第3話 -純性スキル-

────ファミリアマーケット渋谷店3階。


 お店の制服に友田(ともだ)と書かれたネームプレート、眼鏡とショートヘアの似合う店員が紗雪とやってきた。


「はじめまして、ファミリアマーケット渋谷支店の友田 佐代(ともだ さよ)といいます! 今日の装備選びの件についてはゆきちゃんから聞いていますよ」


「はじめまして、最近紗雪さんと探索を同行してる白縫 春人です。今日は、装備選びのアドバイスよろしくおねがいします!」


挨拶をすませた後に、今の自分がどの程度の階層を攻略しているか、どんな魔物を倒しているか、どんな環境の異界を攻略しているか、どんな武器を使っているかを聞かれ、今まで戦ってきた魔物や探索した異界についてと扱っている武器は刀であることを伝えた。


「そうですねぇ……スケイル・ハウンドを相手にする初心者さんならよくいますけど、スケイル・ウルフやデーモン・ハウンド、オーガをこの短期の間に相手にした初級の探索員は、私の知る限りあなたくらいですね」


「なんと……」


すると横で紗雪。


「ね! スケイル・ウルフもずばっと倒してたんだよ」


「はぁ、まずは格上の魔物を見つけたら逃げるのを優先にするべきだけど……ゆきの言う通りな感じの人っぽいね」


「でしょ?」


何やら二人の間で会話が進んでいるようだが詳細がつかめない。


「とりあえず、カウンターの方へ移動しましょう。装備のカタログとかもありますし、見て選んでください」


案内された先では、10層以降の中級探索員にお勧めの装備10選とかかれたパンフレットや武器の使い方、魔物の解体方法などが掲載された雑誌を横目に「おかけになってください」といわれ椅子に座る紗雪と春人。


カタログを手渡され、おすすめの装備一覧と刀を扱う探索員によく使用されているものを見せてもらい今後の探索を含め装備をチョイスしてもらった。


「はい! こちらが今回お選びいただいた装備になります!」


紗雪と友田との会話も合わせてそれなりの時間がかかった装備選び。

カタログをもとに集めてもらった装備は、異界石(いかいせき)と呼ばれるものでできたものだ。


多くの異界の15層より先から採掘されやすい謎の鉱石で、加工がしやすい割りに鉄と同等の

強度を持つ。


異界石を利用して作られた胴当て、腿当て、脛当て、左手甲、右手甲と靴の標準的な装備を試着した。


友田とともに奥の試着室へと移動して新しい装備を鏡越しに確認する。


「なんか……紗雪さんみたいに本格的な探索員になった気分です!」


試着室を出て紗雪にも装備を確認してもらった。


「よく似あってますよ! やっぱり甲殻や繊維質な装備より鉱石で作られた装備だったりした方が良いですね。欠点としては甲殻装備より重いところですが……」


タブレットを取り出して春人が使用していた装備を検索する友田。


「重さは、探索して行くうちに身体能力も上がるので慣れるまでの我慢ですね。今お選びいただいてる装備は現状、価格的にもおすすめできるものになっております。今ですと鎧の下に身に着けるインナーとボトムがセットでついてきますのでお手頃価格ですよ?」


「なるほど……」


「他にもおすすめできるものはございますが、いかがいたしますか?」


他にもおすすめできるものがあるというが、胴当ては浮くことなくぴったりと装備でき、腕も抜刀する際の邪魔な感じはなく。身軽に動くことができる。

なにより腿当て、脛当てが鉱石でつくられた鎧であるのにもかかわらず動きやすく、靴に至っては運動靴のような軽やかさを感じさせるような一品。


加えて二人の探索員により抜擢された装備。


二人がなぜか夢中になって決めてくれたが、購入者本人が何も言わないというのは、これでいいのだろうか。


けれど俺のような初心者がどうのこうの言って選ぶより、こっちの方いい気はする。


見た目もシンプルで写真で見た異界石の薄い黒色がそのまま色として反映されており、申し分ない。


「いいと思います!」


「一発目で承諾いただけるとは販売員冥利に尽きます! さて、お値段なんですけど────」


さあ、ここが勝負だ。

研ぎ澄まされた感覚は、周囲の理(ことわり)を超え走馬灯を見るかのごとき遅さで心臓の鼓動がゆっくりと脈打つのを全身で感じる。


値段……それが重要だ。


「────異界石の胴当Slim size\67.500、異界石の左腕当、左手甲と右手甲のセット\45.000、異界石の腿当\59.000、異界石の脛当\47.000、異界石ブーツ\46.000、異界石の額当\9000おまけでボトムとインナーを1着ずつお付けして9点で税込みで328.200円になります!」


税込み滅ぶべし!

消費税20%のおかげで5万くらい上がっているような気もするが……やはり高い。


以前購入した甲殻装備が8万くらいだったろうか、それで今回はこのお値段。


生唾を飲み込み。

自身の唾液だけでお腹いっぱいになりそうな錯覚を起こす。しかし、命をお金で買うと考えれば32万という数字は安いだろう。


いや、安いんだろう。


どっちみち貯金を切り崩さなければ届かないお金だ。


迷いどこか振り切れないでいる心に、ここで入る紗雪の一言。


「今、この装備なら応援キャンペーンでボトムとインナーもついてますし、期間が終わったら新しく買わないとですのでお買い得ですね」


迷う。

とてつもなく迷う。


装備は、良い。

素人には、わからないことを選んでいる最中にいろいろと説明してくれた友田だったが、内容が右から左へと流しそうめんのように流れていく。


そんな人間に懇切丁寧に教えてくれた友田さんには感謝しなくちゃいけない。


そうか、結局支払った8万円の装備もすぐにダメにしてしまったんだったら、ここで多少値が張るのだとしても紗雪のように長く使える装備を買うべきだろう。


思いきれ、ここで買って損はない。

むしろ得なんだ。


勇気よ。

魔物と戦うことと探索でしか発揮されない果敢な精神よ。


いま、ここで前へ出なくて何とする。


「買います!!」


そう、この一言だけでいいのだ……言えた。


「お買い上げありがとうございます! それでは、寸法と密着具合の最終チェックと調整を行いますので奥へどうぞ!」


こうして自分のなかで起きた小さな購買戦争の幕を閉じる。


お金がないという現実に縛られた自身の醜さを痛感しながら腕の長さや足の長さ、ウェスト周りを測られていき鎧についている固定用ベルトと金具の調節に入った。


試着した結果、鼠色というには黒く、黒というには物足りない色味であるがシンプルなかっこよさがあり気にいるには申し分のない鎧を身にまとう。


大きな鏡の前で屈伸をしたりジャンプしたり、走るふりをして動きにくさがないかチェックする。

ベルトにはいつもの刀を収めるフォルスターと新しく脇差を収めるフォルスターを追加した。


オプションでもう一つ追加できる余力があるため、持っている刀も一つだけであるがとりあえずつけておくだけで放置することにした。


意外とスマートに着こなすことができた。

これなら西洋風の鎧の作りではあるけれど充分に上から羽織れそうだ。


持っていた紙袋から黒に赤黒いだんだら模様と背には赤黒い三日月の羽織を持ち出す。


「その羽織ってなんです?」


「ああ、異界で拾ったのですけどどうしまし────」


すると、友田は目の前で起きている事象が信じられないとでもいうかのような表情を浮かべた。


「ええぇぇぇ!!!」


驚いた声は思いのほか反響する。


びっくりした春人は、その場で目を点にしながら友田を見た。


「す、すみません。まさか紙袋の中から純異界産の装備品がでるなんて思っていなかったので!!」


「はい……?」


「ち、ちなみになんですけど……純異界産ってことは、つまり……その……」


なかなか言葉にできないでいるが、興奮を抑えきれない中、その衝動を強く抑え込んでいる様子がはっきりとわかった。


「純性スキルといいますか、それってもしかしてさっき身に着けた瞬間から音が出ないっていう効果ですか?!」


「ええっと、スキル……かどうかはわかりませんが、多分そうです。この羽織を着ると自分の声以外の音が聞こえなくなりますね」


足音を思いっきり立てるように地面を蹴って天井までジャンプする。


しかし、あるのは衝撃と風、音の類は一切発生せず静かに着地した。


「それを売りに出すという選択肢は……?」


「今のところありませんが、どうかしましたか?」


「どうもこうもないです! 純異界産の装備を持ち帰る探索員の方はとても限られているんですよ?! それを紗雪と揃いも揃ってあなたまで気軽に持ち出して! 純異界産の希少性を侮って……紗雪に至っては警戒心のかけらもなく『異界でレイピア拾ったピース!』とか写真と笑顔の入ったやつ送ってくるんだからもう!!」


「いや、ちょ────」


「そのあと! 『これいくらで売れるかな? 5万とかでいけそう?』ですよ!! 無知は怖いってこのことだなぁとつっくづく思いました!! 5万? 軽く超えますよ! 上層っていう難易度低めの階層ですからね。それでも一本30万くらいはくだらないんじゃないんですかねあれ」


「30万?!」


「うわ、大きな声出さないでください」


「あ、えっと……すみません。って! それ、友田さんに言われたくないですよ!」


「あはは、これは失礼しました。ちょっと見るに堪えない天然記念物な友達に少し嫉妬してしまいました。これで同じ探索歴っていうんですから笑っちゃいますよね」


「とりあえず友田さんの装備への熱意は伝わりましたのでヒートダウンしてください……それよりもその30万円という件について詳しく!!」


「いや、あなたもヒートダウンした方がいいと思いますけど……そんなにお金が好きなのですか?」


「好きではないですけど、お金ないですからね……切実なだけです」


「あら……買う商品は、探索員3級レベルの装備ですけど……そういえばまだ、駆け出しですもんね。クーポン使います?」


「いやいや、そんな申し訳な……ありがたく頂戴します」


「ちゃっかりしてますね」


クーポン券を握りしめ、これで少しは安くなるという思いでいっぱいの胸を張り、買うと決めたからには念入りに動きにくくないかどうか再度チェックした。


装備の採寸も終わり最後の調整に入った。

代金をカードで支払い装備の最終調整が終わるまで、ファミリアマーケット店内を見回った。




 あまり人が多いと酔っていけねぇや。

気が進まない足を寄り道で紛らわしながら歩き、大型FM店を出て横切り、人の出入りが少ない喫茶店へと入った。


「おお! 来た来た! こっちだよこっち!!」


喫茶店で騒いでる奴は斬って捨ておきたいところだが、ちょうど刀がない。

けれどあのうるさいのがいるおかげで迷わずに済むというのは便利なものだ。


店の隅に座る少女とも少年とも思えるような顔の整ったやつのところへと向かい、アンティーク調の椅子に腰かけた。


店の制服? メイド服のようなきっちりとした制服を着た若い娘が来る。


「こちらメニューとお冷になります」


「ああ、俺はこの……エスプレッソで」


「かしこまりました。ご注文は以上で、よろしいでしょうか?」


「ああ」


「それでは、ただいまご用意いたしますので少々お待ちください」


店員が奥へと去るのを見届け正面にいる奴をにらんだ。


「ひどいなぁ。会って早々殺気を飛ばしてくるなんて、あんまりですよ岡田さん?」


「今日は非番だったんだ。それに娘との団欒を邪魔されたからねぇ」


「そりゃ失敬!」


「……っで話ってなんだよ」


「まあまあ、そう焦らないでくださいよ。せっかちなお父さんは将来娘さんに嫌われちゃいますよ?」


にこにこと俺を見てるがこのうすら寒い笑い方をするような態度、相変わらず気に入らない。

何人、何十人って人を殺しといてよく、そんな笑みを浮かべられるな。


「今日は、これからすぐに殺ろうっていうんじゃないんですから気楽に行きましょうよ。決行は夜、午の刻ってな具合ですかね~」


夜、午の刻って19時か……


「どっちみち遅くなるんじゃねぇかよ」


「いやいや、睨まないでくださいよ! 一児のパパはこれだから、怖くていけないなぁ。こっちだって下調べはネット検索なしで頑張ったんですからね! それに早くやればすぐ終わりますから」


「ああ、わかったよ。それにネット検索でそんなの出てこねぇし。っで、今度は……」


ゆっくりとした足音が聞こえる。


「おまたせしました! エスプレッソになります」


「ありがとうよ」


「ごゆっくりどうぞ~」


店員が去るのを横目に確認する。


「標的はなんだ」


「この写真のこいつだ」


目の前の男が差し出す写真。

車から出てきている男は黒いスーツ姿で白髪気味の中年男性だった。


「場所はここ、渋谷スクランブル交差点」


「おいおい、んなことしたらさすがに見回ってる旭日隊の連中やら警察やらに囲まれてお陀仏って筋書が妥当じゃねぇのかい?」


「そこで岡田さんの出番ってなわけです!」


「っち……それで呼んだのかよ」


「岡田さんなら一瞬でしょう? 囲まれたあの時だって余裕でやってたじゃないですかぁ。それに今回は保険で例の新型導入してますんで安心してください」


前というと3年前の旭日隊総隊長、月嶋 勇史 (つきしま ゆうし)暗殺計画。

当時若干未成年の人間一人を殺すのに組織総出で動いたにもかかわらず返り討ち。双方に多数の死者を出して終了。


こりゃ目的のために動いてた連中も浮かばれないもんだ。


「捨て駒になる気はないぞ?」


「捨て駒だなんて嫌だなぁ。岡田さんなら絶対にやれるって……ね? だがら……住所、移してもだめですよ?」


雰囲気を変えたひと言。

一瞬で吸い込まれそうになる殺気は、組織の一翼を担う人間であることの証明のつもりか。


本名かどうかもわからない名前……水上 竜馬(みかみ たつま)。


初めて会って俺を半殺しにした時に奴は、そう言った。


「安心しろ、家のイメチェンだ。その証拠にあんたのところの家政婦が、いらないのにまたのこのこやって来たからな。娘の手前丁寧に迎えたさ。だがな、幼い子の前で暗器を隠し持ってるのは、いけねぇよな?」


「武器の持ち込みは改めて検討しますが、おわかりいただいてるなら大丈夫です!……まあ、今回呼び出した件については、実際のところ内の案件じゃないんですけどね」


「は?」


先に注文していた冷めたコーヒーを啜りながら考えにふける目の前の男。


「いやなに、カラスとニワトリがうるさいからやるまでです。報酬は、しっかりとありますので安心してください」


今回のお代とメモを机に置き、立ち上がる水上。


「それじゃ、夕方まで……まだ時間がありますし、ごゆっくり」


メモを手に取り開いて内容を確認する。


「めんどうだな……」


そうつぶやくことしかできない自分に腹を立てながらエスプレッソを飲み干し、メモを焼いた。

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