第4話 -心が染まる-

 仕立て直しと装備の調整も終わり、荷物を置くため一旦駐車場へときた。ファミリアマーケットでのショッピングを堪能して外は、すっかり暗い。


「はるさんが高い防具見るたびに目の色が変わるの面白いですね」


「あのただの古そうで破れたコートが160万とかコーティングを施されたがどうのこうの書いてあったトンファーも100万越えなんてしんじられないですよ!」


「でも普通じゃあんな高い商品見るのだってそうないですからね」


「あんなの置いて盗まれたりとかしないんですか?」


「そこですよ。確かに犯罪があったにはあったりしたのですが店員が皆探索員上がりですし友ちゃんは、私の元チームメンバーですからね!」


「ええ?! そうだったんですね」


「採寸するとき、いろいろお話とかしなかったのですか?」


「ああ、もうそれはいろいろと……」


「え、どんな話をしたのですか? そういえば驚いたような声が外まで聞こえてきてましたけど……教えてください」


言えない。

お金に目がくらんだひよこが装備に目を光らせるニワトリに手渡された同情クーポンを恥も外聞もなく掴んだかっこ悪い話はしたくない。


「あの……なんで話さないんですか? すっごい気になるんですけど?!」


「20代後半の若気の至りというやつです」


「いやいや! なんですかそれ?」


その時、凍りつくような爆音が鳴り響く。


「え?」


「なんですかね」


尋常じゃない音に嫌な予感がする。


音のした方向は渋谷異界のあるスクランブル交差点の方向だ。

車においてあった刀を手に取り、音のした方向へと急いだ。


駐車場をでて、路地を曲がりスクランブル交差点へと向かう道中、一人の中年男性とぶつかった。


「うわ、す、すみませ────」


「お、おまえ!! 刀なんてもって……さては奴の、奴らの味方なのか?! いやだ、俺はまだ死にたくない。頼む見逃してくれ! 俺は何も知らないんだ」


尋常じゃないおびえようだ。頭皮の見える薄い髪越しからでもわかるほどの汗をながし、すがるように春人の両腕を掴む。


「お、おちついてください! 顔をあげて、一体何が起きたのか説明してください」


紗雪が中年男性の背中をさすり震えていた腕が次第に落ち着きを見せる。


「あ、あなたは?」


「私は旭日隊二番隊隊員、夜空 紗雪です。どうしてあなたはそんなにおびえているのですか? 差し支えなければお話をお聞きします」


「旭日隊?! よ、よし!! 私を守れ! 速くしろ!!」


「え? っちょ」


紗雪と春人の腕を引っ張り歩き出す男。


「この先に俺の雇った護衛がいるはずだ。そこまで俺を────」


その時だった。

目の前にふらっと重そうな刀を持つマスクをした男が現れた。


「いけないなぁ、人を巻き込んじゃ……散々人を盾にして今度はその子たちも道ずれですかい?」


「っい!! いつのまにいい?!」


黒いフード付きのコート姿。しかし、その下はしっかりと防具で固められているのがわかる。


聞いたことのある声だ。

だが、どこで聞いたの声なのか思い出せない。


目の前に現れたローブの男は、鞘から煙がでる射出音と供に刀を抜く。

青白い不気味な光をまとう刀が暗がりの路地をうっすらと彩る。


「お前たち!!! 俺を、俺をおお!! おれをまもれえええ!!!」


滴る汗の量は、冬の寒さには似合わず春人の背後でおびえる中年の男。


「言われなくても……」


「へぇ、見たところ見ず知らずのおっさんを凶器を持つおじさんから守ろうだなんて勇気あるねぇ」


「やっぱりあなた、さっきお会いしませんでしたか?」


「ん? お兄ちゃん、さっきもなにも俺とあんたは、今初めて出会ったんだぜ? なにを言っているんだ────」


「いいえ、さっき会いましたね……そのお兄ちゃんって呼び方、私はそれほど若くないですよ?」


「ん? っふ、はっはっはっは!! 俺としたことが、これだから話なんて厳禁だったんだ。悪いがお兄ちゃん、これも仕事なんでね。悪く思わないでくれよ?」


「悪いのは────」


言葉を失った。

目の前に放たれたすさまじい恐怖、目を見れない。


怖い。


あの目は、まるで何人も人を殺してきたような強者の目だ。


この感覚は一体何なんだ。

動けば殺される。


確実に……


恐怖は迫る。


ゆっくりと一歩ずつ、舌なめずりをする獣がいかに生易しいか。

こちらへと歩いてくる。


動け。動け。動け!!

足よ、腕よ。


心の中で叫ぶ。こんなところで死んでたまるかと。


後ろで崩れる音がする。


中年男性がその場に座り、その拍子に紗雪が後ろへと転ぶ。


今武器を持っているのは自分だけだ。

つまり、二人を守れるのは……自分だけだ。


行け!


行くんだ!


ただ斬られるがままに絶望で人生の幕を閉じるくらいなら────


覚悟を決めろ。


その時、刀の振るえが止んだ。


走り出す剣閃、互いの刀が交差し合う。


「へぇ、お兄ちゃん……俺の殺気に耐えられるとは大した玉じゃねぇか。とても興味がわくねぇ」


鍔迫り合いのなか男はつぶやく。


「どうして、こんなこと────」


「言っただろう? 仕事だって……お兄ちゃんこそ、この俺と何のために戦ってるんだ?」


「なんの?……」


「ああ、そうだ」


鍔ぜり合いを解きお互いの力で押して両者間合いの外へと出た。


「『殺しはいけない!』なんて法の下での大義名分を掲げてか? 己の正義のためか? くだらない後ろの男に助かってほしいって優しさか? それとも男を殺した後に、その女が殺されるのを懸念してか?」


「殺しなんて────」


「『殺しなんて! いけないことだ!!』 っか……植え付けられたような固定観念で誰かが言ったような言葉を口にして、知ったような正義に酔っているのなら今すぐ剣を引くことだ」


「そんなことはない!!」


「あるだろう?! 現にお前の刀に戦意がまったくもって感じられない。殺しが行われようとしてる中で人を傷つけるのは嫌だ。人と戦いたくない。そんな心でいっぱいだ。人を斬るのは初めてかな?坊や」


「なんで……」


「なんでもなにも────」


目で追えない踏み込み、一瞬で詰められた間合い、間に合わないと思った一閃を紙一重で受け止める。


「これが仕事だからさ。異界でもこっちでも変わらない。奪うか、奪われるか」


残酷な世界だ。


そうだ、あの時、泉尾と模擬戦をした時に命の奪い合いというのはなかった。


けれど何か違和感があった。


地上の魔物は一掃されつつあり、平和になっていきつつあると信じた世の中で、どこか無縁だと考えていた人と人との命のやりとり。


誰もが守る法を絶対と信じ疑わなかった。


だが、それはお互いが法を守る。

話し合いが通じるという限定的な条件で不安定な口約束のようなもので……いつ破られてもおかしくないものだったんだ。


簡単なんだ、人を殺すことなんて。


目の前の男が自分に刃を向けているように。


すさまじい速度の刃が自身の刀を撫でる。

だが、殺すという言葉だけで、どこか殺しきれないでいるように感じた。


「へぇ、この速度にもついてこれるとは、本当に面白い。技物を前に斬れない刀も興味深いねぇ」


「さっきの答え」


「ん?」


「私は……俺は、守りたいから! 守れなかった俺自身が憎いから……今度は失敗しないために戦っている」


「へぇ……」


「だから、絶対にここは通さない。ここまで打ち合えたのも奇跡に近い程にあなたとの実力差がありすぎる。だけど、ここで折れたら俺は何のために立ち上がってきたのかわからなくなる」


「いい言葉だ。お兄ちゃん自身の……」


大きく息を吸い、溜まっていた何かを吐き出すように叫んだ。


「紗雪さん!! 助けを! だれか助けを呼んできてください!!」


「は、はる……わかりました!!」


「っち、あの女今ので正気に────」


「前に出ようなんてそうはさせない。俺の速さは、気が狂うほどの痛さでもって鍛えられてるからな」


刀を抑え、男が後ろへと行くのを防ぐ。

紗雪が駆け出して路地を曲がるのを見届けて蹴りを入れて間合いから離れる。


「はぁ、慢心って厄介だなぁ……」


その時、奴の刀が青白い稲妻を帯び始めた。


「俺をここまでにさせるやつはセンスが良い」


一瞬で詰められる踏み込み。そこから繰り出された斬撃は先ほどの物とは比べ物にならないほどの威力と速度を持っていた。


「しまった────」


防ぎ切ったにもかかわらず壁に叩きつけられ、倒れ込む。


そして中年男性の元へと男が刃を構えた。


「や、やめろ! 金か? 仕事と言っていたな?! 金ならいくらでも払う! だから命だけは────」


必死の抵抗もむなしく胸倉をつかまれた中年男性。


「だから暗殺なんてされんだよあんた」


「やめろぉおお!!!」


叫んだ言葉は、届かず男の刀は、噴き出る血でぬれた。


「こ、殺し……た」


流れ出る血。

異界ではない、地上で流れた血。


平和と身近に感じた世界の、誰もが平和でありたいと願った世界の脆さ。


敵は魔物だと思っていた。


人を守りたいと思った刀が赤く染まりだした。


「仕事は終わったが……正体はばれちゃいけないって言われてんでねぇ。心が痛いけどお兄ちゃんも死んでくれ」


「俺も殺すんですね」


「ああ……大事な家族のためだ」


「ははっ」


「最後に言い残すことってあるかい?」


言い残すこと……か。

考えたこともない言葉。漫画やアニメだけだと思っていた台詞。時代劇で見たような最期の一言。


考えていなかった。


目の前の男は、壁に打ち付けられへたり込んだ俺にゆっくりと青い稲妻がピリピリとまとった刀を振り上げた。

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