第7.5話 -ザ・ラーメン!-
「ここです!」
夜空の指さす先に例のラーメン屋があった。
暗い雰囲気のお店に横開きの戸、奥にみえる食券販売機がほんのり明るい。そして、古い暖簾にはザ・ラーメンの文字が書かれている。
「ザ・ラーメン・・・?」
こんなところにラーメン屋なんてあったかな。東日之崎駅(ひがしひのさきえき)は、以前人通りの少ない駅なのに点々と飲食店が近くにあったのだが災厄以降すべての店が閉店し、開店しているお店の姿を何年も見ることはなかった。
「なんだかおいしそうですよね?」
「いかにもラーメンを売りにしてるお店って感じですがいつできたのですかね・・・」
「あれ、知らなかったのですか?」
「知らなかったですね」
「もうこういうお店なんて建つことはないと思ってたのですこし驚きです」
「見たところ空いているお店もコンビニとここくらいですからね」
「どんなラーメンなのか楽しみです!」
がらりと戸を開けるといらっしゃいませ! と厨房の奥から挨拶が聞こえた。
販売しているのはどうやら醤油ラーメンがメインのお店のようで一押しの商品はタマゴともやし、メンマ、チャーシュー、青ネギがトッピングされているザ・ラーメンだ。
一押しという文字と醤油のうまみと濃厚なチャーシューがいい味出してますという吹き出し付きでボタンの周りに吹き出しがついていた。
「私ザ・ラーメン極旨! ていうのにしてみます」
「白縫さんは決まりました?」
「ん~、私は一押しのザ・ラーメンにしてみます」
「はい!」
そして、インベントリーバッグから財布を取り出し2枚の食券を買う夜空。
「え、いや悪いですよ」
「私も食べてみたかったので自分の分はしっかり払いますよ?」
すると手を前に出し待ったというようなポーズをとる夜空。
「久しぶりの再会ですし先輩探索員からのおごりということで!」
「それに少しだけ頼みたいことがありまして・・・・」
「頼みですか?」
「そうです! そんな難しいことではないのでし・・・・ とりあえずカウンター席に向かいましょう!」
久しぶりに再会して早々に頼みごとがあるというのは予想外だが、その頼み事とはいったい何なのか気になる。
歩くと木造の床からきしきしと音を立て古さが際立った物件であることを語ってくる。そして荷物を椅子の下にある籠に入れ座った。
「お冷どうぞ!」
「ありがとです」
出されたお冷をテーブルへと置いて食券をすっと前に出した。
「ご注文はザ・ラーメン極旨! っとザ・ラーメンですね」
「ただいまおつくりしますので少々お待ちを!」
「ちなみに麺の太さと硬さはどうします?」
「あれ、博多ラーメンなのですか?」と夜空。
「いやぁ、うちは元々博多ラーメンをつくってた店だったのですが、よく使っていた背ガラが手に入らないもんで店を辞めたのですよ」
「だけれども・・・・」
そう溜めた店員はすこし悔しそうな表情を浮かべながら渡した食券をしまう。
「店辞めてやっぱりラーメンが作りたいって感情がわいてきて・・・・ 紆余曲折、せっせと労働にいそしみながらようやくこの場所に店を構えることができたんすよ!!」
「すいません少し熱くなりました」
「ああ、いえいえ」と熱い思いを冷ますようにお冷を飲む春人。
「なので細麺選んでいただけたら麺の硬さも調節できます!」
「なんだか変わったお店ですね」
直球に突っ込む夜空。
「変わってはいますが、ここから新しい博多ラーメン!ザ・ラーメンを確立して世の中に広めるのが俺の夢なんす!」
ここへきてこの店の店主と思われる人物に夢を語られる客の気持ちというのはとても複雑な心境だ。
そして無慈悲に「それじゃ普通の麺で!」と言い放つ夜空。
少し間が開いただろうか。
「へい! 普通の麺ですね!」
笑顔で復唱する店主。
この流れで普通の面でという夜空には恐れ入ったが先ほどまでのやり取りはいったい何だったのかを考えてしまうと負けな気がするため自分は細麺を頼むことにした。
「私は細麺で!」
「お! 硬さはいかがされますかい?」
あ、考えてみれば硬さの名前なんてよくわからなかった。硬いと歯にくっつきやすいのだろうか・・・・もっちゃもっちゃしてたら嫌なので柔らかめでお願いすることにした。
そうお願いすると店主?は、慣れた手つきで器を取り出し、作り置きされ種類ごとにわけられたような麺を茹ではじめて調理を開始する。
ぐつぐつと煮えるスープの匂いが食欲を掻き立てていくのを感じながらラーメンが出来上がるのを待つ。
待っている間はすぐに過ぎ去る。手際の良い動きに注目してしまい春人と夜空は黙々とラーメンを作っている店主に見入っていた。
気が付くと「へいお待ち!!」と目の前にザ・ラーメンが置かれていた。ほんのりと香る醤油に鶏がらでだしをとったのか食欲をよりそそるような湯気が食欲のスイッチをオンにする。
『いただきます!』
同時に出されたラーメンを二人は、同時にいただきますと合掌した。
まずはスープを啜る。あったかいスープの成分が味蕾を刺激しキュンっとなる感覚を楽しみながら久しぶりのラーメンのおいしさを堪能する。
「はぁ・・・ おいしい」
保存のきくインスタント食品で味わうことのできない調和のとれた味わいは、飽きさせることなく次へ、そして次へと箸を動かさせる原動力となった。
隣の夜空もおいしそうに食べている。
細麺という店主が売り出した選択肢をあっさりと切り捨ててはいたものの基本に忠実でスタンダードのおいしさを堪能するのもわるくなかったなと少し後悔する。
だが、軟らかめに作ってくれた細麺は、細いにも関わらずもちもちとしておりスープとよく絡むためうまさがかみしめる度ににじみ出てくる。
しばらく久しぶりのお店特性のラーメンに舌鼓を打っていると「お客さん達は探索員ですかい?」と聞いてきた。
「そうですよ」
「さっき探索から帰ってきました」
スープを一口飲み切った夜空が答える。
「ああ、それはお疲れさん状態ですな」
「今日行ったところはあまり深いところまでではないのですけどそこに見合わない魔物と出くわしたのでなおさらですよ」
「そういえば、ここの近くにも1か月くらいで新しい異界が出たって話じゃないですか」
「世の中物騒になったものですねぇ」
「そこ私の近所なんですよ」
「近所?!」
「そりゃ落ち着かないんじゃないですか?」
「都会でしたらまだ守備隊もいますし監視もされてますけどここは野ざらしもいいところじゃないですか」
「できちゃったものはしょうがないですし、私も探索員なので一応一人ですが様子は見てますよ」
「一人とは心細いですねぇ」
「ん、となりのお姉さんは一緒じゃないのですかい?」
「となりのお姉さんは今日久しぶりに会った職場仲間なので今までは一人で探索してましたよ」
「そうだったのですか・・・・」
「探索員って普通はチームを組んだりとかするんじゃないのですか?」
「それが普通ですよねぇ」
「私も駆け出しのころは友達と他に組んでいた仲間がいましたし話を聞く限り一人で異界へ行く人なんてあまり聞かないです」
くすくすと微笑む夜空、店主らしき人物も異界へ行くなら仲間は大事だと言わんばかりのうなずきっぷりでいる。
「募集は、したことがあるのですが一人も来なかったのですよ」
「報酬とか日時とかいろんな募集条件を参考にたてたはずなのに・・・・」
「あれですよ、検索キーワードを間違えたとか・・・・?」
「しっかり入れましたよ」
「ああ・・・」
夜空の何かしらを納得したようなその感嘆符は、ボッチの傷をえぐるのに十分な破壊力をもっていた。
まさか、ここへきてボッチの傷をえぐってくるとはおもわなかったぞ・・・・
ラーメンを食べ終えた夜空と春人は、そろそろ店を出る支度をし器をカウンターの台において「ごちそうさま!」と一言。
「へい!」
「最近じゃ東京のほうで魔物の動きが活発になりつつあるなんてもっぱらの噂ですからね」
「命あってのラーメンだ、また生きてザ・ラーメンを食べにきてください!」
「また食べに来ますね!」と軽く挨拶を済ませて店をでる春人と夜空だった。
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