第9話 -模擬戦闘-

 極光之構(きょっこうのかまえ)、天雷一閃(てんらいいっせん)。

結局二つの技をそれらしく出せる成果はなくただ、素振りと瞑想をするだけで夜を迎えた。


夢中になって振ったためか手は豆のあったところが痛み血がにじむ。

休む予定のはずが探索以上に体を酷使してしまった。


この疲労を今夜中に回復しなければ明日、夜空に会った時にどうなるだろうか。


とりあえず明日のことを考えてもしょうがない。

汗と泥にまみれた体を暖かいシャワーで洗い流し湯船に浸かる。


「くぅ、傷口にしみる」


冬の寒い時期に入る湯船はまた格別だ。それにいつもはシャワーだけで済ませてたこともあり休日の特別感がより際立つ。


ゆっくりと体に熱が伝わっていくの感じつつ湯船に入り手を眺めて考える。


刀もそうだが、あの本っていったい何なのだろう。

今まであの刀で戦ったが問題なく斬れる。むしろ神社で飾られてたものにしては斬れすぎるくらいにだ。


そもそも真剣が飾られていたなんて驚きだし、何より今まで刀をメンテナンスしてきて砥石をしっかり買ったのにまったく切れ味が落ちない。


落ちないどころか使えば使うほどに鋭さが増していくようにも感じる。


そういえば、前原さん?だったかな昔のことだからうろ覚えになってきたが刀を調べたとか言ってたっけ。


結果、普通の刀だったとか言ってたような。


それに謎は刀だけじゃない。セットで渡された古い書物もだ。

本のような形状をしているが表紙は古いせいかよくわからない文字が書いてある。


そして古い書物というとミミズが這いずり回ったような感じで読めたものではないし解読を頑張ったところで一般人で凡人な自分には解読などおこがましい。


だが、一部だけ読めるのはこれもまた不思議だ。


今まで見ても聞いてもいないはずなのに・・・・


そもそも一番最初に目を通した時は、奥義天雷一閃の文字だけでそれ以外は何も読めなかった。


あ、そういえば少しずつ異界を探索し始めてわかったが異界を探索すればするほど文字は読めるようになっていっているような気がする。


確証はないし理屈もさっぱりわからない。


けれど回復魔法や炎を出したり水を生成したりなどの魔法が存在するのだからこういった摩訶不思議な現象というのも異界が現れたことと何か関係でもしているのだろう。


その類であるのなら納得もいくのだが、この書が記された時期はかなり昔のはずだ。


もしも異界や魔法がその年代にあったとしたら歴史上で問題になっていたと思うし突如消えてまた現代に再び現れただなんて今よりよっぽど意味が分からなくなる。


新しく読めるようになった場所は書物の最初に記されていたものだ。


 刀に助けてもらい、刀と心を通わした。


願わくば刀を扱うことのない平和な日々が続いていることを祈っている。しかし、平和というのはごく些細なきっかけで壊れ行く物だ。


壊れてしまった浮世に、この刀を扱うだろう子らに向け私が知りえた刀の力をここに記す。


幾重にも塗り重ねられたものであるが故にすべてを記すには時が足らず私が知りえたものだけであることを許されたし。


 白縫 智鶴(しらぬい ちずる)。


あのしゃべる犬も智鶴殿がどうのこうのと言っていたけど何かあったのだろう。

あれ以来、白柴は喋る気配もなく立派な野犬兼飼い犬の犬生を謳歌している正真正銘のただの柴犬だ。


ああ、考えれば考える程もやもやとわからないことがあふれ出てくる。あのしゃべる犬(神様)にもう一度会ったら聞きたいことがいっぱいあるな。


謎だらけでまったくもって理解できないが少なくとも今やれることだけはわかった。


体を鍛えて異界探索を頑張ることだ。

他にも読めたところに『心身を鍛え技を磨く、さすればおのずと刃を振るう度に刀が心を開かれん』とあったからそんなところだろう。


探索階層も奥へと進めればきっともっと読めるようになるはず。


風呂から上がりほかほかになったからだを拭いて髪を乾かす。

一連の動作は、昔であれば普通に味わい何気ない日々の中に埋もれていった幸せの一つなのだろう。


そして歯を磨いて眠る。



ゆっくりと目を閉じてから朝を迎えるのは早かった。


何度味わったか天気の良い日の朝は気持ちがいい。探索員になってから早起きに体がシフトチェンジしてしまったが、こんな朝を迎えられるのならば申し分ない。


以前なら早く寝るのは一日がもったいないと感じて夜遅くまで趣味まみれの生活を送っていたため、この心変わりは自分でもすごい驚いている。


 さてさて今日の朝食は、昨日狩った異界特産イノシシ肉だ。解体するときに皮をはいで血を抜いてポリ塩化ビニル!通称ビニール袋という今ではもらいずらい便利グッズに入れて持って帰る。


食品も売ろうと思えば売れるのだが、得体のしれない魔物の肉はうちじゃ取り扱えないとFMの店主に断られてしまったので仕方なく・・・・


食べることにした。


誰しもが得体のしれない肉は食べたくないと思うだろう。だが、空腹というものは恐ろしくたとえ得体のしれない謎肉だったとしても良く焼いて塩コショウしてしまえばよだれが止まらない最高級品の黒毛和牛にも匹敵しうる絶品に生まれ変わるのだから不思議だ。


そして炊いた玄米と近所のおばちゃんからもらったきゅうりとトマトをサラダにお吸い物を添えて今日の朝食は出来上がる。


謎肉・・・・謎肉にしては肉汁が噛めば噛むほどあふれ程よい塩加減が味を調える。

イノシシ肉は、今まで食べたことがなく噂では臭みがあるといわれているため覚悟はしていたが、臭みはあまりない。


血抜きがうまくいっているからだろうか。


そんな贅沢な朝食を食べ終え支度をする。

アンダーウェア着て甲殻の小手、胴当、腿当、脛当を装着する。

刀、脇差のフォルダー付きのベルトに研いだAWナイフをつけて装備の準備は万端。


ランタン、焼いたイノシシ肉、水筒、ロープ、砥石2つをリュックに入れて荷物も大丈夫。


「よし! 行こう」


玄関を閉めて、庭へと歩きだし夜空が来るまで刀を抜く練習をする。


ピコン!しばらく練習を続けているとiFunに通知が来た。


夜空 紗雪:おはようございます!

夜空 紗雪:1日だけのお休みでしたが体調はどうですか? 予定通り今車で向かっててあと10分くらいで到着しそうです!今日からよろしくお願いします(=゜ω゜)ノ


白縫 春人:おはようございます(`・ω・´)シャキーン

白縫 春人:ぐっすり眠れたので体調は万全です!!


うん、手が若干痛むくらいだそれ以外は問題ない。


白縫 春人:了解しました!こちらこそよろしくお願いしますね_(_^_)_


そういえば、上司に送り届けてもらってるって言ってたっけ。

しかし、上司に送り届けてもらうとはいったいどういうことなのだろうか・・・・


夜空さんは、俺が思ってる以上に偉い人なのかもしれない。


またここでもこの謎について考えなくてはならないのかと思い思考を止めて刀を振るう。こっちのほうが性に合ってるのか刀を振るっている時だけ無心になれる気がして心地がいい。


しっかり10分ほど経って車の止まる音が聞こえてきた。


夜空が車から降りても一人助手席から降りてくる人物がいた。


あれ、今日は3人で探索するのだろうか?

聞かされていた内容とは違うが3人でチームを組んで探索とはいよいよ探索員らしくなってきた。


内心胸を躍らせながら2人のところへと行く。

近づいて気づいたのだが、若干穏やかではない雰囲気のようだった。


「し、白縫さんおはようございます!」


「お、おはようございます?」

なんだか様子がおかしい。

「あの、初めまして! 白縫春人って言います! 今日一緒に探索に行く方ですか?」


「いや、俺は探索にはいかない」

「紗雪さんと行く探索員がどんな奴なのか少し気になってね」

「ほう、初心者か」


「あ、はい初心者です」


眉にしわを寄せ、しっかりと手入れの行き届いた甲冑装備に長剣と盾をを身に着けた背の高い人が藪から棒に話してきた。


「あの! 泉尾(いずお)さん、しっかり名乗らずにその言い方は白縫さんに失礼じゃないですか?」

「最近反異界派の動きが活発なのはわかりますが、白縫さんとは何も関係ありません!」


「隊員一人、未知の異界を探索させるのも俺は反対だったがぽっと出の探索員と同行などより反対だ!!」

「俺が今日はこの異界探索に同行する」


「はい?!」

「泉尾さんはこの先の秩父異界を探索するって話じゃなかったのですか?」


「あの異界の調査は大方終わってるからな、それに俺のほかにいる別隊員がしっかりやってくれるだろう」


運転席に座ってる人物はなんだか見覚えがあるな。なんだこちらをちらちらとみている。


「白縫さんと言ったかな?」

「よそ見をするとは良い度胸じゃないか」


「え? あ、はい白縫です」

「いや、泉尾さんと言いましたか、何かお話があるようなのはわかりましたが要は同行は認められないということであってます?」


「ああ、話が速いじゃないか」


「認められないのでしたらどうしたらいいでしょうか?」

「私も今日稼ぐために探索に出ようと思ってるところだったのでこの異界が使えないとなれば困ります!」


「なら、これで示したらどうだ?」

「あんたも初心者とはいえ一端の探索員なんだろう?」


指示したのは武器だ。つまりここで戦闘しろということだろうか。

だが、探索員の戦闘行為は地上では認められておらず違法行為になるはず。それに人を傷つけるために探索員になったのではない。


「それは違法じゃないですか?」


「そうです違法ですよ! 泉尾さん、白縫さんは以前の働き先の上司で素行も悪くなんてないですよ?」

「それに私から探索の同行をお願いしたのです!」


「模擬戦なら!!」

「その限りじゃないはずだぜ?」


「そう・・・ですけど。」


「力の不釣り合いは、不幸を招くこともあるのは知っているだろう?」

「俺は紗雪さんにそんな轍を踏んでほしくない!」


「ん~・・・・」


「すみません・・・・ 白縫さん」

「泉尾さんは、私も歯止めが効かないです」

「それに多分というよりかなりの実力差が・・・・あると思いますしここは辞退してください」

「本当にこっちの勝手で申し訳ありませんが、今日の探索は日を改めて」


確かにその申し出は勝手だ。だが、探索員同士の戦闘を法律で禁止されている以上、この戦闘は未知の領域だ。


とても興味がそそられるじゃないか。


人を傷つけるために探索員になったわけじゃない。だが、人を傷つける探索員や犯罪者にはどう対処するのか今まで疑問だった。


ニュースで少なからずある探索員による犯罪、異界で身に着けた力を振るっての犯罪。

強盗、窃盗、殺人、暴行、恐喝、強姦、詐欺、脅迫等々時代は、変わり個人が力を持つ時代になって海外諸国も平和だった日本もこぞって犯罪率が上がっていっている。


日本の犯罪など微々たる上昇率ではあるものの、旧政治が崩壊した後のその実は一体どうなっているのかさっぱりなところが多いような気もする。


それにさっき夜空さんが言ってた反異界派の動きというのもきっとそいう言うことだろう。


世界は平和だ。

武器を取らなければ平和を築いていくことができる。

だが、武器を手放した先に武器を取った連中に搾取され虐げられるなんてブラックジョークの効いた童話のような世界は冗談でも迎えてほしくはない。


平和に暮らす人々が一部の人間によって武器を持たざる負えない。武器を持たずに平和を掲げるのはきっと理想か夢のような何かなのかな。


なら、ここで一つ経験をするのも悪くはない。

結論は出た。


「模擬戦ってどんな感じでやるのですか?」


「やる気になったか」


「白縫さん?!」


「模擬戦ってことは命の取り合いな訳じゃないですし、それにここで退いたら多分こういうことがまた起こりますよ」


「ですけど! さすがに無茶です!」

「模擬戦とは言いますけどただの練習試合とは全く違いますよ?」


「まあまあ、度胸のある新人君を立ててやろうじゃないか」

「少し痛い目を見るだけで済むんだからね」


「私は反対です」


「夜空さん、私は大丈夫です」

「負けても今日の稼ぎがゼ・・ロ・・・・になるだけですよ」


あんまり考えてなかったけど、いや結構痛いなそれ。


「白縫さん・・・・」

「今稼ぎ0になるのが嫌だとか考えてませんでした?」


くっそまた表情に出てたか。こんな時でも変に表情に出さずきっちりと決めたいところだなぁ・・・


「まあ、負けたらまた今度探索しましょう!」


にっと笑ってみたが夜空は不安そうな表情でこちらを見つめてくる。


「準備は整ったかい? お侍さん」


「侍じゃないですけどね」

「お手柔らかにお願いします」


「へぇ・・・良い顔するじゃないか」

「少しは見直したぜ?」

「え~っと白井さんだったっけか」


「白縫ですよ、さっきあってたじゃないですか」

「始めましょう、時間も押してると思うんで」


泉尾という男は、背負っている小型のショルダーバックから2つ石を取り出した。

淡い紺色を帯びた石は丸く磨かれたようにつるつるだ。


「まあ、待てよ」

「これを見るのは初めてだろうから教えてあげるけど、最近京都の異界で採れた鉱石で撃封結晶ってものだ」

「名前の通り攻撃を防ぐことのできる魔力の籠った結晶だが、攻撃を防ぐには条件が必要だ」

「それは、互いに石を持っている者でなければその効果は発揮されない」


「へぇ! 異界にはそんなものがあったのですね!!」


ああ、やばい。緊張感を吹っ飛ばしてつい好奇心を刺激されてしまった。


「まだ世間じゃ商品化もされていない代物だが探索員の間では流行っている物でもある」

「これをお前にやるよ」


投げられた撃封結晶をキャッチする。


「使い方は簡単、自分の持っている武器で小石に軽く衝撃を加えるだけだ」

「そして模擬戦の制限時間は5分、効力もほぼ5分と短い」

「紗雪さん、ルールはいつもので立ち合いお願いね」


「それはあまりにも!!」

「くぅ、わかりました・・・・」


泉尾から何かの合図をされあきれた顔をしている夜空は渋々両者の間に立つ。


「白縫さん、すみません・・・・」


「楽しそうですし大丈夫ですよ」


申し訳なさそうにしている夜空、だがこの勝負を受けたのは俺だ。夜空さんに責任があるわけじゃない。


「へぇ、この場に立っても余裕でいられるなんて肝が据わってるのか面の皮が厚いのかよくわからないねぇ」


「まあ、理解はあんまりできてないので面の皮が厚いほうだと思いますよ」


「勝利条件は、相手を戦闘不能もしくは降参の合図をもって勝利とします」


いよいよだ、刀に手をかけ石を小突く準備はできている。

今回の敵は人間だ。人を斬るというのは一体どういう感覚なのだろう。時代劇とかで人を斬った数だけ強さが云々と言っていたのをテレビでみた記憶がある。


泉尾という背の高い人はもう剣を抜いて石をたたく準備をしている。


「それでは、両者見合って!」


緊張感が周りを包み込む。面白半分で受けてしまったようにも感じるが、必ず勝つなんて自惚れているわけではない。

きっと相手は夜空さんに匹敵するくらいに異界を探索している猛者だ。


そんな人間についこの間探索し始めた初心者が勝てるはずがない。ある意味出来レースのようなものだ。

だが、そんな理不尽にあがいてみようじゃないか。


「はじめ!!」

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