第19話 -奥義、富嶽崩天-

 地面をえぐるほどの勢いで駆け抜けるオーガ。

両腕に強く握られる石の斧。それらを支える太い腕、浮き上がる血管。

血走った目が常軌を逸しているのが一目瞭然であるのは確かだった。


「速い?!」


両腕で振り下ろされる石斧は、地面をえぐり大きく崩れた。

咄嗟に避ける春人と紗雪。


「ぐぉおおおおおおおおおお!!!!!」


地は鳴り、空に響き、耳へと伝わる音は痛いほどに強かった。


「いったいなにが・・・・」


「どういうこと?」


紗雪ですらわからない逸脱した現象。オーガのパワーアップは、先のオーガ達と比べ物にならないほどに強力なものとなっていた。


「来ます!!」


ちりちりと斧を引きずる音とともに切り上げられ突風が刀をかすめる。


紙一重でかわす春人。

切り上げの怯んだ瞬間を狙って腕に一太刀入れた。


見てるこちらがひるまざる負えないほど血飛沫をあげた。

だがオーガは臆さずにこちらを見つめる。


態勢を直し、一蹴りでこちらへと一瞬でくるオーガ。

だが、その速さに対応する春人。


地面に強く打ち付けられた石の斧はボロボロになっていた。


幾度となく振り下ろされては避け、振り下ろされては避けを繰り返し、通路の先にある石の橋へと戦場は移動した。


不気味な風が頬を撫でる。

異界特有の感触を感じ身震いする。


なんども打ち付けた石の斧は粉々に砕け散り、オーガは拳を胸の前で打ち合わせた。


「ぐぉおおおおおおお!!!!!」


力強い咆哮が橋をゆらし、空気を震わせる。


沈黙が両者を包み込み春人と紗雪は身構えた。


石がごろっと崩れたのを合図にオーガが勢いよく駆け出す。

力強い拳を作り、目では追いつけないほどの早さで目の前の春人と紗雪をめがけ拳を繰り出した。


めいいっぱい避ける。

紗雪も必死に拳から距離をとりバックステップとクレイモアを駆使して避けて、受け流して耐える。


しかし、何度も避け態勢を立て直し相手の隙を伺うも猛攻は止まず、ついには紗雪が石に足を取られてしまった。


「しまっ!!」


振り上げられた鉄のような拳は容赦なく紗雪へと襲い来る。


「紗雪!!!」


この距離、もう見るだけしかできないのか。


目の前がゆっくりと過ぎていく時の中、春人は気づく。


この一瞬を逃せば確実に紗雪さんはやられる。

やられなかったとしても大きな怪我は避けられないだろう。


突然現れたパワーアップしたオーガを目の前に、あの時の理不尽に対して刀を初めて振るった時の記憶がフラッシュバックする。


「もう、二度とやらせるもんか!!!!」


奮い立たせろ。

何のために己の刃を研いできたのか、だれのために自身が強くあろうと努力したのか。

守りたい、もう二度とあんな思いはしたくない。


力のない自分が悔しくて、みすみす目の前で両親を殺された自分が情けなかった、悲しかったから立ち上がったのだろう。


己の力を最大限引き出す。

刀から湧き上がる感触が量の腕を伝い全身へと広がる。


切り崩せ、目の前の理不尽の権化を。


白い光が刀から零れ落ちたその時、頭の中を過る言葉と供に技は放たれた。


「富嶽崩天(ふがくほうてん)」


目の前に繰り出された上段からの振り下ろしが斬撃を飛ばしオーガを真っ二つにした。

しかし、オーガの勢いのある拳は収まらず地面に強く激突し土埃をあげる。


「げっほい!!」


「っこほ、っこほ」

「助かりましたが今の何─────」


紗雪がしゃべろうとした瞬間橋が大きく揺れ、崩れていくのを感じた。


「え、ちょっと!」

「まずいです!!」

「春人さん、走りますよ!!!」


「うわ、でもオーガを! あれ解体しなきゃ」


「なんでそんなこと気にしてるんですか!!」

「あんなのそこらへんにいっぱい落ちてますから速く!」


しかし、元来たところへと走るも間に合わず、二人は谷底へと落ちて行ってしまうのだった。

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