第9話 -魔物素材買取店-

 5人組のチームと別れた春人は、以前大宮異界に来た時の帰りに寄った魔物素材販売店へと向かう。


大宮異界の近くにあるファミリアマーケット 略称FMは、1年ほど前に新しくできた店で素材の買取だけでなく武器防具の販売から探索に必要なライト、救急セット、保存食から日用品など多くのものを取り揃えている雑貨屋のような店だ。


この場所は、大宮異界から遠くなく歩いて5分ほどの大通りの並びにあり、春人は駐車場から来た道を逆の方向へ大通りを歩く。


すると並びにあるお店の入り口正面の上にある看板に「Familiar Market」と大きく緑色と青で自然を連想させるようなデザインで書かれた店を見つけ木のデザインで作られたドアを開け入店する。


外側はFM特有のコンビニじみたデザインであるのに対して内装は、木材で作ったと錯覚させるような中世ヨーロッパのギルドをイメージできるようなこだわりっぷりだ。


雰囲気が良いのが伝わるお店で春人は、大宮のFMを気に入ってる。


入って見回した後、店の奥の方から低い濁声で「いらっしゃい!」U字ハゲがなんとも特徴的で中肉中背のおじさんが出迎えてくれた。


春人が気に入ってるもう一つの理由として雰囲気が良いのもそうなのだが、この店主に大宮異界へと来た初日に魔物の解体など、いろいろと教えてもらったからというのもある。


一見するととっつきづらく職人気質のような声色と風貌であるため初対面のときは身構えたが、とても心配性な優しい人なのだ。


「あれ このまえの刀の兄ちゃんじゃないか、こんなお昼の時間帯にどうしたんだい?」


「いつもの蜘蛛より、たくさん採れてちょっと荷物が多くなったから買取をお願いします」


「へぇ、まだここに来て2日目だってのにもう6階層の鎧ねずみを倒してもどってきたのかぁ、場所は違えど慣れてないところで、そんな早く探索すると足元をすくわれるぜ?」


「ええっと6階層にはまだ行ってませんし、素材は鎧ねずみじゃないのですがとりあえず現物をみてください」


店主の言う鎧ねずみとは、主に大宮異界6階層から10階層で見られる体中に頑丈な甲羅を身にまとった大きさ1.2mほどのでかいねずみである。


頑丈な甲羅は、いかなる刃をも弾き、倒すのにとても労力のいる魔物なのだが鎧ねずみで上層においては圧倒的な防御力を誇るのだ。


しかし、それ以外の何もかもを捨ててしまったかのような魔物でもある。


動きがとても鈍くで攻撃するのも遅いという致命的な弱点がある。


なぜか性格は凶暴で見かけた獲物を執拗に追い回すまでするのだが、動きがとても遅いため油断でもしないかぎり攻撃は当たらないらしい。


またアラネアを主食にするようで、6階層にアラネアが出現することもあるのだがあまり見かけることはない。


リュックに入っている暗殺毒蜘蛛の素材を取り出した。


店主は手袋をはめ、取り出された素材を触って観察する。

「ん~ こりゃ変わった形のアラネアの……んん?!」


いつもは細めの店主の目がカッ!!と見開かれ、素材を見つめてからゆっくりと机の上に戻す。


「にいちゃん こりゃまさか……暗殺毒蜘蛛か?!!」


「そのまさかです」


「だけど こいつは9階層から見られる魔物だろ? 兄ちゃんの探索階層は確か5層あたりじゃないか! いくらなんでもすぐに下へ潜るのは危険だぜ? それによく生きて帰ってこれたな」


先程と言ってることが変わらないようなことを言いこちらを睨む店主。


「違いますよ! 毒蜘蛛が2階層へ降りる手前で現れたんです」


「かぁ、なるほど違階層種か!」


「違階層種?」


「ああ、悪い今までこの手のケースの魔物の種類に名がなかったからな。組合に報告するのも異例報告ってんでよくわからないから一部界隈で、そう呼ばれてるんだとよ」


「へぇ、そんなふうに呼ばれてるんですね」


「まあ ローカル用語ってやつだ違階層種って名前も呼びづらいがな! だが こいつと出会って無傷で帰れるとはなかなか見どころがあるじゃねぇの」


「手負いじゃなかったら完膚なきまでに暗殺の刑が執行されてたと思いますけどね……運が良かったんですよ」


「運なんてのは日頃、努力してる人間にしかやってこないもんだ。手負いでもなんでもかなり格上の魔物を倒したんだ。胸を張ってけよ」


元気付けるように肩を叩く。

店主は、筋肉がそれほどついてるように見えないのだが、その一叩きがとても重い。


この店主は探索員でもやっていたのだろうか……


「そして査定額だが足の甲殻一本3500円が8本と頭胸部の甲殻1つ傷有りで2000円、もう一つは8200円と他の甲殻は一枚5000円が4枚で占めて58200円ってとこだ!」


ふおおお!

1日の収入の4倍以上の値段をあの短時間で稼げるとは思わず春人は静かに喜ぶ。


アラネアは物が多く出回ってるせいもあり甲殻1つで800円くらいの値段で取引されている。


それに一匹から採れて2枚くらいなのでアラネアでそれなりの額を稼ぐにはかなり多く討伐しなくてはならない。


それに対して死にかけたが暗殺毒蜘蛛一匹でこの値段だ。


下層を狩場にしている人達は1日に、どの程度の利益を上げてるのだろうかと疑問に思う。


「これで防具を買う目標まで一歩近づけそうです!」


「そうだな、兄ちゃんは刀だけいっちょ前に良いもの持ってるのに、なんにも防具付けてないから一般人と大差ないからな」


「いやもうなんも言えないです。今日は、そのことでいろいろと突っ込まれてきたところなので……」


「はっはっは、まあそうだな。探索に出るなら身を守るものは常に固めておくのが鉄則よ! これを期に何か買ってくかい?」

「今なら甲殻装備一式安くしとくぜ?」


「ちなみにお値段はおいくらですか?」


「腕、胴、腰、足で8万って価格だ! リーズナボーだろぅ?」


リーズナボーという言い方に違和感をとても感じるが甲殻装備一式で8万円はとても安い価格だ。


防具は、地上で作られたものと異界で採れた素材で作られたもので違い、前者は摩耗しやすく脆いのが特徴で異界産の防具よりは安価で手に入る。


一方、異界産の防具は、魔物由来の素材を使用し頑丈さは申し分ない。

素材によっては特殊な効果がつくものもあり現代科学では証明しきれない事象が多数あるそうだ。


そういう理由で異界産の防具は、地上に無い性質を持つ素材を取り扱うため加工したりするのに要求される技術が違うらしく高価になってしまう。


値段を比較すると地上産は、安価と言っても一式5~6万円は少なくともかかり、異界産は一式10万円程はかかる。


そのため地上産にそれだけの費用をかけるのなら多少高価でも後々のことを考えるのであれば最初から異界産のものを揃えたほうが、お得だという話になる。


今日の収入+3万円で甲殻装備を買ってお釣りがきてしまう・・・


「ん~」


「まあ、とりあえず物を試着してみたらどうだ?」


「そうですね」


そうこなくっちゃと言いながら店主は店の奥へと行く。2分くらい経って甲殻装備を一式持って戻ってきた。


「これが売れのコッごほんごふぉ! げふんげふ! これは先日仕入れたユニークロール社性の防具だ」


ん? なにかぼそっと言ったぞこの店主。


店主の変なごまかし方はさておき、持ってきてもらった甲殻装備は、胴に胸を覆いかぶさる程の大きな甲殻を中心にかさばることなく戦闘時の動きを邪魔しないよう工夫されたデザインだ。


うん、決して簡素というわけではない。


だが売れ残りだとしても悪くはない出来のため購入を検討してみることにしよう。


「それでだ。素材につかわれてるのが都庁異界の軍隊アリスだから硬さはお墨付きだぜ?」


「軍隊アリス? なんだか可愛らしい名前のようなそうでないような魔物ですね」


「あれ 兄ちゃん軍隊アリスを知らないのか?」


「ここらへんの異界の魔物は調べたので多少わかるのですが東京の魔物についてはよく知らないですよ」


「そうか……それなら この魔物は知っといて損はないぞ! 兄ちゃんよ、魔物の中には互いにコミュニケーションを取って行動するやつがいるのは知ってるよな?」


「ええ、大宮異界ですと25階層に出現するサングイス・クロウがそうですよね?」


「そのカラスを知ってるなら話は早いぜ。そいつらもコミュニケーションをかわして お互いに連携を取りながら狡猾な手段で獲物を狩り取る。それでな、軍隊アリスは、名前どおりアリとリスの中間みたいな見た目をしていて実のところ、コミュニケーションを取る手段は未だにわかってはいないんだが、こいつらは数を利用した戦略的な攻撃をしてくるんだ」


「へぇ 戦略的というとなんです?」


「集団毎にばらつきは、あるみたいなんだが戦いの押し退きや突撃の陣形を作ったり防御の陣形を作ったりして個々が非力であるという弱点を補っているんだ」


「うわぁ それをやられたらたまったものじゃないですね」


「やばいだろ? めちゃくちゃ強い集団だと釣り野伏せ戦法を使ってくるやつもいたらしいぞ」


「あの、逃げてると見せ掛けて逃げたところに敵を誘い込み、余分に配置した兵隊を使って取り囲んで攻撃するやつですよね」


「ざっくり言うとそうだな」


「カラスより厄介に聞こえるんですけど……」


「そいつら一匹一匹がカラス並みにつよかったとしたら、とんでもない魔物になってたかもしれないな。まあ、都庁異界以外でも出現する異界はあるから探索に出るときは注意しとけよ」


「教えてくれてありがとうございます」


「良いってことよ!っということで購入は前向きに検討してみてくれ!」


「わかりました。それじゃ試着してきますね」


「おう! 試着室は防具売り場の奥にあるから適当に着替えてみてくれ」


店主が店の奥の方を指さし、春人は試着室へと向かい着替える。


この甲殻装備は、胸側と背中側の甲殻に連結してるベルトで胴回りの大きさを調節でき、問題なく使えそうだ。


胴体以外にすね当て、膝当て、もも当ての甲殻も黒いアンダーウェアの上にベルトで固定するような形で取り付けられるようになっており籠手は手袋状で動かしやすい。


それに刀と脇差を取り付けるベルトも使いやすい。

やはり私服よりズレにくい。


「防具一式でこんなにも感触が違うんだ……」


一式と言っても頭部を保護するものや足といっても脛当てのようなもので靴は買ってないのだが8万円で、この装備を買えるなら良い買い物だ。


試着室から着替え直して出た春人は甲殻装備を持って店主のところへと戻る。


「兄ちゃん 防具は どうだったよ?」


「動きやすさやフィットした感じがとてもいいですね。店主さん、この装備買います!」


「まいどあり! アンダーウェアは 1つサービスしとくぜ。今後うちの店をごひいきにな!」


レジにて先程の素材分の金額を電子通貨カードにチャージし、電子マネーで決済をする。


そして「店主にまた来る!」と挨拶を済ませ店を後にした。




春人メモ

 向かおうとしている魔物素材買取店は、関東各地でコンビニエンスストアを運営していたファミリアマーケットという企業の系列店で、異界出現後の騒動を受け武器、防具の販売や素材買取、探索の助けとなる物の販売に力を注いでいるお店だ。


そのおかげか、異界探索での経済活動が主流となりつつある現代においてファミリアマーケットの業務形態がとても流行る形となり、全国に店を展開し異界物品業界でも1、2を争うほどの大手企業になった。異界探索で入手した未知の物や物質の買取、分析なども行うことで幅広く事業を拡大している。


探索員の間では馴染み深い企業だ。


-魔物紹介-

○鎧ねずみ 正式名称 アーマイズ・マウス

危険度:ε

特徴:動きが遅いが性格が凶暴で目をつけられたらどこまでものろいが追いかけてくる。

体長2m 両肩、両腕、両膝、両足、頭部から尾にかけてタンパク質が結晶化したような分厚い皮膚で覆われており10cm程の鋭い5本の爪を持っている。


○サングイス・クロウ 別名:血染め烏

危険度:γ

特徴;幾多の返り血を浴び、結晶化した血が鉄の強度を誇る赤黒い鎧を身にまとった体長60cm翼を広げた大きさは2mの翼の大きい烏。

洞窟の壁に爪を刺して歩けるほどの鋭さと力を持ち獲物を見つけると天井から滑空して獲物を絶命させる。

また、仲間を囮に使って誘導したり敵を追い詰める頭脳を持つため、こちらから弱みを見せるとそこに漬け込むように襲いかかってくる。


○軍隊アリス 正式名称:エリエット・シウラス

危険度:ε~α

特徴:体長1m程の大型のアリで腹部が大きくしっぽと頭部がリスのような見た目をしており甲殻が体中を覆っている。

牙と30cmの長い爪で攻撃してくるのだが関節がもろくその上、1匹の力はとても弱い。

しかし、集まるとその戦闘力は未知数であるため侮った探索員が犠牲となる例が多い。


注)登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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