第14話 -1人の覚悟-

────第6階層。


 淡い光が見える。

時計は13時を回りここまでくる道のりとしてはハイペースで進められている。


このままうまく探索ができたら今日中に10階層まで到達するかもしれない。そんな希望と目標を胸に6階層へと到達した。


苔むした匂いが風と供に背後へと吹き抜ける。大きな大木は折れておりトンネルを作る。川の音が鳴り響き、天井からはまた謎の光が降り注ぎ地上を強く照らす。


「とても穏やかな場所」


ここが一体どの程度広くて、どんな魔物がいるのかはわからない。

自然が作り出す綺麗な光景と音を目の前にしばらく6階層入り口で立ち止まる二人。


「白縫さんは、そろそろ荷物の空きがなくならないですか?」


リュックの横にあるチャックを開けて風呂敷を取り出す。


「これもありますし、まだまだ持てますよ」


「なんだか、見た目によらず結構入るんですね」

「持てなかったら遠慮しないで言ってください!」


気遣い痛み入る。自分のようにリュックを背負って探索する者にとって荷物の空きはとても重要になってくる。

夜空のようにインベントリーバッグなど所持している者は少数だ。

1からすべての素材を拾っていては埒が明かない。


そのため探索員の基本として、高く売れる素材を選別することをしなくてはならない。

狩った魔物には申し訳ないが捨てざる負えないことは多分にしてあるようだ。


現在の持ち物はイタチの長爪12本、イノシシの太牙1本、猿の石腕4本。

もしもいっぱいになってしまって捨てるのだとしたら大きくかさばるし値段がいまいちわからない石腕か大体の相場がわかっていて安いイタチの長爪あたりだろう。


「ありがとう」


メモを取り出しマッピングする姿勢を取ると夜空が先行して道なき道を歩き出す。

ところどころ獣道があるようで、警戒をする夜空。


すると、サッサッサと周囲を回ってこちらを伺っているなにかがいるのを感じ取れた。


武器を構え臨戦態勢に移る。


お互いに敵がいるという存在感を認識しつつも手を出さずにいる。

敵からはこちらが見えているようだが、こっちからは敵が見えずどこからくるかも見当がつかない。


一人だったらこの状況どう切り抜けただろうか。


だが、今は背中に夜空がいる。


周りにいる数のしれない謎の魔物がこちらを見ている状況を終わらせたのは敵だった。


春人へと向かって飛びつく、一つの陰。しかし、その動きは1階層から現れていたイタチより遅く鋭い爪が体へと届く前に切り伏せた。


「きゃいん!!」


まるで犬が痛みで鳴く時のような声がする。


切り伏せられた魔物を見る二人、だが刀身がしっかりと届いたであろう魔物は立ち上がる。

黒い影の正体は、2mくらいあるだろう大きさでところどころ茶色い鱗が体を覆う狼だった。足先には鋭い爪が地面をえぐり、2本の犬歯をちらつかせる。


「スケイル・ウルフ!」


「この魔物、知っているのですか?」


「はい……」

「スケイル・ウルフは、」


1匹がその場を離脱して2匹と3匹がこちらへととびかかる。

繰り出される爪の攻撃を刀で受けて流す。背後で振るわれるクレイモアは見事にスケイル・ウルフを捉えて鱗を突き破り1匹の骸が宙を舞う。


受け流して勢いを殺し着地したスケイル・ウルフはその場でとどまり宙を舞う同胞に視線を向けて茂みへとまた逃げ込んだ。


「やっかいです」


「この魔物の特性かなにかですか?」


「スケイル・ウルフは、本来スケイル・ハウンドっていうレッサー種を引き連れて狩を行う10層以降によくみられる魔物なんです」


「なるほど……」

「って私じゃかなり厳しい相手じゃないですか!」


「それもそうなのですが、おかしいんです」


「おかしい?」


「レッサー種を引き連れる性質で上位種のスケイル・ウルフが多数で狩をすることってめったに見ないんですよ」

「なので、もしかしたら……」


生唾を飲む二人。

夜空の考えていることはわからないが、目の前で舌なめずりをしてる他と違うやつをみたら何となくわかった気がした。


「そのまた上位種が引き連れているってことですね?」


その瞬間、空気を強く振動させるほどの遠吠えをする奴が現れた。


目は赤く、鬼のような角が生え口元から見える犬歯は4本、両前足にはブレードのように伸びた爪と体中を覆う鎧のような鱗。

スケイルハウンドより一回り大きく、その形相はまるで鬼のようだった。


「デーモン・ハウンド────」

「20層以上の魔物です! 退却を視野に入れてください!!」


「は、はい!」


普段見ない、その必死な表情が現在の状況を物語る。

だが、退却を視野に入れる。つまり、逃げ切れない可能性のが高いということなのだろうか。


前に出る夜空。その背をかばうように刀を構える春人。


一触即発の緊張状態が場を包み込む。


先制は、デーモン・ハウンド。

抑えられた闘争本能を掻き立てるかのように鋭いブレードで夜空を攻撃する。


しかし、見事に防ぎきる夜空。


その脇から夜空めがけて牙を突き立てようとする影に向かって切り上げる。鱗をはがし皮膚へと命中したらしく血を流しながら後ずさるスケイル・ウルフ。


「ナイス!」


そんな言葉と供に態勢を崩したデーモン・ハウンドに向かって追い打ちをかける。けれど負けじと繰り出されるクレイモアを避けバックステップをするデーモンハウンド。


この攻撃をしている最中でも周りのスケイル・ウルフは夜空を執拗に狙ってくる。


どうやらこの勝負の要が夜空であることをうすうす感づいているのだろうか。


迫りくるスケイル・ウルフ。

身体で割って入るように鋭い爪、鋭い牙を刀で受け止め奴らの体重に押しつぶされないように勢いの方向を変えて投げ飛ばす。


ふと気づく。


こんな狼に押しつぶされる?


いや、これで押しつぶされ殺されるのであれば大宮異界で退治した巨大蜘蛛の餌食になっているはずだ。


敵の動きを観察しろ、今は防げていても奴らもバカではない。

いつかは、この局面を押し通す策をもってこちらに攻撃を仕掛けてくるはずだ。


一刀一殺。


できるのならば、背にいる夜空を信じてこいつらを倒すしかない。

感覚を研ぎ澄ませ、音と空気の流れ、わずかな殺気で奴らの動きを読み取れ。


デーモン・ハウンドが再び夜空へ攻撃を仕掛ける負けじと繰り出される攻撃を避けつつクレイモアで受け流し反撃に出る夜空。


来る。

1匹のスケイル・ウルフがこちらへと飛び出した。


爪が腕をかする。

だが、その代償に奴の懐へと絶好の態勢で潜り込めた。


スケイルウルフの勢いの乗った攻撃を利用して刃を柔らかい腹部へと突き刺し、先を二つに切り裂いた。


「一匹!!」


血をまき散らしながら地面に倒れこむ。


それを見たほかのスケイル・ウルフが同時にこちらへと狙いを定めた。


「いいぞ」


手ごたえはわからない。だが、撤退の二文字を要求するだけの強さを秘めているだろうデーモン・ハウンドとの戦いに夜空が専念させられる時間を作れた。


視認4匹。


どうする? 同時に攻められたら負傷は必至。

考えるより先に最初の一匹が間合いに到達する。


単純な爪による攻撃をかわしてやり過ごす。

しかし、二匹目が行動を見切っていた。避けた先で突進を食らい血が流れる。


「っぐ」


続いて3匹、4匹と鋭い爪が肩と脇腹をえぐる。

痛い、熱い。


「白縫さん!!!」


勢いを逸らすので精いっぱいだ。

致命傷は避けれたようだが、勢いの乗った攻撃を受けてしまいその場に転がる。


デーモン・ハウンドの勢いの乗ったかみつきを後ろへと投げ飛ばす夜空。

こちらへと歩き出そうとした。


「来てはだめです!!」


「でも!」


「私なら大丈夫、攻撃がかすって噛まれて切られただけです」


あれ、結構重症なんじゃないか?

そんな疑問符の付いた思考を振り払い刀をおさめる。


「私は大丈夫ですから、夜空さんはその赤黒い犬を何とかしてもらってもいいですか?」


「は、はい!」

「死なないで」


そんなつぶやきを残しデーモン・ハウンドへと走る夜空。


よし、まだスケイル・ウルフの狙いは自分だ。

とどめを刺さんと動き出す寸前のような形相でいる。


どうしたら、この場面を乗り切ることができる?


どうしたら……


くそ!! なんなんだ、この情けない不安は!! 

一人対複数、そんな場面があるのは一人で探索を始めた時から覚悟していたことではないか。

あんな二重三重と攻撃を重ねられたくらいで怯んで負傷しているようでは先が思いやられるというもの……


自分に足りないのは何か。


待ったなしに仕掛けてくるスケイル・ウルフ。

そして左右へ飛びながらフェイントを入れて動きだしたやつの動きを見て気づく。


この流れだ。


そうか・・・

私には、速さが足りないんだ。


地面を蹴る。


奴が勢いを込めて地面から足が離れた瞬間がねらい目だ。

姿勢を低くしろ。


身体を小さくし的を絞らせろ。


そして速く動け。


足に捻りを加えて奴の攻撃を横目に見る。

そして一撃。


抜刀は腹部から勢いを殺さずそのまま背へと突き抜け、魔物を二つにした。

そしてその勢いを第二撃へとつなげるべく体を回転させてより、刀の速さを生み出した。


探索で上がった身体能力が思い描いた力に昇華していくのを感じる。


再び地面を蹴り、電光石火の如き速さで次のスケイル・ハウンドへと2足で飛び込んだ。


慌てたスケイルハウンドは、とっさに引っ掻き攻撃を繰り出そうと振りかぶるが遅い。

回転を加えた力が胸から顎を引き裂くのが速かった。


「2匹目!!」


「3匹目!!!」


そして、最後。


4匹目は、果敢に走り込む。

精いっぱい広げた爪で互いの命をもぎり取らんとする勢いでぶつかり合った。



なれない速さでつまずき倒れ込む春人。

その後方には、血をまき散らして倒れるスケイルハウンドの姿があった。


「4匹目・・・」


血を払い、刀を収める。

勝ったんだ。





魔物メモ

スケイル・ウルフ

多くは10層以降に出現し異界のゴールドスタンダードのような魔物で生息域も広く関東甲信越にある異界であればほぼ見ることのできる魔物。スケイル・ハウンドを引き連れて集団で狩を行う性質がある。


スケイル・ハウンド

関東甲信越、北海道、沖縄、四国の異界1層から10層でよくみられる魔物。一匹でいることが多く集団での狩を好まない魔物だが、より上位の存在が現れた時に驚異的な社会性を発揮する。

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