第10話 -加速する閃光-
「両者構えて!・・・・はじめ!!」
夜空の合図で始まった模擬戦、お互いに撃封結晶を小突いて始めた。
だが。
「遅い!!」
目の前にあったのは盾だった。
「っく!!」
盾で殴られ大きく飛ばされる。
っく、なんなんだこの痛みは?
まるで体の芯に響くような痛みだ。
いままで遭遇したことのない痛みとともに二転三転と飛ばされ転がる。
だが、そんな最中でも追撃が来る。
剣が振り下ろされ避ける間もなく胸にぶち当たる。
「っくはぁ」
吸っていた息が破裂したように出ていく感触と激痛が広がる。
だが、体は何ともない。
「白縫さん!!」
斬られたように感じた。
けれどそこには血もなければあざが残るような痛みもない。
なるほど・・・・
そんな得体のしれない痛みからか息ができない。咳き込み肺を動かす筋肉がうまく働かない。
「どうした? 終わりかな?! お侍さんよ」
「紗雪さん、こいつは倒れたよ」
「俺の勝ちだ」
俺の勝ちだ? 冗談ではない。まだ構すらしてないのに・・・
呼吸を整えろ。
いきなりの衝撃で少し肺がびっくりした程度のことだ。
こんな衝撃、ランサアラネアの突進を受け止めた時とか大猿の一撃をもろに食らった時に比べたらどうってことない。
「ま、まだだ!!」
「白縫さん・・・・」
夜空のほうへと歩いていく泉尾はこちらへと振り返る。
「立ち上がるとは恐れ入ったぜ?」
「そのあきらめの悪さにな」
「速度からして俺のことなんて見えてなかっただろう?」
「あんたは、紗雪さんと探索するには力不足だ」
「ち・・・から・・ぶそく?」
「ああそうだ」
「試合開始直後に敵からの先制攻撃を許す気の軽さ」
「初めてだからって、その初めての経験で命を落としてきた探索員なんて吐いて捨てる程いるぞ」
確かにこの人の言う通り、夜空さんと探索するには力不足なんだと思う。そもそも探索員として続けている年数も違うし、実力が離れているのだって考えなくてもわかることだ。
だが、模擬戦とはいえ実践であったのなら確かにもう命はないだろう。
もし、守りたい人がこの一瞬で守れなくなるのだとしたら、大切な人達が控えてるところで自分が踏ん張らなければならないとしたら。
敗けたくない。
「そう・・ですね、最初は不意を突かれましたが次はこうはいかないですよ」
呼吸が次第に元に戻る。大きく肺に取り込んだ空気が体を熱くし鼓動をはやらせる。
「ほぉ、それじゃやってみようかね!!」
「その次ってやつをさ!」
踏み込みが早い。
前傾姿勢で来るその様はまるで獣だ。
さすがは場数を踏んでる探索員といったところだ。経験のせいなのかいまいち相手の動きが読めない。それとも対人戦慣れをしているのか。
いずれにせよ魔物との戦いより遥かに高度な駆け引きが要求されている。今まで相手をしてきた魔物の攻撃はいたって単純明快だった。
それは純粋な攻撃の筋がよく見えるため軌道を読むのに苦労しないという独学の考えからくるものだが、相手が人というだけでこうも戦いずらいとは思わなかった。
突き出された盾を刀ではじき2撃目の剣による横なぎを屈んで避ける。
確かに速いが、イタチの攻撃に比べたらそれほど速くはない。
そうか、速さはあのイタチよりは遅いんだ。
繰り出される攻撃の軌道、重みのある一撃はそれだけで読みやすい。
流れを肌で感じ動きを目で記憶し体で応えろ。
繰り出される連撃をすんでのところで避けていく春人。
攻撃が来るたびに後方へ引き時には横に避け避けれないと判断するや刀で受け流す。
力で勝てない敵なら何回か戦っている。
越えろ、力で示せないのなら、正攻法で勝てないのなら、速さと技で相手を貫く。
剣による横なぎが頭上を駆け抜け、そのすきを逃すまいと脇へ一撃入れようとしたとき盾が邪魔をする。
こちらから初めての攻勢に出た瞬間だった。
カーンという金属の甲高い音が鳴り響き、攻撃と防御による衝撃で後退する。
両者供に息を切らしながら緊迫した間合いでお互いをにらみ合う。
「未熟な技でどこまでやれるか試させてもらいますよ」
「なに?」
「お前は・・・一体何なんだ」
「なんなんだとは何でしょうか」
「本当に探索初心者かってことだよ」
「まだ探索歴数か月とちょっとの貧乏探索員だ! 舐めないでいただきたい」
「今日の稼ぎがかかっている以上負けるわけには行かないのです」
つい本音が出てしまった。
「くっそ、ほんとうに何なんだ?!」
「だが、ここまで来た以上俺も敗けられねぇ」
「両膝つく気はないぞ!!」
両者勢いよく前へ飛び出す。
『せいああああ!!』
叫びは一色に交わり盾と剣による攻防、それら組み合わせた体術と剣撃が空を斬る。一方は刀1つで攻撃を見定め敵の得物を弾いては避けすきをうかがう。
両者の攻防は次第に撃ち合うごとに勢いを増していく。
その勢いを増した人物は泉尾ではなく春人だった。
そして戦況は徐々に泉尾が押されるようになっていく。
体が熱い、刀が燃える。
もっと速くもっと強く撃てると、こんなものではないと聞こえてくる。
刀と心を通わせるとはこういうことなのだろうか。
刀身が熱くなる。心が燃えるように熱くなる。
身体が臨界点に到達したような感覚に陥るとき蛍火が体から出てきた。
まるであの時のように。
そうか、これが極光之構(きょっこうのかまえ)なのか。あふれ出る光が刀の軌跡を描くように残る。
それは音のない雷のように淡く鋭く消えていく。
「こいつ?! 魔法を?」
刀は無造作に横へ、縦へ、斜めへとあらゆる方向からの斬撃が繰り出される。
疲労を感じる余裕なんてない。心の奥にある力の源から全身へと一気に押し寄せるエネルギーを放出するようにただ一心に考えうる攻撃の手段を行使する。
だが、一向に斬れる気配はない。あとすこし、あと一押しというところで盾を持ちなおされ防御を固められてしまう。
そんなあと一歩足りないという状況下でも春人の攻撃は威力と速度を増し続け泉尾の盾と剣は先ほどとは打って変わって防戦一方となっていた。
そして決着の時は来た。
増していった斬撃の威力で盾を大きくはじいた。直後咄嗟に構えなおされた盾を容赦なく縦斬りで崩し薙ぎ払いを一撃を加える。
「ぐぅう!!」
泉尾の叫び声が響く。
攻撃は直撃し、直後にすきありと間髪入れずに踏み込んだ。
だが、足に力が入らず加速し力を増した刀はによる研ぎ澄まされた斬撃が両者の間を駆け抜け周囲に強い烈風をもたもたらすだけにおわった。
「しまった」
「フレイムスイング!!!」
直後、熱く強い衝撃が腹部を突き抜け意識が消えた。
この熱い感触はなんだ。
どうして体に力が入らないんだ。
夢なのか?
いや・・・・
「白縫さん!」
「目を覚ましましたか」
目の前には夜空がいた。
「ここは・・・・」
「すみません、玄関が開いてたので運びました」
「鍵閉め忘れたっけか」
「あ、泉尾さんとの勝負は?」
顔を横に振る夜空。
「敗けちゃいました」
「もっと、鍛えないとですね」
「敗けちゃいましたけど泉尾さん行っちゃいました」
「そういえば・・・」
ん? 本当になんだこの状況は。
自分が寝てる状態で目の前に夜空がいて見下ろされるこの状況・・・・
これは?!
反射的に飛び起きる春人。
まさか彼女ができるより先に女性から膝枕をされるなどというイベントが発生するとは思いもよらなかった。
「うわ!」
「え、あ、どのくらい横になってました?」
「えっとですね・・・・」
「15分ちょっとですかね?」
「すいません! 膝痛くなかったです?」
「大丈夫ですよ!」
「それより気絶してるだけとはいえあの石はまだよくわからないことだらけなので心配しましたよ?」
「泉尾さんは派手に魔法を撃つし白縫さんは見えないくらいに速く刀を扱うしもう何が何だかわかりません」
「あはは・・・」
「それと、お腹を思いっきり殴られてましたけどどうですか?」
「お腹ですか?」
そうだ、思い出した。
派手に燃えるシールドがお腹にあたったんだった。
「だい・・・大丈夫みたいです」
腹に手を当ててさすったり押してみたりするが痛みも何もない。だが、疲労だけが蓄積されたような不思議な感覚がのこっている。
「よかった」
「それより! あの燃えるシールドで殴りつける技って魔法ですか?!」
「あんな技見たことないですよ!!」
「あ、ああの!」
「ちょ、ちょっと近いです!!」
「あ、すみません」
こほんと咳払いする夜空。
「少し落ち着いてから質問してくださいね!」
「善処します」
「善処ですか」
「はい」
「再発するのですか?」
「わかりません」
夜空が顔を手で扇ぎながら答える。
「徹底をお願いします!」
「はい」
興味のある魔法の話になるとたちまち我を忘れて前のめりになって聞こうとする姿勢は、学校や仕事なんかでは褒められそうなものだが、この癖は直して行きたい。
「それであの魔法は一体なんですか?」
「あれは武器に魔法を付与するウェポンエンハンスメントという類のものです」
「まだ、魔法を武器に付与する方法は一般的ではないのでとても珍しいですよね」
「武器に魔法を・・・」
「そんなことができたのですね!!」
この刀が炎を出したり、雷をまとったり水圧を飛ばしたりできるのかな。
だとしたら魔法ってとてもすごい・・・
「私にもできますか?!」
「白縫さんは・・・」
「扱うには魔法をまず扱えないといけないらしいので何とも言えませんが実際にさっき使ってませんでした?」
「え?! 魔法ですか?」
「そうです、剣先と体がふわふわと白く光る蛍に包まれて・・・」
「あれ魔法なんですか?!」
「え、違うんですか?・・・」
「てっきり幻覚の類かなにかかと思ってました」
「私たちもしっかり見てましたので少なくとも幻覚じゃなかったですよ」
「その光が出始めた時から一気に白縫さんのスピードが増して行って最終的には刀身を目でとらえるのが難しかったです」
あれは幻覚でも意識の高ぶりでもなかったんだ。
それにしても魔法を扱っているような感覚はなかったし、魔法のような幻覚を見ていた気分ではあるが・・・ 刀の周りと自分から蛍火が出てくるだけってなんだか地味な魔法だなぁ。
だけど刀を振るう度に熱が胸からあふれてきて力になるあの感触は、本物だったんだ。
いや待てよ。
「スピードが増したって?」
「とても速くなってました」
「まるでうちの隊長の剣技を見てるような鋭さでしたのですっごいびっくりしました」
「隊長ってあの魔物を一度に千匹斬ったっていう・・・・」
「はい! その千匹狩りの鈴木隊長です」
「白縫さんと同じ刀を使う人なんですよ」
「夜空さん会ったことあるのですか?!」
「一応2番隊所属の隊員なのでそれは話したことはありますよ」
隊員だと全国津々浦々と回るはめになって隊長ほどの地位の人にはあまり話したり見たりすることはできないのかと思っていたけど組織の中は結構フランクな感じなのだろうか。
半年前だったか、3年異界にこもっていて死亡説がまことしやかに流れていた調査隊の隊長が地上に戻ってきたってすごいニュースになってたりしてたのを見て隊長クラスの人たちはみんなやばい感じの人が多いって思ってた。
「話したことがあるなんてすごいじゃないですか!」
いやいや、と照れる夜空。
「それに二番隊隊長といったら異界に和服で行って立ち回る方なんですよね?」
「通る場所にいた魔物は全て真っ二つになってるなんて言われるくらい一撃必殺で屠っていってる噂はとてもしびれます!」
「あはは、本当に現れた魔物全部真っ二つになっていますよ!」
「ただ・・・・断面がすごい綺麗に斬られているから血まみれ地獄の風景が広がっていたのにびっくりしましたけど」
「それはホラーですね」
「ホラー異界になってました・・・」
あまり想像したくはない光景だが、いずれ自分もそんなことができるような人間になりたいと思う。だが、そこまでになるには一体どれだけの研鑽が必要なのか想像ができない。
異界ができてから5年は経つ、たった5年ではあるが人類が異界に費やしてきた時間と情熱は計り知れないだろう。
「そういえば」
玄関を開けて外へ出る。
そこには誰もいなく、止まっていた車もない。
「私は負けましたけど泉尾さんはどこへ行ったのです?」
「それなのですけど、白縫さんが倒れて私が介抱して玄関に運び入れた時舌打ちをして帰って行っちゃったんですよ」
「なんだと・・・・」
「あの勝負は一体?」
「わかりませんね・・・・」
「泉尾さんが一体何をしたかったのか私にもさっぱりわかりません」
「てっきりここから先の異界へ探索に行ってたので送ってもらっているだけだと思ってましたし」
玄関から出てきて車が駐車してあった場所を見る夜空。
「よくわかりませんが! 探索に行きますか?」
「白縫さん・・・・もう動けます?」
刀を取り出し腰に下げゆっくりと手を添える。
目を閉じて心の中を空にした。
────瞬間、空を斬るように居合切りを繰り出す。
腕の調子は問題ない。刀も手入れの必要がないくらいに綺麗なままだった。
「問題ないですね」
「ん~・・・」
「ちょっと休んでおきましょう」
「異界は何が起こるかわかりませんし常に万全の態勢でいるに越したことはないですから」
夜空は「おじゃまします~」と家へあがるのだった。
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