第4話 -わずかな時間の死闘-

 アラネアより小さい見た目をしているにも関わらず硬そうな甲殻で身を包み、相手が例え西洋の甲冑を身につけていたとしても、いともたやすく貫けられそうなほどの鋭い鎌状の牙。


この特徴に合致する魔物を知っている。


今日の探索に向けて出来る範囲での準備は怠らなかった。

怠らなかった。

ではなく興味本位で調べてたのだが……


しっかり準備した部類としてはお金に余裕がないので食料と水、光源くらいしか持ってきてないため疑わしいが、こいつは9階層に出現するはずの魔物だ。


それに報告件数なんて、ほぼないに等しいはずの超レアな魔物。


ベノム・シデンド・アラネア


別名、暗殺毒蜘蛛と呼ばれている。


その由来として大宮異界9階層は起伏が激しく歩くのが困難なほどの環境なのだ。

この毒蜘蛛は、その起伏の激しい天井や壁にそれらと同じ色になるよう糸を張りカムフラージュして潜んでいる。


潜み獲物が来たとき、驚異の跳躍力で獲物の弱点めがけ一直線に口元に有る鎌状の牙を振るう。

一瞬の内に牙に含ませた毒を注入して獲物を絶命させる。


9階層の作りと出現頻度の少なさに加えて気がつきにくいという特性もあり、この蜘蛛によって餌食となった異界探索員は多い。


暗殺毒蜘蛛は地面に牙を当てた。

そして獲物がいない事に気づくように周りを伺いながらカチカチっと威嚇音を出す。


目が潰れてるのは助かった。


普段暗闇の中で目を頼りに動いているとも思えないが、音を頼りにして位置を特定してから攻撃をしたように見える。


つまり、暗殺毒蜘蛛の目が潰れていなかったら威嚇音が聞こえる前に飛びつかれ、殺されるか手足のいずれかは確実にもぎ取られた後、毒で死んでいたであろう。


さあ、どうする。


誰かがやったのか目をやられてるようだ。

石を奥へと投げてやつの気を逸してから全力で逃げるか?


だめだ、あの速さで俺の走ってる方へと来られたら詰む。


さっき入り口にいたチームに助けを求めに行くにしても逃げきれない。

それに、あのチームがこの毒蜘蛛を倒せる保証なんてない。


下手をすればひきつれた魔物で人を殺す殺人者になりかねない。


この状況でどうするか考えろ。


音を立てずにやり過ごすのも無理がある。


やつは確実にこちらがいるのは理解しているんだ、いずればれて攻撃がくる。


そういえば、さっきいたチームは装備があちこち切られたような傷跡だらけでボロボロだったな。


帰る所だったのだろうか?

いやまてよこんな朝早くにか?


もしかしたらこいつにやられて逃げてた所だったりして……


常に1~3匹で行動するはずのアラネアが7匹もいたのは普段この階層にいないはずの魔物が特殊な条件で出現して毒蜘蛛の取り巻きになっていたとかあるんじゃないか。


いやしかし、常に1匹で行動していると書いてあったような気がする……


考えてたって始まらない。

こんな根拠もない憶測を立てたところで、こいつと戦ったとは限らない。


仮に知っていたのであれば、この蜘蛛がいるのなら教えてくれてもいいのになぁ……


くそ。


責任を他人へ押し付けるのは簡単だ。


今もこうして誰かのせいにしている自分がいるのが情けない。

逃げるのがだめならば、ここでやるしかない。


暗殺毒蜘蛛が行動を起こす。


『カチカチ……』


威嚇音が消え静寂が訪れる。


数秒後────


カチン!


洞窟中を大きな音が反響する。

その瞬間、こちらへと一直線に飛びかかってきた。


照明の光にあてられた牙は白く輝き放物線を描くように春人の胸へめがけ飛んでくる。


反射的に右手で持っていた脇差を構えてから峰(みね) で牙を横へと受け流す。

受け流すと言うより牙が体にあたらぬよう避けるようなものに近い。


受け流してもなお緩まない衝撃で暗殺毒蜘蛛とは斜め反対方向へと体が吹き飛んだ。


洞窟の壁に背中を強く打ち付け、肺がどうかしたのか呼吸ができない。


「あ゛あ゛ぁ゛」


苦しい、声にならないうめき声が出るが次第に呼吸ができるようになった。


9階層の魔物はこんなにつよいのかよ!

息を切らしながら痛感する。


まだ暗殺毒蜘蛛と対峙してからそう時間はかかっていない。

なのに、そうなのに。


体がたった1回、背中を撃ちつけた程度で、もう悲鳴をあげている。


緊張か衝撃のせいか、がくつく足で立ち上がり後方へと吹っ飛んでいった蜘蛛を見つける。


吹っ飛んでいった暗殺毒蜘蛛は壁に激突する。

しかし、激突したのもお構いなしに立ち上がっている。


あんなのに勝てる気がしない……


壁に打ち付けた衝撃で脇差を放してしまった。

このような狭い空間でサイズの合わない武器を取り出すのはタブーではあるが仕方ない。


ゆっくりと刀に右手を添える。


やつがカチン!っと一発だけ鳴らしたのは、この洞窟の反響音で俺の位置を捉えるためだったのだろうか。


蜘蛛って耳みたいな器官がしっかりあるのか? 

そんな真似は、コウモリかクジラとかの十八番かと思っていたが、また鳴らされたらあの攻撃が飛んでくる。


考えろ、どうすればこの状況を切り抜けることができる。


考えを巡らせている最中、再びカチン!っと音が鳴る。


電光石火のごとく暗殺毒蜘蛛の牙が再度胸へとめがけ飛んでくる。

その一瞬に反射的に右へと踏み込む。

体の中心へと一直線にくる牙から体をずらし居合斬りを繰り出した。


暗殺毒蜘蛛の跳躍よりも早いスピードで居合斬りをした刀は蜘蛛の牙めがけ2つの刃があたり合う。


鳥肌が立つような金属音を洞窟中に鳴り響かせ、この当たりあいに全集中力を捧げた。


死が間近に迫る中、走馬灯を脳内が駆け巡るより速くなる感覚が襲う。


しかし、刀が牙に当たりはしたが蜘蛛の勢いに押し負けて刀と体が後ろへと追いやられる。


今度は刀を離さないぞとぐっと柄を握りしめる。


結果、刀の主は弾き飛ばされ後ろの壁へと打ち付けられ倒れ込む。


ああ、体が痛い。


もうだめだ……


そう言って投げやりになりながら、その場で休めたらどんなに楽だろう。

まだこの資格を取ってこれからがんばるぞってときに死ぬなんてどうなんだろうな。


悪くはないのかもな。

帰りを待つ家族も友達もなにもない自分に、もはや生きる意欲っていうのがなんだったのか思い出せない。


異界に入場してから数百メートル、最速で死んだ男。


そんな話がまことしやかにささやかれるだろうか。



────なしだな。


ここで諦めるくらいなら、ここで命を投げ出すくらいなら。


もう5年前に死んでいる。


それにこういうときのために頑張ってきたんだ。

あの日、自分の大切な物を全て失ってからようやく心に区切りをつけて立ち直ってきてこれだなんて笑おうにも笑えない。


もっとやれるだろ。


なにもない。

ほぼ0からのスタート。


みんなの分も生きて、この異界を、この世界からなくすくらいに、みんなを守れるくらいに強くなるんだ。


たかだか2階層手前で9階層の魔物に出くわすような不運で死んでたまるか!



刀を杖に立ち上がる。


息が荒い

次食らったらもう立てるだけの根性がなくなりそうだ。


足元を見ると幸運なことに最初に衝撃で手放してしまった脇差が近くに落ちている。


神様も味方してくれてるみたいだ。


暗殺毒蜘蛛も立ち上がり次の攻撃の準備をしている様子。


だが今回は、やけにあの蜘蛛が体勢を立て直すのが遅かったがどうしたんだ?

 

暗殺毒蜘蛛の口元を注視すると牙が片方折れ、もう片方にはひびが入っているのが見えた。


あの一太刀で折れたのか?

これはやれるかもしれない。


だが────


落ちている脇差を拾い

右手に刀、左手に脇差をしっかりと握りしめる。

刀を扱う武道の型としてはなんとも言えないだろう二刀流の型だが最後の悪あがきをしよう。

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