第5話 -消えない優しさ-

 なぜだろう、血がついてしまって赤く染まっているのだろうか。握っていた刀が徐々に赤みを帯びていく。


けれど血が付いたものではない。

いつもは、心が熱くなった時に、勝ちたいと願った時に白い蛍火のようなものが出てきてたのと同じ感覚だ。


なんだか違う。


突然、目の当たりにした殺し……魔物が両親を奪ったものとは違う感情


憎い。


なぜ殺さなきゃいけなかったのか。


なぜあの人は殺されなきゃいけなかったのか。


心のどこかでほっとしている自分。


「斬られたのが紗雪じゃなくてよかった」なんて台詞が口に出るはずもなく、そんな言葉が心中をめぐった。


その汚い事実が、理不尽が……憎い。


「最期の言葉……」


「ああ」


「考えたこともなかったですけど、あるとするなら……」


赤く染まった刀を目の前の男に斬り上げた。


震える手は不思議と収まっている。

けれど心は、どこか悲しい。


「っぶねぇ、死んだような目しといていきなり殺気立つんだから、お兄ちゃんやっぱやべぇな」


刀から腕に熱い殺意がこみあげてくる。

ピリピリと伝わる殺意は、やがて目の前を赤く染めた。


「殺したくない」


「はは、言うねぇ。でも刀は血を求めてるみたいだぜ?」


恐る恐る刀を見る。

白かった刀身は、赤い何かがびりびりと帯びていた。


「────?!」


「優しいね」


「意味が……分からない」


「そんだけの荒れ狂うような殺気が零れまくりだってのに、あんた自身の心は変わってねぇんだからな」


「そうなのか……」


斬られた男の血が地を流れ出てる。


「まあ、悪く思うなよ?……」


外から入る車の光を合図に、斬り合いが始まった。


速い。

やはり、足さばきがまるで違う。


確実に息の根を止めるためにこちらへと容赦のない刃が襲う。


追いつくので精いっぱいだ。

威力も違う。


防ぎきったとおもった一撃は、腕が壊れそうな程の力がかりダメージが残る。


青い稲妻を帯びた刀と赤い稲妻を帯びた刀が縦横無尽に火花を散らしぶつかり合う。

そして、息を切らした時。


決着は着いた。


気が付いた時には倒れていて、目の前の男は刀を胸に突き立てようとしていた。


敗けたんだ。


「いい勝負だったぜ……」


悔しい。

ここで死んでしまうのかとあきらめかけた時。


「あ~あ、無理っぽいか」


そんな捨て台詞を吐いた瞬間、淡い桃色の刃が青い刃を押し勢いよく男を吹き飛ばした。


「はる!!」


響く紗雪の声。


そして桃色の刀身をまっすぐ構えた目の前に立つ優雅な着物を着こなす華奢な女性が一人。


「大丈夫?」


冷静で、冷静すぎるがゆえに冷たく感じる声。


「は……はい」


「うそ……心が乱れてる。けど、おかげで時間が稼げてるみたい」


無意識に涙が流れ赤い刀身がみるみる白く戻って行った。

瓦礫の煙が舞う中、吹き飛ばされた男が立ち上がる。


「はははぁ、まさかあんたが、ここにいるなんてなぁ……元気だったかい? 美千流(みちる)」


「会議の帰り。私もあなたが、ここでルーキーをいじめてるなんて思わなかった。岡田元隊長もお元気そうで……」


「いじめちゃいないさ。でも、そのお兄ちゃんなら俺を……」


その時、路地の暗闇より黒く闇を吸い込むように『開く』という文字が男の後ろに現れた。

不気味な音をたてながら、空間を切り裂くように中から頭陀袋を被った人が現れる。


「おい、仕事、終わったんなら帰るぞ。っげ、ヤバイのいる」


「何だよ、その袋」


「顔隠す物がなかったんだ。それに、この袋持ち悪い。速くしろ。つべこべ言わず帰る」


いきなり現れた頭陀袋の男は、青い刀の男と話す。


「逃がさない」


目の前に立っていた女性が瞬き一つで、やつらの間合いに入った時、黒い煙がすべてを覆った。


その瞬間に遠くにいたはずの青い刀を持った男ささやきかけられた。


「またな。期待しているぜ? お兄ちゃんよ……」


その言葉を残し、前にいた頭陀袋の男と岡田と呼ばれていた青い刀の男は姿を消していた。


「っち……」


舌打ちをして刀を収める。

現場は、外のあわただしい音と供に収束を迎えた。


後ろから飛びつき泣きじゃくる夜空。


「よかったぁあ! また生きててくれたぁあ!」


その言葉と供に正気にもどり背中にあたる物を感じて刀ではなく顔を赤くした。


「ああ、あ! ええっと、今回は入院しなくて……済みそうです」


「ですけど、ここの壁にひびが入るくらいに強く撃ちつけられたんじゃないんですか?! それに……ごめんなさい。私、また何もできなかったです……」


「そんなことないですよ。応援を呼んでくれたおかげで現に私は生きています……」


「うぅ……」


紗雪の背をさすりながら、斬られた男を見る着物の女性。


「間に合った……といより遅すぎたかも、ごめん」


「そうですけど! そうですが……」


やるせない。

遅すぎたわけでもない。

突発的に起きたこの事件で速く対処するのは不可能に近いと思う。


着物の女性の謝罪に言葉を失った。


「けど、目撃者の君たちがとりあえず無事で何より。この件は、未然に防げなかったこちらの落ち度……休みを楽しんでいたところ悪いね、紗雪ちゃん。後は任せて、もうすぐ他の子たちがくる」


「はいぃ……ありがとうございます。みちる隊長」


隊長……。隊長?

って、あの旭日隊二番隊の?


「美千流隊長ってあの二番隊の?!」


「そう……だけど……?」


ネットや掲示板、探索員のホームページなどで度々話題になる旭日隊隊長の人智を超えた強さ。総隊長と総副隊長をはじめとして10人いる日本を防衛する探索員の機関のトップ達のひとり。


まさか、そんな有名人を間近で見られる日が来るとは思わず困惑してしまう。


「そんなに、驚かなくても良いと思うけど……はる……でしたっけ?」


「は、はい!」


「かたい。緊張してる」


「え、いや! 隊長の方とお話ができるなんて思ってもみなくて────」


「先を走っただけで同じ人間、はるも同じ。私のこともみちるでいい」


へんな空気が流れる。とてもとっつきずらい人というか、なんだか変わった人だ。


「わ……わかりました。みちるさん」


「そう、緊張は体を鈍らせる。いざという時に出遅れる。はるは、素直でいい」


素直……、こんな風に言われたのは初めてだ。

なんとも言えない空気の中。後ろで、隊長との会話を聞いている紗雪。


「みちる隊長! なんだか、からかってません?」


「あの人と刀を交えて、ほぼ無傷な子だからね。面白かった。後で報告書読む」


「そうですよ!! あれだけ書いたんですからしっかり読んでください!」


「紗雪ちゃんまじめだから量多い……事務苦手」


「あはは、あれ?……あんまり書いてないですよ?」


「読むの苦手……だから話を聞くね」


いくつかの足音が聞こえ、それぞれが探索員として武装した格好をした人たちが来た。


「みちるさん! 遅れました。広場の大型の処理は完了しました」


「ありがとう。一人犠牲者いるから警察にも知らせて」


「!! 了解です」


そのあとに事情聴取を受け、殺害されたのは旧体制打倒派議員だったらしく現場で起こった状況の説明を小一時間させられた。

それに広場で起きていた騒ぎは、スクランブル交差点にて鎧竜と呼称されているアーマイズ・ドラゴンが突如として出現したが通りかかった2番隊隊長により討伐され死傷者0で事なきを得ていた。


騒動も終わり、車で紗雪を家まで送り届けた。


「送ってくれてありがとうございました! せっかく装備を買った日に変な事件に巻き込まれちゃいましたね……」


「そうですね。守れなかった……のは、とてもやるせないです……」


「あの人……元旭日隊二番隊隊長だった人みたいですし、はるさんは!……いえ、しょうがないなんて私からは言えないです」


「気を使わせてしまってすみません。装備選びありがとうございました! また探索に一緒する機会がありましたら────」


また一緒に探索する機会があったらよろしくと言いかけたところで紗雪。


「そのことなのですけど……明後日あたりはお暇ですか?」


「常に暇が存在してますね……」


変な言い回しだろうか。くすっと笑う紗雪が手で顔を仰いだ。


「存在ってなんです? そういえば前にもずっと暇とか言ってましたね」


「明後日に何かするのですか?」


「いえ、はるさんの近所の異界の調査も一旦打ち切りですし、大宮異界に私も行ってみたいなと思いましてどうですか?」


チーム活動続行は、願ってもない話だ。

それに、一人で探索するのは危険であったとしてもあの近所の大木の異界か大宮異界にしかまだ入ったことがないため、そのどちらかで探索をする予定でいた。


ここ数日でいろんなことを学んだため王道の異界で再び腕試しというのも悪くない。


「いいですね! 私もちょうど大宮異界で探索をしようと考えてましたので行きましょう!」


「ありがとうございます!」


「いやいや、私こそ」


感謝するのはむしろこっちの方だ。また、一人でもぐるよりかは幾分か安全に行けることを思い知ったし……でも、今なら募集書ければ集まるだろうか……


「ということで詳しい時間は、あとでiFunで連絡しますね! 明日は、1回隊長のところへいかなくちゃいけなくなっちゃったので明後日です!」


「わかりました。それでは、また連絡をまってますね」


軽く挨拶を済ませ、紗雪のおかげで一人で探索しない嬉しさをかみしめ月明かりと街灯が照らす家までの帰路に就いた。




春人メモ

 旭日隊は総隊長の月嶋 勇史 (つきしま ゆうし)と総副隊長の斎藤 紳司 (さいとう しんじ)をはじめとして1番隊から10番隊、そのほか調査隊、開発班で構成される国営機関で探索員として力を持つ者、技術を持つ者が一連の審査を経て入隊することができる。


現在は、警察、自衛隊と並んで探索によって得た力を元に探索員や違法異界探索者による犯罪、地上に現れた魔物の対処、国防などの任務を全うする機関になっているが募集が難しく実力者による有志で運営されているのが現状となっている。

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