第14話 -探索員の1日-

「ういっすーおつかれ~」


 入ってきたのは背中に二振りの大きさの違う剣を腰に身に着けしっかりと手入れのされている金属製の鎧を着た1人の女性だった。


「おかえり!! 一応お客さんいるから静かになぁ」


俺は一応お客さん、という一応のくくりみたいだ。


「ごめんごめん! ついね。おや? 刀を扱ってる人なんて珍しいねぇ、常連さん?」


まだ4回くらいだけ来たことのある新米探索員ですよ。と口にするより速く店主が返す。


「常連予定の上客さんだぞぉ? 今日なんか珍しい魔物の品を2体分売り込みに来てくれたんだぜ」


その女性は、ベルトに付いているバッグを取り外してからカウンターへと寄りかかる。


「え 珍しいって言うと?」


「聞いて驚くなよ? あの暗殺毒蜘蛛と5階層の主だ」


「ふ~ん、それは珍しい!」


「しかも一人で倒してきたんだぜ?」


「一人?! 5階層の主なんか、この前倒されたばかりなのにもう出現したんだねぇ……それなら中層あたりの探索者かな? あまり見たこと無い顔だし他で活動してるの?」


「一応本拠地は 日之崎市ってところの新しく出てきた異界で探索してますよ」


「そこどこ?」

「そこどこ?」


店主と女性が示し合わせたかのように同時に言葉にした。

うちの住んでるところって……そんなに影の薄い市かな。


でもさすがに観光地でもないと同じ県に住んでたとしても知らないのだろうか……


「ここから1時間ちょっと車で行ったところにある市ですよ! わざと覚えてないふりしてません?」


「あんがい近いね……」

「あんがい近いな……」


またしても二人して先ほどと同じような反応をしながら首を傾げる。


「なんだかとても店主ととても息が合ってるように見えるのですが、あなたは一体……」


女性は一瞬嫌そうな表情を浮かべこちらの問いに対して答えた。


「う~ん……ええ?ってああ! ごめんごめん、突然だったもんね! 私は柳 純佳(りゅう すみか) 探索員歴3年の二刀流剣士! ここの店主は私のお父さんだよ」


3年も探索員を続けているとは、結構な先輩ではないか。

それに、あの店主に娘がいたとは……


店主に言ってしまうと悪い気がするが店主と比べるてしまうと……日々の仕事からくる疲労の老化によるせいかまったく似てない。


そう感じられないくらい彼女は健康的な体つきをしている。

なおかつ! 店主の毛量とは正反対のロングを束ねたヘアスタイル。


そして止めに店主より背が高い。

俺と同じくらいの身長だろうか。


「私は、白縫 春人(しらぬい はるひと)です。まだ駆け出しの探索員で見ての通り刀使いの剣士です。上客になれるかどうかはわからないですが精進します……」


「無理に通わなくてもいいからね! このおやじにぼったくられないよう注意するんだよ?」


「ぼったくるなんて人聞きが悪い! 俺は純真無垢な心でひたむきに利益を出そうとする清廉潔白な商売人さ!」


「……」


お互い真顔になり、なんとも言えない視線が店主へと突き刺さる。


「まぁ、こんな親父のお店だけど御贔屓にね」


「はい」


「っというより、まだ駆け出しなのに主と下階層の魔物と戦えるなんてすごいね! なにかスポーツでもやってたの?」


先程の店主の言葉借りるのならば純真無垢で清廉潔白な帰宅部だったためとくになにもしていない。


「いえ、とくになにかやってたわけじゃないのですが……とりあえず無我夢中だったというか、やるしかなかったと言うか……つまり流れです」


そう聞くと彼女は笑う。


「流れだとしても普通逃げるよ! でも、やっぱり刀を使う人ってどこか変な人が多いねぇ」


店主もまったくだと言わんばかりにうなずく。


「でもきっと強くなると思うよ」


まさかの変な人認定ではあるが3年も異界でしのぎを削っている探索員に強くなると言われるのは嬉しい。


「そうですかね……今日の戦いだけで結構ボロボロになりながらギリギリ勝てた様な感じでしたし……」


「最初は、みんなそんな感じだし主と下の階層の魔物も相手だったとしたら尚更だよ。私も探索員になりたてだった頃はひどかったなぁ」


店主がにやりと思い出したかのような表情を浮かべた。


「アラネアを解体するのに半べそ掻きながら頑張ってたもんな! 解体できないからうちにわざわざ持って帰ってきて俺が解体したのはいい思い出だったぜ!」


「いや、そんな事バラさなくてもいいでしょ!!」


店主の肩へと、カウンター越しにべし!べし!っとチョップを繰り出す純佳(すみか)。


「まあ、そのうちより深く潜るようになると多分……身についたあからさまな強さがわかるようになるから楽しみにしておくといいよ! どうせお父さんから探索員としての心がけみたいな臭い注意は聞いてるだろうし、今日前進したことを明日繋げられるようにね!」


異界は、より下層を目指す者であれば、その身体能力が飛躍的に伸びると言われている。

まだまだ上層を探索する身ではあるが個人差はあれど、その強くなった体を味わうというのは面白そうだ。


この助言でふと胸のつっかえたような感じが取れる。


「わかりました! なんか ありがとうございます……」


すると店主がうるうるし始める。


「普段ガサツなうちの娘が! こんな立派なこと言ってる……お父さんは、今!! 感動してるぜぇ」


「普段ガサツは余計じゃあ!!! 私だって下層を探索するベテランなんだからアドバイスぐらいできるわよ」


苦笑いし、時間もいい頃合いであるためそろそろ帰ろうと話を切り出そうとした時。


自分の身につけた脇差を見て買うべきものを思い出した。


「そうだ店主さん、解体用のナイフってどこにおいてます?」


「ああ、探索員用ハンティングナイフなら右横の奥の棚に陳列してあるぜ。おすすめは、FM社製って言いたいところではあるが安くて長持ちして刃こぼれしにくく、いろんな魔物の解体やサバイバルキットの切断なんかに適したもの。とりあえず1本はもっとけ!って一品の郷田社製AW-g0dAだな」


解体用ナイフのある棚のところへと誘導されたので行く。

店主は、純佳(すみか)に「ちょっとまっててね」と言い、こちらへと来てAW-g0dAを取り出す。


ナイフは、黒色をベースに塗装されていた。

ところどころ暗いところでも見えやすいようにグリップに緑の蛍光塗料が、テープ様に塗られ刀身も黒く塗られている。


そしてノコと刃は真っ白という代物だ。


柄には試用品のシールが貼られ刃は潰れている。


店主から試用品のナイフを受け取り、試しに握ってみる。


「お、握った感じは良いですね」


「だろ? 素材は異界産の硬化石って鉱石で作られててちょっとやそっとじゃ折れない頑丈なナイフだ。それにソードバックのノコもついててサバイバルナイフとしても申し分ない性能を発揮するぞ?」


結構良い代物を進められた気がする。

なかなか値の貼る商品ではないかと勘ぐり「ちなみにこれはおいくらですか?」と問う。


店主は答える。


「安いって言ったろ……兄ちゃん? ざっと税抜4万9800円だ!」


「5万じゃないですか!!」


まだ防具揃えるほうが安い。

確かに今日で泡銭のように収入が増えたが、この先も安定して稼げるわけではない。

つまり余裕はない!


「他に……無いですか?」


後ろにある他のナイフを見る。


すると店主が前に手を出し「ちょいとまちなぁボウヤ」そうかっこつけたような口調で静止させる。


「誰がボウヤだ!!」


後ろでこのやり取りを見てる純桂(すみか)が笑い出す。


「お~、兄ちゃんもだんだんノリがよくなってきたなぁ」


「それでは、帰りますね」


「ちょっと! ちょまてって! これには俺の懐より深いわけがあるんだよ!」


「その懐事態が浅い感じでしたらもう目も当てられませんよ?」


「まあまあ! 他にもナイフはあるんだが兄ちゃんも知っての通り地上産はもっと安く済む。だが いかんせん魔物の解体となると高頻度で折れたり、摩耗が激しいことのが多い。それに異界産のものでも安いやつは加工や使い勝手に難がある代物が多くて長く使うにはあまり良くないものもあるんだ」


「なるほど」


「つまりこの郷田社が去年の暮れに新商品として発売した、このナイフがお勧めってことよ! 今勧められる商品の中で1番低価格なんだぜ? 解体に使うもよし! サバイバルナイフとして扱うもよしの十徳ナイフの異界バージョンみたいなナイフだ」


つまり良心的にこの商品を勧めてくれたということか……しかし5万円は高いな。

長く使うという点で良いものは買っておいて損はないのだろうけれど。


「確かに……そう言われますと買っておいて損は無いですね」


「だろ?」


にやりと店主が不敵な笑みを浮かべる。


善意を疑るのはとても汚いことではある……だが、その笑みになにかしら裏があるのではないかとまたしても勘ぐってしまう。


すると「お父さんがそんな悪代官みたいな表情取るからお客さん、いつも困ってるんだって! もっと自然にしたほうがいいよ?」と横やりが入る。


「どこが悪代官だ! これは、天使や女神の微笑にも負けない営業スマイルだ! 営業スマイル! 笑顔は大事だろ?」


店主に微笑みかけた天使と女神は、さぞ苦笑いだったのだろう……営業スマイルにはとても見えないにやけ方だ。


自覚が無いだけなのか。


「白縫さん、今後普通のナイフじゃびくともしない素材とかあるよ。その都度、主要武器(プライマリーウェポン)を使うといざという時に傷んで、だめになるかもしれない。異界産のそのナイフだったら私もおすすめする」


純佳(すみか)というベテランのお墨付きを含めるとたしかに高額で売買できる素材を解体できませんでしたとか、戦ってる最中に武器がダメになりましたでは話にならない。


それに刀で解体したとして、解体によって刀が折れでもしたら泣きっ面に蜂だ。


そう考え決断し顔を上げる。

するとそこには、ナイス!と今にも言いそうなサムズアップした手を娘に向ける店主が目の前にいた。


言ってることは合理的なんだからもうちょっと自然に接客出来ないものなのかと思う。


半分自分の金欠が招いた決断力不足な気はするけど……


「それじゃ、そのAW-g0dAを買います!」


「まいど!!」


試用品のナイフを棚へと収め、カウンターの奥へと店主が行き郷田社製サバイバルナイフ、AW-g0dA、解体などにお困りのあなたへ! と書かれた箱を持ってきた。


「それじゃ、税込みで59760円になります!」


ああ、消費税20%の存在をすっかり忘れていた。

でも必要なものだし高いが良い買い物をしたかな。


……したと思いたい。


「電子マネーで払います」


「おうよ! ちなみに砥石1セットおまけで付けておいたぜ」

「付属にあるがまあ後々必要になるしな サービスだ!」


「お、ありがとうございます!」


刀と脇差を研ぐために買っといてはあるがストックが減っていたので、とてもありがたい。


結局のところ手入れが必要だと思って買いは、したが研がれてるのか砥石が溶けているのかわからないくらいに刀はいつも切れ味を落とさずピカピカだった。


そのためまったく使っていなかったのだが、これからナイフを多用していくとなると必要になるのは明白。


とてもありがたいサービスだ。


手渡された箱を手に取る。


「それじゃ帰りますね」


「おう また来いよ!」

「またねぇ」


それじゃっと軽く挨拶を済ませた春人は、ドアを空け店の中の暖かさとは一転して冷たい風が頬を撫でる1月の夜の中、一人歩く。


今どきの接客とは一風変わりまくったお店だけど、どことなくあの雰囲気が良い。


適当に商品を選んでレジへと持っていきマニュアル通りの対応をされて商品を買うというような経験しかしてこなかったため最初に来たときは面を食らったが、一種の行き慣れた古風な酒場へと通っているような気分だ。


駐車場へと到着し、刀と脇差などの装備品と荷物を助手席へと置いて車に乗り込む。


「ああ、今日は疲れた」


そんな言葉とともに車のエンジンを入れ駐車場を出る。


街灯に照らされた町の異界が出現した今の風景は、過去とはまた違う味わいのあるものだった。


探索員としての日常は、いつも命がけではあるが、とてもやりがいのある毎日を送れている。


最初は、向いてないのだろうかと考えたときもあったのだけれど、とりあえず前を向いてす3週間だけだが続けて来た今は、とても楽しい。


さて、明日は家の近くの異界へと行くとしようか。


-序章-

駆け出しの探索員 (完)





───春人が店から出た後。

「あの人、本当に一人で主たおしたの?」


「ああ、持ち込まれた素材は、ほぼ全ての部位が揃ってたよ」


「まだ駆け出しで間もないんでしょ? 5年前だったらいざしらず今の管理された社会でそんな成果上げる人まずみたことないよ」


「だな……」

「まあ、そのうちどうなるかは楽しみな人材ではあるがな!」


「そうだねぇ、でもこの調子ならあっという間に抜かれそうで怖いわ」


「ひょっとしたら魔物狩りの一人にでもなったりしてな?」


「あの人間をやめたような人達の集いは流石に厳しいとは思うけどなぁ」


「それはさておき今日の異界で取れた素材を見てよ」


純桂(すみか)は、店主へと小さなバッグから出てきたとは思えないほどの収納された素材を取り出し査定を依頼する。


そこへドアが開きお客が来る音がした。


「いらっしゃい!」

「いらっしゃいませ!」


探索員の格好をしたお客でいるはずの純桂(すみか)まで同時に応対してしまっていた。

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