
「連絡とってみますね。多分びっくりすると思いますよ?」
「なんで?」
「隊長のとっつきにくさは他の隊でも有名ですからね……」
「不服……」
「ピコン!」私のiFunに返事が来た。返事をくれたのは、はるさんだ。
はるさん:「明日、大宮異界前に集合で大丈夫ですよ! とても不思議なアイテムを手に入れたので試してみるのが楽しみです(=゜ω゜)ノ」
夜空 紗雪:「それでは、先ほどの8時集合で! それと不思議なアイテムですか?」
はるさん:「はい! なんだか、着けてると落ち着いて、力のコントロールがうまくいくんですよ!」
ん、どういうことだろう? 力のコントロールがうまくいくっていうのがいまいちわからない。けど、はるさんは、泉尾さんと戦った時や、あの難易度が異常な異界で不思議な光に包まれたとおもったら身体能力がすごいあがる魔法を持っている。
あのことなのかな。
身体能力が上がる魔法は確かにある。
8番隊隊長の識名 豪紀(しきな ごうき)が良い例かもしれない。唯一、異界に武器を持たず自身の四肢だけを攻撃手段として80階層という深層へと至った。
現、旭日隊最強の探索員。
一度だけ、本人と会ったことがあるけれど、身長は2mは超えていたかもしれない。
腕や足の大きさは私の体より大きかった。
何より、武器を持たなくても魔物を屠り倒せるだろうと感じさせる異常に育てられた筋肉が特徴のおじいさんだった。
私は、きっと身体能力強化のような魔法を身に着けているんじゃないかな、という話を調査隊の人としたことがある。
魔法の存在は、出始めたころはとても公にできるものじゃなかったけど今は、それなりに使える人は多いし研究したり、扱うために修行する学部までできているから魔法を使えるからと言って狙われるようなことはなくなってきている。
夜空 紗雪:「力のコントロールがうまくいくってすごいですね! 次は、成長して一味違うはるさんがみれるのが楽しみです(*'▽')」
はるさん:「まかせてください!\(゜ロ\)(/ロ゜)/」
とてもノリノリな顔文字を使ってくるところが、なんだか面白い。
「その……この前の、はるさんという子から連絡?」
「はい! 美千流隊長よくわかりましたね?」
「だって……いや、なんでもない」
? 何を言いかけたんだろう。
「それは、まあ……良いとして、彼は大丈夫?」
確かに、駆け出しの彼にとってあの事件はとても衝撃的なものだったと思う。
私も前に起きた三黒(みぐろ)って裏組織と魔物狩りって呼ばれてる異界をつぶすことで躍起になってる人たちの抗争を目の当たりにして震えが止まらなかった。
「連絡をくれた文面ではいつも通りですけど……心配ですね」
あの時のはるさんの豹変した感じは、忘れようにも忘れられない……
「彼は、優しいから……悩んでないと良い。きっと、これからも人と人との争いは前の世の中よりもずっと厳しくなると思う」
「そうですよね……いろいろな裏組織の噂が流れ始めて全貌はつかめないままですし……」
「それもそう……だけど、人の力が兵器を超えた。というのは今までの抑止が通用しなくなるって月嶋君が言ってた」
「総隊長がですか?」
「うん、戦闘機や戦車、戦艦でさえも覆せるだけのポテンシャルを発揮したとき、世界のバランスが崩れるって……より、熾烈な争いが起こるんじゃないかっていうのがこの前の会議の内容……」
「それ、私に言っていいやつです……?」
「知らない」
極秘資料をそこらへんにポイっとしてる人の周りにいるのは危険だ……
それに時間も良い感じだし帰ろう。
「それじゃ、そろそろ私は帰りますね! 明日は、はるさんと大宮異界で探索です」
「楽しんできてね」
「はい! っということで報告書ここに置いておきますね」
「んへぇ……」
「すごい溜まってるじゃないですか! 速くかたずけないと副隊長が帰ってきたときが怖いですよ?」
「彼が来た時私は、風のように異界へと旅に出ます」
「逃げないでください! チョコレート用意しておきますので頑張りましょ!」
「う……うん」
事務所を出て、2人の妹が待つ家へと帰路に就く。
明日は、一味違うというはるさんとの探索だ。いったいどんなアイテムを買ったのか楽しみ。
けれど、私は甘かった。
一味違うなんて言葉は生易しかったことに、この時の私に教えてあげたい。
翌日、大宮異界入り口前。
いつもの耐火コートと異界石で作られた鎧を下に身にまとい。クレイモア、ナイフの準備は万端だ。
はるさんは、まだ来てない。
人が避けて通るような場所があるのを横目に、街灯の下ではるさんを待つ。
そして、見つけてしまった。
人が避けて通るような場所に見たことのある赤黒いだんだら模様の黒い羽織に、この前購入を手伝った異界石の鎧といつものリュック。
そして首には茶色いもふもふとしたマフラーを身に着け、白い柴犬を連れ変な狐のお面? をした人物を……
そして、狐のお面越しに目が合った。
「おまたせしました! 今日は、一味違う私をお見せします!!」
お見せしますというか、もう見せられてるというか……
どうしてそんな、奇抜な装備になってしまったのか私は、小一時間問い詰めたい……
「あ、あの……その格好は……」
近づいて気づく。マフラーだと思っていたそれは、マフラーじゃない。
くるっと動き、正体をあらわにしたマフラーは、こちらを向いて肉球をちらっと見せ挨拶をした。
「きゅ!!」
不覚だ……これは、かわいい。
そして、柴犬の冬毛もこれまた良さそうな具合に……
「話せば長くなるのですが────」
「異界に入りましょう! 道中お話ししましょう!!」
とりあえず、視線が痛い。
一味違うどころか、何かの儀式でもするのかと疑いたくなるような装備に驚いて大宮異界第1階層へと早々に入場した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます