第20話 -約束-
落ちていく。
よく夢にみる足を滑らせた感覚とよく似ている。
「紗雪さん!!」
崩れていく瓦礫を一つ一つ蹴り落ちていく中、紗雪のところへと向かう春人。
危機的状況の中で人は一体何をするのか。
きっと真価の問われるような状況なのだろう。
そんな中でも心にある意思は、ただ守りたいという欲求と目の前で誰かを失いたくないという恐怖が紗雪のところへと体を突き動かす。
「春人・・・さん?」
頭部を保護するように抱きしめまっすぐと谷底へと二人は落ちていった。
─────第XX階層。
淡い光が瞼を貫き、気持ちの良い風が体を包み込む。
鈍い意識の中で微かに聞こえる誰かの声。
「・るひ・・ん!」
「は・・とさん!!」
眩しくツンとくる光の中ゆっくりと目を開ける。
「春人さん!! よかった・・・」
身体が冷たい、どうやら運よく深い河かなにかにおちて流されたようだ。
「ん、っく!」
「動かないでください」
「私をかばって強く背中を打ち付けたみたいですので、そのままで」
「なるほど・・・」
「わかりました」
横になり天井の隙間から差し込む光を浴び大きく深呼吸をする。
そうだ、石橋が崩れて落ちたんだ。
あの時の痛みなのかは知らないが両腕がジンジンする。
幸いあの刀もしっかり回収されているようだ。
紗雪さんには感謝だなぁ。
「あれから、どれくらい経ったんですかね」
「そんなに時間は経ってないですよ」
「春人さんのおかげで、ずぶ濡れになる以外ぴんぴんしています」
「経緯としては、川の流れに沿って流されてきて適当なところに上がったといった感じですかね」
焚火が起こされ、服を乾かす紗雪。
ついでに、自身が身に着けていた甲冑や防具を取り外されて地面に並べられている。二人とも防具の下に着る黒いインナーのみの姿になっていた。
これは、目のやり場に困る。
「この焚火は?」
「ここから見える石垣の上に枯れた木が多かったので拝借してきました」
「火は、私のインベントリーバッグに入っていたライターですね」
「やっぱり探索の先輩は用意するところが一味違いますね」
「どこで必要になるかはわからないですので準備は基本です!」
「っと、よし」
何かを準備してこちらへとくる紗雪。
「起こしますのでちょっとすみません」
背中に手をまわして起こしてもらう春人。
普通だったら女性の腕力だと重くて上体を起こすなどなかなかできないいことだと思うけれど、さすがは探索員といったところだ。
こちらが特に起き上がる力を入れるタイミングを逃したとしても軽々と持ち上げ座らせる。
さて、起きたがいったいなにを────
「ちょっと脱いでもらえませんか?」
「え?」
「え?」
『・・・・・・』
一瞬沈黙する二人。
あっけにとられたような表情で目を見る春人に対し、意味を理解した紗雪が顔を赤くして切り出した。
「ちょ、ち、違います!」
「背中です!!」
「どこか打ったんですから治療ですよ!」
「それに、そのアンダーウェアの上からじゃ、うまく治らないと思ったので言ったんです!」
「あ、ああ! すみません」
「頭がぼーっとしてるせいか、いきなり何を言い出したんだこの人って思っちゃいました」
「もう、こっちがびっくりしましたよ!」
デーモン・ハウンド戦の後に傷口に塗ってもらった旭日隊印のポーションを手に取り、薬液を布にあてたる。
よく伸び縮みする上着の黒いインナーを脱ぎ、春人の背中にゆっくりとポーションの染みた布を当てた。
「くぅ、しみる!」
「我慢です」
「あぁ、でもだんだん気持ちよくなってきました」
背中の微妙な位置を打ってしまったため押さえ続けてくれる紗雪。
この用意の良さの裏には紗雪の探索員としての経験もあるだろうが、やはりインベントリーバッグのおかげというのも否めない。
たくさん物を入れられて、重さも変わらず持ち運ぶのも便利、素材もほぼほぼ思い通りに持って帰れる。
いつかはほしいなぁ・・・・・・
沈黙が続き、そっぽを向いて黙る紗雪をよそにインベントリーバッグについて考える春人は、ここで重大なことに気づくのだった。
ん、何か忘れているような。
「そうだ!!」
「うわ!」
「びっくりした」
「どうしました?」
「リュック! 流されちゃったでしょうか・・・・・・」
「あれ? 春人さんのリュックは、8階層に降りる階段においてませんでした?」
「ああ、そうだ良かったぁ」
「人の出入りが激しいところだとあまりほっとする状況じゃないですけど流されてはいませんよ」
ヒヤッとしたところで、ふわついたような意識からも立ち直り考え事をする春人。
オーガとの戦いや落ちた経緯、そして頭の中を過った新しい技・・・・・・
考えることはいっぱいだったが、ひとまず大事なことがある。
「ここ、どこら辺でしょうね?」
「私もいまいち、判断しかねているところなのですが、多分9層か10層、もしくはそのまま8階層にいるということも考えられます」
「とりあえず、天井から光がこぼれているということは8階層の遺跡の作りとはまた違った場所にいるのは確かですので多分9層か10層だと思います」
「やっぱ紗雪さんすごいですね」
「んふぅ」
背中越しではあるがなんとなく満足げな表情が目に浮かぶ。
周りの状況を改めて確認するため、ぐるりと見まわす。
あるのは流されてきただろう川とそれをまたぐように長く続く綺麗な石造りの大きな橋。
そして、橋の先には大きな扉を構えた、いかにも何かありますよとささやいている小さな砦。
「あれ、どう考えても戻るなら砦のない方向ですよね」
「そうですね」
「行くなら向こうがセオリーですが、ここは異界です」
「常識を打ち破ってあの砦に入っていくのが吉な場合かもしれないのが恐ろしいです」
「優柔不断にさせようとしてません?」
「してませんよ」
「異界という場所は予測がつかないじゃないですか」
「一応がっかりしないようにする心の保険です」
「その保険必要ですか?」
「必要です!」
背中の気持ちよさと供に傷のある違和感がなくなった春人。
身体を動かしてみて、少しふらついたものの落ちる前と変わらず問題なく動けた。
「もう大丈夫です」
「押さえてくれてありがとうございます」
「いえいえ! 私こそ、あの時守ってくれてありがとう」
「本当に危なかったから助かりました」
お互い焚火を囲い服が乾くのを待つ。
インナー1枚だけ着ている娘が目の前にいることで目のやり場に困り防具を見る春人。
だが、買ったばかりなはずの防具なのに凹んだり、やぶれてたり、ぼこぼこしてたり傷だらけなのを見て落ち込む。
「ど、どうしました?」
「あ、いや・・・・・・」
言い淀んだ時、紗雪が明るい表情で前向きに言う。
「大丈夫ですよ!」
「ここがどこだかいまいちわかりませんがなんとかなりますって」
すまん、違うんだ。
気を使ってくれたのはうれしいけれど、買ったばかりの防具なのにもうボロボロになってしまって、『また出費がかさむのかぁ』という哀愁に満ちていただけなのだ。
「なんか、すみません」
「気を使わせてしまって」
「私も探索したてのころ、異界で予想外のことが起きてですね、チームメンバーと離れ離れになってしまった時があったのですよ」
「それで、その時一緒にいた人が『心で負けたら勝ちはない、困難な状況でも価値を見出して常に楽しむだけの余裕を持て』って言ってたんです」
「なんだか、とても精神が強そうな方ですがいい言葉ですね」
「強いというか、図太いというか、その時は、なかなかそんな気にはなれなかったんですけど後で困難な状況を楽しんで全力でいることが大事なんだなぁって思うことがったので若干、今の座右の銘です」
いよいよ『出費やだなぁ』という生死を分ける状況下においてのくだらない思考で哀愁漂わせた自分が恥ずかしくなってきた。
だが、装備の変え時もまたFM店へ行って相談するのもいいのだろうが、ここで探索員の先輩である紗雪に聞いてみるのもまたいいのではないだろうか。
ならば、正直に話そう。
「紗雪さん」
「今考えていたことなんですけど・・・・・・」
「はい」
神妙な面持ちでたずねる春人に対しごくりと唾をのむ紗雪。
「装備がボロボロになっちゃって、またメンテするか新しいの買うかで出費がかさむなぁっていうのを考えていたのです」
「すみません、不安とかじゃないです」
「・・・・・・」
面を食らったように沈黙する紗雪だったがしばらくして笑い始めた。
「いやぁ、春人さんらしいですね!」
「紗雪さんが励ましてくれてるんだと感じてなんだか・・・・・・」
「別に胸の内を言わなくても、そんな人の心の中なんてわからないんですから正直に言わなくてもいいですよ」
「あぁ」
「あぁ、じゃないですよ!」
「ちょっと笑わせないでください!」
「神妙な顔つきで何か大事な相談事なのかなってちょっと身構えちゃいました」
「ああ、でも相談したいことがあるのは確かですよ」
「そうなんですね」
「ということは装備のことですか?」
「はい」
「紗雪さんから見て、今の装備って変え時だと思いますよね?」
「そうですねぇ・・・・・・」
「今のところ順調、とまではいかないにしてもすんなり探索できてますし、それなりの強敵とも渡り合っているので初心者御用達の甲殻装備じゃちょっと心もとないっていうのは確かだと思います」
「なのでもうちょっとランクが上の頑丈な装備をそろえる必要はありそうですね」
「なるほど」
「よかったら渋谷の大型FM(ファミリアマーケット)へ行ってみませんか?」
「渋谷ですか?」
「そうです!」
「ピンからキリまでいろんな武器や防具、探索アイテムまで取り揃えてありますので見るだけでも楽しいですよ!」
「それに私の友達がそこで働いているので、暇だったらいろいろと見てもらえます」
「いいですね!」
「ぜひ行ってみたいです」
「それじゃ決まりですね!」
「春人さんは、結構いつでも大丈夫ですよね?」
「はい! ずっと暇です」
「ずっと暇・・・・・・」
「それじゃ、日程はまた探索員アプリで伝えますので装備選びしにいきましょ!」
装備を買いに行く約束をした春人と紗雪、服が乾くまで防具や武器をメンテナンスや探索のコツを話したりして時間をつぶすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます