第22話 -幸せの灯-
大きく響く声なのか言葉なのかわからないうなり声は、反響しこちらを委縮させるには十分な威力を誇っていた。
────第XX階層(9階層)
「春人さん! 本当に逃げてください」
「お願いです!」
「紗雪さんを一人置いていくなんて嫌に決まってるじゃないですか!!」
「このままじゃ二人とも死んじゃうんですよ?!」
「紗雪さん……」
「チームメンバーはお互いの命を預け合う間柄だって言ってましたよね」
「ここで仲間を見捨てて十字架を背負って生きていくくらいなら、あのゴーレムと最期の一戦をするだけの覚悟ならもうできてますよ」
「っくぅ」
涙を流す紗雪。
振り返らず刀に手をかけ鎧の石像へと歩いていく春人。
どうして執拗にここまで追いかけてくるのかもよくわからない。
だが、ここで退いてしまえば、心まで退いてしまったなら。
二度と立ち上がることなんてできない気がする。
「さあ」
後には退けない。
「鎧のゴーレムさんよ!」
戦うしかない────
そして、ここを切り抜けるには……
勝つしかない。
「勝負だ!!」
刀を握る。
地面を強く蹴り走り出す。
なるべく紗雪から離れる。
今の目標は、戦いの場を動けない紗雪から離すのが先決だ。
そして、レイピアを構え勢いよく飛び出してくる鎧の石像。
速い。
だが、あのイタチに比べたら、レイピアの速さこそ、あの攻撃を上回りそうなものの本体は、そんなに速くはない。
圧倒的に違うところがあるとするなら、異常なほどの怪力が刺突武器に乗る所だ。
刀とレイピアがぶつかり火花を散らす。
ぶつかり合う度にアルミ缶を破裂させたような轟音が鳴り響き異界中に反響する。
呼吸が乱れる。
受け流し、追撃してくる2撃目を紙一重で避ける。
地面を蹴り、あらゆる移動を駆使しつつも追いつき攻めの姿勢を崩さない。
一つ一つの刺突が勢い余り、通り過ぎてゆくのと同時に風を巻き起こす。
まるで雨のように降り注ぐ刺突が戦いの読み合いなど不要とでも言いたげなほどに襲い来る。
前方から降り注ぐ雨はやがて春人の腕に、足に、肩にとかすめていき徐々に血で濡らしていく。
背に壁を感じ横へと飛ぶも、より鋭い刺突は壁をも貫いた。
呼吸が荒い。
胸が苦しい。
頭がぼーっとする。
すべてを投げ出し、あの刺突に貫かれるがままに体を差し出せば楽になるのだろうか。
危険な思考を振り払い、悲鳴を上げる肉体と足に鞭を打つ。
幸い、一度もメンテナンスがいらなかった不思議な刀はぴんぴんしている。
どうして、この刀は、傷つかないのだろう。
ランサアラネアの硬い甲殻に刃を突き立て、泉尾の盾を崩すために何度もその刀身を叩きつけ、異界の魔物を幾度となく斬り伏せた。
きっと、俺は……
この刀を充分に使いこなせていないのではないのだろう。
自分でもわかる。
この刀がいかに規格外の一品であるのかが、噂に聞く妖刀や名刀なのだとしたら、なぜ普通の、いや寂れた神社に奉納されていたのか。
身の丈に合わない力を釣り合わない手で握り、振るう刃。
刀は名刀なのに振るう人間がこれでは、子供のチャンバラと大して変わらないほどに未熟なものとなってしまうのだ。
そして、容赦なく時は来る。
迫りくる刺突を受け流し、受け止めてを繰り返し反撃の隙を伺う春人に鎧の石像から繰り出される両腕の強力な刺突が容赦なく春人の態勢を大きく崩した。
「ここまでか」
目に映るこれまでの記憶と幻。
広がる暗闇。
時は戻らず。
悔いてもなお進み続ける残酷な時間の流れ。
日々を無為にすごしていたのだろうか、努力は足りなかったと思う。
平穏だった日常が崩れて、刀を手に取り日銭を稼ぐ毎日。
そうか、たとえそれが大変なことの連続で死ぬ目に何度もあったとしても、それらの日常は、新しい生活は、気付かないうちに一つの幸せとして流れていたんだ。
いや幸せでずっと満たされていたんだ。
洗脳されたような考えなのかもしれない。だけど、何気ない日常が過ぎ去っていった時間が失って気づいた時に幸せで満たされていたのかもしれないと気づくその時があるように。
一つの灯が目の前に灯る。
心を満たすような温かい明りだ。
5年もずっと一人だった。
だが、今は違う。
一人を極めたような人間にとって当たり前が当たり前じゃなくなって、少し違和感を覚えながら過ごした数日は、それはそれでとても楽しいものだった。
それを守りたい。
もう一つの灯がともる。
幻覚の中で灯がいくつも連続して現れる。
現れる度に心が満たされ、体が熱くなる。
そして、「死なないで!!」と響く言葉が春人の崩れた姿勢を大きく取り戻した。
両の腕より繰り出される刺突を横薙ぎで払い、ここへきて鎧の石像を攻めの姿勢から引き離すことができた。
刀が震えている。
まるで自身の高ぶる精神と体に呼応するように、胸の暖かい感情が刀へと伝わるように優しい光が零れ落ちた。
「極光之構(きょっこうのかまえ)」
そうか、きっとこれがそうだ。
これが極光之構だ。
姿勢の問題じゃなかったんだな。
疲労を重ねた筋肉がまだやれると震える。
「待たせた」
「ここからが、本番見たいだ」
「縺昴�豺。縺榊�縲∵悴辭溘〒縺ッ縺ゅk縺瑚歓縺ッ謌舌▲縺溘�縺�縺ェ」
向き合う春人と鎧の石像。
互いが姿勢を正し、刀を、レイピアを構え沈黙する。
初速は速く、互いが互いのスピードを見間違えるように地面を蹴る。
刀とレイピアが交錯し、ぶつかり合う金属音は、もはや聞き覚えのあるそれとはまったく違う音を奏でた。
次々と繰り出される刺突。
目にもとまらぬ速さを真っ向から斬り伏せ、敵の攻撃をへし折るように前へ出る春人。
互いの攻撃を避けては防御し、受け流しては移動し、縦横無尽に繰り広げられる戦闘は、傍から見ていて感歎の言葉しか出てこないほどに目が追い付かない。
一太刀、また一太刀と鎧の石像へと傷を負わせていく春人。
同時に音速を超える刺突もまた、春人の体を傷つけていった。
流れる血と崩れる石の体。
刀から零れ落ちる光に照らされ幻想的な景色を作り出す。
そして、自身のこぼした血に足を取られたその時、鎧の石像がレイピアを十字に構え風を作り出す。
レイピア事春人の脇腹へと命中し十字の傷を作った。
あふれ出る血。
「っぐ!!」
飛んで行ってしまいそうな意識をぐっと引き戻し、刀を柔らかく、そして強く握った。
「富嶽崩天!!」
縦斬りに勢いの乗った斬撃は鎧の石像のレイピアごと腕を吹き飛ばす。
刀を収め、自身の知りうる最高の抜刀を繰り出す姿勢を作った。
一閃。
放たれた抜刀は雷の音を轟かせ洞窟中を揺らす。
「天雷一閃……」
勝負は決した。
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