第4話 -再会-

 暗がりの中、石畳と石の壁で出来た坂道を降りていき第4階層へと到達した。


暗がりに慣れた目は4階層への入り口から差し込む強い光で目が眩むが徐々に慣れてきた視界の先に草原が広がっていた。


4階層は大きな草原エリアになっている。


「異界って不思議だ。」


雑木林、森林、山登りときて広大な草原だ。

一貫性のないその作りは、まるでこの世を創った神様が適当に世界を切り貼りしてつなげていって生み出したように感じさせる。


とりあえずたくさん体も動かしたし区切りがいいので一休み兼昼食を取ることにした。


石畳に腰を下ろしリュックから頑丈そうな木でできたタッパーを取り出す。


今日のお昼は、昨夜茹でたアラネ・・・カニを!!


アラネアだとあまり考えたくないためカニという言葉でカムフラージュしよう。


豪勢で若干足が太めなアラ・・・ネ・・・・・・ 


ズワイガニの実をお手製のパンでサンドした一品だ。

これをズワイサンドと名付けよう。


「さてと、いただきます!」


かぶりと大きく頬張った。


それは、パンの間に挟まった身に染み込んだソースとマスタード、マヨネーズで程よく包み込まれ、それらは酸味と甘味が味のアクセントを生み出す。


そして決め手のカニ!の旨味だ。


カニ!! ここが重要だ。


生臭くなく、獣臭くない茹でた身はホロホロであっさりとしているにも関わらず強い旨味を内に秘めている。


過酷な登山を終えた後にこれほどのごちそうがあるだろうか。


持参したステンレス製の水筒に入っている水はしっかりと冷えており、ただの水だと言うのに素晴らしく美味しい。それに加えて、この4階層特有の草原を背景にお弁当を食すのはまるでピクニックにでもきた気分だ。


透き通るような風、揺らめく草原、きれいな青空・・・ではなく異界の天井というところが残念であるが、それ以外は申し分なく爽やかな気分になれる。



爽やかな気分で満たされながらリフレッシュをしていた春人だったが、間もなく轟音と供にその平穏はぶち壊されるのだった。

それは、少し丘になっている眼の前の草原から身長の倍はあろうかと言うほどの岩が落ちてきたのだ。


ぼごん!という音を立ててゴロゴロとこちらに転がってくる。


「え?」


思考は停止した。

目の前で何が起きているのかは理解し難かったが一つだけわかることがある。


このまま、この場所にいれば人肉御煎餅の仲間入りとなってこの階層の魔物たちの血肉へと変換されるのは確かなことだ。


岩の速度が増していきいよいよ近くなってくる。


荷物を大急ぎでまとめ横へと飛び込んだ。

すると大きな轟音と供に4階層の入り口へと岩がぶつかったのだ。


間一髪、ぺしゃんこになるところだった。


命が助かっただけ良かったと思いたいところだが出口が岩でふさがってしまっている。


「この岩・・・ 飛んできたようにも見えたけどいったいどこから?」


そんな疑問を1人口に出し、後ろを見ると何かが走ってくるのが見えた。


少し遠目だが、猿?・・・いや人だ。人が走っている。というより走ってくる。


常に1人だった異界探索も来訪者の訪れにより、自分だけで独り占めできるものではなくなってしまったのかという残念さもなくはないが、なにより、誰かがいるというのは嬉しいものだ。


ここは軽く挨拶を!と考えていたところで走ってくる来訪者の後ろにもう一つの影が見えた。


こちらもシルエットは人型だ。


誰かに会える嬉しさを打ち殺し、違和感を感じた。なぜそんなに走っているのかと・・・


嫌な予感がする。


走っている後方のシルエットが前を走る人より大きい事に気づいた。近づいてきたそれらを判別できたのは、走ってくるというのを理解できたすぐ後にようやくわかった。


前を走るのは・・・ 探索員だ。しかも女性??

走るたびに黒く長い髪がゆらゆらと揺れているのが見える。


わざわざこんなところまで1人で来る人がいるのか?事情はわからないが、違和感を感じる。


それは、女性がそもそも異界探索を1人で行うこと事態いろいろとリスクを伴うからだ。


異界へと入り探索を重ねればそれ相応の身体能力が身につくのが定説らしいのだが、生物学的に力では勝ることの出来なかった女性であっても男性の力を余裕で超すことは可能だ。


だが、防犯という観点から1人で探索するというのはどうも・・・


まあ、ここに1人で探索してる命知らずがいますが。

あの女性が1人で潜るのは危ない問題を考える上で相当なブーメランが飛んでくるのに気づき思考を止める。


それに熟練の探索員であれば1人で探索に出るというのは不思議ではない。


目の前を走る探索員が熟練者であるのならばウィットに富んだ挨拶を!!


じゃない、どうみてもその後ろで追うように走っているのは魔物だ。


4階層に現れる魔物は、先程倒してきたイタチとイノシシ、そして新しく登場し始める二足歩行ができる猿なのだ。


この猿は筋肉質で腕の骨が発達しており、金槌のような強度の腕を持っている。


このあたりに自生しているまっずい木の実を好んで食べているようで集団行動は好まないらしく、1匹ずつでのエンカウントが多い。

そのためさほど攻略に支障はなかった。


だが、どうして熟練の探索員(仮)が逃げているのかと考えた時、答えがわかった。


ただ単純にいつも見てる猿じゃないのだ。

あんなやつ見たことない。


だんだんと近づいてきた1人の探索員と猿を比べて大きさが探索員の身長の2倍以上であるのに気づく。


推定3m・・・いや4mはありそうだ。


昨日のランサアラネアと同様にこの4階層の主なのかどうかは不明だが出口は塞がれてしまっている現状を踏まえると。


「やるしかない・・・」


平穏をぶち壊され少しムッとしているところではあるが刀に手を添えて構える。


まだ距離はある目を閉じ集中して呼吸を整える。

呼吸を整えた時、「危ない!!!」という声と供に岩が飛んできた。


それはそれは、とても見事な大岩で割ってみたら中から岩太郎なんて赤ん坊が生まれてきて童話が作れそうなくらい文字通りの立派な岩が飛んできた。


なんてことを考えてる場合じゃない。


気を引き締めて横に飛び難を逃れる。


視界が悪くなるほどに土埃が舞い、咳き込む。

今度のは先程のより重量のでかい岩だったようだ。


天井から落ちてきたのだろうかと考えていた岩はあの大猿が投げてきたものだったようだ。


ということは相当な腕力の魔物であることは間違いない。

「まずいな・・・」


あんな大岩を投げ飛ばせる力を持つような魔物を相手にしたことなどない。


背筋に冷たいものが走る感じがする。

そして土埃が晴れ聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「大丈夫ですか?!」


そして走ってくる足音と供に息を切らしながら声をかけてくる。


「なんとか避けれたので大丈夫です!」

「少し集中していたので助かりまし・・・」


『あああ!!!』


目を合わせた瞬間に2人して驚きの声をあげた。


目の前にいたのは、5年前働いていた所の後輩である夜空 沙雪(よぞら さゆき)がいたのだ。


前より髪が伸びたのであろうか、長くまっすぐと整った黒い髪に顔つきがキリッとしたようなどこか大人になった感じの成長をしている。


装備も上等で黒いコートの下には銀のプレートのついた軽装の鎧?を装備しており鎧と鎧の擦れる音が聞こえる。


扱っているだろう武器も特徴的で白銀でシンプルな長剣?を腰に挿しており、黒いグリップが使い込まれてるだろう擦れ方をしているため相当な努力が見える。


だが、リュックのようなものがない。

残念だが走って逃げるためどこかへと放置してしまったのだろう。


「白縫さん!!!」


そう声をかけてきたのもつかの間大きな足音と供に雄叫びを向ける大猿が迫ってきた。


「久しぶりの再開だけどまずはどういう状況です?」


「それが私もわからないのですけど多分主だと思われます」

「何度か戦ってみたのですが1人で戦うには危険すぎて逃げて来ました・・・」


その時、大猿は大きな拳を振り上げ大きくジャンプする。


「来ます!!!」


「わかった!」


掛け声とともに夜空とは反対方向に飛ぶ。


大きな地鳴りとともに体勢を整える大猿。そしてギロリとこちらをみた。


なんでやねん!不本意にも関西弁が出るほど心から突っ込みたくなる。どうやら狙っているのは夜空ではなく俺のようだ。


4mの巨体は全身を毛皮でコーティングしている。その実、薄っすらとわかるくらいに分厚い筋肉が大猿の全身を覆っていて特徴的なのは腕だ。やはり鉱石のような角張った太い腕を持ち拳がまるで彫刻象のような形をしている。


夜空を狙っているのかと思いきやヘイトが自分に来るとは思わなかった。


こういう大きい敵に居合斬りは難しい。

抜刀して構える。


そして、大猿は拳を振り上げこちらに向かって殴打してくる。


外れた殴打は地面を軽くえぐり、土埃が舞う。


次々と繰り出される殴打を見て避けていく春人。そして殴打が外れた瞬間に自分の横にある腕へと刀を振り下ろすが弾かれてしまう。


「かったい!!」


見た目通りの硬さだ。


だが、それ以外の場所へと当てに行こうものならもう2、3歩程踏み込まなくてはならない。


どう動いたものかと考えた時、大猿が叫んだ。


「ぐああああああ!!!」


夜空が空中で大きく後方へと後退しているのが見えた。

だが、大猿は後ろを見ない。それにより激しく殴打がこちらへと打ち込まれてくる。


次々と連続して繰り出される殴打、どんどん後退していき背に何かが当たるのを感じた。


壁だ。異界を区切る壁が後方への逃げ道をなくす。


まずい!咄嗟に前方から飛んでくる殴打を避けようと横に意識を向けた瞬間拳が目の前にあった。


フェイントか!

刀の柄と峰を両手で持ち大猿の拳を受ける。

いいえぬ衝撃が体を突き抜け吹っ飛ばされた。


「ぬあ!」


まるで水切りのように2転、3転飛んでいく。


「白縫さん!!!」


三半規管がグラグラする。

なんとか立ち上がろうとした時大猿はこちらへと走ってきて拳を大きく振り上げた。


「やば・・・」


目をつぶりもうだめなのかと諦めかけた時、ぱこーんと金属が打ち付けられたのような響きと供にまた吹き飛ばされた。


そして吹き飛ばされた先で目を開けた時に夜空がかばうようにして倒れていたのだ。


長剣は飛ばされているが近くに落ちている。


「夜空さん?」


返事がない。


「夜空!!」


するとゆっくりと上体を起こして腕を震わせていた。

「すみません・・・ 腕がしびれて」


「ごめん、ありがとう」

「助かったよ」


「白縫さんこそあの時私達を助けてくれたじゃないですか・・・」

「生きて・・・生きてて良かったです」


「本当にね」

「俺も夜空さんが生きててよかったよ」


立ち上がり前へ出る。幸い刀は手放してはいない。


もう離さないようにって決めたもんな・・・


大猿は大きく雄叫びをあげゴリラのようにドラミングをしている。

大太鼓を叩いているかのような爆音と振動が空気をつたい鼓動を速らせた。


「立ち上がれそうですか?」


「なんとか・・・」


「ここは一旦食い止めてみます」


「あの攻撃をまた食らったら今度は死んじゃいますよ?!」

「私が剣を拾ってやつのヘイトをとります」

「その間に・・・」


「逃げる?」

「確かに装備を見ればわかりますよ」

「夜空さんはきっと私より強いって、でもそんな見捨てるようなことが出来たらもっと利口な生き方が前から出来てますよ? きっと・・・」


後ろを向き笑顔をつくりながら言う。


「あの時は死を覚悟してましたが今度は大丈夫です」


「わかり・・・ました」


静かにうなずく夜空。


「ここで提案なのですが腕が回復したらやつの背中にもう一撃加えてくれませんか?」


「はい!」


「それまでは保ってみせますよ」

「幸か不幸かやつは私のことが大好きみたいですから」


「久しぶりにその敬語を聞くとなんだか変な感じがしますね」


少し笑いながら言う夜空に、変じゃなくない?と言いたいところではあるが刀に力を込めて集中する。


次は、やられないという決意と供に颯爽と走り出した。

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