第7話 -インベントリーバッグ-

 外は日が短いためか空を赤く染め周りは暗くなりつつあった。


「っはぁ!」

「外の空気は良いですね!!」


大木の異界から出て深呼吸する夜空。


「長いこと異界にいると息がつまる感じがしますからね」


春人も深呼吸をして外の空気のおいしさを堪能する。


今日もまた死にかけてしまった。だが不思議とダメージは少ない。

体中がボロボロのような気はするが、まだいけると言いたげな自分がいるのを感じる。


ふと、まわりをみるが車のようなそれらしい移動手段のものはない。夜空さんは、ここまで駅から徒歩できたのだろうか。


そんな疑問が浮かんだため聞く春人。


「そういえば夜空さんは、ここまでどうやって来たのです?」


「私は車で送ってきてもらったけど帰りは徒歩になると思います」


「それはどうしてまた?」


「実は・・・本当は大猿を相手にしてた時には戻る時間をとうに過ぎていてさっきiFunをみたら・・・」

「また、夢中で探索をしているのか!また時間になっても帰らないから俺は帰るって連絡が来てました」


「それって大丈夫なのですか?」


「上司なのであとで怒られます!」


旭日隊は上司に送り迎えをしてもらうのだろうか・・・ しかし、定刻通り迎えにきても帰ってこなかったら心配で捜索に行くのが普通なのではないかと疑問が浮かんだが、組織の事情というものはよくわからないのでパスすることにした。


「まあ、いろいろありましたし話したら納得してくれますよ!」


「そうだといいですねぇ・・・」


ひきつったような表情で答える夜空はどう言い訳したものかと考えるのに必死そうだった。


「そうでした白縫さんは、確か近所なんですよね?」


「ん? ああ前にここら辺に住んでるって話しましたっけ」


「あ、はい!」

「ひょっとしてここの異界に近いのかと思いまして」


「えっと目の前に家があります」


「目の前・・・?」


目を丸くして夜空が見つめる先にみなれたこじんまりとした2階建ての一軒家がそびえたつ。


「ってあの家だったのですか?!」


「はい、あの家ですよ」


異界からでて丘になっている坂道をまっすぐ上りこじんまりとした中庭の門へとたどり着いた。

そこをくぐり玄関へと行く。


「あ、表札が白縫ですね」

「ずいぶんと大きい家ですがご家族の方と住んでらっしゃるのですか?」


「いや、家族は5年前に・・・」


「・・・!! すみません」


「夜空さんが謝ることじゃないですよ」


「ですが・・・」


そう夜空が謝ることじゃない。悪いのはあの非日常を作り出しすべてを奪っていった魔物たちであってそのことを知らないからと言って聞いたことではない。

とまぁ、完全に地雷を踏んでしまったような場の雰囲気だ。ふつうは聞いちゃうところではあるため仕方ないとは思うのだが夜空の表情は硬くなってしまった。


「私は、大丈夫です」

「そんなに気を病むような顔をしないでくださいな」


「はい・・・」


しょんぼりする夜空に話題を切り替えようとも問いかける言葉もなく回りをちらちらと見まわして車を目にした瞬間思いつく春人。


「ああ、そうだ! 迎えが来ないのであればよかったら近くの駅まで送りますよ?」


「私の不手際でやらかしたことでもありますので悪いですよ」


「ここから駅まで徒歩1時間くらいはかかる上に夕方の時間帯とはいえ外は暗いです」

「それらに加えて今日は一段と冷え込みますので遠慮はいいですよ」

「それに久しぶりに夜空さんにあえてうれしかったです」


「白縫さん・・・」

「それでは、お言葉に甘えてお願いします」


車のドアを開け助手席へと夜空を誘導する春人。

リュックを玄関に置き財布と鍵を持って車へと乗りこんだその時。


「ああ、荷物は適当に乗っけといて大丈夫です・・・よ?・・・!!」


「ありがとうございます?」

「それじゃ荷物をわきに寄せてと」


一つ気づいてしまった。

探索員は、異界へ探索に出る際に多かれ少なかれ荷物をいろいろと持ち込んだり素材を運んだりする入れ物が必要になる。

ならば今剣とささいなポーチ?ウェストバッグしか装備してない夜空は・・・


「あああ!! 夜空さん!」


「は、はい?!」


「あの!、えっと!! 夜空さんの荷物はもしかして4階層に置きっぱなしなのではないですか?!」


「えぁ、あ、いや、ああ、あの」


動揺している・・・これは、忘れてきてしまったのだろう。


「大丈夫です! 取りに行ってきますのでだいたいの場所だけ教えていただければ走って取りに行ってきますよ」


4階層までのランタイムアタック、こなれた場所と力の付いた自身の身体能力を試すのには絶好の機会である。多少疲れてはいるが明日休めば問題ないだろう。


「外は寒いので暖房をつけた車の中で待っててもらっても大丈夫ですか?」


遮るようにして夜空。


「あの!」

「すみません、ちょっと近かったので・・・」


いわれてみれば確かに話してる距離感は近かった。

お互い車の運転席と助手席に腰かけている状態ですこし慌てたため夜空へと前のめりになってしまった。


「へ?」

「あ、すみません! 取り乱しました」


一歩下がるように座席に座る春人。


「荷物は大丈夫です」

「それにわざわざ白縫さんが取りに行かなくても私が責任をもって取りに行きますよ!」

「そしてこれがその荷物です」


そういってコートの腰に巻いてあったクレイモアの鞘と一体にしているウェストバッグを指さして見せる。


「あれ、ですがそれですと荷物としては小さいのでは?」


「ふっふっふ・・・お気づきかもしれないですが、これインベントリーバッグなのです!」


「まさか!・・・ あの?!」


 なんでも入る、とまではいかないが実際の容量以上に物を入れられるという異界特産の鞄だ。ある証言からは亜人種の魔物が持っていたとの噂もあれば、落ちていたなどの証言、主クラスの魔物を倒した時に主を解体したら出たなどなど、どうやって作られたのか、どうしてそこに存在するのか不明な代物だが素材を持ち込んで日々稼いでいく魔界探索員にとっては、あれば便利で稼げること間違いなしの伝説の鞄だ。


「はい! 私もついに拾ったのです!!」

「とある魔物の体内から出てきてとてつもなく汚かったのでいっぱい洗いましたけど!」

「おかげで魔物の解体品をスムーズに運べますので今は手放せない存在になりました」

「大きすぎるものは無理ですが・・・」


「そんな貴重なものを腰にぶら下げてて誰かにとられるとかはないのです?」


「確かにそのリスクはありますけど見た目も地味ですしクレイモアの鞘と一体になっているので異界で手放すとしたらヤバイ状況ですね・・・」

「ですが、今は結構値段も安くなって多少の流通はありますので運がよければ白縫さんもどこかで拾えたり買えたりするかもしれないですよ?」


「ちなみにお値段は!」


「このタイプで800万円ほどらしいです!」


「は!!、はっぴゃ! 800万・・・」


この茶色い革でできたシンプルな鞄がどこぞのブランドの一品よりも高い価値を持っているとは、生唾を飲み込んでしまう。

だが、異界にはこんな摩訶不思議で面白い物があるのだとこうして現物を見て思うとやっぱりわくわくする。


そろりとウェストバッグを取り出して春人へと見せ、こんな風に今日とったイタチの素材でしたり大猿の素材が入ってますよと中に入れてあるものを取り出してみせてくれる夜空。


じっと、その実際の容量に合わないのにするすると入って行ってしまう素材達をどうして入っていくのかと注意深く観察していると。


「えっと使ってみます?」


「ええ! いいのですか?」


「白縫さんなら信頼してますし、少しなら大丈夫ですよ?」


ごくり・・・使ってみたい。

これがあれば食材等々入れて異界にこもることも可能だったりするのではないだろうか。

だが、まだ早い。


「いや・・・」


ちょっと、いや結構・・・ いやかなり興味はあるがここで、この楽しみを味わってしまえば実際に自分のものとして手に入れたときに感動が薄れてしまう。


そっと手を前に出して貸しますよ!っと言っている夜空に向かって待ったのサインを出す。


「信頼して貸してくださろうとするのはとてもうれしいですが、私も探索員となったからには探索して得た時の喜びと一緒にとっておくことにします!」


「その考え方いいですね!」

「白縫さんならきっと近いうちに達成するかもしれないですし日々努力ですね!」


「そんなに早くは達成できないかと思いますが・・・がんばります」


そして、それでは出発しますと合図をしてから駅へと向かう。

街灯がちらほらと真っ暗になりつつある夜道を照らしているのを横目に夜空は何かを考えているような様子で外を見ていた。


ラジオの音楽が流れ静かに運転をすること数分、静寂を打ち切るように。


「ぐぅ~」


さあ、お昼を食べてからまだ間もないのに腹の虫が恥ずかしげもなくお返事なさった。

夜空は、こちらを見て少し鼻で笑いながらその返事に対して答える。


「お腹、空きましたね」


iFunを取り出し何かを見ている夜空。


「ここの最寄駅の近くにおいしそうなラーメン屋さんがありすのでよかったら行ってみませんか?」


「ラーメン屋! 行きます!!」

「なんだかとても懐かしい響きのように感じます」


「ここ最近、復旧も進んでお店もちらほらとやり始めるところとか新しくできたところが多くなりましたからね」

「ラーメンを食べるのはかなり久しぶりです?」


「インスタントを除けば・・・最近、お金がぎりぎりだったので自炊生活に明け暮れた毎日でしたので私の感覚としては手の込んだ屋台食券ラーメンなんて古代の食べ物ですね」


「古代ですか」


「旧石器時代あたりかもしれません」

「もはやラーメンという古代のアーク的テクノロジーを現代技術でよみがえらせようとしたのがインスタンツショクヒンズで私は、そのよみがえらせようとした技術の味の記憶しかないという認識です」


「なんだかたとえがシュールですがつまり久しぶりなんですね?」


「はい!、久しぶりなのでちょっとテンションが上がりました」


そんなやりとりをしているうちに目的地の最寄り駅である東日之崎駅だ。徒歩でくれば1時間ほどかかる場所も車で来てしまえば15分もかからない。

駐車場へと車を止め荷物をもって目的のラーメン屋へと行く春人と夜空だった。

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