第5話 -無駄のない力-

 駆け抜ける春人。

刀を強く握りしめ全身へとエネルギーの根源たる血液を勢いよく流しこむように力を入れる。


大猿の元へと近づき、大猿もそれに反応して拳を構えた。


そして大猿の前で構える。


───イタチとの戦いの後に気づいたことがある。

目で追うことすらはばかられるような相手にどうやって攻撃を当てるのか。


その答えは単純で、この道に獲物が通るとして確実に捕まえたいのであれば罠を仕掛けるようなものと同じだ。

つまり予測することが重要なのだ。イタチの動きを予測して刃が当たるように仕向けたに過ぎない。


もしくは一瞬だけ刀の速度がイタチの速度を上回る程の抜刀で攻撃を当てる。


それに状況が変わればその予測もつきにくいことを思い知らされ常に居合斬りのような技を放つこのとできる状況にない場合、どうあがいてもイタチを倒すことは難しかった。


だが、イタチを目で捉えられるようになったとき、体の違和感に気づいたのだ。


まったく力を入れてないのだと・・・


そこで神社にあった書物を思い出した。

何が書いてるのかわからず一部しか読めない謎の文字の古い本なのだが、そこには「強大な力へと至るは無駄のない力なり」という文言があったのだ。


当時は攻撃の型を身に着け無駄のない動きで体力の消耗を抑えるものなのかと考えていた。


だが、今となってはまったく別の意味に解釈できるのだから言葉というのは不思議なものだ。


そして、その答えは大きな矛盾を生むこととなる。


それは力を加えなければ斬ることは出来ず、力を入れたとしても不完全な技となってしまうのだということだ。



大猿の拳が迫る。


息を深く吸い込み、吐き出す。

周りの環境が自分自身の力となるようなイメージを抱く。

心は熱く、体は冷静に・・・


現状で自身の戦闘力ではこいつに勝つのは難しい、ならば付け焼き刃でもあの書物にあるように強大な力を扱うために考える必要がある。


全身の力を抜く。

まるで流れる水のように大猿の拳を避けていく。

確かに無駄がないような気がする。


ときには刀で受け流し、自分の横を彫刻像のような拳が通るのを見送る。


これが無駄のない動きというものなのだろうか。


大猿の猛攻は続く。

何度も拳を振り上げてはこちらへと振り下ろし横殴り、下からの突き上げ、上からの突きおろし。


多彩な攻撃を休みなく打ち続けてくる。


避ける、そして拳を刀で受ける。

腕が痛い。


攻撃を刀で受けるたびに走る体へのしびれと負担がスタミナを削っていく。


だが、ここで折れてしまってはいよいよ命がない。


そんな時、大猿が再度叫びだすのだった。

夜空が大猿へと飛び乗り剣を背中へと突き立て切り刻む。


なんという跳躍力と力なのだろう。

これが異界探索をやってのけてるだろう人間の力なのだろうか。


だが一方で自分は身長4mはあろう巨体の大猿を相手に鈍器のような拳を刀で受けて避けてを繰り返しては耐えているのも現実だ。


以前の異界が出現する前の世界ではこんな光景は違和感でしかなかったろうに・・・


やまない攻撃は、受け流すことができなくなってきた春人の体をじわりじわりと蝕んでいく。


夜空のすきを突いた攻撃も虚しく春人への猛攻は止まらない。


避ける、攻撃を受け流す、避ける、回避と防御をひっきりなしに続けていたがやがて攻撃を受けるようになってしまう。


重い拳を受け止めるたびに体に衝撃が走りしびれが止まらない。

体力も限界にきておりいつ心の糸が切れないか、自分との戦いになってきていたのだ。


しかし、こんな状況であるからこそ心を落ち着かせる必要がある。

それは決してきらめたくないという性格からの意地なのか、死にたくないという生への欲求なのか。


現状では打開しうるはずもない強敵を前に、あの書物に書いてあったような力があることを信じて一点の賭けに出た。


すると落ち着かせていた精神がやがて研ぎ澄まされていくのを感じた。


刃先に光が集まっていくのを感じる。

実際に光っているのか定かではない。


だが、その刃の軌跡はとても美しい。


ついには大猿の重い右ストレートを刀で受け流す。

そしてすきができた。


「ここだ!」


唯一硬い腕の先へ一歩踏み込めるタイミングを見つけることが出来た。


筋骨隆々としたたくましい腕を横目に刀を上段で構え勢いよく雷がほとばしるような音で風を切りながら振り下ろした。


その上段からの振り下ろしは地面に勢いよくぶつかり大きな腕が転がって血飛沫が飛び散った。


大猿は転がり込み、斬られた箇所を抑えながらこちらをにらみつける。


まだだ、ここで退いては大勢を建て直されてしまう。もう一歩もう、二歩踏み込み全身に力をいれ大猿の体を斬ろうと前に出る。


だが、大猿も負けてはいない、残った片腕と刀がぶつかり合い。

お互いに譲れない攻防を繰り出す。


大猿は、倒れまいと溢れ出る血を一生懸命に止めようとしながら残る力を振り絞り殴打を繰り返す。


そのすきを逃さず夜空も攻撃を仕掛け2対1の戦いとなるが、時間はかからず早くに決着はついた。


夜空が前に出て大猿の拳を弾きとばし春人が懐へと踏み込んで喉元に刃を突き立てたのだ。


声にならない叫びと供に大猿が静かに命を終わらせるのを感じた。


何度も味わった魔物の事切れる感触は、あまり気持ちの良いものではない。だけれど今は、また一匹の強敵を倒し一歩全身した達成感を味わっていた。


刀についた血を拭き取り鞘へと収める。

夜空も長剣についた血を振り払いコートの腰に身に着けているホルダーへと収めた。


「倒せ・・・ましたね」


「ようやくですね・・・」


力が抜け地面へと座り込んだ。

横へと歩いてきた夜空に対して改めて挨拶をした。


「夜空さん久しぶりです」

「あの後・・・無事に切り抜けられたのですね」


「白縫さんこそ、自転車で魔物をひきつけて行ってしまった時はもうだめなのかと・・・」

「生きているのなら私か佐々木さんに連絡をしてくれたら良かったのに!」


「ああ・・・」

「すみません」


沈黙が2人を包む、少し怒り気味に言っていた夜空はそっぽを向いてから、その沈黙を終わらせた。


「でも、本当に生きててよかったです」


「うん・・・」


夜空も座り込み周りを見渡す。

気持ちの良い風が吹き抜け草原を揺らす。


言い得ぬ沈黙が続きゆっくりと疲れを癒やした。


「白縫さん」


「な・・・なんでしょう?」


鋭いような言い方で切り出す夜空にびくっとして答える春人。


「あの・・・戦い方を見て思ったのですが、いつもあんな戦い方をしてるのですか?」


「いつもじゃ・・・たぶん?」


「なんで疑問系なんですか!!」


「最近はなんだか強いのとよく出くわしますからねぇ・・・」


そして夜空から目をそらす。


「今、白縫さん目を逸らしてますよ?」


「おっと! これは失礼」


「私の力不足もありましたが・・・あのような戦い方を続けていたら命がいくつあっても足りませんよ?」

「ずっと魔物の前に張り付いて何度も攻撃を受けるリスクを背負いながら刀一本で戦って・・・ 現にいっぱいいっぱいで立ち上がるのもつらそうじゃないですか!」


図星だ。

昨日の2戦につづき今日の1戦と体への負担はとても大きい。


「休めばとりあえずはなお」


「動けず休んでる最中に襲われたりしたらどうするのですか?」


ギロリと睨みつけてくる夜空。


「その時は・・・頑張るさ」


また目をそらす春人。


「その時はきっと命がないですよ・・・」


呆れる夜空。


「ま、まあ! 乗り切れたし気持ち良い風に当たりながら草原で寝転がるのも乙なものですよ!」

「大猿の死骸がおまけで隣りにありますが・・・」


大猿に視線を向ける2人。そして疑問を感じたのか同じ質問を相手に向けようとしていた。


『この大猿って』


同時に声にする。


コホンと咳払いする夜空、間を開けて再び。


『このおおざ・・・』


先程までギロリと睨みつけていた表情から一転して笑顔になり笑う夜空。

「っふふ 白縫さんから先に話してください!」


「あぁ、そうさせてもらいますね」

「とは言ってもこの大猿って何なのですかね?って聞こうとしたのですが・・・」


「私も聞こうとしてたからお互い知るはずないですね・・・」


「ここで探索し始めて結構経ちますが初めてみましたよ」

「普段はこいつの小型の猿が所々にいる感じだったので群れをなしたりボス格がいるとは・・・」


「私も小さいのを見た!」

「ここの異界は今日調査で初めて来たのですが他の異界と比べてなんだかおかしいんですよ」

「すばしっこくて攻撃をあて辛いイタチに、いきなりあらわれて突進してくる大型のイノシシ、そしてロッククライミング・・・」

「このやっぱり絶対異界おかしいです!!」


「夜空さんもそう思いますよね?」

「って調査ってなんです?」


「えっと新しく出来た異界がどういう場所なのかの調査で・・・」

「あ、こう見えて私は旭日隊(きょくじつたい)2番隊所属なのですよ!」


「それはすごい」


旭日隊、とても危ういようなその名前で呼ばれる組織は旧体制にできた異界から国民を護る目的で設立された対異界防衛機関、通称日本防衛隊と呼ばれていた組織が政治体制が崩れ、新たな政権が発足した際にリーダー格の当時若干18歳の少年、月嶋 勇史 (つきしま ゆうし)が中心となって出来上がった組織だ。


1番隊から10番隊まであると聞いておりそれぞれ各都道府県のエリア毎に部隊は配備され異界の調査及び地域の治安維持を主な目的としている。


「2番隊といえば関東圏が主な活動エリアで人数も一番多いんでしたよね」


「そうです! 佐々木さんもいますよ!!」


「まさか、二人して旭日隊に加入しているなんてびっくりしましたよ」


「平和のために日夜努力をしているのです!」


ほめてと言わんばかりのドヤ顔でほこらしげに言う彼女は、どこか当時の夜空とは違ったところを感じ5年で人はこんなにも変わるのだと実感させられる。


「ああ・・・すごいです」


「なんか、若干ひいてません?」


「気の所為ですよ」


「気の所為じゃないじゃないですか!!」


「いやいや気の所為ですよ」


「だってまた、そっぽ向いてるんですもん!!」


しまったと再度目を合わせたがすこしほっぺたをふくらませるような表情を作る夜空は、すこし楽しげであった。


そして、少し休んでから立ち上がり解体に取り掛かる2人。

夜空は、ほぼ初めて見るような魔物だと言っていたが解体の手際は、何度も解体したことのあるような手慣れた手付きで大猿から戦利品を剥いでいく。

敗けまいと解体に取り掛かるがスピードが違い早くも精神的に敗北を味湧くこととなった。


戦利品は、石像のような硬さのある腕の外皮と毛皮、太い骨だった。


「いっぱい素材にできるところがありましたね!」


「哺乳類系でここまで取れるとは・・・」

「大きな魔物になると討伐するのが大変な分儲かりますね」


「哺乳類系でも魔物によってまちまちですよ」

「例えば・・・リーノっていうサイの形をした魔物がいるのですが、あの3角のカブトムシみたいに大きな角を持っていてその角がすごいいい値段で売れます」


「3角というとアトラスオオカブトみたいな?」


「あ!そんな感じの名前で一緒に行ってた仲間が言ってましたね・・・」


「それはかっこよさそうだ」


「そのリーノは、いろんな角の形の種類がいて1本角もいればクワガタみたいな角を持ってるやつもいる変わった魔物なんで白縫さんも茨城県龍ケ崎異界へ行けば見れますよ?」


「龍ケ崎異界・・・そこどこです?」

「そういう魔物も見てみたいですね」


「ですよね! 他にもかわいい魔物とかいっぱい見てきましたので今度一緒に行ってみましょ!!」


「場所にもよるけど考えておきますね」


久しぶりに会って会話に花が咲いたがこれからどうするか。

腕時計を見ると帰るにはまだ早く、進むには微妙な時間帯ではあるが大宮と違って近所の異界だ。


異界からの帰りが楽で戻ってきてしまえばすぐに家があるというのはとても良い。

命の危機はもう懲り懲りだがイタチとイノシシの素材では金額が安く大猿の素材はどの程度の金額になるのか未知数なためもう少し稼ぎたい


つまり、探索続行だ。


「私はまだ探索を続けますけど夜空さんは、どうします?」


「私もまだ調査する予定だから一緒に行きましょ!」

「久しぶりに会えましたしいろいろとお話もしたいです」


「よし、それじゃとりあえず戦利品は半々の取り分ということで大丈夫ですか?」


「えっと私は大丈夫だけどほとんど攻撃受けてたの白縫さんだし・・・」


そこで夜空は迷ったので代替案を出される前に切り出した。


「まあ、攻撃受けるのは慣れてるので半々にしときましょう」


慣れたくはないが働いていた時に夜空は少し細かいところがあってなかなかこういう判断をするのに決めあぐねていたことがあったのを思い出し取り分を颯爽と決める。


「わかりました・・・?」


突然遮られた夜空は少しびっくりしたようにこちらを見る。


「こういうのは半々の方がお互い気持ち的に楽ですよきっと」

「これから出現する魔物も半々でいきましょう」


「いいですけど・・・」


すこし納得のいってないような顔をする夜空。

夜空さんと揉めるということはないような気もするが金銭というのが絡み始めるとどうなるのかよくわからないのが人というもので決して信頼してないわけではないが信用してるからこそ後腐れなくいくために決める必要があるのだ。


「それでは、行きますか!」


「はい!」


そんな掛け合いの返事と供にあるき出す。


「あっとあぶないあぶない」


春人が背中に背負っているはずのリュックを4階層出口に置いてきているのを思い出し取りに行く。


出口へと小走りに向かい土をかぶったリュックを見つけて気づいた。


「ああ・・・」


大猿の投石によって塞がれた大岩をどうするか考えてなかったのだ。

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