第2話 -大型ファミリアマーケット渋谷店-

 今日もハチ公が寒空の下で多くの人が行き交う道路を見つめる2月。以前と違うところといえば見つめる先が道路とビル群から異界の入り口になってしまったというところだろう。


そして今日は、大型ファミリアマーケットで紗雪とお買い物だ。

近所の大木の異界もとうとう10階層に到達したため11階層からは、中層にあたる階層へと突入する。


そこからは雰囲気も変わるようで、難易度も今までとは一変するらしい。

今は中断となった大木の異界への探索。


いつでも再挑戦できるようにとボロボロになった装備を新調することとなった。


それに、紗雪から「はるさんは、なんでずっとランニングシューズだったのですか?」と入院中に言われ、「これしかなかった」なんて答えられず、「う、動きやすかったからですよ」と答えた。


異界の環境でランニングシューズは痛みやすく、足にかかる負担と魔物からの攻撃を守るという目的で今日は靴もそろえるのが目標だ。


前回の装備購入にかかった金額は、当日の探索でプラスマイナス0、それ以降の探索の成果を売りに出し手元に残った金額は10万円とちょっと……


貯金から切り崩せばもうちょっと出せなくはない。


だが、その場合は明日は我が身となる生活を余儀なくされるだろう。


今までよくランニングシューズでこれたものだと半ば苦笑してしまいそうにはなる。

思えばこの靴にはとてもお世話になった。


使っていたランニングシューズは、Kusano(クサノ)のスポーツ製品だ。

やっぱり一味違う。


安い、うまい、早いの三拍子そろった靴であったと言っても過言ではない!


しばらくして、黒い長髪をなびかせて歩く女性が見えた。


「はるさん、こんにちは! 待ちました?」


「いや、ちょうど今来たところです」


これはテンプレートすぎるセリフだろうか、たくさんの装備が見れるということもあり楽しみすぎて早く来てしまったため異界前でいろんな人の装備をチェックしていたところだった、というのは秘密にしておこう。


そして、オフの日ということで私服姿の紗雪を見るのは二度目ということになる。


異界へと向かうときは、大きなクレイモアを腰に下げて黒いコートの下に鎧とナイフを装備している凄腕の探索員という感じだ。


だが、今日はキャラメル色のコートを羽織り、おしゃれなバッグとグレーのタートルネックセーターに紺色のロングスカートという私服感たっぷりのコーディネート。


若干、住む世界が違うような感じで気後れしてしまいそうになる。


けれど、このように世間一般的な普通の格好をしてしまえば異界で紗雪がクレイモアをぶんぶん振り回しながら魔物をばっさばっさと切り倒す姿など想像できまい。


「どうしました?」


「ああ、いやごめんちょっと考え事をしてました」


「そんなに私の私服姿が意外ですか? 何か感想を言ってもいいのですよ!」


なぜだか、ニヤっと普通の笑みとは違う表情を浮かべる紗雪。


「とても似合ってますよ。普段そんな姿を見ないからちょっと面を食らっているところではありますね」


対して自分の格好は、ショルダーバックに適当な黒いパーカーの下にセーターとチノパンだ。

適当と読んで、その場に適する格好かどうかはびみょうなところだろう。


手元には整備してもらおうと思っている装備や刀、そして例の羽織の入った紙袋だ。


「ありがとう! たしかにそうですよね。異界探索でしか会ってませんしプライベートで会うなんてありませんでしたから私もなんだか新鮮な気分です。それでは早速ファミリアマーケットへ行きましょう!!」


渋谷駅から歩いてすぐのところにあるビルにファミリアマーケットが存在する。


異界出現後、人通りが極端に少なくなったとされる後でも多くの人が行き交う町。

今もその姿は変わらず以前より活気づいているようにも見える。


皮肉にも異界というのは、特殊な素材と未知の自然現象などで、それなりの経済効果を生み出した。だからこそ今もこうして多くの探索員と一般の人たちが行き来しているのだろう。


「さて、ここが大型ファミリアマーケット渋谷店です!」


大きな自動ドアをくぐり、いたるところに異界探索のグッズが陳列されている。

通路には、探索員と思わしき人達が装備を見たり試供品コーナーで武器の試し切り、防具の試着なんかをしたり、バッグや携帯食料を見ている。


「大宮のところとは大違いですね……」


「あそこは店長一人と店員さん一人で回してる小規模なところですからね……比べてしまうのは酷ですよ」


紗雪は、笑いながら「最初にどこを見てみます?」

と先導してくれる。


あまり比べるつもりはなかったが比較対象が自分の中ではあの店しかなかったのでどうしても比較してしまう。


すみません、「つるつるの店長さん!」と心の中で呟いた。


「まずは、気になっていたどんな武器があるか見てみたいです!」


「そうしましたら2階へ行きましょう!」


2階? 武器なら目の前に奥の広間にいろいろあるのが見えるが、あれは違うのだろうか。


「あれ、ここにもいろいろありますが2階にもなにかあるのですか?」


「2階は行ってみてからのお楽しみです! 刀もしっかり置いてあるのでいろいろと参考になると思いますよ!」


中央のエレベーターへと踏み込み両脇には階段。上へと吹き抜けになっている構造でとてもおしゃれな造りだ。

階段を上がり2階のコーナーに度肝を抜かれる。


そこにあったのは無造作に種類別に置かれた武器からショーケースに飾られた武器まで飾り方と値段も様々だった。


あのナイフ……1本40万円だ……

喉から自然に生成される生唾を飲み込む。


税金どのくらい乗っかるんだろうか。


まず目の前にあるのは、剣のコーナーだ。


長剣、短剣、小太刀、小刀、刀、直刀、大剣、フランベルジュ、レイピア、クレイモア、バスターソード、ショーテル、タルワール、ククリ、カットラス、スクラマサクスまで様々な種類のものがショーケースの向こう側にあった。


値札には、値段のほかに純異界産と書かれていた。


他にも竿状武器、鈍器類、投擲武器までそろっておりそれらと反対側のコーナーには、弓矢、クロスボウなどの射出武器が展示されている。


「吹き矢まであるんですね……」


「一応需要はあるみたいなんですけど、使ってる人は私も見たことがありませんね」


吹き矢の先に毒でも塗って魔物を倒すみたいな感じなのだろうか。


刀のコーナーへと立ち寄り、置かれている刀を見て、自身の刀が一体どういうものなのかを考えてみようと思ったが違いが全く分からない。


ちょっと長かったり、短かったり、曲がり具合が独特だったり、鍔が派手だったりと様々なタイプのものがあった。


中でも三重県にある伊賀の異界にて黒いオーガが身に着けていた刀というのが、とてもおどろおどろくとても興味がでてきたが93万円という値段を見て平常心に戻る。


「はるさんは、こういうのが好きなのですか?」


「ああ、いや見た目がすごい不気味だったのでやばいなと思ったら値段がやばかっただけです」


「確かに純異界産で93万円はお手頃価格ですねぇ」


今何と言った?


「今なんて言いました?」


「はい? 純異界産で93万円はお手頃価格かなぁですか?」


「めっちゃくちゃ高くないですか?! これがお手頃価格とかどこのお金持ちですか! ワイキキビーチで一本100万のワインをうぇーいって言いながら開けて一気飲みする人みたいじゃないですか」


「相変わらずの変化球なたとえですね……、私もこのくらいの値段は、そこそこ溜めないと出せないですけど上の人たちは持ち帰る素材の量も希少性も半端じゃないのでこれくらいは余裕の範疇ですからね」


「探索員こわい」


「はるさんも50階層くらいを軽々歩けるようになったらワイキキビーチで『うぇーい』って言えますよきっと」


「なんでワイキキビーチなのです?」


「さあ……」


「「……」」


「って最初にはるさんが言い出したことじゃないですか!」


「ばれた」


「ばれた、じゃないですよ! それに純異界産は、なにか特殊な性質を帯びている可能性もありますからね。はるさんにお渡しした厨────かっこいい羽織みたいに」


今厨二って言いかけたような……


「そ、そういうこともあるのでしたらお値段には納得しますね。異界産の鉱物を使ったとしても決してそのような効果は出来ないでしょうからね」


「みたいですね……旭日隊の開発部も結構悪戦苦闘してるみたいです」


刀を一通り見終えた春人と紗雪。

次に目当てとなる防具をみるために3回の装備品コーナーへと向かうのだった。


2階からエスカレーターを使い、3階へと向かうと多種多様な防具がこれ見よがしに陳列されているのが見えた。


プレートアーマー、日本の甲冑など、ここも様々な装備が見える。

防火服や耐寒服、耐熱服、鎖帷子、もはや宇宙服と呼べるような代物まである。


「もはや何でも屋ですね」


「異界も灼熱の環境だったり極寒の環境がある場所もありますからね。行く場所によってそろえなくちゃいけないのもまちまちといった感じなのですが……」


誰かを探している様子できょろきょろと見回す紗雪。


「どうしました?」


「いえ、武器や装備に詳しい友達がここらへんで働いてるはずなのですが見当たらなくって」


「今日は、お休みとかです?」


「今日来るからいい装備紹介して!って連絡して、『いいよん♪』って返事をしてもらったのでいるはずです!」


「なるほど」


「すみません、ちょっと探してきてみますので、装備品を見ててもらっててもいいですか?」


「全然大丈夫ですよ! じっくり見て待ってますので!」


申し訳なさそうに、ほかの店員のところに行く紗雪。

俺を一人にしたところで、こんな飽きがこなさそうなところなら全然気にしなくても大丈夫なのに……


「へぇ、羽織……あるんだ」


お洒落な柄や昔ながらの菊一文字があるものなど性能も耐火や防斬効果などなど、羽織なのにいろいろとある。


他の場所には、スーツやコートまでおいてあったりしているため、なんだか普通の洋服店にいるような気分だ


フレイム・ドラゴンの耐火コート、-\645,000……

桁1つ違う気がする。


いや、ここはショーケースの中に入ってるからこんなに高いんだ向こうのやつを見てみれば……


そして隣の鎧コーナー。


龍鱗の甲冑、-\2300.000

え、2300円かな?


あの2300.の点は、それ以降を小数点以下として表示しているものだと思いたい。


さっきから、値段ばかりに目が行ってしまう春人。

いつかこんな装備を身にまとって探索をしていきいつしか有名な探索員になれたらいいなと密かに目標を定める春人だった。


とは夢みたものの、こんな値段も質量も重そうなものを着てしまったら異界で一歩も動けなくなってしまいそうだ。


装備に見とれながら前を歩いていると肩にぶつかる衝撃が走った。


「ぐふ!」


「ぬお」


お互いに変な声をあげてしまったが、そこは大人の対応としてスルーしておくことにする。


それよりも、このぴりぴりするような肌の感触はいったいなんなのだろうか。

怒っているかもしれないので最初に謝りに出ておこう。


「ああ、すみません! 装備に見とれてしまって前を見てませんでした」


「悪い悪い、俺も前を見てなかったからな…… お兄さん駆け出しかい?」


「はい!」


あれ、ぴりぴりするような感じがなくなった。

気のせいだろうか……


「そうかい、この業界いろいろと大変だけど……お互い頑張ろうな」


「あ、はい! 頑張りましょう!」


「それに俺と同じ武器を使うようだし、どこかであったらよろしくな」


「え、私が何の武器を使うのかわかるのですか?」


「あ、ああ…… 刀だろう?」


「おお!! 正解です!」


「しかし、駆け出しで刀を持つとは、失礼だが誰かからもらったりとかしたのかい?」


「いえ、うちに飾ってあったやつを使ってますよ」


「っふ」


鼻で笑われた。

いや、確かに皆一様に強い武器を求めて生き残るために出し惜しみせず全力で挑むこの業界で家に飾ってある刀を使うというのは笑いの種になるのだろうが……


「いやいや、すまない。武器の使用を許されたこのご時世、家に飾ってあったにしては上等なもんを振るっていそうでねぇ」


「そんなことまでわかるのですか?!」


うちの刀が上等な物かどうかはわからないが使い始めてからここまで、砥石いらずという異常な刀であることには違いないためきっと上等な物なのだろう。


「癖でね、あんまり気を悪くしないでくれよ。おっと、出会いがしら少し話しすぎちまったかな。時間取らせて悪いなお兄ちゃんよ」


「いえいえ、それに私は、お兄ちゃんなんて言われるような年齢じゃないですよ?」


「あら、そうなのかい?」


「今年で27です!」


「こりゃ、失礼、初々しい感じのせいもあって20行かないくらいだとおもってたよ。まあ、お互いがんばっていこうな」


「ええ、頑張りましょう!」


「じゃあな」


なんだろう、ファミリアマーケットへ買い物に来てる様子だろうし、きっと探索員なんだと思う。

ただ、雰囲気がどこか違うような……


「いたいた、春人さん!」


探していた友人をつれてきた紗雪。

さあ、今日は異界で儲けたお金で良い装備買うぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る