第3話 -大宮異界第1階層-

────大宮異界、第1階層


 異界へと入場すると空気が変わる。

ところどころ雨の匂いが染み付いたような湿気とひんやりとした空気が頬をなでてきた。


中は、明るくところどころに小さな照明が設置されている。この照明のおかげで暗すぎて困るということはない。


都市部にある洞窟系の異界は、ある程度の階層まで照明や何かしらの設備があったりすることが多い。

普段は、携帯式LEDランプというカンテラの現代バージョンみたいな代物をつかって探索をしている。


見た目もカンテラっぽくてまさに探索しているぞという気分になれるお気に入りの逸品だ。


人の手が行き届いた異界であるところの大宮異界は、もちろん人の出入りも多く光源を持参しなくても探索できる。

そんな探索初心者にも優しいつくりになっており、異界探索員になりたての大半の人は都市部の異界探索から始めるのがスタンダードであると異界探索ガイドラインでも紹介されている。


第1階層は、高さ2階建ての建物が余裕で入るくらいの大きさはあるだろう洞窟で所々にある照明が白く輝きあたりを照らす。


まるで水晶や宝石か何かに反射した光が薄暗い空間を照らし出している、そんな綺麗な風景が広がっていた。


利便性のみを特化させてるであろう照明ですら風景の一部として楽しめてしまえるような綺麗な景色でも油断してはならない。


この異界の地下1階では正に初級、初心者向けと言うような弱さの魔物がしっかりと出現する。


その魔物は、体長70cmはあろう大型のクモが1~3匹で行動している。


ふと思うのだが、こういうアラネアというように魔物の名前は誰がつけてるのだろうかと疑問に思う。


大きなくもだし名前は大蜘蛛とか日本っぽいような名前でも良いような気もするが……


まあ、考えるだけ無駄かなと余計な思考を繰り返していると先で武器を振るい戦っているような音が聞こえてくる。


その音の先に魔物とエンカウントしたであろう5人組のチームがアラネア2匹と戦闘しているのが視認できた。


なんだかとても必死な様子が伺える。

その5人組の周りには5匹くらいのアラネアの死骸があるため合計7匹のアラネア集団を引いてしまったのだろう。


初心者向けといってもアラネアは素早い。

正確に武器を当てるのはなかなか難しく、動きは飛び跳ねたりと至って単純なため慣れてくると倒すのに苦労はしない。


ここで重要なことが一つある。

異界内で他のチームと遭遇した場合に異界探索の暗黙のルールがあるのだ。


その1:マナーよく

その2:人の獲物は横取りしない

その3:助け合うこと


矛盾しているようにも感じるが、これはかつて魔物の素材を取り合い暴力沙汰にまで発展する事例も少なからずあったためいつしか、この暗黙のルールが公式ホームページやガイドラインでも載るようになった。


下手に絡んで面倒な事態になるのはごめんなので、この場合は素通りするか別の道を選択するのが賢明だろう。

幸い横幅は広いので横をささっと小走りに素通りすることにした。


素通りした先にちょうど左右二手に別れた通路があるので右へと進んで行き、そのまま奥へと歩いていく。


異界は地下の階層へと至るまでのルートが多く、1階ですら3箇所もある。


どのルートも試しにマッピングはしてみたし、前回は4階層まで行ったので最短ルートで下層へ向かうことにする。



1階層の足場はあまり険しくないため体力の消耗はなくスムーズに歩くことができた。

先程の5人組のチームか先に進んだ人が魔物を狩っていったのか、アラネアには出くわさずに第2階層へと降りられるところまで来た。


まだ人が入ってなさそうだからアラネアを数体は倒せるかなと思ったのだけど先を越されていては致し方がない。



春人は少し残念そうに階段のある方向へと歩き始めた。


すると。


『カチカチ!』

『カチカチ!』


どこからか不自然な音がしはじめた。

この歯と歯で鳴らすような音といえば……アラネアの威嚇音だ。


しかし周りを見渡す限り、アラネアの姿などどこにもない。


先ほどの空間と違って、ここは少し狭い空間だ。


なのにアラネアの姿はなく見つからない

警戒を強め腰の脇差に手を添える。


すぐ近くにいるかのような気配なのになにもない? 


少し起伏のある壁や中くらいの岩陰のある環境もあってか、うまく居場所を見つけることができない。


威嚇音がするということは、敵がすでにこちらの存在を捉えているということだ。

アラネアなら飛びついてきてもおかしくはない。


どういうことだ。


警戒をしつつ構える。

戦闘態勢を維持し1歩、また1歩と旋回してもう一度見回す。


『カチカチ!』 

『カチカチ!』


少しずつ大きくなっていく威嚇音は鳴り止まない。


左足を斜め後ろへと動かした拍子に石を蹴った音が鳴り響く。

次の瞬間、石の有る方向へと何もいなかったはずの壁から黒い何かがとてつもないスピードで飛びついてきた。


とっさにそいつが飛びついた方向から後方へと戦闘態勢を崩さずバックステップし脇差を抜く。


洞窟の暗い闇を照らす白い照明が、その先にいた魔物の姿をあらわにした。


見慣れていたはずのアラネアより少し小さめだ。

4っつの目が切られており口には、鎌状の鋭い牙が生えている。

そして、8本の足が柔らかいであろう身を守るために発達した甲殻で太くまきついているやつがいた。


「?!」


そいつがいる意味がわからず戦闘中であるはずなのに体が固まった。

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