第13話 -反省の多い勝利-

 1日に2度も死ぬような目に会うとは運がなさすぎる。

これを呪うべきか、経験を糧にすることができたのは幸運だったと取るべきか。


それに最期の一撃は、一歩間違えたら自身の腕に大蜘蛛の牙で刺すところだった。


今後は、もっと冷静に対処しなくてはならないなと反省する。


「嫌なことを思い出しちゃったなぁ」


あの頃から少しは、前に一歩でも踏み出せただろうか。


今朝の戦いでもそうだが、ここが正念場だというときにふと心が折れるのをなんとかしないといけない。


精神面の強化が重要になると思い知らされた戦いだった。


刀についた体液を拭き取り鞘に収め、この戦いに関して考えながらしばらく膝をついたまま大蜘蛛の骸の前で休憩を取る。


現在の時刻は16時20分。


そろそろ戻らないとファミリアマーケットが閉まってしまう。


「さて どう解体したものかなぁ」


そもそも、持って帰れるのだろうか、この大きさの素材を……


脇差を抜き解体作業に取り掛かる。


回収できたものは頭胸部を覆う棘のついた甲殻4枚、腹部を覆っている甲殻8枚、足一本に付き採れた甲殻は3本なので合計24本、そしてハサミのついた触肢と大きな牙が2本だ。


素材にできそうなものはこんなものか。

まるで鋼の硬さを持っていそうな甲殻なのだが思いの外軽い。


そして、これらをどう持ち帰るか……


こういうときのために、ここでお役立ち探索道具。


「すこし長いロープ~」


誰もいないのをいいことに猫になりたいロボットも真っ青な物まねをした。


心のどこかで、もうしないと決心する。


何mあるかは忘れたためよくわからないが、それなりに長いロープだ。

何かを縛ったり、引っ張ったり、つないだりできる道具だぞ!


つまり特に代わり映えのしないロープだ。

強いて特徴を言うなら頑丈そうなロープだ。


どうでも良いロープの解説を心の中で垂れ流し触肢、大蜘蛛の牙、大蜘蛛の足先は、リュックに収まりそうだったため無理やり詰め込む。


その他の大きな甲殻はロープで縛り大きな甲殻を皿のようにしてサンドイッチのように挟んでまとめた。


両面が刺々しい亀の甲羅のような見た目にはなったが、なんとか運びやすくなり、勝利の喜びと重みを感じながらその場を後にする。


坂道を登り、来た道を抜ける。

今日の目標は、7階層と息巻いていた時が懐かしく感じる。


到達したところは5階層で、しかも6階層に降りられる道を見つけられていないという始末だ。


だけど、魔物の主を討伐出来たのはとてもでかい。


アラネアだけだと味気がないが、こういう魔物と出くわして討伐出来たとなると探索員として一歩前に進んだ様な気分になるので、とても嬉しい。


またも死にかけたけど……


 帰り路は、スムーズに進むことができた。

重い荷物を持ちながらアラネアと戦う覚悟をしていたが、遭遇することなく地上に到達する。


カードをかざし扉が開く。

太陽が沈みかけ真っ赤な夕日を拝むことなく空は、薄っすらと雲の影を強調させる。


夜だ。


異界で存分に汗をかいたというのもあり、外は思いの外寒く、指先が凍りそうだ。


町は明るく、新しくなったであろう街灯が道を照らす。


それに、武器を持ったり頑丈な装備を身にまとっているいかにも異界帰りの人が多い。


今の時刻は、17時20分。


ファミリアマーケットが閉まるのは19時だから閉店時間には、余裕で間に合うな。


ファミリアマーケットの方へと歩く。


到着して出てきた客とすれ違い店内へと入る。


午前来たときと変わらない濁声で「いらっしゃい! おお? また来てくれたのかい兄ちゃん」とカウンター越しでジョリジョリとしてそうな顎をなでながら笑みを浮かべる店の主人がいた。


「あのあと また異界へ行って素材を採ってきたんですよ。買取お願いします!!」


背中に背負うように持ってきた大蜘蛛の素材を素材買取のカウンターへと置いた。


「随分と重そうだが どこの異界へ行ってきたんだよ」


「そこの大宮異界ですよ」


「だって兄ちゃんは、5階層あたりを探索してるんだろう? 良くてアラネアの素材じゃないのか……よ?……」


そう言いかけて止まる店主は、春人の持ってきた素材を見てまたも目を見開いた。


「おいおい こりゃまた珍しいものを持ってきたな」


そう言いながら椅子に座りルーペを取り出して素材を見る。

そしてロープをほどき、一枚一枚丁寧に観察し金槌を取り出して軽く甲殻の裏を叩いたりなどをして何かを確かめている。


「確かに こいつは5階層に出現する魔物だが この前討伐されたばかりの魔物だぞ? しかもだ 一人でこれだけの素材を持って帰ってくるってことは 主クラスを倒したってことになる」


店主は春人をじーっと睨む。


「見るからに昼間買ったはずの防具も擦れたり 凹んだりしているところもあるし……兄ちゃん……悪いことは言わねぇ、無理な戦いはやめておけ、早死するぞ?」


その睨みに耐えかねて目を逸らし言い訳を述べる。


「あ、いや……そのですね。逃げようとはしたんですよ? そして逃げられなくって、もう戦うしか無いよな?ってなって……そして逃げられず戦闘になったから……仕方なかったのですよ」


やれやれと聞こえるかのような仕草をして頬杖をする店主。


「この大蜘蛛は『ランサラネア・レギーナ』つって直線移動は速いが曲がったりするのが苦手な魔物で逃げるのは結構簡単なんだ。それに危険度は デルタ、月に1度出てくるかどうかの魔物の主だ。比較的上層で出てくる主(ぬし)にしては強いからチームを組んでから戦うことが推奨されてるのは知ってるだろ?」


「あはは~、反省してます」


「一時の判断ミスで命を落とす探索員は、かなり多いからな! 気をつけるんだぞ? とりあえず量が多いし査定を始めるか」


注意を受け、リュックの中にあるアラネアと大蜘蛛の残りの素材を出した。


さてさて! と言うような仕草をしてから査定をしてもらった。


アラネアの甲殻が14枚11200円。


ランサラネア・レギーナ

頭胸部甲殻、1枚5000円が4枚:20000円 

腹甲殻、1枚3000円が8枚:24000円

足の甲殻、1本3500円が16本:56000円

(そのうち傷ありが4本、1本あたりの売値が1000円に下がり16本で46000円)

足の尖甲殻、1つ6000円が8本:48000円

長牙、1本8700円が2本:17400円

触肢、1本2000円が2本:4000円


合計金額:170600円


査定された金額を聞いて心拍数が上がり思わず前のめりになる。


探索員をやってきて日々数百円若しくは無収入のときもあった。


1日良くて1万稼げたら御の字、よくても5000円悪くて何もなしだった稼ぎが1日で20万円を超える金額に跳ね上がったのだ。


「おいおい そんな食い入るように見てもそれ以上 上がらないぜ?」


笑いながら店主が言う。


あははっと我に返り頭を掻く。


「兄ちゃんにとっては結構稼げた金額だと思うが無理は 禁物だからな? いつだって命ってもんは1つしかないんだ。大切にしろよ!」


店主が人差し指を向けながら言う。


「わかりましたよ」


結果的に無理をして済む話になってくれてはいるが、元はと言えば自分の注意が散漫になってしまったが故に起きてしまった戦いだ。


ミスからつながった事故のようなもの。


それにやつの動きをもっと注意深く観察していたら逃げるチャンスがあることに気づけたのだ。


相手がでかく、やたら早いから無理だと思い思考を停止させるのではなく常に考えることをやめてはいけないのだ。


査定されたお金を電子マネーにチャージするため財布を取り出す。


その時、お店に誰かが入って来る音が聞こえた。




春人メモ

 大蜘蛛、正式名称:ランサアラネア・レギーナ

体長は4~7mある大型のランサアラネアの一種と思われるが詳細は不明。

大宮異界に出現するアラネアの種とは異なり何故か単体の種でぽつんと大宮異界5階層に出現する魔物の主。

北海道札幌異界に出現するランサアラネアの上位種と見られるが札幌異界には出現しないため別の種類であるか若しくはアラネアの突然変異種なのでは無いかと考えられている。


またアラネアにはアラネア・クイーンとアラネア・マザーが存在するらしいが、それらはアラネアの卵を生む種類とは異なるようだ。


大宮異界5階層では数ヶ月に度々出現し、その階層における魔物の頂点の強さを定義とされる。

魔物の主である。


札幌異界には、出現しないが群馬県前橋異界の13階層にてアラネアのいる階層で発見されている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る