第7話 -チームとの交流-

 徐々に青い光に覆われた部分が心地良くなり暖かなぬくもりを感じた。

そして、今までに体験したことのないような感触に悶絶する。


「んぅぅ!」


あまりの心地よさに間の抜けたような声が出た。


その心地よさは、まるで触ることのできないような何かが柔らかく優しいぬくもりを持った雲に包まれているようだった。

仮にも、ここは異界であると言うのを忘れてしまうくらいの衝撃が包み込む。


かなり気が抜けすぎてるのではないかと心に引っかかった感じはした。

だが問題は、そこではない。


それに気づくには、あまりにも遅すぎた。


その問題は顕著に現れ、回復魔法をかけ続ける藤澤に異変が訪れる。


「あの……」


ぷるぷると片手で口を押え震えている藤澤。

どこか具合でも悪いのかなぁっと回復の気持ちよさに思考が敗けた。


「大変失礼なことを言ってしまうと思うので申し訳ないのですが……お、お顔がとても緩んでますよ?っぷ」


笑い声とともに我に返り今自分が間の抜けた表情をしていたのに気づく。


「ああ、あ! えっと違うんです! 初めてだったのです! いやぁ、それにしても回復がとてもお上手ですね!」


何が違うのか。

心の中で湧き出る突っ込みで顔を赤くする。


その場をごまかすように言うがもう手遅れだ。


「え、あ、ありがとう?……です」


少し困惑気味の表情で応じる回復魔法使いの藤澤。


すまない、困惑させるつもりはなかったんだ。


それにしてもそこまで指摘されるほど緩んでるような自覚はなかったのだが……


もしかして、まだ緩んでたりするのだろうか。


「あの まだ顔は緩んでますか?」


これは余計な一言であったのだろうか。


この言葉を発した瞬間に佐藤の隣りにいた槍使い。


「ぶふぁ!」と笑いが聞こえる。


それをなだめる佐藤。


「失礼だぞ!」


といっているが確実にこちらから視線を外している。


藤澤に至っては、「大丈夫だと思いますよ?」と言いつつそっぽを向き始めた。

他のメンバーも後ろを向いたりしてるし弓使いに至っては背を向けしゃがみながら小刻みに震えているではないか。


そんな状況の中、羞恥心が臨界点を超えた。


早く帰りたい。

回復魔法はとても心地よかったがもう帰りたい。


人生で初めて顔芸を持ってして人を笑顔にさせてしまう経験がもてるなんて思いもよらなかった。


春人が恥ずかしさのあまりぷるぷると震えているとヒールは終わったらしく淡く青い光が消えた。


「ふぅ……回復が終わりましたので……もう大丈夫だと思います!」


終わった? 

一体どういう目安で終わったと判断したのだろうか。

そこもとても気になるが今は置いておくとしよう


立ち上がり先程まで痛みと疲労でいっぱいだった体を動かしてみる。


すると、ぼろぼろになってしまった服とは対照的に体は問題なく動いた。


さっきまでは、その場で倒れて寝てしまいたい程であったのにとても不思議な気分だ。


「すごい……さっきまでの痛みと疲労が消えてます! 回復魔法って疲労までとれるのですか?」


「えっと……体の損傷は回復するのですが、疲労までは回復しないはずなので……そ、そうでした。毒持ちの魔物ですので念の為、毒消しの魔法も施しましたから、その影響かもしれないです」


藤澤は少し自信がなさそうに言う。

しかし、疲労感は毒のせいであると仮定すると食らわないように一番警戒していた毒牙に切られていたことになる。


まさか、毒を食らっていたとは……

きっとあのまま帰っていたら治療費がえげつないことになったに違いないと……


いや、最悪死んでいたかもしれない。


それに回復魔法の他に毒消しの魔法までかけてくれていたのにも驚きだった。


つまりこれは、人の体を治癒するためには身体の損傷のような要因とゲームで言うところの状態異常となる要因に合わせて魔法を使い分けなくては得られる結果が違う。


そのため、ひとくくりに回復魔法と言えなくなるのではなだろうか。

詳しくは、全くの知らないので機会があったら聞いてみることにしよう。


「そんなすごいものまで使ってくださったのですね。今日は、いろんなことに驚いてしまって少し混乱してますが、ありがとうございます!」


なんだか善意をいろいろと勘ぐってしまう自分が恥ずかしい。


「いえいえ! まだまだいろいろ扱えますよ?」


褒められたのが嬉しかったのか『えっへん!』と言わんばかりに自慢する。


「しかし、やつの牙には触れないようにかわしたつもりでしたが、どこかで食らっていたのか……」


春人が原因を考えている途中で佐藤が話し始めた。


「あの暗殺毒蜘蛛は、身を潜めてからの跳躍力で獲物を切り裂き毒で仕留めることで知られているのですが、蜘蛛の位置が獲物にバレてしまい逃走するときや対峙する時は、周囲に自身の毒をミスト状に散布させて毒を徐々に吸い込ませて弱った獲物を捕食することをするみたいですよ」


「そんなことができたとは……公式サイトだとそんなこと書いてなかったので盲点でした」


「普通は、あんな魔物自体ここの階層で出てくるようなやつではありませんし出現し始める9階層ですらまったくみかけませんからね」


「私達も以前10階で見る機会があったのですが初撃を食らってしまい止む終えず撤退することになりましたので……」


情報収集はしていたのだが、かなり危険なことをしていたことに猛省する。


手負いじゃなかったら十中八九体をえぐられ毒漬けにされ、むしゃむしゃされてた未来があったことに今更背筋が凍る。


そこへ槍使いが落ち込んでいる春人を励ますように話しかけた。


「まあ 強さと危険度で判断すると10層以上の敵に匹敵するなんて言われてるし、遭遇したら誰かしらは餌食になるような化け物って噂なのでよく生き残って帰ってこれたなって感心するぜ」


「そんな化け物だったのですね……」


そういえば、言い出すタイミングがみつからずにそのまま話してしまったがまだ自己紹介をしていなかった。


「すいません、自己紹介がおくれました! 私は白縫 春人(しらぬい はるひと)といいます」


「ああ、すみません、先にお声がけしたのに私も名乗っていなかったのを失念してました。改めて……私は、このチームのリーダーをしています佐藤 一浩(さとう かずひろ)です」


すると次は俺だなぁ?というような視線を送りながら槍使いが一歩前へでる。


「俺は、槍をメインに扱っている石原 邦宏(いしはら くにひろ)だ! 気軽にいしちゃんとかでいいよ~」


自身の身長と同じくらいの長さはありそうな直槍を取り出し、それを見せるように持った後に慣れた手付きで瞬時にやり専用のホルスターへと収めるパフォーマンスを見せてくれた。


さらっと茶髪に染まったミディアムくらいのながさの髪型を手ぐしでなおす。

このチームにおいて結構目立つような存在だと最初に見て思っていたが彼の自己紹介によって、それは事実となる。


「それじゃ次まさっちな!」


そう言いながらまさっちなる斧使いの人物へと自己紹介のバトンを渡す。


「え? あ、俺は高柳 優人(たかやなぎ まさと) です。えっと趣味は筋トレです。なのでわからないことがあったら聞いてくれたら答えます……」


なぜ筋トレ。

いや、筋トレは大事だ。それに趣味だからだろう。


「ゆきは自己紹介してたから……次はあたしか!」


このチームには自己紹介する順番があるのだろうか。


次に自己紹介をしようとしている彼女は、ふらりと3人の横に現れた。


彼女は、日本における弓道で使われる長弓とは異なる西洋で扱われているような弓で、メープル色のシンプルでなめらかな作りではあるが手入れがしっかりされている弓を持っていた。


「あたしは、大村 友加利(おおむら ゆかり)! 弓を使っているんだ! それはそうと!! ひと目見て思ってたんだけど刀を扱ってるなんてすごい珍しいじゃん! どこ製?」


栗色に染まったショートヘアを左耳にかきわけながら自己紹介をした。


さっきの藤澤さんとは打って変わってとても活発そうな感じだ。

不意にされた質問の返答を用意しておらず咄嗟に思いついた嘘で答えてしまう。


「ああ……この刀は 説明しづらいんだけど異界で運良く拾ったやつなんですよ」


ごまかす必要性は特に無いとは思けれどそんなに刀って珍しいのだろうか。

だが、この刀はもともと地上にあり異界産のものではない。


今の常識として武器は一通り異界の物を用いて戦ったほうが効率よく倒せるし摩耗しにくい。


そのため、ある程度の初心者でも武器は異界のものを揃えてから挑むのだ。


それにこの刀は、うちの神社で祀られてた刀。

これついては話して良いのか悪いのか判断できないため秘密にする。


「ふ~ん、拾ったのかぁ、いいね! 私も異界産のドロップ武器ほしいなぁ」


「うちの近くに異界が新しくでき始めて、そこで落ちてたのを拾ったから探索をしていれば、そのうちどこかで手に入るさぁ……」


少し棒な言い方に加え、さらに嘘の追い打ちをかける。


なかなかに心苦しいが理由を話すと自分でもわけのわからないことを言い出す羽目になってしまう。


ここは、自身に無用な混乱を招くことは確かなので、この理由で納得してもらおう。


「うん? まあ拾ったとしても修理とかしていろいろ調べないと危険なものだったりするから、そこが面倒だよね 」


「ま、まあね……試し切りしたらかなりしっくりきたんですよぉ」


「っとそれじゃ次は……」


槍使いが最後のメンバーへと振る。


そして彼の視線の先には4人の後ろで待機している短剣使いがいた。


その短剣使いは、『ええ、俺もするの?』といいたげな顔をしながらこちらを向く。


「ああ、僕は山野 匡一(やまの きょういち)短剣使ってます。」


4人のメンバーの背後からあたりを見回しつつめんどくさそうにひとことで自己紹介をすませた。

少し間が空き槍使いの石原が茶々を入れる。


「きょうちゃんの自己紹介それだけ~?」


これから共に探索する仲になるわけでは、無いと思うからとくにさらっと自己紹介するだけで良いとは思うのだけど、山野と名乗る短剣使いはいじられキャラなのだろうか。


「ええ、これくらいで十分でしょ?」


「きょうちゃんのいいところいっぱいあるのになぁ??」


「やめろ、また……また、なにを暴露する気なんだ!」


また、ということは前回も同じようなことがあったのだろうか。


「あ! それってこの前の浦和異界探索で後ろを警戒してたときにこっそりとずっこけてたこと?」


「お、おまえなんで知ってるんだよぉ……」


恥ずかしそうにうずくまる山野。


「そんなことあったんだぁ……」


回復術師の藤澤はにやにやし始める。


短剣使いの山野は、恥ずかしさのあまりぷるぷるしはじめた。


唐突に始まった暴露話、しかし、この話はきっと……

前衛の槍使いは前を警戒しているだろうから、ひょっとしたらそんなこと知らない可能性が結構高い。


案の定槍使いの石原は笑いながら言った。


「まじかよ! 怪我しなかったか? てか俺前見てたから知らなかった!」


「あ、そうか!」


あ、やばぁっと口を塞ぐ弓使いの大村。


「なんて公開処刑なんだ……」


とうとううずくまってしまう短剣使いの山野。


そして3人がコントのような会話をしながら盾持ち片手剣使いの佐藤が会話を区切る。


「ごほん! ここは1層って言っても異界の中だからね?」


3人は反省を装うように『は~い』と返事をした。

1人はとばっちりだと言いたげな表情をしているのが、なんとも微笑ましい。


「それでは白縫さん、単刀直入に伺いますが、私達は現在先程2階層にて遭遇した暗殺毒蜘蛛の討伐に向けて出発しています。どのへんにいたかとか、どんな状態だったかなど覚えていることがありましたら教えてくださるとありがたいです」


話の本題に入り、その質問に首をかしげる春人。


そういえば、思い返してみると今まで一度も暗殺毒蜘蛛をすでに討伐したことについては語っていなかった事に気づいた。


まあ、傍から見ればボロボロに叩きのめされたような状態だったし、やっとの思いで、ここまで逃げてきたのかと思われたのだろうか。


とりあえずもう討伐したということを伝えるため先程毒蜘蛛と戦った出来事を端的に話した。

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