第8話 -チーム事情と個人-
春人は、手負いの暗殺毒蜘蛛ことベノム・シデンド・アラネアと遭遇し、ぎりぎりで討伐したことを話す。
その後、佐藤は一瞬だけ驚きをみせつつ半ば呆れ顔で答えた。
「1人で討伐されたのですか?! 失礼ですが……装備も整ってるようには見えないのですけど、つい最近始められたのですよね? それは、とてもすごいのですが……ちょっと無謀だと思います」
装備も整えられない初心者探索者が格上の相手から逃げもせず、戦いに挑む無謀さにつっこまれた。
「逃げられそうもなかったですし、それに蜘蛛は目が傷ついてましたし必死だったのですよ……」
「まあ、必死なのはわかるけど異界に私服でっていうのも……何か事情は、あるんだろうが結構危険なんだぜ?」
と槍使いの石原。
「わかっては……いるのですけど……」
「うん、結構無謀」
追い打ちをかける短剣使い。
「そうだねぇ ここは まだ敵がそこまで多く出てくるわけでも無いから1人でも対処は可能な区域が多いけど少なくともチームは組んだほうがいいと思うなぁ、取り分は減るけどそっちのが安全だしね」
弓使いの大村も加勢する。
皆口をそろえて上の階層の魔物と戦うことに対して無謀であると言う。
もうやめて!
春人の心のHPはもうゼロよ!
疼痛尺度のフェイススケールで言うところのもう泣きっ面だ。
こんなナレーションが脳内で再生された。
逃げれたかどうかは、微妙な所ではあるが……
心構えとして
一つ、チームを組むこと。
一つ、危ないと思ったら逃げること。
一つ、装備やアイテムは念入りに準備すること。
どれも探索員として生きていくうえでとても大切なことだ。
「はい 以後気をつけたいと思います」
「えと、生きて帰れたですし……それに格上の相手を倒せたのってすごいことですもんね。ですから気を落とさず前向きにいきましょ!」
この子は天使か……
突然の温かい藤澤の言葉に春人の精神は持ち直す。まさにヒーラーだ。
最初に毒蜘蛛と対峙してから疑問に思っていたことを尋ねる。
「そういえば暗殺毒蜘蛛が負傷してたのってみなさんがやったのですか?」
首を傾げ、思い出すように片手剣士の一浩(さとう かずひろ)。
「そうだと思います。遭遇したときに優人(まさと)が一撃をかすめてしまって……そのあとの邦宏(くにひろ)が反撃をいれたやつだと思います」
かすめてしまったときの状況を語る斧使いの優人(まさと)。
「ああ、なんだかすごい勢いのものが飛んできて、たまたまそれが来る前に察知できて致命傷は免れたんだ。多分鍛えた筋肉がなかったらもっとひどい傷だったと思う」
斧使いは自慢の筋肉をいたわるかのように上腕をさすりながら当時の心境を語る。
「確かに あれは目で追えないくらいの速さでしたからね。まるでラグビーボール状のダンプカーですよ」
毒蜘蛛の飛びつきの速度と威力を味わったため、その力が分かる。
「そこで毒蜘蛛に一撃をいれたはいいのですがアラネアが20匹ほど出てきまして……取り巻きを作らないはずの魔物の周りに異常なまでのアラネアがいたのでアラネアを倒しつつ、このことを地上に出て 報告するために一度撤退することにしました」
アラネアが20匹もいたことに春人は驚く。
その数もそうなのだが彼らを横目に通り抜けた先には全くアラネアの死骸などなかった。
アラネアの体長は大体1m以上ある大きな蜘蛛だ。
そんな奇々怪々な珍生物が、そこらへんで死んでたとしたら嫌でも目にとまるはず。
なのに俺が暗殺毒蜘蛛と出くわすまで一匹も見なかった。
「あの道中死骸らしきものは全く見なかったのですが……」
春人のこの一言に皆がどういうことだ?っと言うような表情をつくる。
異界では、人類史上かつて経験したことのない現象でいっぱいの土地ではある。
しかし、落としたものが勝手にどこかへ去ってしまうというような現象は知られていない。
それは、魔物がどこかへと持ち去っていくか、だれかが拾ったりしない限りは落としたものは、そのままその場所にあるはずなのだ。
時間が立てば腐敗はするだろうが死骸だって例外ではない。
最前線の異界探索者の報告では、巨大な骨が落ちていたり鳥とも恐竜とも区別がつかないような魔物の死骸なんかも発見されていたりしている。
だから蜘蛛の死骸が道中1つも落ちてなかったというのはとても不自然なことなのだ。
全員がなぜなのだろうと考え込んでいる中、リーダーの一浩(さとう かずひろ)が提案をする。
「ここで考えても拉致が明かないですし、一旦2層に出た暗殺毒蜘蛛討伐完了の報告をしに地上へもどりましょう」
「白縫さんも戻られますよね?」
「はい、いっぱいじゃないですけど荷物もありますので戻るつもりですよ!」
残らない死体の謎にすっきりしない中、春人達は地上のある方向へと歩き出した。
地上へと付き、入り口にあったタッチパネルと同様の物が出口にあるためそれに各々がカードをかざして扉を開ける。
まだ午前8時半ということもあり異界へ行くための準備や待ち合わせなどをしている探索員が周りにちらほらといる。
道路の片側にある植木の近くへと行く。
「それじゃ私は 探索員組合に報告書を書くからちょっとまっててね。一応白縫さんも記入した内容の確認をしていただきたいので待っていてもらってもいいですか?」
「構いませんよ」
魔界探索員組合支局の出張所へと佐藤は歩いていった。
そうか、今回はイレギュラーだったから報告しないといけないんだ。
植木の近くにおしゃれに敷き詰められてある四角いブロックに座りながら佐藤が報告書の記入が終わるのを待つ。
すると槍使いの石原が唐突に春人へと質問を投げかける。
「しらぬいさんは、この後どうするの?」
「今リュックに入ってる素材を売り込んでからきめようかと考えています」
「なら、素材を売り込んだ後に俺たちと一緒に来てみないか?」
「え、一緒にですか?」
「ああ、そうだ」
まさか誘われるとは思っておらず驚く春人。
この提案は、なかなかないチャンスだ。
ついていけばチーム探索での動きが見れて勉強になるし、1人のときより安全に立ち回れるといったメリットは大きい。
だが、会ってたかだか30分くらいの人間をどうして勧誘したのだろうか。
探索員アプリでチームメンバー募集の呼びかけをしても誰の反応もなかった人間を……
それに彼らの探索階層は10階層だ。
もしくはそれ以上探索しているかもしれない。
それに対して俺の探索階層といえば4階層だ。
家の近くにある異界ですら5階層超えたばかりの駆け出しだ。
「勧誘されたのは初めてでどうしようか困惑していますが、みなさんの探索階層は10層以上だと思います。同行させてもらうとしても不釣り合いだと思うのですが……」
「ああ、そんなに重く考えなくてもいいよ。駆け出しの人を支援するみたいな感じのニュアンスだと思ってくれて構わないさ。それに俺たち 元々6人で探索してたんだけど、1人抜けちゃって新メンバーを探してるところでもあるんだ」
それは重い感じの理由で抜けちゃったというやつだろうか……
ここで弓使いの友加利(ゆかり)が話に入る。
「いきなり勧誘するから白縫さん困ってるじゃん。それに勧誘は、かず君が戻ってきてからのがいいんじゃないかな?」
「それはそうかもだけど とりあえず話は進めてもよくない? 俺の直感だと白縫さんは結構いい人だと思うぜ!」
「いやそういう問題じゃなくて……」
呆れ気味に弓使いの友加利(ゆかり)が頭を抱える。
そこへ先の毒蜘蛛の件について報告書の入力をしていたチームリーダーの佐藤が戻ってきた。
「おまたせ! 報告書の入力は終わったよ。あとは白縫さん 入力した内容を確認してもらってもいいですか?」
「わかりました」
アイFunを手渡され入力された内容を確認する。
pdFファイルにしてある報告書。
内容を見てみると春人が話した内容と彼らのチームが遭遇した際の情報が箇条書きで示され報告日時、代表者ID、討伐完了の旨が書かれていた。
「あれ、みんなどうかしたの?」
メンバーの雰囲気に違和感を感じた佐藤。
すると大村がさっきまで話していた内容を語る。
「なるほど、いきなり勧誘するのは邦宏(くにひろ)らしいな。こういうことはみんなで決めるべきだけど新しく入ってくれる人を探していたのも事実だからね。それにちょうど白縫さんは刀を扱うから遊撃に近い立ち位置をとれるし守備も固くなるから私もいいと思う」
「かず君がそう言うなら……ま、私もとくに問題はないと思うんだけどね」
「みんなも異論はないかな?」
その他のメンバーも一様に賛成とどっちつかずの意見で返事をする。
「ん~、とりあえずまとまったね。ということで白縫さん、 勧誘の件だけどどうかな?」
「チームのお誘いありがとうございます! ですが私もいろいろと事情があるので、まずはチームの活動や募集してる条件などの説明をしてもらってもいいですか?」
「あれ、まだ説明は特にしてませんでしたか!」
「俺は一緒に探索しようぜ!って話しただけだぜ?」
「……」
なんだ、この間は……
自己紹介した時から雰囲気の良いチームというのはわかったのだが、なにかが抜けてる気がする。
「すみません、少し考えてました。説明が後になりましたが、このチームの活動内容を説明しますね!」
困惑しつつも仕切り直し説明を始める。
説明にあった内容は大まかに3つだ。
まず1つ目は、活動日は週五日で二日を休みとしており活動開始時間は一律で8時頃から探索していること。
ところによっては、異界の中で野営することもあるみたいなので比較的ホワイトな探索をしているチームのようだ。
2つ目は、活動拠点にしている異界は東京都の板橋区にある異界であること。
3つ目は、報酬についてだ。
報酬は、当日狩りの収益に応じて均等に割るとのこと。
しかし、ここまで説明してもらったが、このチームには所属できないことがわかった。
板橋区まで行くのは遠すぎる。
彼らは基本板橋区にある異界で活動している。
大宮までは遠征と甲虫系の魔物を討伐する練習をかねて来たのだそうだ。
大宮まで来てしまえば電車を使っていけないこともない。
だが、石油価格高騰による石油不足の煽りを受けてる現代において、異界出現前なら行けなくはない距離だった。
今となっては移動する公共交通手段はとてつもなく運賃が跳ね上がってしまっている。
惜しい気はするが、今ある地から離れるわけにはいかない。
「ご説明ありがとうございます」
「私も、ここまで遠征で来てまして、部屋を借りて参加するという手段もありますけど……」
「今いるところから離れるわけにはいかないのでせっかくのお誘いですが断らせていただきます」
「ああ……それはしょうがないですね」
「報告書の内容を確認しました。記入ありがとうございます」
報告書のデータを確認しiFunを佐藤へと返す春人。
「事情は人それぞれですからね。ですけど、お互い探索員である以上どこかで仕事を一緒にする日がくるかもしれません。まだ、時期尚早かもしれませんけど……なのでお互いID交換をしませんか?」
「いいですね! 交換をお願いします」
春人もiFunを取り出しアプリを起動する。
それは、探索員同士のコミュニケーションアプリでチャットや通話、チームでの会議通話などが行うことができる。
このアプリを使うためには魔界探索員の資格IDと設定したパスワードが必要でこれらを入力してログインできるようになっている。
アプリに表示されたコードを付属のカメラで読み取って登録完了だ。
「ありがとうございます!」
魔界探索員となって初めて知り合った同業者だ。
いままで0であった登録IDのところが5人に増えたのを見て嬉しい気分になる春人。
「それでは 私達は探索にもどりますね。何かありましたら気軽に連絡をください!」
「わかりました お互い探索がんばりましょうね」
それぞれ軽く別れの挨拶をかわし、その場を後にした。
春人メモ
・探索員の等級
探索員の等級は、低い順から初級、5級、4級、3級、2級、1級と別れており探索階層と依頼の完了実績などで考慮されるようになっています。
最前線を最高として最下層、下層、中層、上層と区別され、それぞれの活動範囲に応じて等級が変わる。
上層:初級~4級相当
中層:3級相当
下層:2級相当
最下層:1級相当
といった感じに探索員の等級は変化。
・魔物と情報更新
通常、報告に上がってる魔物の生体としてある共通点があるのだが、その共通点とは魔物の行動範囲は一定の階層を根城にし、そこから移動しない性質がある。
だがその共通点に従わないイレギュラーな事例はいくつか存在した。
これまでの事例で最も被害を出したものが、東京都上野異界の60層で発見されている大型の毛むくじゃらのワニだ。
ワニと哺乳類とその他なにかを足して2で割ったとしても似つかないような見た目をしている魔物なのだが、そのような形態の魔物など今まで発見されていなかった場所の京都御苑異界30層にて突然ワニの魔物が現れ物資を最前線の探索員達へと輸送していた探索員達を襲い壊滅的な被害をもたらした事例がある。
当時、京都御苑異界の最前線の探索階層は40層程であったのに対し60層に生息していた凶悪な魔物を相手にするには分が悪く最前線にいた探索員は異界から脱出できない状況に陥ってしまった。
急遽、60層の魔物攻略部隊を整え救出に向かうような事件に発展したのだ。
そのような異例の事態もあるため魔界探索員組合は報告を受け、受けた報告を精査してから公式ホームページに掲載し情報を発信しているシステムがあり、毎週月曜日と金曜日に更新されるが毎日書き込みはされている。
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