第6話 -回復魔法-

  素材がリュックから溢れそうではあるがこぼれ落ちない程度にはしまいこめた。


大きさの割には軽いため重たいものを入れているかのような見た目のリュック。

疲れた体でも難なく持ち上げられる。


春人は、体液まみれの刀を念入りにきれいにし、もと来た道へと歩き始めた。


腕やら背中やらとあちこち痛いが帰ってから傷の具合を確認しよう。

幸い切り傷や出血の伴う傷はない、見る限り打ち身や悪くて捻挫、最悪骨折だろうな。


異界出現後は、普通の震災以上に負傷者が多数出たため医療の供給が追いつかない状態となってしまった。


そして医療費が高騰してしまったのだが幸い国民皆保険制度はなんとか機能しているため多少の怪我や病気を町医者に見てもらう分にはあまりお金はかからない。


だが、多数の負傷者による財政圧迫という理由から医療費が以前の3割負担から5割負担になってしまったのだ。


他にも治す手段が無いわけではないのだが、それを利用する伝手もお金もないので選択肢には入れないようにする。


しかし、こんな状況下でも限られた医療資源の恩恵を受けられるのはありがたいものだ。


怪我をする度に懐が寒くなるのはかなりの痛手だが……


この上持病なんかもってたら悲惨だったであろうな。


春人は、軽度の花粉症以外は特に病気にかかることなく健康体で生きてきたので医療費のかからない体に生んでくれた親に感謝した。



少し歩き狭い空間から一回り大きな空間へと出る。


ここまで来るのに通った道ではあるが単調な洞窟の景色が精神的に道のりを長く感じさせてくる。


まっすぐと伸びだ洞窟の先を左へと曲がれば二手にわかれた場所にたどり着ける。

たどり着いたらその先のひとまわり大きくなった洞窟の空間へ行けたらもう出口だ。


なぜだろう、少し休んだし戦闘自体も長い時間戦ったわけではないのにとても体がだるい。


あともうすぐで出口につくぞ! と自分を励ましながら周囲にアラネアがいないかを警戒しつつ痛みに耐えながら歩く。


ここまで見通しが良いと魔物がいないのは一目瞭然だ。

だが、さっきの暗殺毒蜘蛛みたいなのがまだいたら確実に命をもぎとられる。


警戒するのは疲れるけど、しすぎるに越したことはない。


ゆっくり一歩ずつ前へと進む。

するとチームらしい1団がこちらの道へと曲がりいそいそと歩いてくるのが見えた。


そのチームが奥の道をこちらへ曲がる。


5人くらいはいることが視認でき先程の5人組のチームではないのだろうかと考えた。


しかし、それ以外については先程の戦いの印象がとても強く記憶が薄れてしまっているのでまったく思い出せない。



5人組のチームの先頭にいるのは、頭部を保護するには心もとないような額当てを巻きつけ甲殻装備を身にまとった盾持ち片手剣士の長身男性。


その左隣に控えるのは茶髪に染めているが黒髪より似合ってるような感じの顔立ちである革装備を身にまとう槍使いの男性。


そしてもう一方には槍使いと同様の革装備を身に着け大きい斧を持っている力強そうな男性がいる。


それぞれ防寒着を羽織って手袋を着用し動きやすいようなリュックを背負っている。


目の錯覚なのだろうか先頭の盾持ち片手剣士がとても大きく見えるのは間違いだろうか。


少なくとも両隣にいる人の身長+10cmくらいはあるように見えるぞ。


これぞタンクだと言わしめるような背丈でこちらは少し萎縮してしまいそうだ。


前の3人で後ろの人たちがよく見えないがお互いが存在を認識し、すれ違う前の距離感で片手剣士から話しかけられた。


「こんにちは! 突然お声がけしてすみません。ひどい怪我をされていますが大丈夫ですか?」


外見に反するような。

というと失礼だが、なかなかに綺麗な声で思いの外丁寧な言葉遣いで少し混乱してしまった。


少し間が空いてしまい再度片手剣士が話しだす。


「あの?」


我に返り慌てて春人が答える。


「ああ、すみません! 外面はボロボロな割になんとか歩けてるので大丈夫ですよ」


「いやいや、辛そうでしたし大丈夫なようには見えづらいですが……すみませんが、その傷は2階層にいた暗殺毒蜘蛛にやられたものでしょうか?」


「え?」


どうやら1階層に現れた蜘蛛について何かを知っているような素振りであった。


「はい、2階層……ではありませんでしたが、先程1階層から2階層へと降りる階段付近にて暗殺毒蜘蛛と戦って吹っ飛ばされたりしたときにできた傷です」


片手剣士の後ろにいるチームメンバーがなにやら話している。


春人が答えたあとに片手剣士が後ろにいるメンバーへと何か了承を取ってから周りを見回して春人へと提案を持ちかけた。


「うちのチームメンバーに回復魔法を扱える者がいるのですが回復をしませんか?」


つい魔法という聞き慣れない単語を聞き思わず体中の痛みを忘れたかのように前のめりになる。


「か、回復魔法?! 魔法を扱うことのできる人がいるのですか?!」


前のめりになった春人に対し片手剣師は若干引き気味に言う。


「は、はい! 回復の腕は保証しますよ! ですが、その代わりに暗殺毒蜘蛛についてのお話を聞かせてほしいのですがよろしいですか?」 


おお!! 

お安い御用だ!


今は打ち身程度だと思っているがもしも骨が折れてたりなんかしたら確実に検査やら何やらでお金かかるからなぁ……

ってそのまえに回復魔法って骨折とかもなおせるのだろうか?

 

だが、この提案は願ってもない申し出だ。

こちらも9階層から出現するような蜘蛛があんな場所にいたことについて何か聞けるかもしれない。



 もう一つの怪我をしたとしても医療にかからない方法。

それが回復魔法による治癒。


魔法を扱える人自体が少ない上にどういうものなのかについての詳細は、よくわからないのだがゲームに似た扱い方があるのだけは確かだというのが春人が持っている魔法への唯一の情報である。


それに魔法を扱えることが広まったのは異界が出現してから1年程経った後に公開されるまでは夢のような扱いであったのだ。


その後異界へ行けば魔法が誰にでも扱える代物なのでは? 


などの噂が広まり、一時期家の庭で手を前にかざして魔法を出せないかと特訓したものだ。


結果は、中二病という診断を自身で押す、いたたまれない感じに終わったのは言うまでもない。


また、魔法というのは、ゲームに似た扱い方であるらしく使用するのに限度があり一定回数を使用してしまうと力尽きて昏睡状態に陥ってしまうデメリットもあるそうだ。


それら魔法の不可解さや希少性、そのうえ魔法を扱える人は大体異界探索員の人だ。


つまり、魔界探索員が一日を医療活動へと勤しみ異界での儲けを棒に振るうことになる等々考慮して天秤にかけると回復魔法の恩恵にあずかろうものなら1回の魔法に何十万円なんてかかったりするのもおかしくはない。


あとで請求とかされないだろうか?……


「回復魔法をかけていただけるのはとても助かります! しかし、あまり参考になるかはわかりませんが……」


それとなく申し訳なさそうに春人は言う。


だが初めての回復魔法がいったいどのように扱われるのかと興味が行ってしまい彼らが、なぜ回復魔法を行使してまで、そのような情報を得たいのか疑えるどころの余裕はなかった。


片手剣士は、よし!取引成立だと言わんばかりの笑みを浮かべながら話し始める。


「いえいえ こちらが聞きたいだけですし構いませんよ! それに怪我をしてる人を見捨てて素通りするわけにもいきませんからね。それじゃ藤澤さん回復をお願い!」


後ろを見て気さくに頼む片手剣士。

藤沢さんと呼ばれる女性が前衛職3人の後ろから小動物が顔を出すような感じで登場する。

ひょこっとこちらを覗く姿はまるで小動物だ。


その女性はレザー装備を身にまとい腰にナイフ、手には植物のつる草が刀身からガードの部分ままで巻き付き斬ったりするなどの目的で扱われることのないような装飾のある短剣を持ち、こちらへと歩いてくる。


「こんにちは……回復魔法を扱ってます。藤澤 由貴(ふじさわ ゆき)です。ヒールをかけます……ので、どこかへ座ってもらってもいいですか?」


華奢な体格も相まって自信のない感じがする。


だが、仮にも回復魔法を扱うほどの人がいるチームだ。

実力は、かなり上の人たちではないかと察する。


近くにあった座るのにちょうど良さそうな岩へと春人は腰掛ける。


「それではヒールをしますね」


そう言い始め、春人の負傷したところへと手をかざす。


「よろしくお願いします……」


ごくり、生唾を飲み初めての回復魔法に緊張する春人。


その瞬間手のひらより淡い青色の靄のような光が発生した。

靄のような光は、負傷したところへとゆらりゆらりと到達し負傷した場所を覆った。




・魔法で有名になった人

東京都有明異界に活動拠点をおいている関東のトップチームがいる・そのチームに所属する 中津川 圭佑(なかつがわ けいすけ)が強力な風魔法を扱えたり、北海道の札幌第3異界を活動拠点にしているチームに所属する 糸村 穂南(いとむら ほなみ)が回復系の範囲魔法を扱えるといったすごい人達が現れた。


大体のトップチームや強豪チームには魔法を扱える人がいるのだが、この二人は魔法を扱う人の中でも特に強力であると評価され有名になった。

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