第15話 -我が家の伝説-
大蜘蛛の素材を売り終わり、家まで運転する帰路。
外は、街灯の灯りが点々として真っ暗になった夜道をそれがあたりまえのように照らす。
家に到着し車庫へと車をとめた。
昔ながらの日本家屋の様な風貌をしているが中は、リホームにより現代の洋式が当たり前となった家とほぼ変わらない造りとなっている。
庭はそこそこ広く、離れたところの小さな丘に、これまた小さな神社があるのだ。
昔から神社と呼んでいたのだが、一般的によく見る神社とは風格も大きさもとてもこじんまりしており神社と呼ぶには違和感を覚えるような社。
両脇に狛犬とも狐、狸とも言い難い柴犬……の様な石像が鳥居越しに飾られており、神社の中には仏像があるのかと思いきや少し大きめの謎の柴犬の石像が飾られているというなんとも変わった神社となっている。
名前は白縫衣神社と呼ばれているようだ。
小さい頃は、冒険譚なんかを「こんなこと現実で起こるはずがない」と言いながら聞いていた夢のない子供であったが、今となっては本当にあったのではなかと思ってしまう。
奇妙奇怪へんちくりんで胡散臭さ漂う謎神社は、太古の昔に柴犬好きが柴犬を崇めるためだけに建てたのだろうなってずっと思っていた。
けれど母から小さい頃に、この神社の昔話を聞いたことがある。
寝る前に、たまに言い聞かせてくれた懐かしい話だ。
その昔話は、村に大雨や洪水などの災いをもたらした大鬼を、この神社の息子と飼っていた犬である白(しろ)と共に退治に行くという話。
大鬼との決戦で白(しろ)は、大鬼の攻撃から息子を庇い切られ倒れてしまう。
だが倒れた白(しろ)から光輝く犬が現れ、その犬が神社の息子の持つ刀へと憑依し人智を超えた力を発揮して大鬼を見事倒すというお話だった。
大鬼を退治したことにより村は、災害もなくなって平和となった。
その後、白(しろ)は、村を守ってくれた守神(まもりがみ)として祀(まつ)られた。
車から荷物を持って降りる。
「さて、ようやくついた!」
今日は疲れた。
とても1日が長いように感じる。
起きた出来事は2~3ヶ月の長い時間が流れていたのではないかと勘ぐるほどに一瞬一瞬が重い。
そんな日だった。
もう見慣れた風景と習慣化した行動の流れ、そして当たり前のように流れる時間の中でささやく。
「ただいま」
やはり慣れない。
今でも誰かがいると思ってしまうような、謎の感覚が寂しさを助長させる。
「さてと!」
手洗い、うがいと部屋着に着替える等々を済ませキッチンへ行く。
今日一日ろくに食事を済ませていないためとても腹ペコだ。
食材はある。
数年前だと醤油、味噌、出汁等々の調味料や米、野菜類、生鮮食品なんかは高くて手の出せない状況であった。
しかし石油高騰のオイルショックも多少落ち着いてきた……かどうかは置いといて今となっては、なんとか手の届く代物となり弁当箱を持参しないともらえない配給と炊き出し以外の食事の楽しみが戻りつつある。
食材は特に買ってきていないし以前冷凍して解凍した例のあれが冷蔵庫で待ち構えているのだ。
一人で使うには大きい冷蔵庫を開け、例のあれを取り出した。
取り出した例のあれは、腹部と頭胸部で切り分けられ蟹のような殻のついた足が8本用意されていた。
おわかりいただけただろうか。
アラネアである。
以前大宮異界へ向かった際にアラネアの解体を勉強するためリュックになんとか入りそうな余裕があるからまるまる一匹ファミリアマーケット店まで持ち帰ってきたのだ。
FMの親父いわくアラネアの味は「蟹と海老をミックスして水っぽくしたような感じの大味で柔らかくもぷりっとした食感が癖になる!」らしい……
魔物を食べるという行為。
通称魔物食は、危険な行為に他ならない。
ある者は、異界に住まう魔物の牛を食べたら即死した。
海洋異界に存在するうなぎ様の魔物を蒲焼きにして食べた結果……多臓器不全で死亡した。
などとたくさんの謎や危険がつきまとう。
一方では、食べたら信じられないくらいに美味しい花や謎の野菜、人の概念が通用しない主食にも使えそうな謎の穀類まで汎用性が高いもの栄養価の高いものがある。
異界は世界の食糧難を救うとまで言われてる程に資源豊かな場所として利用できないかどうかの試みはいまでも盛んに試されている。
それら試みをした結果、人類は、アラネアのようなスタンダードな魔物は食べられるかどうかまで研究が進み、見事この不気味で得体のしれないまずそうで気持ち悪く見た目だけで胸やけがしそうな大蜘蛛は、「大丈夫だ! 問題ない」という烙印を押せるにまで至った。
このように魔物の種類にもよるのだが調理次第では食べられなくもないものまで魔物食が幅広く存在している。
そんな、この食材は食べれるという確かな情報がある。
それにも関わらず食べることに対し一つ困っていることがある。
────断じて蜘蛛が気持ち悪い、昆虫食なんて鳥肌が立って耐えられないなどという理由などではない。
「どう調理したものか……」
以前、北海道旅行をした際にタラバガニを買って調理して食べた記憶がある。
「あれはうまかったなぁ……」
蟹独特の太い繊維をほくっと噛み締めた時に海の恵みを豊富に取り込んだだろうあふれた蟹汁、つけた蟹酢が頬をキュッとさせ、旨味に舌が喜ぶあの感覚は未だ忘れられない。
……違う違う! 今は、蟹の旨さを思い出してる場合じゃない。
アラネアをどう調理するかだ。
「アラネアは とりあえず茹でる! 蟹とかもそうだろ? とりあえず茹でて蟹酢でちゅるりよ!」
そういえば、そんなこと言ってたな。あの店主は……
ぐうっと鳴った腹の音。
迷わずとりあえず茹でるという方法を試すのに十分な腹ペコ具合だ。
「茹でよう……」
そっと漏れ出た言葉。
アラネアが入るサイズの大きな寸胴鍋を食器棚から取り出した。
この寸胴鍋はいつもパスタを茹でたりするために使っているのだが、まさかこういう使いみちができるとは思わなかった。
まさか、この寸胴鍋がこんなことに使われるなんて思ってもみなかった。
蟹を茹でる行為は、この寸胴鍋に大いなる意味を見出しているようにも思えてくる。
茹でるのは蜘蛛だが……
蜘蛛という響きの悪さからつい蟹であると錯覚したくなる。
そんな現象が発生しているためか脳内では、蟹を食べる勢いだ。
しかし、残念ながら目の前にあるのは、蟹のような甲殻に身を包んでいる生物でありながら毛が生えていて目が8つほどある蜘蛛。
やめよう、考えるだけ無粋な話だ。
海老の尻尾や甲殻を揚げて食べるのだって成分だけみたらゴキブリの甲殻を揚げてたべるのと大差ない。
決心はついた。
いざ、アラネアを鍋の中へ。
寸胴鍋に大量に入れた水。
しばらく火を通して水が踊り狂う中にバラバラに解体されたアラネアがタプタプと音を立てながら投入する。
そして蓋をしめる。
これで準備は整った。後は蟹酢を作って、蜘蛛……さぁ、蟹パを始めよう。
20分程経過し茹で上がったアラネアを引き上げた。
しばらく冷まし、食べやすいように足などの甲殻に切れ込みを入れていく作業をしていた。
明日は、ここの異界へ探索に行こうか。
確か5階層まで潜って行って切りの良いところまで進んでから帰ったんだったかな。
新しく買えた防具もあるし、前よりはスムーズに進むとは思うが、未開の異界は、何が起こるかはわからない。
大宮異界は、まだ開拓されている異界だから探索が早く出来てはいるものの、それでも先へは進むことが難しかった。
やはり、チームメンバーをしっかり揃えてから挑むのが良いのか、それともチームに入ってたほうが良いのか。
……まあ、焦って考えても仕方ない。今は、お金も稼げて生活がなんとかできてるからのんびり強くなっていくとしよう。
柳(りゅう)さんに強くなるって言ってもらえたし、だが一朝一夕で成し遂げられるほど甘くはない。
ならば自分なりに頑張ろうではないか。
そんな事を考えながらアラネアの下ごしらえも終わりを迎え、盛り付けをする。
冷蔵庫に残っていたレモンを切り分け、酢をベースに醤油、みりん、砂糖、鰹節から贅沢にとった出汁を混ぜ合わせてひと煮立ち。
そして出来上がった贅沢な蟹酢を用意する。
「いただきます!」
大きなアラネア一匹をまるごと使った食事だ。
それ以外の食品は一切ないシンプルな夕ご飯。
殻をむいたら出てきたプリプリのアラネアの足からいただくとしよう。
殻を手に持ち蟹酢をひたひたと適度につける。
アラネア本来の味を損なわないように蟹酢の風味のみをアラネアの足の身にまとわせてるように口へと頬張った。
みずみずしい、水っぽいと行ってしまえばそれまで。
けれど、生臭い、磯臭い、などという粗雑物の交わる匂いや後味が一切ない透き通ったような味わい。
なにもない。
プリプリとした弾力のある身の奥は、虚無に等しいほどに食物が本来あるべきはずの味が薄く洗練されてるようだ。
その薄い雑味のない味が蟹酢の味を増長させ一種の調和がとれている。
「うまい……!」
ただシンプルに言う。
うまいという言葉を一人で言っている現実を無視しても言葉にする。
そう、それは素直な感想だからだ。
シンプルに味が薄く物足りない味だからこそ蟹酢という強烈な酸味と旨味、甘味が食欲を刺激した。
────あっという間だった。
今日で食べたものはと言うと……干し肉や水だったからなのだろう。
アラネアを食べた時間は一瞬で過ぎ去って残ったのは言い得ぬ幸福感とアラネアの甲殻だった。
今日も生き残ったという幸福、食事ができるという幸福、お金を稼げるという幸福、どれも普通に誰にでも与えられてるような平等な感覚に等しい。
けれど、神様は理不尽にも、それら全てを平等に与えようとはしなかった。
幸福とは与えられていない者が初めて手にした時に強く感じる感覚なのだろう。
今日という日、一日があるという喜びをなんらかのインチキ宗教を盲信したかのような感覚で一言だけ、その口から自分が信じた言葉がこぼれる。
「ありがとう……ごちそうさま!」
そして後片付けを済ませるのであった。
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