第5話 -死闘の末-

 今の異界探索が始まる少し前の話。

災厄も収まり本格的に探索が始まった頃。


異界や魔物に対して現代兵器のありとあらゆるものが使われた。

しかし、どれも魔物達の圧倒的な力の前に失敗に終わるという結果に終わってしまう。


ある国は特殊部隊を派遣、数名の生存者を残し敗走。


また、ある国は軍隊を送り込み、壊滅しかける。


しびれを切らし、階層の奥へと人員を送り込み核を撃った国もあった。


そして、異界を核で破壊しようとした国は災厄の魔物を降臨させ、滅びる結果となる。


異界探索最初期は1~10層で出現する魔物など大して強くはない。そのため重火器を用いて倒しながら進めた。しかし、それ以降の階層では進めはするものの次第に魔物は強力になり進むことは困難だった。


銃弾が効かない鋼の身体を持つ魔物。

戦略的に攻撃をしてくる魔物。

刃物や鈍器などの武器をつかう魔物。


そんな相手に対して手も足も出ない状況の中でどう覆したのか。


それは、皆が全力で戦っている最中に、ある噂が広がるところから始まる。


「銃弾がなくなったので人型狼の牙でつくった棍棒を使ったらすんなり魔物を倒せた」


重火器で歯が立たない敵を前に魔物の牙を棒に適当にくくりつけたような棍棒で倒せたなどとにわかには信じがたい。

そんなファンタジー要素たっぷりな噂であるがために試す人は少なかった。


そのため、その方法を試す人が多く出るのに時間がかかった。


しかし、噂は徐々に真実味を帯びる。


異界で採れた素材を加工してつくった武器は異界の魔物を倒すことが容易になる事実。


その事実が確立され、現在は大剣や片手剣、弓、槍、短剣などのゲームなんかでメジャーな武器から棍棒、トンファー、手裏剣、はたまた己の肉体から暗器に至るまで、ありとあらゆる武器を用いて立ち向かう近代にして歴史を逆行した戦いの様式となった。



 大宮異界4階層のアラネアを頑張って倒していた春人。

そいつらを相手にしていたのに対し9階層の魔物は、アラネアなんかと比べると力や知能、殺傷能力にいたるまで段違いの相手だった。


どうあがいたって探索始めてわずか2週間の初心者が勝てる相手じゃない。

自分の探索している範囲は4階層であり9階層付近の魔物ともなるとそれなりの身体能力が必要になる。


エンカウントしてからいまだ10分と経たない時間。

背筋を伝って流れる汗から、ひやされた異界の空気を感じる。


刀を持つ右手を前にかまえ、脇差を持つ左手を後ろへと構えた。


鼓動が高鳴り緊張が自らの筋肉の動きを制約する。


やつはさっきの一撃で牙を1本折っている。


牙と牙で音を反響させてから俺の位置を探ることはできないだろうからこれはチャンスだ。


やつは正確に音源のする方もしくは反響によって位置を特定してから衝撃で石をも砕きかねない跳躍力でこちらへと目で捉えられないような速さで一直線に飛び込み鎌のような牙を突き立ててきた。


ならば!!


ゆっくりと音を立てないように慎重に後退する。


やがて背に壁を感じる位置まで後退したのを感触で確認。

そして、右腕を前に突き出し刀を握りしめた。


右腕を前に突き出し、腕を勢いよく壁へと刀の頭で打ち付け壁から直角に切先が蜘蛛へと向くように刀を固定する。


その後、打ち付けた音が響き、毒蜘蛛は獲物を逃すまいと敏感に反応し勢いよく刃の向いている方へと、飛びかかってきた。


この一瞬だ。


やつが体よく刀に刺さって自爆したとしてもしくじれば、鎌状の鋭い毒牙が右腕へ刺さって毒で俺が死ぬ。

蜘蛛の口が切っ先に触れ突き刺さった。


その感触を永遠とも感じるような時の中で刀から脊髄反射の如く流れるように手を放す。

そして、左腕に持つ脇差を両手で持ち体重をのせながら勢いよく蜘蛛へと突き下ろした。


「うぉおおおおお!!!」


渾身の一撃だ。

脇差を突き下ろし、すべての体重を蜘蛛の頭胸部へと乗せる。


しかし、甲殻が硬く、うまく刺さらない。


突進の勢いが収まらぬ蜘蛛は壁に叩きつけられ地面へと転がる。


刀に突き刺さった蜘蛛は串刺しにされながらものたうち回る。

そして、柔らかそうな腹部を洞窟の天井へと向けた。


そのすきに飛びつき握りしめた脇差で首元を切り裂き止めをさした。


止めをさされた蜘蛛はしばらく8本の足をカタカタとばたつかせる。

次第に動かなくなり絶命したのを感じた。


緊張をほどき強く握りしめた脇差を放して自身も倒れ込む。


言い表せないようなめまいで平衡感覚を失い周りがぐるぐる回る。

小さい頃に目を回す遊びをやりすぎてひどくなったような感覚だ。


「そんなに時間は経ってないのに必死で戦うとストレスと疲労でこんな感覚に襲われるのか?」


目がまわり震える左手で右手首の脈を感じ生きているのを実感する。

やつに勝ったのだ。



 20分位しただろうか。 

めまいは、若干収まり倒れた体の重みを感じながら起き上がる。


手負いとはいえ格上の相手との戦いに勝利した喜びが体の内側からこみあげる。

その感覚が心地良い。


今までは無難で安全に、そして好奇心のままに異界探索をしてきた。

それは、当たり前で自ら危険に身を投じるようなことをするのは、とても愚かな行為だからだ。


そんな経験だけをしてきた2週間。

このようなギリギリで危険な戦いは、とても斬新だった。


それ故か死闘を乗り越えた喜び。

生きている喜び。


その感情に幸せを感じながら白い光が照らす洞窟の中でぽつんと1人だけ仁王立ちしながら深呼吸する。


「異界の空気も悪くないな」


傍から見れば刀で串刺しにされた蜘蛛の死骸のそばで深呼吸をする変態か何かのようにうつりかねない。


そんな絵面ではあるが死闘を乗り越えた嬉しさと達成感で満たされているため、誰かに見られているという無粋なことを気に止めるような心の余裕はなかった。


さてと、探索を打ち切るにはかなり早いが毒蜘蛛を解体して一旦地上へともどろう。


一方の牙は砕いてしまったので売り物にはならないだろうがこいつの体中に巻き付いてるような甲殻が売れるだろう。


このような蜘蛛の解体は、大宮異界の近くで店を構える異界素材買取の魔物専門店でなんとなくだがやり方を教わった。


それに前の4階層まで来る道中で狩ったアラネアで慣れてるため毒っぽい液体に注意しながら難なく解体する。


戦利品は脚の甲殻8本と頭胸部に覆いかぶさっている甲殻2つ、腹部の背を厳重に守っている甲殻4つだ。


異界探索を始めた頃は気持ち悪くて「うげぇうげぇ」言いながら解体をしてたのに今では慣れてしまったためか特に何も感じない。


「2週間でも人はかわれるんだな」


人によっては地上へと魔物を持ち帰り解体専門の解体職人に頼む人もいるが手数料が高い。


そのため10階層以下の魔物は解体手数料の割に元がとれないことが多いため、その場で解体し素材を持ち帰って売買するのがセオリーではある。


あとは解体職人の同行という手もあるが雇うのにお金がかかるため、これは最下層の攻略や大きなチームを組んだりしたときでない限りなかなかないだろう。


そして、解体した戦利品をリュックにしまい込み一旦1階層入り口へと向かうのだった。




春人メモ

・異界を壊した結果。

異界は生きているなんて記事があった。そこには異界を核で壊した国が強力な魔物を召喚させる事態になりその国は崩壊するにまで至るほど異界というのは不思議な存在だ。


著者、平橋 啓治(ひらはし けいじ)


・異界産の武器防具

異界で採れた素材で作る武器を使用すると魔物を倒しやすくなる現象が報告されている。


・身体能力

探索階層が進めば進むほどずば抜けた身体能力が身につく。縦横無尽に駆け巡ったり、長い距離を走り抜けることができたり、泳ぎがとてつもなく早くなったりと異界から受ける謎の恩恵がある。

そして、驚異的な能力まで身につくことも・・・・

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