第7話 -桜の下で-
桜吹雪が舞う。白い柴犬より手渡された刀をゆっくりとさする。
「斬り合いましょう……」
「へ?」
今なんて言ったんだ? この人は……
「今なんて……?」
「殺し合いですよ」
「いやいや! なんであなたと殺しあわなくちゃいけないんですか?! 今さっき会ったばかりで……何も……それよりもあなたは一体誰なんですか?」
「名なんて名乗った所で意味はありません。振るうべき時、振るわざるべき時。あなたは迷い、感情に飲まれた…… 偏(ひとえ)に覚悟の違いなのでしょうね。わたくしは、そんなあなたに……この刀を握っていてほしくはないのだと思います」
訳も分からず戦闘が始まろうとしている。しかも魔物とではない。
人との戦闘だ。
殺し合い。
人の命を奪う行為。
人を殺すだなんて、車を運転したりした時の事故ぐらいしか考えたことがなかったのに、いきなり誰かと戦え、誰かを殺せ、誰かから誰かを守れ。
無茶にも程がある。
さっきもそうだった……咄嗟に動けず、その場に立ちすくんでしまったのは、あの男の殺気がすごかったのもそうだったけど、それだけじゃない。殺しという禁忌に触れるのが怖かったのだ。
おかしな話、異界では魔物を散々殺しておいて人は殺したくないと命の優劣を決めている自分がいる。生きている者すべてが持ちうる命であるはずなのに今更ためらっているのだ。
そして、理由なき戦いで殺し合いを求められている。
「刀を抜きなさい。この清き精白の刀身を5年も見ておいて何にもできないなんてことはないでしょう?」
どうして……あの刀を手にしてからの時間を知っているんだ。それに刀なんて持って────
ある。
いつの間にか腰に刀が差してある。
「どうして……」
「どういうことでしょうね?」
とぼけるように言う。そして、ゆっくりと刀身が黒い刀を抜いた。
「あなたは……道場稽古のように『始め』という合図がなければ戦えない人なのかしら?」
「道場なんて行ったことないですよ……」
「あらあら、本当に素人……でしたのね。それでは、始め……」
瞬間、女性がすっと消えた。
瞬きをして次に目を開けた時、言いえぬ衝撃で弾き飛ばされる。
「っが……うっ」
息ができない、左腕が動かない。
とてつもない衝撃が左から右へと突き抜け、木に叩きつけられた。
「みねうち……」
「みねうち??」
違う。
もう……もはや……殺す勢いだ。
あんな力と速度でみねうちではなかったら、もう命はない。
血が流れ出る。
止まらない。
今の衝撃で首にいたカワウソが居ない。
うまく逃げていてくれてたのだろうか。
と思ったら真横で失神している。
ぴくぴくと足を震わせ「きゅぅ~」っという鳴き声と供にぱたりと気を失ったようだ。
「はは……やるやらない以前に、勝てる気がしないや」
さっき戦ったあの男より遥か上を行く強さだ。
「何を笑っているのかしら?」
胸倉をつかまれ桜のある方へと放り投げとばされる。
「そんな笑いじゃ……ない…………ですよ。ちょっと絶望したってところです」
「そう」
自身の腰に差された刀を抜く。とても脆そうな刀だ。
ゆっくりと切っ先を向けた。
「ようやく、戦ってくれるのね」
やらなきゃ、やられる。
ふらふらする体を必死に立たせ、構える。
「あなたに……恨みはない。そもそも……知らないですからね。勝負です」
「もう、はじまってますよ」
その言葉を合図に地面を強く蹴る。目が合う、今出せる最大限の速度で斬り込んだ。紙一重でかわされ、鞘で殴り飛ばされ転がった。
「まだ……、まだ!!」
腕が痛い。
再度斬り込むも、流れるように刃先が円を描き切り払われ、柄頭で突き飛ばされる。
「ま……だ……」
地面を蹴って縦横無尽に飛び回り、囲むようにして後ろから斬り込む。
「遅い……」
かわされ、平手打ちを顔に食らい地面に打ち付けられた。
「はぁ……」
体中が痛い。
視界がぼやける。
「私が、残したものを扱えたのに……あなたはなんで、こんなにも弱いのですか?」
残したもの?……がいったいなんなのかはわからないが、なぜこんなに弱いのか自分が知りたい。
「俺……が、聞きたいくらい……だ」
「立って」
ゆっくりと、ふらふらしながら立ち上がる。
「あなたは、失いたくないから戦っているのですよね?」
「……はい」
「今後も、このような暴力があなたを襲うでしょう。戦う理由、戦う意思があなたを強くした。ですが、いざという時の人を殺してでも守ろうという覚悟がない。この刀は、幾重にも積み重ねられた罪と救いの命の物語が刻まれ、すべてを斬り裂き滅びへと導く刀です」
「あなたは……」
「この刻まれた命の物語は、あなたの中で今も生きています。だから、飲まれないでください。飲まれた後の世界は悲惨ですので……」
すっと、刀を手渡される。
桜吹雪のように持っていた刀が散り、綺麗な白い色をしたいつも使っている刀を握った。
白い蛍灯があふれる。生きたいと……
わかった。この人がいったい誰なのか。だが……
「すみません、あなたがどうしてここにいるのかわからないのですが……ありがとうございます!」
「わたくしにもわかりません。かつて、すべてを斬ってしまったから……だから、ここにいるのだと思います」
身体に力が入る。
「覚悟を決めました。大切なものを無くさないために私は、この刀を振るいます」
今ある日常を、楽しく生きる時間と一緒にいてくれてる人のために。
「心が晴れているのを感じます……今のあなたなら申し分ない」
互いに零れ落ちる蛍灯、刀を抜き構える。
2本の白い刀がぶつかり合い。視界が光で染まった。
「あなたに……しっかりつなげましたからね。ささやかな贈り物ですが受け取ってください」
そんな言葉を最後に意識が霞んでいった。
気が付いた時、目の前にいたのは「へっへっへっへっへっへ!!」っと興奮気味に胸の上に乗っかっている白い柴犬だった。
「うわぁ!!!」
「きゃいん!!!」
年甲斐もなく、びっくりして飛び起きる。
「ここは……」
身体はまったく痛くなく何もなかったかのように自分の部屋の布団にいた。
外は暗く、日が昇るまでまだ時間がある。
「わん!!」
「お、おう。ごめん、ごめん!」
頭をぐりぐりと押し付けてくる謎の柴犬。
「夢?……」
「そうだ! カワウ……ソ……?」
痙攣していたカワウソはいまだ布団の横で、あの時の姿勢のままぴくぴくしていた。
ここだけみてみると夢にうなされてるように見えるが……
ちょんっと脇腹をつつく。
すると、「きゅぅん」と腑抜けた鳴き声を上げて、でろんっと液体みたいに寝入った。
ツッブヤイターにでも投稿すればきっと良(よ)いねの嵐が吹くだろう光景は、つい口を押えてしまうほどに癒される。
そして、刀があるのを確認し安心すると、何やら奇妙な狐のお面っぽいのが転がっていた。
「なんだこれ……」
手にとりしっかりと確認する。
白色をベースに目は細く、赤色の装飾が施され両脇に赤い紐が結ばれていた。
とても怪しいお面だ。
少し、不気味であったが悪いもののような感じはしなかったためゆっくりと取り付けてみる。
「ジャストフィット……」
視界良好、着け心地抜群、滑らかな肌触りがつけている感じすらもわすれさせてしまう程に素晴らしいお面だ。
逆に着け心地が良すぎて気持ち悪い……
息苦しさはなく、むしろ……心が騙されないぞとしっかりするようなそんな気持ちにさせてくる。
悪いものではないということはなんとなくわかり、眠気がピークに達してきたのでカワウソが溶けている布団にくるまり一緒に溶けることにした。
しかし、そんなときでも柴犬は冷静にこちらを見つめていたのだった。
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